蒲田 愛乃

◆【魔女】A 蒲田 愛乃



 私が、ギャンブルが大好きなのは、間違いなく親父の影響だ。


 親父は、ラスベガスで働くギャンブラーだった。

 トランプ、ルーレット、スロット、麻雀――どんな賭け事でも負けは必ずない。あっても引き分けだ。イカサマをしていたのかもしれないが、私には判らなかった。

 それは他の人も同じだったようで、親父は『魔術師』と呼ばれていた。

 颯爽とした姿で勝ちを拾っていく。

 そんな親父の姿を見て、私は単純にかっこいいと思った。

 憧れた。

 ――だけど。

 1回勝負して、その気持ちは一変した。

 圧倒的に負けた。

 悔しかった。

 だから――親父を超えたくなった。

 勝ちたくなった。

 『憧れ』から『目標』に変わった。

 そこから、私は努力した。

 汚いものも含めて技も磨いた。

 癖を見抜く力も身に着けた。

 口を悪くしたのも、ポーカーフェイス的な面でのモノだ。相手の思考を読み取り、自分の思考を伝えないよう、私が思い当たった方法だ。

 それでも――私は一度も親父には勝てていない。

 去年に少しだけ日本に帰ってきた親父は、いつものように飄々と私に勝った。

 その時、親父はこう言った。


 ――強くなったな。あともう少しで負けそうだった、と。


 単純だが、私はこの言葉に嬉しくなった。

 かなり遠い存在だと思っていた親父に認められた気がして。

 だが同時に、悔しいとも思った。

 

 もっと頑張って。

 もっと経験を積んで。

 いつか親父を超えてやる。

 

 そう言ったら親父は笑いながらこう返してきた。


 ――また来年、な。待っているぞ。まだまだ負けるつもりはないけどな。


 その『来年』はもうすぐ来る。

 この日のために、どれだけ努力してきたと思っているのだ。

 だから私は、ここで終わるわけにはいかない。

 何をしてでも生き残ってやる。


 ――だが。


 そんなここから出たいという気持ちが強いことを知ってか知らずか、または親父が『魔術師』と呼ばれていることを知ってか知らずかは定かではないが、私の役職は【魔女】になった。

 【魔女】は生き残ることが難しい役職である。

どの役職よりも優先して排除され、【反射魔導師】を呪ってしまうと死んでしまう。だからといって呪い先で誰も選択しないと、3人いる【魔女】の中の誰かがその場で死ぬから、選択しないことは出来ない。

 村というチーム戦を装いながら、個人意志で他人を殺して生き残るこの『ゲーム』の象徴的な役職である。

 そんな役職になった私は、生き残ることを誓ったと同時に、他のことも誓っていた。

 1つは、このくそったれなゲームを早く終わらせること。

 もう1つは、このくそったれな――ギャンブルに勝つこと。

 このゲームを最速で終わらせる方法は簡単である。

 【GM】を処刑者選択により処刑することである。

 1人を犠牲にするだけで全員が助かる。その時に自分が所属する村の数が勝っていなくてはいけないが、そこはギャンブルだろう。

 最速ではないが、村の状況を考えずに確実に早くここから出るための方法として、相手村の【魔女】を全滅させるというものがある。

 【GM】を見つけるよりもはるかに難易度は低い上に、自分が確実に勝てる。

 だから、むかつく【GM】を処刑したいのは山々だが、相手村の【魔女】を見つけて終わらせることを優先として、両方とも進める。

 そのような思考で、私は毎日呪ってきた。

 最初は【反射魔導師】の可能性を低くするために【占い師】に占われた人を呪っていく方向で進めようと思った。実際、そのような意思で『多田』を呪った。


 だが2日目から、私は直感で、それだと【GM】も【魔女】も見つからないと思った。

 偽の【占い師】がわざと【魔女】を【魔女じゃない】と占う可能性もあったが、その場合は嘘だとバレた時のリスクが大きすぎる。故に今、【占い師】を名乗っている人間は誰もやらないと思った。

 それよりも怪しいと思ったのは、発言もせず、じっと場の様子を見るような連中。

【反射魔導師】の影響を除いて【GM】と【魔女】は処刑者投票以外で死ぬことはない。

 故に目立たないようにすることで処刑を免れようとする傾向にあると推測した。

 そのような思惑で、【GM】か【魔女】を見つけ出すために、2日目から役職者ではないグレーゾーンの人間ばかりを呪うようにした。幸い呪いの方は『飯島』が積極的に実行役を引き受けてくれたので、ノーリスクで探ることが出来た。

 そして私はその計画を進めるために、月島に代わって、処刑者について誘導するポジションについた。もともと相手をかく乱するために、また呪われにくいポジションとして【占い師】を騙っていたのだが、それに加えて場をまとめることによって目立ち、【魔女】だという疑いを低くさせることを狙った。これも賭けだったが、思い通り、誰にも占われていないし、誰にも私が【魔女】だとは思われていないようだ。あって【信者】だと思われているだけだろう。

 そうして私は、今日まで活動してきた。


 2日目の夜に『尾上』を呪った。

 尾上は死んだ。

 あいつは【GM】でも【魔女】でもなかった。


 そして、3日目の夜に『香川』を呪った。

 香川は死ななかった。

 あいつは【GM】か【魔女】だ。


 だから4日目に私は【占い師】として、香川を告発した。

 しかし思惑通りに香川を処刑できなかった。

 沼倉による別話の横槍もあったのも含めて、あいつは針の穴を通すような細い理屈を、ある程度の人数の人間に納得させた。

 結果、同タイミングで鳥谷が【魔女】だと占った『坂井』が処刑者に選ばれた。

 思った通りの結果にはならなかったが、特に問題ない。

 どうせすぐ、香川は処刑者に選ばれる。


 そう。――


――――――――――


 脱落者

 27番 真島 錠

 29番 森田 宗司



 A村:08

 B村:11



『さて、今日も全員、元気にスタートだ。頑張ってね』


 5日目の朝が来た。

 昨日呪ったのは『森田』だった。ここまで一言も発していないからやってみたが、どうにも【GM】でも【魔女】でもなかったらしい。今更【GM】が分かった所で人数差に開きが出てしまったから、負けとなって困ってしまうけれども。

 【A村】が3人減っていることから、どうやら私は自分の首を絞めてしまったらしい。

 もう私の中で【GM】を処刑することは目的に無くなった。

 今はもう、【B村】の【魔女】を見つけ出すことしか考えられなくなった。

 だからこそ、もう1つ、賭けの要素が増えた。


(これからは【GM】か【魔女】か判断しながら処刑者に選ばなくてはいけねえのか……分が悪い賭けだが……逆境ほど燃えるってやつだな、やってやるぜ)


 私は心の中で奮起する。

 これを成功させたら親父を超えられる、と決め付ける。


(もっとも、成功させなくちゃ親父とどうこうってのも出来ねえんだけどな。――さて)


 周囲を見回し、私は特定の人物に向けて口を開く。


「生きてんだな、香川。【呪人間】なのによ」


「ああ、この通りな」


 香川が肩を竦める。


「今日も【守護騎士】が守ってくれたのかな。もしくは昨日の説得で【A村】の【魔女】が慈悲でもくれたんかな? ……なんて言わねえよ」


 香川は表情を暗くさせ、声のトーンを落とした。


「あーあ。真島じゃなかったか。処刑者投票の時に1人だけ役職者じゃないのに京極に投票していたり、昨日とか俺に投票していたから、もしかしたら場を進めようとする【GM】かなあ、って思ったんだけどな」

「そういうってことはお前……」

「まあ、分かり切っていると思うけどさ。一応、他の役職の報告を聞いてからにしようぜ」


 香川に促されるのは少し癪だが、しかし、香川はもう諦めているようで、既に自分が【魔女】だということを明確にしているようなものだし、先に進める分には別に構わないだろう。


「じゃあ、今日は【霊能力者】にしようか。早速だが昨日の坂井の結果を報告してくれ」


「【坂井君】は【魔女じゃなかった】よー」と緒方。

「【坂井君】は【魔女じゃなかった】」と京極。

「【坂井君】は【魔女だった】」と小島。


 3人同時に結果を伝える。


「……今度は小島だけ違うのか」

「そうなっちゃってるね。緒方さんがボクと一緒なのに驚いているけどね」

「あー、そうやって自分が正しい【霊能力者】だって言おうとしているんだよねー。みんな、だまされないでよねー。京極君は明らかに【魔女】だった月島君を【魔女じゃない】って言っていたんだよー? それを忘れないでよー」

「2人ともちょっと待ってよ。僕が偽物だという前提で話さないでよ。というか君達の主張だと、蒲田さんに加えて鳥谷さんが【魔女】関係者だってことを言っているんだよね」

「小島君の言う通りだね。鳥谷さんもボク視点では【占い師】ではなくなったね。ついでに言っちゃうと、現時点でボクが本物の【占い師】だと思っているのは、シャーロットさんと、今はいないけど但馬さんだね」

「あたしじゃないんだ。ひっどーい」


 吉川が口を挟むが、京極は首を横に振る。


「吉川さんは前半が胡散臭すぎた。多分【信者】か【内通者】なんだろうね」

「本物なのになあ」


 唇を尖らせる吉川。

 だが私も概ね京極と同意見だ。

 ついでに私は京極が本物の【霊能力者】だと推定している。

 というより、緒方は【A村】の【信者】なので【霊能力者】は京極か小島に絞られるわけなのだが、しかし、もし小島が本物の【占い師】であれば『月島』、『坂井』、そして『香川』の3人が【B村】の【魔女】であるわけだ。もし香川を処刑すれば私達の勝利となる。

 だからこそ、緒方にはここで敢えて坂井を【魔女ではない】と提示するように言った。

 私から見れば、確実に坂井は【魔女ではなかった】のだから。


(結果がこれだ。流石にそれは出来過ぎだ。小島は有り得ねえだろう)


 どちらにしろ、今日の香川の処刑の後に明日を迎えることが出来たのであれば、小島は偽物であることが判明する。


「じゃあ次は【村長】だな。上野」

「私はいつものように出席番号を上から判定したよ。だから今日の対象は【蒲田さん】。結果は【A村】だったよ」


(昨日は出席番号1個前の柿谷だったし、予想通りだったが、やはり今日で所属村がばれてしまったな……まあ仕方ないか)


「そうか。じゃあ次は【占い師】だな。早速私から行くぞ」


 適当に流しつつ、場を進める。


「私が今回占ったのは【飯島】だ。理由は、2日目にあれだけ泣き叫んでいたのに今はずっと大人しくしているから、他の奴の混乱を煽る【魔女】だと思った。残念ながら結果は【魔女じゃなかった】けどな」


「……」


 飯島が睨んでくる。占った理由は勿論適当だが、内容としては戸田のことが好きだったから泣いたってことは、占い先にあいつを選ぼうとしたら全力で拒否したから知っていた。知った上であいつの痛い所をついたから、謂われもないことで占われて頭にきた、というリアルな反応が返ってくることが出来た。これで私と飯島の間に繋がりがあるとは思われないだろう。


「さて、次は誰だ?」

「はいはーい。って言っても、もう確定しちゃってるからあんまり意味ないかもね」


 吉川がいつものような軽い調子で言い放つ。


「今日占ったのは【香川君】。結果は【魔女だった】よ」


(おいおい、吉川は【B村】の【魔女】関係者だろうが。……まさかしやがったが)


 今日、香川が処刑者に選択されるというのはほぼ確定している。だから自分の信頼を上げるために、香川を犠牲にしたのだろう。もしかしたら香川からの提案かもしれない。


「占った理由は【呪人間】だったら困るなあ、と思ってね。後は蒲田さんが本物かが分かりそうだったからね。よっぽど自信があるんだろうと思ってさ」

「それは俺だけ死ねばいいってことかよ」

「ああ、そういうことじゃないよ。私は【B村】だから【呪人間】の効力で脱落したくないって思っただけだって」

「どちらにしろ、俺を脱落させたいとは思っているじゃねえか……まあいいけどさ。結果的に脱落していないし」


 はっはっはと香川は自虐的に笑う。


「さて――他にもいるんじゃねえの? 俺のことを占った奴はさ」


「何故分かったし!」


 突然、鳥谷が椅子から転げ落ちるというオーバーリアクションを取る。


「……お前かよ」

「あ、ありのまま今起こったことを話すぜ。エスパーかと思ったら違った。な、何を言っているのかわからね――」

「で、お前も俺を占ったんだな」

「……最後まで言わせろし」


 鳥谷は唇を尖らせて、椅子に座り直す。


「理由はほとんど同じだし。たまにはちゃんと考えて占おうと思っただけじゃまいか。何も語ることなんかないし。あと言ってくけどこいつだけは例外だかんね。はいオワタ」


 例外とは、出席番号順に占っていたことだろう。坂井の次はシャーロットのはずだから、香川だけは例外、ということになる。


「そっか。じゃあ、後はシャロだな」


 鳥谷を軽くスルーして、香川は残った【占い師】のシャーロットに話を向ける。

 しかし、先程の香川の反応を見るに、シャーロットにも自分を占うように指示したようだ。

 だからここからは茶番だろう。


「お前はどうだ? 今日は誰を占ったんだ?」

「陽介君。私が占ったのは――」


 シャーロットはそう言って、人差し指を伸ばす。


 ――


「【】です。結果は――【】」


「……は?」


 思わぬ方向からの攻撃に、私は素で疑問符を浮かべてしまった。


(香川はきっと自分の身を犠牲にして、シャーロットに信用を上げさせるために自分を【魔女】だと判定させると読んでいたが……)


 視線だけで香川を見る。

 香川も眼を見開き、驚愕の表情を浮かべていた。


「占った理由は言わずもがなです。あれだけ目立っているのに【魔女】に狙われていないからです。それはもう【魔女】だとしか思えません」

「おい、シャロ……」

「大体、何ですか。突然昨日部屋に来たと思ったら、自分を占え、って……蒲田さんをかばっているようにしか見えませんでしたよ。命を掛ける程、好きなんですか?」

「んなわけねえだろ! どう考えたらそうなるんだよ!」

「どう考えてもそうにしかなりません! 蒲田さんのために自分が犠牲になるように動いているようにしか!」

「俺は蒲田の味方じゃねえよ! ついでに好きでもねえ!」

「じゃあ誰のことが好きなのですか!」

「う、それは……」


 言い澱む香川。

 そこで不毛なイチャツキに水を差してやる。


「おい、バカップル。どうでもいいことに時間使うんじゃねえよ。――つーかシャーロット。てめえ何言ってんのか理解してんのか?」


 凄んで見せる。

 だがシャーロットは怯んだ様子は見せずに、睨み返してくる。


「分かっていますとも。私は蒲田さんのことを【魔女】だと言っています。だから、陽介君への占い結果は嘘だと思っています」

「おいおい、分かってんのか? お前のその発言は私だけじゃなくて、鳥谷と吉川にもケンカ売ってんだぞ」

「百も承知です。今日、陽介君のことを【魔女である】と言った鳥谷さんと吉川さんは、偽の【占い師】です。本物の【占い師】は私と、今はいなくなってしまった『但馬さん』ということになります」


 まっすぐに澱みなく、シャーロットは言い放つ。


 誰もが無茶だと思っているこの理論。

 実は成り立っている。

 狂っているようで筋が通っている。


(というか多分、結果的に本物の【占い師】はこの2人で合ってんだろうな)


 吉川は勿論だが、鳥谷も偽物だろう。それは坂井を【魔女】だと占ったことからだ。坂井は自分を【守護騎士】だと名乗った。【守護騎士】を名乗った時点で私の中では坂井の信頼度はかなり上がった。【守護騎士】なんて名乗るメリットなどないし、【魔女】に狙われるわ、他の【守護騎士】が守るメリットがないわ、安心して処刑者対象に選択できるわで、かなりデメリットの方が強い役職である。そんなのを名乗る時点で本物だと断定してよいと思う。そういう読みを見越して宣言したのなら凄いが、流石にそれはリスクが高すぎるであろう。私ですらベットしない。


 ――こう見ると、私の視点でかなり物事が見えてきている。


 【占い師】は『シャーロット』と『但馬』。

 【霊能力者】は『京極』。

 【反射魔導師】の1人は『月島』。

 【守護騎士】の1人は『坂井』

 【村長】は『上野』と恐らくは『和田』先生。


(しっかし……マジで【呪人間】が見当たらねえな……)


 【魔女】にとって【呪人間】は村の人数を減らせる上に【守護騎士】を葬れる可能性が高いというある意味味方である役職であるが、現在の所、【魔女】に呪われるどころか占われてもいないらしい。

 今までもそのリスクを背負って目立たない人間を占い対象として口にしてきたが、次からはシャーロットが占っていない人物から選択する、というように少しだけ幅を狭めることが出来る。もっとも、確かシャーロットが占った中で生き残っているのは沼倉と吉川だけだったはずなので、あまり有用な情報ではないのだが。

 さて、それよりも現在の話だ。

 私はシャーロットに対し言葉を向ける。


「なるほどなるほど。お前の話は確かに筋が通ってるな。私が【魔女】であっても、一応は成り立っている……だけどな」


 人差し指を香川に向ける。


「香川。お前はどうなんだ? シャーロットはお前を大層かばっているようだが、お前自身はまだ【呪人間】を主張するか?」

「……んなわけねえだろうが」


 香川は声のトーンを落とす。


「誰も俺のことを【呪人間】だなんて思ってねえだろ。勿論、その中にはシャロも含まれているぜ。こいつは俺を庇う為に、俺のことを【魔女じゃない】と言ったんだろうさ」

「ほう。そうなのか」

「だが、蒲田。シャロからの占いでお前が【魔女】だということが判明した、という事実の上での判断だからな。流石に根拠なしにシャロも言ってねえだろうよ。俺を庇う為だけにさ」

「そんなことは――」


「――シャロ」


 今までどこか軽かった香川の声が、唐突に低く真剣みを帯びたモノになる。


「これは俺も確かめたいことだ。お前は俺を庇う為に、蒲田のことを【魔女】だと言ったのか?」

「いいえ。私は占った結果をそのまま伝えただけです」

『あ、忘れているかもしれないけれど【占い師】は判定内容について虚偽申告は出来ないからね。勿論、これは本物の【占い師】だけにしか適用されないルールだけどね』

「GM、手前にゃ聞いてねえよ。が、再確認は出来たな。――シャロ」

「はい」


「……良かった」


 緊張の面持ちのシャーロットと相反し、そこで香川は表情を崩した。


「俺なんかのため、と言ったら祖語になるが、俺を助けようとするあまりに他人を犠牲にするような人間ではない。それが確認できただけで満足だよ」

「陽介君……」

「うん。だから――みんなにはっきり言っておく」


 香川は視線を中心に移し、告げる。


「俺は【魔女】だ。【B村】のな。それは間違いないことだ」


 誰もが分かっていたことだが、ようやく本人の口から情報が出た。少しだけ、香川が【呪人間】である可能性があったのだが、これで完全に払拭された。


「じゃあ、今日は文句なしに――」

「待てよ。蒲田。ここから先が重要なんだよ」

「あ?」


(まだ何か言うつもりか? まあ遺言とかだろう。それぐらいは……、……いや、違う!)


 私は気が付いた。

 こいつが今から言うことは、私を窮地に追いやるモノだと。


「みんな! 俺の仲間の【魔女】には『月島』と『坂井』はいない! 勿論『蒲田』もだ! つまり『蒲田』を処刑すれば――!」


「……何言ってんだてめえ?」


 あくまで表面は平静を装いながら、私は言葉を返す。


「私からしたらシャーロットが嘘ついてんだよ。だから私を処刑した所で終わるわけねえだろ」

「俺からしたらお前が嘘ついてんのかシャロが嘘ついてんのかは知らん。だから事実だけ言ったまでだ」

「つーか終わるわけなんてねえだろ。私が【魔女】じゃなければ当然、【A村】の【魔女】は全員脱落なんかしていないし、仮に私が【魔女】だとしたら、占った【月島】が【魔女じゃない】ってことになんだから終わんねえだろうが」

「どっちかを判別するんでいいんじゃねえか? そのために【霊能力者】がいるんだろうが」

「馬鹿だなお前。【霊能力者】は3人いて2人が月島のことを【魔女】だっつんだろうが。なら仮に私が【魔女】だったとしても、自分の保身のために私のことは【魔女じゃない】って言うだろうが」

「んなことはねえだろう。お前が月島を【魔女】なのに脱落させれば、そういう状況もあり得るだろ。お前が【魔女】、イコール、月島を【魔女】判定した【霊能力者】の2人がそのまま偽物になるわけがねえよ」

「つーかそのお前の言い分だったら私が仲間である月島を切り捨てたってことになるぞ。おかしいじゃねえか」

「なら月島は【魔女】じゃねえんだろ。それだけのことじゃねえか。もしくはお前が【占い師】としての信用を得るために犠牲にしたとか」

「そんなレアケース有り得ねえ。普通にシャーロットが偽物だって方が考えられるだろうが」

「それこそ有り得ねえな」

「何でだよ」


「俺はシャロに、今までの脱落者に俺の味方の【魔女】がいないことを伝えていたんだよ」


「……は?」


「つまり、そんな状況なのにシャロが新しく【魔女】と――しかもよりにもよって蒲田、お前のことを【魔女】なんて嘘は付くはずないだろうが。それは最後の【魔女】を差すってことなんだから」


 正直、この事実は効いた。

 事前に情報を聞いていたなどというのが、余程規格外だし、予想外だった。


(こいつ、本格的に――死ぬ準備してきやがったな)


 香川はもうどうでもいいという気分でシャーロットに話をしたのだろう。もしかしたら自分の村の【魔女】が誰だか言ったのかもしれない。

 馬鹿らしい行動だが、それ故に私は窮地に追い込まれた。

 正直、屁理屈に近い論拠しか述べられない。

 だが、それしか私に道はなかった。

 私は出来るだけ呆れた態度を装って口を開く。


「まあそれが事実だったら、確かに私のことを【魔女】だって言うのは普通ならおかしいだろうな。だが――どう見てもシャーロットはお前のことを生かそうとしてるじゃねえか。だから形振り構わず他に処刑対象を作っただけじゃねえのか? で、お前を【魔女】だと占った私を、復讐対象として選んだ、っていう理性も何もない、ただの暴走じゃねえのかよ」

「何だ? お前はシャロが【魔女】側の人間だって言うのか?」

「実際そうじゃねえか。事前に脱落者の中に【魔女】がいないってことを伝えていたんだろ?」

「ちげえよ。【魔女】側の人間だったらそれこそ自爆だろうが。今まで露出していないのにわざわざ出てくる真似するわけねえだろうが」


 確かにそうだ。


「だがシャーロットは衝動的に言われた行動と違うことをしてしまった。だからさっき驚いたんじゃねえのか?」

「シャロは俺と違ってそんなアホじゃねえよ。俺を助けたかったらもう少し相手を選ぶだろうさ。お前が【魔女】だなんて言うなんて、さっきお前が言ってたみたいに【霊能力者】の2人も巻き込むようになるし、何のメリットもねえんだからよ」

「そんなの感情論でどうとでも説明は付くだろうが。――つうかさっきからお前ばっか喋ってんじゃねえか。本人に訊こうじゃねえか。なあ――シャーロット?」

「何でしょう?」

「お前はどうして私を占った?」

「理由は先程述べました。あれだけ目立っているにもかかわらず、蒲田さんが【魔女】に狙われないのはおかしいと思ったからです」

「そうじゃねえよ。さっき香川が言った様に、今までの脱落者の中に香川の仲間の【魔女】がいないという状況で、私を占ったんだ、って聞いているんだよ」

「その前提は無意味です。私は別に嘘は付いていませんから」

「じゃあ後方の本音は?」

「蒲田さんを対象に選んだのは、【魔女】要素がたくさんあったからです。【魔女】が他にいれば陽介くんが助かるのでは、などとは思っておりません」

「本当にか?」

「しつこいですね。本当です。陽介君が助かる方法なんて私には判りませんでした。あるのならば私が教えてほしいくらいです」


(……ここか)


 光明を見つけた私は、一気に責め立てる。


「香川を助ける方法なんて簡単だ。他の人間を犠牲にすればいい。そう――今みたいにな」

「そんなことをするつもりはありません。それに先程言った通り【魔女】が他にいれば陽介君が助かるなんて思っていません」

「でも実際にやっているじゃねえか。私を【魔女】にして、香川は私を処刑すればこのくそったれなゲームが終わるって言ったじゃねえか」

「それは……」

「お、確かにそうだな。気が付かなかったぜ」


 言葉を詰まらせるシャーロットに代わり、香川が言葉を挟む。


「気が付かなかったって何だよ。どう考えてもそういう作戦なんだろうが」

「俺はただシャロに便乗しただけだ。当然死にたくないからな。だって考えてみろよ。俺はシャロがお前を占ったってことは知らなかったんだぜ?」

「知らねえってのはお前達が勝手に言ってることだろ。ここまでが台本だって方がしっくりくるっての」

「これが台本だったらお粗末すぎる。お前を【魔女】だと決めつけるのはリスク高いだろうが。さっきお前が言った通り、お前だけじゃなくて緒方と小島にもケンカ売ってるんだからな。もし指示するんなら他の奴にさせるぜ。同じ【占い師】だったら吉川とかな」

「そういう風に敢えて思わせるためにやったんじゃねえのか。普通なら有り得ない。だからこそ真実だってアピールするために」

「だからリスク高すぎだっつってんだろ。俺はもう【魔女】だって認めてんのに、新しく同陣営の人間を表に出す必要性なんかねえだろ」

「それもさっきのと同じだ」


「……じゃあ言い方を変えてやる」


 香川の声が低くなる。


「俺がシャロを死なせるように動くと思うのか? 処刑者投票に選ばれるリスクを背負ってまで、自分が生き残るために、シャロを犠牲にすると思うのか?」


「それもパフォーマンスだろ? 友達を犠牲にする訳がないだろ、っていうことを利用するつもりだろ?」

「……ちっ。何を言っても無駄か」


 香川は不愉快そうに顔を歪める。


「すまんシャロ。俺が余計なことを言ったせいで信頼度下げちまったな」

「いえ、私は事実を告げただけなので関係ありません。信頼も何も、蒲田さんが【A村】の【魔女】であることは間違いないことです」

「後はボク達――【霊能力者】の真偽次第、ってことなんだよね」


 京極が間に割り込む。


「ボクが本物ならば誰も【魔女】は処刑されていないし、緒方さんなら月島だけ。小島君が本物ならば、蒲田さんを処刑するだけで【A村】の【魔女】はいなくなるからゲーム終了。既に自分が【魔女】だって言っている香川君にはこの点で嘘をつくメリットってあまりないしね。で、ボクも自分が本物だと証明できる絶好の機会になるんだよね」


 またまずい流れが来ている。


「……おい京極。てめえも何言ってんのか分かってんのか?」

「うまい手だと思うよ。自分が【魔女】だと判っていての行動。【A村】の方が少ないから信憑性があるし、明日にも【魔女】に呪われるかもしれないボク達には目先の【魔女】が確定している香川君を処刑するよりも、このゲームを終わらせる可能性がある蒲田さんの方を処刑に選びたいと思うよ。もう蒲田さんが【魔女】じゃないって証明できるのは、処刑された後に【霊能力者】全員に【魔女じゃない】って判定されることだけだと思うよ」

「それこそが目先だろ。全部それは私が【魔女】だって前提に成り立っている話じゃねえか。仮にお前らが私を処刑した所でこのゲームが終わらなかったら、お前らは【魔女】を見極められる手段を1つ失うだけで、結局私が【魔女】であろうがなかろうがお前らは途方に暮れるだけだ。こいつらの適当なことに騙されるなよ」

「ボクからしてみたら蒲田さんを処刑するのがいいんだけどね。まあいいや」


 あっさりと引き下がる京極。こいつを次の脱落者にしたいところだが、確実に【GM】ではないから呪う候補から外れているし、加えてもし呪って脱落させた場合は私が偽物だと証明することになってしまうので手を出せない。

 厄介なことになったので、更に念押しをしておく。


「お前らにはっきり言っておく。香川とシャーロットが何か言っていたが、私が仮に【魔女】だとしたら、確実に占い結果も嘘になるから、終わるわけないぞ。つまり香川の論理は最初から破綻してんだよ」

「破綻してねーぞ。蒲田が偽物でも、全部が全部嘘言っているわけじゃねえんだから」

「ねえよ。仮にも私が【魔女】だったら同じ村の【魔女】である月島を処刑するなんて有り得ねえだろうが。さっきお前は『脱落者に同じ村の【魔女】はいない』って言ったよな?」

「それもさっきも言ったけど、敢えて月島を犠牲にしてお前の信頼度を上げる、ってことが考えられるだろうが。……まあ、確率は確かに低いけどさ……」


 少し言葉に詰まる香川に、畳み掛けるように私は言葉を紡ぐ。


「それにこいつは今日、最初に言ったよな。――『真島がGMだと思ったから呪った』ってな。ということはよ、明らかに【GM】じゃない奴――グレーゾーンにいる奴らは香川に狙われるぞ。もし今日、私が処刑されたらな」


 この言葉に、主に役職者じゃない奴らが騒々しくなる。

 一方、私に矛先を向けられた香川はさぞ焦っているであろう――と思えば、


「……ま、こうなるのはしょうがないな」


 ひどく達観した顔をしていた。


「もともと生き残る気はなかったのに欲出したからな。あーあ。ちょっと希望見ちまったな」


『――さて、議論も残り30秒だよ』


 GMがいいタイミングで言葉を挟んでくる。


「ま、待ってください!」


 シャーロットが声を張り上げる。


「ここで陽介君を処刑者に選ぶのは間違っています!」

「おいシャーロット。何が間違ってんだよ?」

「えっと、その……それは……」


 しどろもどろで二の句が告げない様子。考えなどないだろう。


「もういいさ、シャロ」


 そこに香川が大きく息を吐いてシャーロットに向かって首を横に振る。


「陽介君……」

「いいんだ。お前が俺を生かそうとしてくれたことは嬉しかった。だが【魔女】の役職になっちまった以上、これも覚悟しているさ」

「でも――」

『はいしゅーりょー。手元のパネルで投票してね』


 シャーロットが何かを言おうとした瞬間に、GMが処刑者投票の時間を告げる。

 私は迷わず香川に投票する。


(……さて、明日はどうしようか このままだと明日は私になっちまうし……)


 選択した直後から次の作戦に思考を移す。シャーロットと香川が何かを言っているが、それは耳に入らなかった。

 もうどっちにしろ、結果は予想できる。


『はいはーい。じゃあ結果開示するよー』


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 02番 飯島 遥 → 蒲田 愛乃

 03番 上野 美紀 → 香川 陽介

 04番 緒方 幸 → 香川 陽介

 06番 香川 陽介 → 香川 陽介

 07番 柿谷 進 → 香川 陽介

 08番 蒲田 愛乃 → 香川 陽介

 09番 京極 直人 → 蒲田 愛乃

 11番 小島 剣 → 香川 陽介

 12番 駒井 奈々 → 香川 陽介

 14番 シャーロット セインベルグ → 蒲田 愛乃

 15番 瀬能 奏 → 瀬能 奏

 19番 津田 波江 → 香川 陽介

 21番 鳥谷 良子 → 香川 陽介

 22番 新山 佳織 → 新山 佳織

 23番 新山 沙織 → 新山 沙織

 24番 沼倉 充 → 沼倉 充

 25番 野田 夏樹 → 野田 夏樹

 30番 矢口 奈江 → 香川 陽介

 31番 吉川 留美 → 香川 陽介



 結果

 香川 陽介 11票

 蒲田 愛乃 3票

 瀬能 奏  1票

 新山 佳織 1票

 新山 沙織 1票

 沼倉 充  1票

 野田 夏樹 1票



//////////////////////////////////////////////////////////////////



「すまんな、シャロ、充、夏樹、佳織、沙織、奏」


 香川が仲良しグループの奴らに向かって謝罪をする。

 沼倉が真っ先に苦い顔を見せる。


「昨日からお前の覚悟は聞いていた。こちらこそごめん。有効な策が見つからなくて……」

「いいさ。昨日から俺は詰みだったんだよ。どうしようもなかったさ」


 香川は、ふう、と大きく息を吐いて上を向く。


「つーか、誰かを犠牲にしながら生きようとしたのが間違いだったんだよ。割り切っているつもりでも、やっぱり死にたくなかったんだよな」


 さて、と香川は中央に視線を戻す。


「さっさと処刑しようぜ。俺はもう、覚悟は出来てるぜ」

『そっか。じゃあ早速行くよ』


 ガシャン、と鉄格子が香川の周囲に生える。


「待ってください!」


 シャーロットが自分の席を離れ、香川の元へと走り、そして鉄格子を掴んでゆする。


「駄目です……っ! 嫌です……っ! 死んでほしくないです……っ!」

「すまんな、シャロ。本当にごめん」


 鉄格子の隙間から、香川はシャーロットの頭を撫でる。


「俺なんかのために必死になって、お前は本当に友達思いの優しい奴だな。ありがとう」

「それは……」


 シャーロットは下を向いて言葉を落とす。


「……がいます」

「え? 何だって?」


「――違いますって言っているんです!」


 シャーロットは顔を上げて叫ぶ。

 泣いていた。


「私が陽介君を助けようとするのは友達だからじゃありません! そんなことも分からないんですか!」

「……っ」


! 小学生の時からずっと……私を助けてくれたあの日からずっと大好きです! だからっ……だから……」


 シャーロットは懇願するように膝をつく。


「お願いですから……死なないでください……」


 泣き崩れ、嗚咽を漏らすシャーロット。

 対し、香川は手を引っ込めて、彼女に背を向ける。


「……マジか。参ったなあ、本当に」


 右手で頭を掻き毟りながら、淡々と言葉を落とす。


「ずっと俺の勘違いかもって思ってたしな。こんな可愛い子が俺のことなんか好きになるわけがない、ってな……本当に参ったなあ」


 香川は上を向く。


「これじゃあ……死ぬ覚悟が揺らいじゃうじゃんかよ……」


 その頬には――涙が伝っていた。


 ――ふと脳裏に、香川の昨日の言葉が浮かび上がった。


『俺だって泣く時があるんだぞ。ま、それは――


 ただの冗談にしか聞こえなかったその言葉。

 だがまさに今、その状況だった。


「……っ」


 ちくり、と差す様に胸が痛んだ。


(……何を考えているんだよ私は! 人並みに心痛めているとか有り得ねえだろ! 何だよその普通の人みたいな感性はよ!)


 自分に苛立って奥歯を噛みしめる。

 2人が両想いだったとか、それが何であろうか。

 他の奴等だってそうだったかもしれない。

 そいつらに呪いを掛けて殺したし、処刑者投票も煽っていた。


(なのに……今更どうしてだよ! くそっ!)


 いらいらがおさまらず、拳を握りしめる。


『はーい。いちゃいちゃもそこらへんにしてね。見てて恥ずかしくなっちゃうよ』


 GMの声が聞こえた。

 そして香川が真正面に視線を移した、その瞬間。


『じゃあいってらっしゃーい』


 ガタン、という音と共に香川の姿が消えた。


「あああああああああああああああああああああああああああっ!」


 シャーロットの慟哭が響く。

 鉄格子に捕まり、直前で伸ばして虚空を掴んだ手が虚しさを演出する。


 ――ずきずきと胸が痛む。


「……」


 平静を装うべく、じっと手元の画面を見つめる。


 数秒後、いつものように映し出される画面。


 白い部屋に、大きめなベッド。

 その上に、あぐらをかいて鎮座している香川。


『はーい。これから香川君の処刑を始めるよ』

『おいGM。俺の処刑は何だ?』


 腕組みをしながら、堂々と香川が問い掛ける。


『君は女の子好きだからね。だからとっておきの処刑を用意したよ』

『ほう。俺は女好きか。そうかそうか』

『ねえ、悩殺、って言葉知ってるよね?』

『それぐらいはな。流石のバカでも知ってるぜ』

『つーことで、今回はなんと、うらやまけしからん。美女たちに埋もれて、出血多量で死んでもらいます』


 その声と共に、ベッドに向かって水着姿の美女が複数人、這い寄るように香川向かって進んでいく。


『ちょっと下ネタ入っちゃうからテレビで放映できなくなっちゃうかもね。まあでもそれも君の特徴と言えば――』


『……そういうことか。


 香川は眼を閉じながら、口元を歪めた。

 途端に美女たちの行進が止まる。


『ん? 何を言っているんだい?』

『教えてやる。俺は別に女好きじゃねえんだよ。だからって男が好きなわけじゃねえぞ』


 香川は天井を指差す。


『ただシャロが好きだったということを隠したかっただけだ。小学生の時からな。そして、自惚れと思い違いがあるかもしれねえが、俺達幼馴染の中で当人以外はそのことがバレバレだったはずだ。だからここでシャロに似た奴らが来るとかだったら、ああ、俺のことよく分かってんなと思ったんだよ』

『……』


 香川は断言する。



『つまり――



(……ってことは、沼倉、野田、瀬能、新山姉妹の中には、GMがいねえってことか。まあシャーロットはどうか知らんが、瀬能は同じ村の【魔女】だから違うのは知っていたが……)


 実際、私も香川は、GMが口にしたようなキャラだと思っていた。他の奴らもそう思っていたに違いない。ある意味有意義な情報だろう。


『ってことで、俺はシャロ一筋だ。こんな処刑では死なないぜ』

『……ふうん。でも、実際にやってみたらどうかな?』


 GMの声で再び動き出す美女たち。


『口ではなんとでも言っても経験のない君は、本当に耐えられるかな?』

『ばーか。耐える耐えられねえの問題じゃねえんだよ』


 眼を閉じながら、香川は歯を見せる。


『言っただろ? 俺はこんな処刑では死なない、ってな』

『お前……まさか……』

『初めては絶対にシャロって決めてんだ。そうじゃなかったらよ――』


 大きく口を開けて、



『――



 ブチッ、という音が聞こえた気がした。

 先程のセリフを告げた直後、香川は大きく舌を出して、そして思い切り口を閉じた。

 舌を噛み切ったのだ。

 そこから香川はひどく苦しみだし、眼は充血して見開かれ、のど元を掻き毟るようにもがいた後に――ピクリとも動かなくなった。


――――――――――


 画面が途切れる。


『……はい。今日はこれで終了。解散だね』


 ひどくテンション低く、GMは雑に場を終わらせる。

 私もその場からすぐに離れる。

 シャーロットの叫び声が後ろから聞こえた。

 耳を塞ぎたかった。

 恨んでいるだろう。

 憎んでいるだろう。

 それは他の人もそうだろう。

 だけど、どうしてだろう。

 何故だろう。


(どうしてこいつらの時だけ……)


 自分自身の何とも言えない感情に苛立ちながら、自分の部屋へと入室する。

 すぐさまPCの電源を付け、食事を選択する。

 長い時間を掛けてそばをすすっていると、少し落ち着いてきた。


「……あれは一種の気の迷いだ」

 口に出して完全に割り切る。


 と、そこでパソコンから着信音が響く。

 飯島からだった。

 通信ボタンを左手で選択する。


『……蒲田。今日は誰を選べばいいの?』


 いつものことながら相変わらず直球で聞いてくる奴だ。しかしそれほど、私と会話をしたくないのだろう。

 要望に合わせて私も用件だけ伝える。


「今日は『駒井』だ。で、私は明日『シャーロット』を【魔女】だと言う」

『分かったわ』


 通信が途切れる。


(……いつものことだけど、何でこいつなんだ、って聞かねえよな。助かるけど)


 再びそばをすすろうとした所で、またもや着信音が聞こえてくる。


 今度は緒方からだった。


『あ、もしもし? 聞こえてるー?』

「聞こえてる」

『おー、今日は蒲田さんだけなんだね。飯島さんと被らなくてよかったよー』

「それは複数人通話を許可しねえと出来ねえだろうが。寝ぼけてんのか?」

『さっき大広場で会ったばかりじゃない。そんなに早くは寝られないよー』

「ただの嫌味だ。で、何だよ?」

『んー、いつものように私の【霊能力者】の宣言の相談。今日はどうするのー?』

「どうするも何も、今日は【魔女だ】って言うに決まってんだろ。マジで寝てんのか?」

『やっぱそうだよね。確認しときたかっただけだよー。んじゃねー』


 ひどく能天気に緒方は通信を切る。こいつのようなタイプは打っても響かない感じがして正直苦手だ。

 この調子だと瀬能も来るかと思ったが、そういえばあいつは初日以外には私に通話をしてきていないと思い直す。あいつの友達である香川を処刑に導いたことからも、私とは話もしたくないだろう。更にシャーロットを処刑に導くと知ったら、反対するに決まっている。


「――さて」


 そばを回収口に置いた所で、私は思考する。

 明日はシャーロットを処刑者に選択させる。

 方法は簡単だ。シャーロットを【魔女】だと言えばいい。シャーロットは香川の仲間で、脱落させればもしかしたらこのゲームが終わるかもしれない、と煽れば票を扇動するのは容易だろう。

 それから後、所属村も不明な完全グレーな人間を狙って呪う必要は無くなる。

 間違いなく【霊能力者】である『小島』は【B村】の【魔女】側の人間であるから、駒井の次はこいつを呪えばいい。脱落したら【信者】か【内通者】が濃厚になるため、今度は偽【占い師】濃厚な『吉川』を【魔女】だと告げればいい。【A村】の【内通者】はほぼ相沢で確定していたから、どちらも確実に【B村】の人間であるというメリットがある。そこからは【村長】の上野の指示に従って【B村】の奴らを脱落させていけばいい。

 そうなれば私が処刑されるまでに、恐らくこのゲームは終わっているだろう ――と見積もりを付ける。

「とりあえず、山は乗り越えた、っぽいな……」

 私は文字通り一息つく。


 今までは疑われないようにしつつも場を引っ張っていたので、気を抜く暇などなかった。正直な話、誰かを引っ張っていくような性格ではなかったし、必要以上に冷酷な人間であることを演じるのはかなり辛かった。

 だからといって自分を擁護するつもりはないし、自分が冷酷じゃないとも言わない。

 現に私は、自分が生きるために積極的に他人を犠牲にしたのだから。


(……思えばギャンブル要素があったのは、誰かに呪われたり占われたりする、っていうことくらいだったな。シャーロットに占われたのもタイミング的にはあまり影響ない所だったし、ひとまずは安心だろう)


 流石に命を賭けたことは無かったが、ギャンブル要素が強い勝負は今までに何回もあった。その中でも今回は手ぬるい方であった。


「……物足りねえなあ」


 その言葉は自然と出たものであった。

 私の中で、既にもうこのゲームは終わっていた。

 ここからはリスクもないし、いらないリスクを掛けることによるメリットもない。

 にもかかわらず行うのはギャンブルとは言わず、ただの無意味な無謀行為だ。

 私のギャンブルはここで終わりだ。

 あとは処刑されないように、誰かを犠牲にし続けるだけだ。


「……」


 ベッドに横になりながら、私は少し思ってしまう。


 ――率先してゲームを進めたのは蒲田だ。


 誰もが思っているだろう。

 恨まれるだろう。

 憎まれるだろう。

 区別されるだろう。

 省かれるだろう。


 これからの人生、後ろ指差されて生きて行かなくてはいけないだろう。

 そして、十字架を背負っていかなければいけないだろう。


 少なくとも、多田、月島、尾上、但馬、坂井、森田、香川を殺害したのは私のようなものだ。


 重くはない。

 そう思い込むしかない。


「……辛いよなあ。死んだ方が楽かもなあ」


 思ってもいないことを口にする。

 口にして楽になる。

 自分は悪人ではない。

 仕方がない。

 普通の人間なんだ。


 ――そう錯覚させることで、精神に安定をもたらせる。


「……ふう」


 少し頭の中が混乱してきたので、私は眼を瞑る。

 精神的に疲れていると肉体にも結構来るのだろう。

 もしくは久々に気を抜いたからだろうが。

 私は自然と、眠りについていた。


――――――――――



 ゲーム開始から6日目。



 脱落者

 04番 緒方 幸

 12番 駒井 奈々



 A村:07

 B村:09



(緒方が脱落したか……ここで脱落してくれた方が本物っぽく見えるからよい形にはなったんだが……しっかし、【B村】の【魔女】は何でこのタイミングで緒方を呪ったんだ?)


 疑問がわくが、今はあまりそのことについて思考すべきではないだろう、と判断し、思考を別のほうへと切り替える。


(で、緒方以外に減ったのが【B村】だけってことは、駒井は【B村】だったってことだな)


 画面を見て素早く思考しながら、周りを見渡す。


(……つーかあいつ、何で今日はを持ってきてんだ?)


 そう首を捻った所で、


『さて、今日も頑張ってね』


 いつもよりも短く、そして心なしかトーン低く、GMが開始の言葉を告げる。


(こいつも昨日のことを引き摺っているのか? ……いや、意味が違うか)


 香川が残した『俺達幼馴染の中にGMはいない』って言葉に対して引き摺っているのだろう。こんな形で絞り込まれるとは、という心境なのだろう。こんな所でフェイクを挟むとは思えないので、これは事実なのだろう。

 しかしもう【GM】を探している段階ではないので、考察などせずにさっさと今日の議論を始める。


「じゃあ今日も【霊能力者】から。分かり切っているが、香川の結果はどうだった?」


「当然【魔女だった】よ」「【魔女だった】」


 小島、京極がそれぞれ口にする。

 やっぱりな、と言いつつ、私はさり気なく他の2人を偽物であるように思わせる方向へと誘導する。


「まあでも、緒方が脱落したから、あいつが本物だったっぽいから、判定聞いても意味ないかもしれないけどな」

「その流れには乗らせないよ」


 京極が首を横に大きく振る。


「脱落したからと言って【魔女】の味方じゃないとは言えない。むしろ自分の信用を取るために【信者】だった緒方さんを自分たちで呪った、っていうこともありうるよね」


(……成程。他の奴らから見れば、どっちの村が緒方を呪ったのか判らないのか。そこは失念していたな)


 相手村の目的は、もしかしてそういう思想を引き出すためだったのかもしれないな、と始まる前の疑問にある程度の納得を付けたところで、ふん、と鼻で笑って不敵だという態度を見せながら次に進める。


「じゃあ次は【村長】、上野」


「私はいつもと同じ理由だよ。今日は【京極君】。結果は【B村】だったよ」


(これはいい情報だな。ならば小島の次に呪うのは京極にするか。――いや、それは得策ではないか。【呪人間】か【魔女】を引き当てた方が最適だからな。こいつだけはやめておこう)


 密かに明後日から先のことを考えながら、話を進める。


「そうか。じゃあ次は【占い師】だな。今日も私から宣言させてもらう」


 懐からカードを取り出し、ジョーカーを用意する。


「【シャーロット】。お前はやっぱり【魔女だった】。昨日疑った通り、香川の仲間だったようだな。下手な工作が裏目に出たな」


 そう言いつつ、ジョーカーを投げつける。

 すると――


「……そう来ると思っていました」


 その


「お前それ……何だよ?」

「ビリヤードのキューですよ。見て判りませんか?」

「形状がキューだってのはここに来た時から持っていたから知っている。だが分かんねえよ。そんなに――だってのはよ」


 キューとはビリヤード球を突くモノだ。カードを貫く程の鋭さ、硬さが先端にあるものなんて普通は有り得ないだろう。


「これですか? 昨日に作成致しました。果物ナイフで少しずつ削って、です。普通ではこのようなキューはありませんよ」

「何でそんなもんを作ってんだよ?」

「今日、使えそうだと思ったからですよ。別に何に使おうとか思っていませんけど」


 シャーロットは無表情で答える。

 整合のあっていない言葉と相まって、私の恐怖心を駆り立てた。


(使う目的なんて、私を殺すことだろうな――って最初思ったけど、それなら始まる前にやっているはずだよな。処刑者選択の後だったら恐らく無理だろう。それはシャーロットも分かっていると思うんだが……)


「どうしたのですか、蒲田さん? 先に話を進めてください」


 感情の籠らない平坦な、シャーロットの声。気味悪いと思っていることを態度に表さないように気を付けながら対応する。


「じゃあシャーロット。お前、今日は誰を占ったんだ?」


「今日占ったのは【鳥谷さん】です。占った理由は【占い師】の中で本物か偽物か判らないのが鳥谷さんだけだったからです。結果は――【魔女じゃありませんでした】」


「あっしですか。これはびっくらこいた。ってか当然ですしおすし」


 口調とは裏腹に、鳥谷は眉間に皺を寄せる。


「……ですがシャロ氏。タイミングが非常に悪いでござる」

「どういうことですか?」


「何故なら、あっしが今日占ったのは【シャロ氏】だからだし」


「そうですか」


「結果は当然【魔女じゃなかった】だったお」


 成程。

 この占い結果は私と反対となる。加えてお互いを庇い合う様な結果になってしまっているため、信頼性は下がってしまう。


(まあ、私にとっては美味しい結果だけどな)


 そう心の中でほくそ笑んだ――その時だった。


「……


(え……?)


 私は耳を疑った。


 何故ならば、鳥谷が気持ち悪い言葉づかいを止め、からだ。


 皆が驚きで目を丸くしている中、鳥谷は言葉を紡ぐ。


「私は確かに【魔女じゃない】。でも――【占い師】でもないんだ」


「そうですか」


 分かっていた、というように頷くシャーロット。ずっと無表情、無機質だから読み取れない。


「……ということで、私の占い結果は、本当かどうか分からないんだ」

「そうですよね。分かっています。別にいいですよ」

「本当に……ごめんね……」


 そう言って鳥谷は口を閉じ、机に伏せた。


 数秒間の空白が生まれる。

 正直、私も呆気に取られていた。


 鳥谷が謝った理由、【占い師】じゃないとカミングアウトした理由は分かる。シャーロットが今日の処刑候補であるため、繋がりがあると思わせたくないからだ。だからこそ、自分の結果はシャーロットを庇ったものではないとアピールして、明後日の処刑者候補から外れるように動いた。だが結果として、それはシャーロットを見捨てることとなる。だからこそ鳥谷は謝ったのだ。

 そこで私が疑問に思ったのは、鳥谷が坂井を【魔女】だと判定したのは何故だろう、ということだった。


(……待てよ。もしかして、こいつは――)


 その理由について1つの推論が出たと同時に、静まり返った場に吉川が声を響かせる。


「あれ? よく分かんないけど、次はあたしだよね? っていうか残っている【占い師】あたししかいないし、いいよね? ――っていうことで早速言うよ」


 無駄に騒々しく、吉川は結果を口にする。


「先に言っちゃうと結果は【魔女じゃなかった】けどね。今日占ったのは【柿谷君】だよ」


「う、うん。健康的だし、当然だよね」

「健康の意味が分かんないんだけど?」

「あ、その、えっと……青汁飲む?」

「美容にいいって聞くけどまずいからいらなーい」


 柿谷と吉川があほな会話をしているのを放っておいて、話を進める。


「さて、じゃあ今日はどいつを処刑者に選ぶんだ?」

「決まっているではありませんか、蒲田さん」


 シャーロットが尖ったキューの切っ先を私に向ける。


「私かあなたですよ」

「だな」


 私は睨みを返す。


「【魔女】だと占われたのは私かお前だけだ。だが、それはお互いの判定のみだ。どちらかは確実に嘘をついているってことだな」

「ですが今までと違い【霊能力者】の味方は確実に減りましたよ。緒方さんがいなくなりましたから」

「だからこそ私の方が本物だとも言えるんじゃねえか? 緒方が本物だったからこそ、【魔女】に狙われて脱落した、って」

「そうかもしれませんね。


 シャーロットはしれっとそう言う。


(こいつ、まさか……?)


 その態度に私は疑念を感じた。


「どうしたのですか? あなたのアピールはそれだけですか?」


 シャーロットはピクリとも表情を動かさずに訊ねてくる。


「まさか。他にもあるさ。――ただ私が正しいってアピールじゃないんだな、これが」

「それは何でしょうか?」

「私は【村長】の上野から【A村】だと言われている。だが、確か香川は【B村】だと言われていたな」

「それがどうしたのですか?」

「ここで【霊能力者】だ。小島が本物だとしたら、香川が言うならば【A村】の【魔女】をもう1人脱落させればこのゲームは終了するかもしれない。それは即ち、私が本物であるということの証明にもなる」

「そうですね。4人も一致しているのですから」

「だが、その【魔女】が私だと言うならば、その理論は破綻する。私が本物であってもなくても、絶対に終わらない。本物ならば勿論【魔女】じゃないから脱落する【魔女】の人数は変わらないし【魔女】ならば小島も道連れになるから、結果、京極か脱落した緒方が本物となり【A村】の【魔女】はどっちにしろ1人は生き残る」

「それはそうですね」

「で、どの【霊能力者】が本物であっても、今確実に脱落している【魔女】は、【B村】である香川だ。――何が言いたいか判るか?」

「ええ。つまり【A村】の蒲田さんを脱落させるよりも、【B村】の可能性がある私を脱落させた方が、確実に終了に近づく、ということですよね」

「そういうことだ」


(……やっぱりそうか)


 そこで確信を持った。


 話を止め、逆に訊ねる。


「私の主張はそんなところだ。で、お前はなんかあるか?」

「私はあくまで蒲田さんが【魔女】だということを占い結果で出しただけです。それ以上の主張をするつもりはありません」

「そうか。じゃあ、もう議論終了でいいな。――おいGM」

『まだ時間は残っているよ』

「いい。もう始めちまえ」


『はいはい。じゃあ投票タイムスタート』


//////////////////////////////////////////////////////////////////



 02番 飯島 遥 → シャーロット セインベルグ

 03番 上野 美紀 → 蒲田 愛乃

 07番 柿谷 進 → シャーロット セインベルグ

 08番 蒲田 愛乃 → シャーロット セインベルグ

 09番 京極 直人 → 蒲田 愛乃

 11番 小島 剣 → シャーロット セインベルグ

 14番 シャーロット セインベルグ → シャーロット セインベルグ

 15番 瀬能 奏 → 瀬能 奏

 19番 津田 波江 → シャーロット セインベルグ

 21番 鳥谷 良子 → 蒲田 愛乃

 22番 新山 佳織 → 新山 佳織

 23番 新山 沙織 → 新山 沙織

 24番 沼倉 充 → 沼倉 充

 25番 野田 夏樹 → 野田 夏樹

 30番 矢口 奈江 → シャーロット セインベルグ

 31番 吉川 留美 → 蒲田 愛乃



 結果

 シャーロット セインベルグ 7票

 蒲田 愛乃 4票

 瀬能 奏  1票

 新山 佳織 1票

 新山 沙織 1票

 沼倉 充  1票

 野田 夏樹 1票



//////////////////////////////////////////////////////////////////



「そうですか。私ですか」


 ひどく冷静に、シャーロットはそう言った。


「前日に皆さんにお別れを言っておいてよかったです」

「シャロ……」


 新山妹が沈痛な面持ちでシャーロットを見る。


「何も悲しむことは無いですよ、沙織ちゃん。私はひどい女なのですよ。悲しんでくれる沙織ちゃんや鳥谷さんのことなんか、どうでもいいって思っているのですよ」


 私は途中で気が付いていた。


「だって、陽介君のいない世界なんて、意味ないじゃないですか」


 こいつは――、と。


 今日になって、あまりにも迂闊な発言をし過ぎている。

 私を誘導するように見せかけて、自分へと誘導するように動いていた。

 相手を私に選んだのは、別に脱落するのが私でも良かったからだろう。

 【魔女】であるし、何より香川を死に追いやった人間なのだから。


『さて、じゃあシャーロットさんの処刑を――』


「待ってください」


 GMの言葉を遮って、シャーロットはキューを短く持つ。


「GMにお聞きしたいのですが?」

『何だい?』


、どうなりますか?」


 その言葉に、辺りがしんと静まる。

 GMは答える。


『それは、もう君の脱落は決まっているから、殺された人が損するだけだね』

「では私の代わりに誰かが死んだから、今日の脱落者が変わる、ということはないのですね?」

『うん。それはないね。君が脱落することだけが確定しているだけで、それまでに人を殺そうが何しようが変わらないよ。君の脱落は誰にも代えられないよ』


「――それを聞いて安心しました」


『えっ?』

「きちんと守ってくださいね。『私の代わりはいない』のですから『代わりに処刑者投票を再開する』とかはあってはいけないですよ」

『一体何を……?』


「何をって、私も、陽介君と同じです。同じように死にたいのです。だから――」


 シャーロットは、満面の笑みを見せた。





 ――めちゃり。


 肉を抉る嫌な音が聞こえた。

 同時に、大広間中央に広がる赤。

 血飛沫。

 誰もが眼を逸らしただろう。

 だが、私は逸らさなかった。

 見届けた。


 シャーロットが――ことを。


 意図してか知らずか、シャーロットは前のめりに倒れる。血飛沫は前方にしか飛散せず、横にいた瀬能に掛かることもなかった。流石に間近で見過ぎて腰を抜かしているようだが。

 そして噴水の如く流れ出た血が収まった頃。


『……全く、どいつもこいつも』


 誰もが絶句していた場に、GMがそう言葉を漏らす。

 これは完全にコントロールしていない発言だったのだろう。


『はい。今日も終了だよ。以上』


 無理矢理のように、GMは少し声のトーンを高くして告げる。

 だが誰も動かなかった。

 動けなかった。

 村田の場合は完全に止まったみたいに死んでいた。

 他の奴らはモニター越しに死んでいた。


 だが、実際どうだ。


 それらはみんな同じだ。

 この血だまりの中に横たわっているシャーロットと同じだ。


 みんな――等しく死んでいる。


(……もしかしたらシャーロットはこの効果も狙っていたのかもな)


 自分が死ぬことで、もう誰も死なせたくない、と思わせること。

 非現実だった、処刑ということに現実感を持たせて、後悔を煽る。


(……ま、そこまで考えてなくて、香川が死んだから単純に見せしめで死んで見せただけだろうけどな)


 私はそう結論付け、いつものように部屋に戻ろうとシャーロットの死体から視線を外した。

 ――その時だった。



「「――!」」



 同じセリフ、声が2つ重なる。

 新山姉妹だった。

 そして注目を集めた2人は何かを決意したように頷き、手を繋ぎながら告げる。


「もうここまで友達を失うのは嫌だ」

「だから一気に終わらせようと思う」

「村人が全滅するか、【魔女】がいなくなれば終わる」

「この人数だからもうどちらも少ないだろうと私達は考えている」

「だから私達は――【A村】に喧嘩を売る」

「【A村】を負けにして、これ以上の犠牲を減らす」

「但し、具体的に喧嘩を売るのは【A村】のみんなじゃない」

「私達は――【A村】の【魔女】に喧嘩を売る」

「何故ならば私達のどちらかの役職は、完全に【A村】の敵だからよ」

「どちらかが――【B村】の【呪人間】」

「どちらかが――【A村】の【反射魔導師】」

「だから【B村】の【魔女】にはメリットがない」

「だけど【A村】の【魔女】には2人減らせるというメリットがある」

「私達に【守護騎士】はいらない」

「さあ、人数が負けている【A村】の【魔女】の人」

「私か」

「私か」


「この一か八かの『賭け』に乗ってみない?」



(……これは)


 私は笑みが浮かぶのを必死に抑えた。


(こいつら……どう考えても私に喧嘩を売っているよな)


 香川とシャーロットのことを信じているからこそ、こいつらは私のことを【A村】の【魔女】だと認識している。

 そして『賭け』と言う言葉。

 間違いなく、私だけに向けられた言葉だった。


(……面白い)


 正直な話、私はここでの勝負に勝てば、もう安全に勝負を終わらせることが出来る可能性が高い。その前提条件はシャーロットが【B村】であることなのだが、それは鳥谷の占い結果からほぼ間違いないと思う。


 私の推測では、鳥谷は――【B村】の【内通者】だ。


 出席番号の上から占ったと言ったが、こいつが占った中で【魔女】だと告げたのは坂井と香川だ。

 そして香川に宣言する時、『例外』だと口にしていた。

 最初は出席番号順に占っていたことに対しての『例外』だと思っていたが、これがもし『こいつの中の占い結果に対しての例外』であれば、1つの推論が浮かぶ。

 それは、鳥谷は【A村】の人間を【魔女】だと告げている、ということ。

 香川は確実に【B村】の【魔女】だったから、それだけは例外だということ。

 京極といい駒井といい、分かるだけでも他の奴らは【B村】濃厚な奴等ばかりだ。

 そしてその鳥谷がシャーロットを【魔女じゃない】と占った。

 つまり、シャーロットは【B村】であることが高い。

 そうなると、今の内訳はこうなる。


 A村:07

 B村:08


 そこで明日【B村】の【呪人間】を呪うことが出来て【B村】の奴を2人減らせられれば、相手に【A村】の奴を呪われても、少なくとも【A村】と同数になる。例外としては【B村】の【魔女】が【A村】の【呪人間】を呪うことだが、その確率は限りなく低いだろう。

 そうしたら私は自分を【魔女】だとバラし、【A村】の人間に確実に【B村】であるやつらを脱落させるように仕向ければいい。

 ここでのギャンブルは、まさにハイリスク・ハイリターンだ。


(ガチで面白いな。面白いぞ)


 自分自身のリスクなく相手を脱落させていた今までに比べて、私の中でのギャンブラーの血が騒ぎ出す。


(いいだろう)


 確実に命を張る選択のために、今まで呪い相手を選択させていた飯島は当然嫌がるだろう。

 だがもともと、一生体験できることのないおいしいことは誰にもやらせるつもりなど毛頭なかった。

 だから――


(この勝負、私自ら――乗ってやろうじゃねえか)


 気付きながらも、私は口の端から我慢できずに笑みを零してしまっていた。

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