シャーロット セインベルグ

◆【占い師】B シャーロット セインベルグ



 少しだけ、過去の話をしようと思います。


 私が小学校に入ったばかりの頃。

 両親に連れられてイギリスから日本に来た私は、それはもう目立ちました。

 顕著だったのは、髪の毛の色でした。

 周りの子が黒々とした髪をしている中での金色のそれは、かなり浮いておりました。

 小学生とは残酷なもので、皆は私を珍しがり、見物し、平気で指を差してきました。

 まるで動物園のようでした。

 勿論、私は檻の中でした。

 だからあの時の私は、学校に行くのがひどく億劫でした。

 髪の毛の色を黒に染めようと親に訴えたこともありました。

 ですが許してもらえず、せめてもの抵抗で髪の毛をショートにカットしてもらいました。そして、髪の色が全く見えないような深い帽子を被っていました。

 それはそれは暗い子でした。

 日本語が聞くことは出来ましたが、あまり話すことが出来なかったことも相まって、ずっと下を向いていることが多かったと思います。

 やがて、最初は珍しがって見に来ていた人も次第に減っていき、いつの間にか私は孤立していました。


 毎日、1人で食べる給食。

 1人だけ残る体育。

 1人での帰り道。


 1年生の頃は、もしかしたら学校で口を開いたことがないかもしれません。

 だから日本語を聞く能力は結構身についたのですが、話す能力は一向に向上しませんでした。

 そんな暗鬱な日々を過ごしていました。


 月日は経ち、私は2年生になりました。


 クラス替えが行われました。

 人が変わりました。


 だけど私は何も期待していませんでした。


 また1年間、同じようなサイクルが繰り返される。

 最初は珍しさに近づいてくるが、奇異なモノを見るようになり、徐々に距離を取っていき、やがて飽きる。

 そんな見世物のような生活が始まることにうんざりして、私は机に伏していました。


「――なあ」


 突如、右方から男子の声が聞こえました。どうせ私ではないだろうと顔は上げませんでした。


「なあなあ」


 2度目になると流石に私に対して言っているのだと気が付きましたが、無視をしました。


「なあなあなあ」


 男の子は「なあ」の数を増やすと同時にその位置を左に移しました。それでも私は無視を続けました。


「……。……。……。……おっぱい揉んでいい?」


「ッ!」


 思わず私は跳ね起きました。何てことを言うのでしょう。


「うおい! 寝てなかったんかい!」


 前方にいたのは、短髪をツンツンに立てている少年でした。

 私は彼を睨みました。


「あ、いや、じょ、冗談だよ? 本当にやろうとして言ったわけじゃないよ?」


 彼は、照れたように顔を赤くして言い訳を始めました。


「ん?」


 突然、彼の目線が少し上に動きました。

 そこで私は気が付きました。

 先程跳ね起きたことで、被っていた帽子が脱げてしまっていたのです。


「アッ!」


 私は手で頭を隠そうとしました。帽子を探すよりも何よりも、自分の髪の色を見せたくなかったのです。

 もう私の頭の中はパニック状態でした。


「はい。落としたよ」


 再び男の子が私の帽子を持って声を掛けてくれた時に、頭を抱えたまま先程と同じように跳ね上がってしまいました。そして帽子を奪い取るように取ってしまいました。


「おお。何かごめんな」


 男の子は何故か謝ってきました。謝るべきなのは私なのに。

 ますます肩身が狭くなってしまいました。


「つーかさ、何で帽子被ってんのさ? 帽子好き?」


 私は首を横に振りました。


「んん? 何で帽子好きじゃないのに教室内でも被ってんの?」

「ア……」


 この帽子の下にある自分の髪色が嫌いだから。

 そう言いたかったのですが、当時の私のスピーキング能力では何も言えませんでした。

 だから黙っているしか出来なかったのです。

 ――ですが。

 そこで彼は私に、当時の私が想像だにしなかった言葉を放ったのです。



 私は思わず彼の顔を凝視してしまいました。

 今まで「髪が綺麗」とか「金髪すっげー」とか髪関係で褒められたことはあったが、容姿を褒められたことは今までありませんでした。

 だから彼のその言葉は、自分自身をきちんと見てくれていると思いました。

 今まで伏せていた1年間、どうして私はこの人に出会わなかったのでしょうか。

 そして次の瞬間、目の前の少年が輝かしく見えました。

 平たく言えば、とても格好良く見えました。

 そのまま数秒、恐らく口を開けたままじっと見つめていたのでしょう。


「え? あれ? 何?」


 彼は混乱している様子を少し見せると、納得したように手を打ちました。


「あ、そっか。日本語分からないのか。だから何言っているのか分かんないから、じっと見てくるのか」

「No, I…」


「なーんだ。惚れられたかと思っちゃったよ。勘違いアブねえアブねえ」


「……」


 図星だったので、私は閉口しました。

 というより、どうして帽子が好きなのかと聞いてジェスチャーで答えた直後、私が日本語が分からないと思えるのかが分かりませんでした。この時から、彼は少し抜けた所がありました。


「んじゃあ英語じゃどういうんだっけ? えっと……カオ、が、でりしゃす? いや違うな、びゅーてぃふる? ……ああ、もうわっかんねえ!」

「……何叫んでんだ?」


 彼の背後から、落ち着いた雰囲気を纏った男の子が現れました。


「お、充! いいとこに来た。英語で『可愛い顔が隠れちゃうからもったいない』ってなんていうのか教えてくれ」

「知らねえよ。まだ習ってないって」

「お前なら知ってそうだろ.頭いいし」

「小学2年生に何を求めているんだ……って、本当に何やってんだ?」


 充と呼ばれた男の子は私に視線をちらと向けた後に、彼に白い眼を向けました。


「外国人の女の子を襲うとか、小学2年生にして将来が見えたな」

「どこが襲ってるように見えんだよ!」

「女の子が帽子の上から頭を押さえながら、潤んだ瞳の上目遣いでお前をじっと見ているこの状況を見れば……、…………

「何をだよっ!」

「そっちのやったなじゃなくても他の……まあいいや」


 その男の子は全てを判り切っているようでした。少なくとも私の気持ちは読み当てられていました。


「お前なら『金髪金髪』とか騒いで泣かせているようなイメージだったけどな。意外だ」

「んなことしてねえよ。っていうか別に金髪とかそんなに驚くことか? ウチの姉貴は赤だぞ」

「それはお前ん家の姉ちゃんがクレイジーなんだよ」


 充と呼ばれた男の子が呆れたようにそう言った時でした。


「おー、2人が女の子と話してるっすよ。そういうの何て言うんすかね? あ、そうっす。ナンパっすナンパ!」

「あれ、佳織? 私というモノがありながら、って言わないの?」

「何言ってるかね、この妹は」


 いかにも元気そうな女の子と、顔がそっくりな2人の女の子がこちらに来ました。

 短髪の男の子は「おお、ちょうどいいところに来たな」と3人に声を掛けました。


「英語で『可愛い顔が隠れちゃうからもったいない』ってなんていうのか教えてくれ」

「あいらぶゆーっすよ」

「なっ……かなちゃんが英語を喋った、だと……?」

「なんすか! あたしが愛の言葉を囁いたのがそんなにおかしいっすか!」

「ていうか奏、愛の言葉って言っているってことはさっきのはボケだったんだね」

「ニュアンスは一緒っすよね?」


 あー、と短髪の男の子以外が感心したように声を上げました。


「ぜってぇ違うだろうが! お前らきちんと考えろよ!」

「ていうかそもそもさ」


 そっくりな女の子の1人が私を見ながら、こう言いました。


「多分この子、。喋れないだけで」

「え?」

「勘だけどね。でも挙動を見ているとそう思うんだよねえ」


 私も驚きました。

 ずっと黙って見ていただけなのに、どうして分かったのでしょう。


「マジか、佳織?」

「私は沙織だ。あと訊くなら私じゃなくて本人に訊きな」

「……マジなのか?」


 こくり、と私は首を縦に動かしました。

 途端に――


「うあーマジかよ! じゃあおっぱい揉んでいい? とか聞いたのは無効化されたと思ったのにどういうことだまじやべーって!」


「本当に最低だな、お前」

「女の子に胸のことを聞くとか、小2にして既に将来が見えたな」

「佳織。俺もさっき同じこと言った」

「っていうか外国人さんなんだからおっぱいボイーンなんすよね!」


 一斉にみんなは短髪の男の子を責め出しました。あと、外国人だからと言っておっぱいは大きくなるとは限りません。


「そういやさ、名前聞いてなかったし、言ってなかったね」


 短髪の男の子が「じゃあまずは充から」ともう1人の男の子に促しました。


「何で俺から……まあいいけどさ。――俺は沼倉充。よろしくね」

「じゃあ次はあたしっすね。あたしは瀬能奏って言うッすよ。よろっす!」


 元気そうな女の子が私の手を握ってきました。


「ゆりゆりんいいねえ。私は新山沙織だよ。こう見えても妹さ」


 私が日本語のヒアリング能力があるということを見抜いた女の子が、妙ににやにやしながらそう言ってきました。


「沙織。よだれを拭きなさい。あ、私は新山佳織。沙織の双子の姉だよ」


 沙織さんに容姿が似ている女の子が紹介してきました。成程、と私は2人が双子だという言葉に納得しました。これで双子でなければドッペルゲンガーです。お2人共に命を落としてしまいます。


「さて、と。いよいよ真打の登場といきますか」

「真打? お前が?」

「ヒーローは遅れて登場するモノさ。フッ」

「はあ? お前がヒーローな訳ないだろう。妄想のし過ぎだ」

「ヒーローはヒーローでも他人の胸を物理的に直接触って守る、変態ヒーローか」

「それは大変な変態ヒーローになるわね」

「略して大変態ヒーローっす」


 みんなは呆れた様子で男の子に責めの言葉を投げます。


 だけど、私はそうではありませんでした。

 私にとって、間違いなく彼はヒーローでした。


 私の中の狭い世界を、たった一言で広げてくれました。

 他人にとっては他愛のない一言でも、私にとってはかなりの大きな言葉でした。

 そんな私にとってのヒーローは「何だよ! 変態じゃない男の子なんかいないんだぞ!」と叫び声を上げた後、私の方にもう1度身体を向けました。

 そして、とてもいい笑顔を見せながら教えてくれました。


「あのな。俺の名前は――」



――――――――――


「――


 蒲田さんの口から彼の名前が放たれました。

 しかしそれは死刑宣告に近いモノでした。


「私はお前に処刑者投票をする。沼倉の提案に乗ればお前は死ぬぞ」

「え……マジで、何で?」


 陽介君は困惑した様子で自分自身を指差していました。


「あ、いや、死ぬのがマジで、って意味じゃなくて、何でお前が俺に投票しようとしてんのか、ってことなんだけどさ」

「簡単な理由だ。お前にも身に覚えがあるだろう」

「はあ? 何がだよ?」

「私は【占い師】だ。その私がお前に処刑者投票を投じると言ったら、意味は1つしかねえだろうが」


 蒲田さんは指先を陽介君に向けたまま、こう告げました。


「お前が――【


「なっ……」


 陽介君が言葉を詰まらせます。


「お前……こういう形で俺達を分断しに来たのか……」


 恨めしそうに、沼倉君が蒲田さんを睨み付けます。


「分断も何も、私はただ単に占いの結果を口にしただけだ。きちんと香川を占った理由もある」

「なんだよそれは」

「昨日の香川の言動で――」


『ああ、ちょっと待った』


 そこで声を挟んだのはGMでした。


『議論が元に戻りそうだからね。ここからはいつものように15分のカウントをするよ』

「別に構わねえよ。勝手にしろ」


 ちっ、と舌打ちをして蒲田さんは再び言葉を紡ぎます。


「さて続けるが――昨日の香川の言動で、ちょっと不自然なのがあったからだ」

「あ? 俺に不自然な言動なんてあったか? っていうかそもそも、俺ってあんまり発言していないと思うんだけどさ」


 陽介君が頬を掻きながら蒲田さんに問い掛けます。蒲田さんは鼻で笑います。


「確かにお前は今まであんまり喋っていない。一言も喋っていない気がするな。だが、昨日はそうじゃなかったよな? 上野に村を判定されてさ」

「ん、確かにそうだったな。だけどそれがどうしたんだ? 確か俺、上野の判定に同意しただけだと思うけど」

「私が引っ掛かったのはその時の言葉だよ。何て言った?」

「覚えてねえよ」

「じゃあ私が言ってやろう。お前はこう言ったんだ。――『俺は合っているな』ってな」


 確かにそう言われてみれば、陽介君は昨日、そう言っていました。

 ですが、それのどこに引っ掛かる要素があるのでしょうか?

 その疑問は陽介君も思ったようで、


「そうかもしれんが、それがどうしたよ? そこから俺が【魔女】だって疑う要素が無いんだけど」

「じゃあ、俺『は』って、どういう意味で言ったんだ?」

「んー、細かいことは覚えてないから、どういう意味って言われてもさあ……っていうか、それのどこに問題があるの?」

「お前がこの言葉を言ったのは、【村長】だと言っている上野から、村人判定を受けてからだ。そしてその前には、同じく【村長】だと言っていた相沢が、吉川によって偽物だっていうことをバラされた」

「あー、そうだったな。だから俺はあの時、自分は合っている、っていう意味で『俺は』って言ったんじゃないか? 意識して言ったわけじゃないから、後付けの理由だけどな」

「それだよ」


 蒲田さんは人差し指を陽介君に向けました。


「どうしてお前は、相沢が偽の【村長】だって分かったんだ? 吉川は直接そう言っていないのに」

「確かにそうだったね。あたしの頭脳が冴え渡った瞬間だったね」


 うんうんと吉川さんが腕を組みながら頷きます。

 対して陽介君は呆れた様子を見せます。


「おいおい。あんなの誰だって判るだろ。あれだけ露骨にすればさ」

「確かに、分かりやすかったな、あれは」

「だろ?」

「だが、お前が判るわけないんだよ。何故ならばお前は


 ――鹿


「……は?」


 陽介君の表情が固まります。

 そして数秒の後に、やれやれと首を振って、


「おいおい、蒲田よぉ、俺だって泣く時があるんだぞ。ま、それは――だけどなっ」


「うぜぇ。言った通り馬鹿じゃねえか。――ってことはやっぱり、吉川の言動で知ったわけじゃなくて、あらかじめ吉川がどっちの村に属するか知っていたな」

「ひでえなおい。……ってかその言い方だと、俺と吉川が組んでいるように聞こえるな」

「つまりはそう言ってんだよ」


 蒲田さんはきっぱりと言います。


「私は吉川も【魔女】陣営だと考えている。【占い師】だし可能性はかなり高い。昨日新山妹が指摘した通り、吉川が占った相手は新山妹を除いて次の日に脱落している。これは占いの結果を受けた反応を見て、その人が【反射魔導師】かどうかを判別していたんだろう」

「だーかーらー偶然だってば」


 吉川さんが訴えますが、蒲田さんは耳を傾けません。


「【占い師】として目立っている吉川は、恐らく【魔女】ではなくて【信者】あたりだな。だから組んでいそうなやつを先に占ってみた」


 ふっ、と蒲田さんは唇の端を歪めます。


「正直、あまり自信の持てない占い先だったんだが、私は賭けに勝った。全く見えなかった【魔女】を引き当てた」

「ちげーっての。全く……」


 陽介君がやれやれと首を横に振ります。


「俺から反論してもらうとな、お前が【占い師】ってのは絶対有り得ないんだよ。だから俺からしたらお前こそ【魔女】で、俺を呪い殺そうとしたら殺せなかったから俺のことを【魔女】だって言っているようにしか聞こえないぜ」

「……色々言いたいことはあるが、まず、何で私が【占い師】じゃないって言い切れるんだ?」

「うーん、あんまり言いたくないんだけど……仕方ないか」


 はあ、と一つ嘆息して、陽介君は親指を自分に向けます。


「俺は――【】なんだよ」


「ッ!」


 蒲田さんの眼が大きく見開かれました。

 私も驚きました。


(まさか陽介君が【呪人間】だったとは……占わなくて良かったです)


 佳織ちゃんと沙織ちゃんから「自分達は占わないでほしい」と言われた時に気が付きました。


 私は人を殺してしまう役職――【占い師】なのです。


 何の考えもなく相沢君と沼倉君を占ってしまったのは軽率であったと、反省しました。

 なのでその次の日から私は【占い師】の人を占うようにしました。

 もしこのまま友人だけを占っていたら、私は陽介君を殺してしまう所でした。


「つまり、お前が本当の【占い師】だったら、俺は死んでいるはずなんだよ」

「……そうだな。それが本当ならな」


 蒲田さんは眉間に皺を寄せます。


「仮にそうだとしたら、私はどうやってお前が【魔女】だって分かったんだよ?」

「知るかよ、そんなの」

「だから仮だっつってんだろ。さっきお前が言った通りに私が【魔女】であったとして、お前を呪って死なないから【魔女】だって決め付けたんなら、なんてお前は死んでいないんだよ? そっちの方法でもお前は脱落しただろ」

「んなの、俺のことを誰か【守護騎士】が守ってくれたからに決まってんだろ」

「何で? お前なんか守れる訳ないじゃん。私が【守護騎士】だったら新山妹の方を護衛対象にするね」

「知るかよ。あれだけ沙織が煽ったから逆に呪うことはしないだろうと思って、適当に護衛したんじゃないの? そんなの実際に守った【守護騎士】にしか分かんねえよ」

「……」


 蒲田さんは口を真一文字に結びます。

 対照的に陽介君は口を再び開きます。


「さて、これでも俺に投票するのか? もしかしたらお前が死ぬかもしれねえぞ。俺の道連れにな」


 蒲田さんは答えません。

 多分、答えられないのでしょう。

 ここで道連れになるかもしれないと言えば、彼女は自分自身の所属を【B村】であると曝け出すことになります。逆もまた然りです。

 また、道連れにならないと答えてしまうと、自分が絶対安全圏にいる【魔女】もしくは【GM】だと勘違いされてしまうかもしれません。

 いずれにせよ、あまりいい印象は与えないでしょう。

 やがて重い口を開けた蒲田さんは、こう言いました。


「……役職者全員の意見を聞いてから決める」


「そっか。まあ俺は自分自身に投票する沼倉システムを採用することをおススメするけどな」

「――まずは【村長】の上野からにするか。もう村長は出てこないだろうし、さっさと最初に判定させるぞ」


 無視かよ、という陽介君の言葉すら無視して、蒲田さんは上野さんに訊ねます。


「上野。今日は誰を判定したんだ?」


「今日はまた上から判定して……【柿谷君】が【A村】だったよ」


「そっか。じゃあ次は【霊能力者】だな。面倒くさいから緒方、京極、小島の順に判定結果を言ってくれ」


「私の結果では【但馬さん】は【魔女じゃない】」

「同じく【但馬さん】は【魔女ではない】」

「全員同じだね。【但馬さん】は【魔女じゃなかった】よ」


「これは疑いようがないな。次、【占い師】」


 ペース早く、蒲田さんは急かします。

 それに呼応する形で、いつものように吉川さんが「はい!」と手を上げます。


「昨日からのあたしは一味違うよ。ふっふっふ。今まで可愛い子しか選んでいなかったけど、今回からはきちんと考えて占っているわ」

「ほう、それは誰だ?」


「【霊能力者】の【小島君】だよ。結果は【魔女じゃなかった】」


「当然だけどね」


 小島君が満足そうに一つ頷いたのと同時に、吉川さんが親指を立てました。


「理由は【霊能力者】が3人いるから、適当に占ってみた。本物は1人だから多分当たるだろうってね」

「つまり、あんまり考えてないってことだな」

「ひどいっ! 京極君は偽物っぽそうだったから違う人を占おうと考えたあたしの脳みそに謝って!」

「じゃあ次はシャーロットだ」


 吉川さんの訴えをも無視をして、話を私に振ってきます。

 ちょうどいいタイミングですね、と心の中で思いながら私は告げます。


「私が今回占ったのは【吉川さん】です。結果は【魔女ではありませんでした】」


「へ? あたし?」

「占った理由は蒲田さんが先程言った様に、吉川さんが占った相手がみんな次の日に脱落していたため【魔女】じゃないかと疑ったからです」


 あと【呪人間】を確実に当てないため、というのも理由でしたが、そこは敢えて言いませんでした。


「そうか。――じゃあ最後に鳥谷だな」


「……あっしの占い先は【坂井氏】。占った理由は出席番号順だし……」


 鳥谷さんはいつものように淡々と言葉を紡ぎます。

 だからすぐには気が付きませんでした。


「結果は【】。以上。オワタ」


 鳥谷さんは、物凄く衝撃的なことを告げた、ということに。

 そして幾秒かの間が空いた後、「はあっ?」と坂井君が声を張り上げます。


「お前何言ってんだよ! 俺が【魔女】とか有り得ないって!」

「占い結果に出ただけなのにマジになってどうすんの? ねえどんな気持ち?」

「最悪の気持ちだよ! 何で僕が【魔女】にされなきゃいけないんだ! こんな嘘までついて俺に何の恨みがあるってんだよ!」


 憤慨する坂井君ですが、鳥谷さんは唇を尖らせます。


「実際問題何を言われても占い結果としか言いようがないんだよね。そう結果が出ちゃったんだから」

「お前……偽物の【占い師】だな……ッ」

「そっちからしたらそう言うしかないってのは見切りの極みアッー。つーか批判ばっかしてないで根拠付けて否定すればいいじゃないですかやだー」

「くっ……」


 坂井君は顔を大きく歪ませます。そして少し悩んだ様子を見せた後に、意を決した様に彼は口を開きました。


「お、俺は【魔女】じゃない。だって俺は……」

「俺は?」


「俺は――【】なんだ」


 【守護騎士】。

 【魔女】の呪いから人を守る役職。

 【魔女】の天敵。


(ですが、自分を守ることが出来ないため、名乗ってはいけない役職でもありますよね)


 【守護騎士】は自分自身を守ることが出来ません。だからこそ、名乗ってしまったら【魔女】の標的となってしまいます。

 だからこそ、坂井君は本物の【守護騎士】のような気がします。

 そうでなければ、ここで【守護騎士】だと告白する理由がないですから。


「ふーん、そうなのー。じゃ誰を守ったか言ってみそ」


 投げやりなその鳥谷さんの言葉に、坂井君は「言われなくても!」と少し高ぶった様子で語ります。


「俺は昨日までずっと一貫して【吉川さん】を守っていた。理由は【占い師】の中で最もそれっぽかったから。でも昨日だけは【新山沙織さん】を守った。理由は言わずもがな、吉川さんの占った相手が脱落させられている状況で昨日占われたのが新山さんだからだ」


「昨日の理由は納得出来るな。だが、それまでの理由が理解出来ない」


 坂井君の言葉に真っ先に反応したのは、蒲田さんでした。


「どうして吉川が最も信用できるんだ? 占い理由も適当だし、占い先も次の日には脱落しているのによお。ああ?」

「そ、それは……」


 坂井君は口籠りながら、ちらちらと吉川さんに視線を向けます。

 その反応だけで、私は理解しました。ほとんどの人も理解したでしょう。

 坂井君が吉川さんを守った理由は私情でしょう。もっと具体的に言えば、吉川さんを死なせたくなかったからです。恐らく、坂井君は彼女に好意があるのでしょう。だから理由を述べられないのではないでしょうか。


「……怪しいのが2人に増えたな」


 蒲田さんが眉間に皺を寄せます。坂井君の気持ちを理解したのかは、その言葉からは読み取れませんでした。

 そこから先の言葉が、紡がれなかったからです。


「――蒲田」


 30秒くらい経過したでしょうか。とてつもなく長く感じられた静寂が破られたのは、沼倉君の問いでした。


「これでもまだ陽介に投票するつもりなのか?」

「当たり前だ。私は香川が【呪人間】じゃねえってことを知ってんだよ」

「お前視点ではな。でも他の人から見たらそうじゃないだろ? 陽介が【呪人間】じゃない可能性を捨てきれない」

「それは私が偽物だって言ってんのか? あ?」

「そうだ。俺はお前が【占い師】だとは思っていない」


 沼倉君は断言する。


「だってお前、結構目立ってんのに【魔女】の標的になっていないだろ。一方は吉川が占った相手を呪っているとして、もう一方からも狙われないのはおかしいんじゃないか? 【占い師】を名乗っておきながら【反射魔導師】ってのはほぼ有り得ない話だから、自分の身を守りながら相手を呪う相手としては選びやすいだろう」

「確かにそうだが、それは他の奴にも言えんじゃねえのか?」

「言えるよ。だから『誰?』じゃなくて『どうして?』って考えてみた。で、出た結論が『【占い師】の中に【魔女】がいるから』だった」

「はあ? どういうことだよ?」

「【魔女】がいるから【占い師】を呪いにより減らせなかった。人数が少なくなれば特定されやすくなるからな。だから吉川が所属している方とは別の村の【魔女】グループは【占い師】を呪えなかった」

「……理由は分かった。で、何で私を疑ってんのかも分かった」


 蒲田さんは表情を大きく歪めます。


「つまり――【占い師】を脱落させられないことが分かっているからこんなにも目立っている、って言いたいんだろ?」

「その通りだ」


 きっぱりとした沼倉君の回答に、蒲田さんは「……はぁ」という溜め息を返しました。


「残念だけど、私にはそうじゃないと言い返せる証拠は出せない。だから私が【魔女】だと思うのならばそう思えばいい」


 だが、と蒲田さんはキッと沼倉君を睨みます。


「私は、香川に投票することは覆さない。自分の占い結果を覆さない。主張し続ける」

「……あんまり言いたくないんだけどさ、敢えて言わせてもらうよ」


 沼倉君は苦い顔をしながら言葉を紡ぎます。


「蒲田。お前がやろうとしていることは、陽介だけ反感を買う訳じゃない」


「何だ? お前ら仲良しグループも、ってか?」


「違う。分かっているだろ? ――【魔女】を除いた【


「……」


「陽介は上野から、【B村】だと判定を受けている。で、陽介は【呪人間】を主張している。つまりお前は、陽介と【B村】の誰かを犠牲にしようとしている訳だ。【B村】の人からしてみたらな。だから陽介への処刑者投票は、他の人に同意を取ることは無理だぞ。むしろ、それを防ごうとして……」


 そこまで言って、沼倉君は口を閉じました。

 その先は言葉にしなくても私は理解しました。


(――【B村】の人が蒲田さんに投票する、ということですね)


 自分が死にそうになるくらいなら、と考えて無理矢理止める人はいるでしょう。

 しかもそれに加えて【A村】の人も、陽介君に投票することは躊躇うでしょう。

 その理由は自分の所属する村が判ってしまうというデメリットがあるからです。

 大分人数が少なくなり、【魔女】が狙う相手も限られてきている今、自分の所属村を晒すことは【魔女】に狙われる理由を増やすだけです。

 つまり少し頭が回る人ならば陽介君に投票するのではなく、自己保身のために蒲田さんに投票するでしょう。


「……分かった。分かったよ」


 当然の如く蒲田さんも理解したのでしょう。彼女は首を横に振りながら、お手上げといった様子で両手を掲げました。


「私は香川に投票しねえよ。沼倉の言う通りな」


「本当か?」

「マジだマジ。じゃないと私が死んじゃうからな。ならば自分自身に投票する方がまだマシだよな。賭けにすらならねえよ」


 自虐的に嘲笑すると、蒲田さんは陽介君に人差し指を向けました。


「だけど、1つだけ頼みがある。他の【占い師】は香川を占ってくれ。せめて私が間違っていないことを証明してえんだよ」

「それは嫌です」


 【占い師】である私は思わず、はっきりと答えてしまいました。

 1つは、どうして蒲田さんがそのことを言い出したのかが理解できなかったからです。

 蒲田さんが、自分が【占い師】であることを証明したいという意思は理解できますが、そのことを利用して明日に陽介君を処刑者投票に導くのでは、と直感で思ったからです。

 そしてもう1つは言わずもがなです。


「もし陽介君が本当に【呪人間】であれば、私が殺してしまうことになるからです。どうしてそんなことを言うのですか?」

「……だよな。やっぱ駄目か。私からだと完全に違うんだけどなあ。どういったら証明できっかなあ」


 腕を組みながら「うーん」と蒲田さんは唸ります。


「そんなのどうでもいいではないですか。蒲田さんが本物かどうかを確かめる必要なんてないじゃないですか。みなさん、自分に投票するのですから」

「どうでもよくねえよ。いざとなった時に困るだろ?」

「いざという時?」

「あらゆる状況を想定しておくべきだろ」


『――あと30秒だよ』


 どうしてですか、と言おうとした時に、GMがそう割り込んできました。もうそんなにも時間が経っていたのですかと気が付いて驚くと共に、私は二の句を告ぐタイミングを逃してしまいました。


「さて」


 蒲田さんは真正面に顔を向け、みんなに告げるように語ります。


「私は【魔女】だと判定された香川には投票しない。これは絶対だ。守ってやる」


『議論、残り15秒だよ』


「――!」


 声を張り上げて、蒲田さんは早口で捲し立てました。


「私は『! 以上っ!」


「なっ――」

『しゅーりょー! これから投票に入ってもらうよ』


 沼倉君の抗議の声を遮ったGMの声と共に、手元に処刑者投票の画面が表示される。反射的に私はすぐさま自分自身に投票しました。それと同時に、


「てめえふざけんな!」


 沼倉君が怒声を放ちました。


「どうしてみんなで誰も犠牲にしねえってことが出来ねえんだよ!」

「何を怒っているんだよ」


 とぼけた様子で蒲田さんは返します。


「いつ私が『自分自身に投票する』って言ったんだよ?」

「言っただろ! 俺の――『沼倉の言う通りにする』って!」

「『沼倉の言う通りにする』なんて一言も言ってねえぞ。『沼倉の言う通り』――『』って言っただけだ」

「お前ッ……」


 ギリリ、と歯ぎしりの音が聞こえました。沼倉君が苦痛に歪みながら蒲田さんを睨みましたが、彼女は意に介していない様子で手元の液晶を眺めております。


「――でも」


 と、唐突に蒲田さんは肩を竦めました。


「私は『『自分に投票する』とは言っていない』――って言っただけだ。つまりは――『


 その言葉に「えっ?」という呆気に取られた声を、周囲の何人かが上げました。


『はい、しゅーりょー』


 GMのその声の時、私は沼倉君に視線を向けていました。

 彼は睨みをさらに深め、今にも怒りが爆発しそうな様子でした。


「お前本当に……最低だな……ッ」

「さあ、何のことやら?」


『はいはーい。じゃあ結果開示するよー』


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 02番 飯島 遥 → 香川 陽介

 03番 上野 美紀 → 坂井 隆

 04番 緒方 幸 → 緒方 幸

 06番 香川 陽介 → 香川 陽介

 07番 柿谷 進 → 坂井 隆

 08番 蒲田 愛乃 → 蒲田 愛乃

 09番 京極 直人 → 京極 直人

 11番 小島 剣 → 坂井 隆

 12番 駒井 奈々 → 坂井 隆

 13番 坂井 隆 → 香川 陽介

 14番 シャーロット セインベルグ → シャーロット セインベルグ

 15番 瀬能 奏 → 瀬能 奏

 19番 津田 波江 → 坂井 隆

 21番 鳥谷 良子 → 鳥谷 良子

 22番 新山 佳織 → 新山 佳織

 23番 新山 沙織 → 新山 沙織

 24番 沼倉 充 → 沼倉 充

 25番 野田 夏樹 → 野田 夏樹

 27番 真島 錠 → 香川 陽介

 29番 森田 宗司 → 森田 宗司

 30番 矢口 奈江 → 矢口 奈江

 31番 吉川 留美 → 吉川 留美



 結果

 坂井 隆 5票

 香川 陽介 4票

 緒方 幸  1票

 蒲田 愛乃 1票

 京極 直人 1票

 シャーロット セインベルグ 1票

 瀬能 奏  1票

 鳥谷 良子 1票

 新山 佳織 1票

 新山 沙織 1票

 沼倉 充  1票

 野田 夏樹 1票

 森田 宗司 1票

 矢口 奈江 1票

 吉川 留美 1票



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「どうして……?」


 坂井君が呆然自失といった様子で崩れ落ちました。

 どうして、という疑問には、彼女のせいでしょう、という回答が返るでしょう。


「蒲田っ! お前こうなるように誘導しやがったな!」


 沼倉君が青筋を立てて、蒲田さんに怒りをぶつけました。


「誘導も何も、私は自分自身に入れてんだろ。他の人がそうしなかったのは他の人が自分自身に入れることを拒否しただけじゃねえか」

「お前が処刑者投票の直前で不安にさせる言葉を言うからだろうが!」

「当たり前のことを言っただけじゃないか。嘘は言っていないぞ」

「お前ッ――」


『はいはーい。言いたいことはあると思うけど、まずは処刑者に選ばれた坂井隆君の処刑が先だからね』


「ひっ!」


 坂井君が短い悲鳴を上げると同時に、彼の周囲に鉄格子が生えてきました。


「嫌だ! 何で俺がこんな目に合わなくちゃいけないんだよ! 死にたくねえよ! なあ、誰か助けてくれよ! 家に弟と妹が待っているんだよ! じいちゃんばあちゃんがいるんだよ! 俺が働かなきゃ暮らしてけねえんだよ! 頼む! 頼むよう……」


 悲痛な叫び。思わず、耳を塞ぎたくなるほど。

 坂井君がアルバイトをいくつも掛け持っている苦労人だということを知っているからこそ、心が痛みました。

 だけど、私には何も出来ません。

 何も出来ずに、見ているしか出来ません。


『はい。それじゃいつものようにいってらっしゃーい』

「いやだああああああああああああああああああああ」


 坂井君の姿は、あっという間に見えなくなりました。

 そして次の彼が映し出されたのは、モニターの中でした。


『何だここは……?』


 画面の中の彼の疑問は、そのまま私達の疑問でした。

 映っているのは坂井君の顔だけで、彼以外の空間は闇に包まれていました。


『はーい。じゃあ今から坂井君の処刑を始めまーす』


 GMの底ぬけない明るい声が響きます。


『何だ……俺は何をされるんだ?』


 坂井君の顔に焦りが生まれます。


『両親を失っているため、アルバイトを掛け持ちして幼い弟妹を育てている坂井君。その弟妹が滅多に言わない我儘の中身が、お兄ちゃんが修学旅行に行くことだった坂井君の家。あー、そんな彼が処刑されちゃうなんてひどいですねー。可愛そうですねー』


「……」


 心が痛みます。投票先に選んでいない私がここまで苦しいのですから、実際に坂井君に投票した人達はもっと心苦しいでしょう。


『――というわけでチャンスタイムだよ!』


 え? と坂井君も含め、みんなが声を上げました。


『アルバイトに勤しむ坂井君には、今からアルバイトをしてもらいます。声を出さずにそれをきちんと遂行出来れば、処刑は免除にしようじゃないか。1度脱落しちゃっているからゲームには復帰出来ないけど』


『……』

『あ、まだ喋っていいよ。返事をして、はいNG、っていうひっかけはするつもりないし』

『……それは本当の話か?』

『ん? 何が?』

『そのアルバイトを黙って遂行出来れば、俺はこのゲームから命あるまま離脱出来るのか?』

『ああ、その通りだよ』


 坂井君の眼に生気が戻りました。


(――ですが、そんなに都合のいい話があるはずがありません。何か坂井君が声を放ってしまうような、そんなものなのでは……)


 私は不安でたまりませんでした。

 しかし坂井君は藁にもすがる思いだったのでしょう。首を縦に動かしました。


『じゃあやってやる。家族に会えるなら何だってやってやるさ』

『オッケー。で、君にやってもらうアルバイトは――これだ』


 パチン、という音が聞こえると、坂井君の周囲が明るく照らされました。

 但馬さんの時と同じ、白い部屋。

 ただその時と違ったのは、坂井君の前方に置かれたベッドが4つあることでした。それらには白いシーツが掛けられており、誰かが寝ているような膨らみが形作られていました。


『伝説のアルバイト――【】だよ』


『なっ!』

『あ、今から喋っちゃ駄目ね。よーいスタート』

『っ……』


 坂井君は両手で自分の口元を押さえます。


『うん。そうした方がいいかもね。で、やってもらう内容だけど、死体をお湯に浸して、化粧を施してもらうよ。お風呂も、化粧道具も、化粧の仕方の説明も、前方に見える扉の先の部屋の中に記載してあるから、そこに、ベッドの上の死体を持って行ってね』


 こくりと頷いて、坂井君は一番近くのベッドの白い布に手を掛けます。


『あ、ちょっと待って。その前に君には見せなきゃいけないものがあるんだ』


『?』

『ちょうど君の横に位置しているテレビ画面に注目してね』


 私達のモニターにも、別画面としてテレビ画面が映し出されました。

 映し出されていたのは、どこかのニュース番組でした。


『――続いて、札幌で起きました一家殺人事件の続報です』


(……え?)


 どうしてGMは、私達がいた札幌の事件についてのニュース映像を見せたのでしょうか。

 それを理解した瞬間、私の背筋に冷たいものが走りました。


(まさか――)


『現場に残されました遺体の身元が判明しました。遺体は家に住んでいた坂井一臣さん(72)、妻の坂井とみ子さん(70)、孫の坂井洋君(10)と坂井泉ちゃん(6)。警察は交友関係などから――』


『……ッ』


 坂井君の眼が大きく見開かれると同時に、テレビ画面がブツンと音を立てて消えました。

 そして、私の予想通りでした。


『言っておくけどこれ、私のせいじゃないからね。ただ起こったことを利用しただけだし』

『……』


 強張った表情のまま、坂井君は視線をベッドに移しました。

 その数、4つ。

 テレビで述べていた人物の数と同じです。

 震えながら坂井君は近くのベッドのシーツに手を掛けます。


『あ、パッと見じゃ判んないと思うよ。だってさ――』

『……ッ!』



『あああああああああああああああああああああああああああああああ!』


 坂井君が捲ったシーツの下には、男の子が、先程のGMからの説明があった通りに縦に真っ二つになった姿がありました。


『あーあ。まだ1つ目なのに声あげちゃった。残念』

『あ……あ……あ……』


 壊れたラジオのように、坂井君は涙を流しながら後退りしていました。


『あとの3つも開けてみる気ない? ないよね。じゃあ、もう終わりだね。じゃあね』


 GMがもう一度、パチン、と音を鳴らすと、坂井君の足元が開かれました。

 直後、ボチャン、という音がすると、床下から何やら溶液の溜まった四角い透明なボックスがせり上がってきました。


 そしてそのボックスの中には、坂井君が、身動き1つせずに浮かんでいました。


――――――――――


『はい。これが坂井君の処刑方法――【伝説のアルバイト 死体洗い】でしたー。いやー、ホルマリンプールで保存って良く聞くけど、実際にやったらこんな感じで昏睡するからね。良い子は真似しないようにね。――っということで以上。今日はもう終了だよ。また明日も頑張ってね』


 ブツリ、と音声が途切れます。

 それと同時でした。


「ストップ! ストップだよ充!」


 野田君の必死な声が聞こえてきました。その方向に視線を向けると、野田君が沼倉君の身体を抱き着くようにして抑え込んでいました。一部の人間にはたまらないシチュエーションでしょうが、しかしこの状況と、沼倉君の表情を見ればそんな世迷言は口に出来ないでしょう。


「暴力は禁止事項だよ! 死んじゃうよ!」

「んなの分かってる。暴力なんかしない。だから離してくれ。大丈夫だから」


 意外にも沼倉君の声は落ち着いていました。野田君もそれを見て、ゆっくりと沼倉君の身体を離しました。

 そこに、蒲田さんが近づいてきます。


「なんだ。てっきり私に殴り掛かってくるかと思ったんだけどな」

「俺はお前のやり方は認めていない。だけど一理あるとは思ってるよ。だからそんなことはしないさ」

「そうなのか。意外に淡泊だな、お前」


 拍子抜けたようにそう言うと、蒲田さんは大広間から退室して行きました。

 そして気が付くと、大広間に残っていたのは私達7人だけになっていました。


「あー、ちょいとりあえず自室に戻らない?」


 ひどく気まずそうに陽介君がみんなに訊ねてきます。


「っていうか一回、1人になりたいんだよね。ちょっと考えるところがあってさ……」


 無理もありません。【魔女】だと疑われて、あと1票で自分が処刑されるところだったのですから。


「そうだな。一旦、部屋に戻ろうか。必要あればあのパソコンで連絡するから」

「おう。すまんな」


 飄々とした様子で、陽介君は大広間から退室しました。

 しかし、私は気が付いていました。

 先程の処刑が終わってから一度も、陽介君はでした。

 その所作の意味する所に、私は自分の中に嫌な考えが浮かびあがってしまいました。


「……ごめん。俺もちょっと考えたいことがあるんだ」


 続いて沼倉君が私達に背を向け「なら、仕方ないわね。戻ろう」と恐らくは佳織ちゃんだと思いますが、彼女もその後ろについていきました。


「……なーんかギスギスしてやだっす。こんなの、もう嫌っす」

「そうね。かなちゃんの言う通りだわ……」


 奏ちゃんと、恐らくは沙織ちゃんが表情を歪めます。私もその言葉に同意します。


「私も同じ気持ちです。折角、沼倉君が誰も死なない、殺さない方法を提案したのに、どうしてみんなそれに逆らうようなことをするのでしょうか?」

「それはちょっと分かる気がするんだけどな」

「そうなのですか、沙織ちゃん」

「お。今日は間違わなかったな。……って、まあ充についていく方が私の訳がないよね」


 話が逸れたね、と沙織ちゃんは私に説明してくれます。


「で、何で充の提案に乗らなかったかって言うと、まずは蒲田のせいだよね。間違いなく。あいつがあやふやな態度を取ったから、大抵の人は自分自身に投票なんて出来やしないよ。みんなが1票で自分だけ2票になったら、それだけで死んじゃうんだからね」

「やっぱりそうですよね」

「あとはやっぱりあれかな。GMに指摘された所が痛かったね。『引き分け処理などない』って感じのやつ。あれで完全に気運が削がれたね」

「あー、あれっすか。流石に先の見えない戦いってのは堪えるっすからね」

「まあでも、あれがGMにとっては最善の策で、充にとっては最悪の策だったんだよね。……しっかし、よくあんな返しが出来たよな。咄嗟にあの返しは出ないぞ」

「余程頭がいいんすかね」

「そうかもね」


 同意の言葉を口にしていますが、沙織ちゃんの先の言葉に含まれている意味は違う、と私は思いました。


 咄嗟にあの返しが出来ない。

 だから――事前に知っていたのではないか?


 そう言っているように思えました。

 沼倉君の策を知っていた人間の中にGMがいる。


(つまり……私達の中に、GMがいる、ということなのですか……?)


 私は恐る恐る沙織ちゃんの顔を伺います。


「ん? どうした?」

「沙織ちゃん。それって――」

「あー、うん。そこまでにしておいてね、シャロ」


 私の口元に人差し指を当てきます。


「言っておいてなんだけど、やっぱちょっと信じらんないんだよね、実際」

「……」

「あ、なんすかなんすか? あたしに分かるように説明してくれっす!」

「かなちゃんはだーめ。っていうか別に分からなければそれはそれで良い話だしね」

「むー、なんかずっこいっす……」


 奏ちゃんがそう頬を膨らませますが、沙織ちゃんの言う通り、これは気が付かない方が良いことです。


「さ、私達も部屋に戻ろうか。ここにいても意味ないし、充からの連絡が来ても反応出来ないからね」

「そうっすね。あたしもちょっとお腹減ったっす」

「分かりました」


 部屋の方向が違う沙織ちゃんとはそこで別れ、私達は大広間を離れました。

 戻る途中、奏ちゃんが唐突にこんな質問をしてきたので、思わず足を止めてしまいました。


「ねえ、シャロっちはよーちゃんのことどう思う?」


「な、何を言っているのですか! そ、その……す、……好きですけど」

「へっ? ……ああ、そうじゃないっすよ」


 奏ちゃんは違う違うと手を振ります。


「よーちんが【呪人間】だって言った話っすよ」

「ああ、そちらの方ですか。それは……」


 1つ言葉を区切って、私は考えを述べます。


「……嘘だと思います」


「え、そうなんすか?」

「というよりも、嘘であってほしいです」


 私は希望を口にします。


「陽介君が【呪人間】であれば、今夜は間違いなく【A村】の【魔女】に狙われるでしょう。もしも【B村】の【守護騎士】が生き残っていていれば守ってくれるでしょうが、【守護騎士】を名乗っていた坂井君が今日脱落したことで、その可能性も大きく削られたと思います」

「となるとどうなるっすか?」

「陽介君がどうして嘘をついたか。その理由はただ1つ、【魔女】であるからです。それ以外に嘘をつく理由が見当たりません」


 本当は、役職なしにも関わらずただその場しのぎで言っただけ、という可能性もあったのですが、それであればどちらにしろ本日に狙われてしまうのは変わりなくなってしまいますので、それを口にしても、奏ちゃんが混乱するだけでしょうから、敢えて口にせずに話を進めます。


「そうすれば明日、陽介君は死にません。そして、もしかしたらまた両村が同数になるかもしれません」


 それはもう1人以上の犠牲者を出すという話なのですが、今の私には陽介君がどうすれば助かるか、ということしか頭にありませんでした。


「うーん。成程っす。奥深いっすね。……しっかし」


 にたり、と笑みを張り付けながら、奏ちゃんは言います。


「シャロっちがよーちん好きだとは知らなかったっすね。によによ」

「う、あ……だ、誰にも言わないでくださいね」


 帰る途中の廊下に立っているので、このことを聞かれていないか周囲を見回します。どこもドアが開いていないので、ホッと安心で胸を撫で下ろしました。ですが同時に全身が熱くなるのを感じました。どうにも慣れません。


「あんれー? でも飛行機に乗ってた時にシャロっち、よーちんが好きなのって訊かれて、他のみんなと同じような反応を返したじゃないっすか」

「あの時は恥ずかしかったですし、それに嘘はついていませんよ。『私はお慕いしている方がいますので』と言っただけです」

「普通それは拒否の言葉っすよ」

「その後に『陽介君ですけれどね』と付け加えるつもりだったのです」


 勿論嘘ですけれど。


「むむむ。それなら納得っす。流石シャロっち。小悪魔っすね」

「小悪魔じゃないですよ」


「……ねえ、シャロっち。もし……本当にもし、の話っすけど……」


 今までとは打って変わりトーンを低くして、奏ちゃんは問い掛けてきます。


「もし私が【A村】の【魔女】だったら……どうしてほしいっすか? 今日、よーちんを狙ってほしいっすか? それとも別の人を狙ってほしいっすか?」


「……それは勿論、陽介君を狙わない方に決まっています。私が陽介君のことを【魔女】だと言ったのは、あくまで希望なのですから。もし本当に【呪人間】であれば死んでしまいます」

「……そうに決まっているっすよねー。馬鹿なこと聞いたっす。忘れてくださいっす」


 あはは、と笑って、奏ちゃんは小走りで自分の部屋の前に立ちました。


「じゃ、シャロっち。また明日っす」

「はい。また明日」


 小さく手を振りながら彼女が部屋に入るのを見届けてから、私は自分の部屋に戻ります。

 後ろ手でドアを閉め、私は小さな溜め息と共に言葉を落とします。


「……奏ちゃん。演技はうまいのに、嘘が下手すぎますよ……」


 奏ちゃんは恐らく【A村】の【魔女】なのでしょう。

 そうでないと、彼女が唐突にあのような問い掛けをする訳がありません。

 元々占う気などなかったのですが、これで奏ちゃんも占うことが出来なくなりました。


「……どうしましょう」


 思わず弱音が口から零れ落ちてしまいました。


 奏ちゃんが【魔女】。

 陽介君も恐らく――【魔女】でしょう。

 佳織ちゃんと沙織ちゃんは【反射魔導師】か【呪人間】か【魔女】。


 そして――私達の中にGMがいるかもしれない。


 様々な情報が頭の中で浮かんで、整理が尽きませんでした。


「もう、何が何やら、分かりません……」


 そのように混乱していた私は、無意識にいつの間にか部屋の隅にあるビリヤード台に向かってしまいました。この部屋にある理由は恐らく私がビリヤード部だからなのでしょうが、それにしてもかなり特殊な部類に入るのではないでしょうか。沼倉君の部屋にはそれらしきモノは見当たりませんでしたし。

 キューをいじっていると、それだけで少し心も思考も落ち着いてきました。

 そこから無意識下で9ボールをする準備を整え、流れるようにブレイクショットをしました。調子よく、ちょうど1番から5番までをポケットしました。

 次に狙うのは6番です。


「6……」


 ふと、私の手が止まります。


 出席番号6番。

 香川陽介。


「次に落ちるのは6番……」


 ふう、と短く息を吐いて私は構えを解きました。

 そして6番ボールを手で拾い上げます。


「陽介君……」


 彼の顔を脳裏に浮かべながら、私は嘆息します。

 このままであれば、脱落してしまうのは彼でしょう。


「どうにかしませんと……でも、どうすれば――」


 その時でした。

 ガチャガチャガチャと私の部屋のドアノブを回す音が聞こえました。


 最初は身体が跳ね上がるほど驚きましたが、その音がリズムよく周期的に鳴らされていることに気が付いたため、私は少し心を落ち着かせることが出来ました。


「あの……誰ですか?」

「……」


 ガチャガチャという音は未だ周期的に鳴ります。


「ですから、どちら様ですか?」

「……」

「もしかして聞こえないのでしょうか?」


 気を緩ませて、私は扉を開けてしまいました。

 結果的にそれは正しかったのですが。


「よっ」

「陽介君……」


 私の願望が現実になったのかと錯覚いたしました。

 いつものように笑みを浮かべる陽介君が、扉の目の前にいました。


「もしかして寝てた? 結構長い時間ドア叩いていたんだけど反応なかったからさ。他の人に見られたらどうしようかと冷や冷やしたぜ。女の子のドアを必死に叩いている姿なんか見られたら、紳士で通っているのに変態だって噂が駆け巡っちまうしな」

「いろいろツッコミどころはありますが、とりあえず寝てはいませんでしたよ。ドアノブを回す音しか聞こえませんでした」

「あー、やっぱり完全防音か。アポなしで部屋に行ったのはお前が初めてだったから分からなかったや。初めてはお前だった」

「私が同じセリフを言ったら陽介君の評判がガタ落ちしますね」

「……言わないでね?」


 懇願してくる陽介君。ちょっと可愛いと思いつつ、私は笑顔を返します。


「とりあえず部屋の中に入ってください。何か他の人に聞かれたくないことがあるのですよね」

「おお。よく分かったな。つーわけでお邪魔しまーす。……ってうおっ!」


 後ろ手で扉を閉めながら入室してきた陽介君は、私の背後に視線をずらして驚きの声を上げてきました。


「お前の部屋、ビリヤード台あるのかよ」

「ええ。恐らくビリヤード部だからだと思いますね」

「ああ。お前1人しかいないから正確にはビリヤード同好会だけどな」

「心はビリヤード部、です」

「まあ、でもお前と言ったら、イメージはビリヤードだよな。小学生の頃から」

「単純に親が好きだったから、それが高じただけですけれどね。――あ、そういえば、陽介君の部屋には何があったのですか?」

「うっ……そ、それはな……」


 突然、陽介君の顔が青ざめました。汗をだらだらと流して、眼が泳いでいます。


「どうしたのですか? まるでHな本が見つかった高校生のような挙動ですよ」


「何故バレた!?」


「え?」

「……え?」


 数秒の沈黙。

 そして陽介君はバツが悪そうに話します。


「……いやさ、何故か判らないけど、俺の部屋にはその……ベッドの下に、さ。そういうのがあったんだよ……あ、でも表紙しか見てないからな! 本当だからな! だってGMに見られてるだろうと思ったら気持ちも萎えちまうよ!」

「言い訳をすればするほど、泥沼に嵌っていますね」

「ほ、本当に違うんだよ! お前だけには信じてほしいんだよ!」

「はい。分かりました」

「違うんだよぉ……」


 両手を床に着けて嘆く陽介君。

 勿論信じていますよ、とは思っていても口にしません。恥ずかしいからです。


「っていうか何で俺はエロ本なんだよ……それは俺が無個性だとかエロキャラだってGMに認識されているってことかよ」


 私は陽介君が無個性ではないと知っております。

 そのことが顕著に表れている点として1つ。


 実は陽介君は――英会話が達者なのです。


 文法を重視する日本の英語教育では点数として表面には出ませんが、口頭でナチュラルに会話は出来ます。ですが使う機会もないので、このことは私達、小学生からの幼馴染の人達しか知らないでしょう。


 そしてここが最大の惚れポイントなのですが、陽介君が英会話が出来るようになっ

たのは、私の為なのです。


 ……とまで言ってしまうのは言い過ぎですが、小学生の時の私がきっかけなのです。

 私と初めてあったあの時――あの会話をした後、彼は『可愛い顔が隠れちゃうからもったいない』とは英語でなんて言うかを親に訊ねたそうです。すると「……知ってるけど教えてやらない。知りたかったら自分で習え」と完全に投げ出された上に、英語の通信教育を受けさせられたそうです。結局、真面目に彼は言われた通りに通信教育を全部受けたそうですが、終わる前に私が日本語を話せるようになったので彼の英語力は私に発揮されることはありませんでした。ですがそれでも時々「使わないと忘れちゃって勿体ないから」とこっそりと英語で会話したりと、私だけの認識かもしれませんがいちゃいちゃ出来ていました。


 そういう良い所があるのを知っていたので、私はくすりと笑いながら陽介君を宥め

ます。


「まあまあ。もしかしたら男の子の部屋には全部あるのかもしれないではないですか。沼倉君の部屋にも、目立つような特別なモノはなさそうでしたし」

「あいつは佳織がいるからそういうモノは不要だろ。あんだけベタ惚れされてんだし」

「でも、佳織ちゃんはそういう気持ちを隠していますからね。ちょっと気のある素振りを見せては冗談にしていましたし……だから沼倉君もなかなか踏み込めないのではないでしょうか?」

「傍から見たらバレバレなのになあ。充の鈍感っぷりは主人公モンだぜ」


 あなたもそうですけれどね、とは言いませんでした。恥ずかしいからです。


「ああ、羨ましい……って、そうか! こういうことをずっと言っていたから、あんな本を部屋に置かれたんだな。うん。そうに違いない」

「他の人の部屋には何が置かれているのでしょうかね?」

「んー、とりあえず奏は演劇道具じゃねえか? 演劇部だし。佳織はカラオケ好きだからマイクとかあるかもな。お前の部屋にビリヤード台があるくらいだから、もしかしたらカラオケが出来るようになっているかもな」

「ですね。……でも野田君と沙織ちゃんはパッと思いつきませんね」

「うーん……沙織は女好き、っていうことくらいしかあいつ自身の特徴で思いつかねえな。夏樹に至っては普通過ぎて判らん」

「沼倉君はオールマイティに出来ますしね。趣味も何かに突出していませんので、これ、というモノがありませんね」

「そんな優秀なのに、何で部活とか入らないんだろうな? ……俺があいつだったら、人生観変わっただろうな」


 少し寂しそうな表情になる陽介君。


「昔から羨ましかったよ。理想の人間、って感じでな。女にもモテてたしな。まあ、いろんな奴にモテるよりは1人の好きな奴に見てもらいたいからいいけどな……ってのはただの僻みだな。でもマジで今はそう思っているよ」

「……陽介君は、沼倉君のことが苦手なのですか?」

「んなわけねえよ。あいつのことは羨んでいるけど、妬んではいねえ。なんかうまく言えないけど、そんな感じなんだよ」


 ただ、と陽介君は言葉を落とします。


「あいつは何でも出来る。だから見通されている気がして、怖かった。ちょっと変な行動でも取っちまったかな、っても思い悩んだりした。普段通り過ごしているつもりだったのに。そうするように意識して、逆に悟られちゃうんじゃないか、って怯えていた」

「陽介君……それって……」

「ああ、もう分かっただろ」


 陽介君は1つ大きく息を吐いて、自虐するような笑みで言いました。



「俺は――【B村】の【魔女】なんだ」



「……やはりそうでしたか」


 嫌な予感ほど、よく当たるモノです。

 私の返答に、陽介君は意外だという顔をしていました。


「何だ。シャロも分かっていたのか。もしかして最初から?」

「いえ、そうかもしれないと思ったのは本日です。しかも可能性なだけで、確信はありませんでした」

「ま、蒲田の奴に【魔女】だって言われちまったからな。お前と但馬が本物だと思っているから、あいつが真の【占い師】だとはこれっぽっちも思っていないけどな。多分、俺を呪ったけど死ななかったから言ったんだろうけどな」

「だから昨日は、相沢君しか脱落しなかったのですね」

「他の人目線では俺か坂井のどちらかがそうなったんじゃないかって思うんだろうけど、昨日の言い訳で【守護騎士】だって言っていたから、坂井も【魔女】だって線はないと思うけどな。あ、ちなみに俺と同じ村の【魔女】に坂井はいないからな」

「……どうしてそこまで教えてくれるのですか?」


 私はたまらず訊いてしまいました。


「私はもしかしたら対立の【魔女】の味方なのかもしれないのですよ。なのにここまで情報を流して……大丈夫なのですか?」

「だから言ったじゃねえか。お前を【魔女】だとは思ってない、って。それにたとえ俺の村の【魔女】関係者が誰だか分かった所で、それを狙い撃ちするとか、お前らは不利な状況には陥らせないだろう? なら問題ないって」

「それは同じ村の【魔女】の方達が大丈夫だと言ったのですか?」

「いいや。あいつらには相談してねえよ。俺の勝手な独断だ」

「……胸を張って言っていますが、それは大変まずいのではないでしょうか?」

「大丈夫大丈夫。どうせシャロと充にしか言わねえって」

「私と沼倉君、ですか?」


 私は戸惑いながら訊ねます。


「あの……沼倉君なら【GM】の特定をするため、ということで何となくわかりますが……」

「正解。流石だね。あいつには【GM】を特定して、一刻も早くこの腐ったゲームを終わらせてほしいからな。情報を渡して、なるべく犠牲者を少なくしてほしいんだよ」


 【GM】と他の役職は被りません。だからこそ【魔女】陣営の状況が分かれば人数を絞れる、ということになります。


「沼倉君は頭がいいからヒントを見出すことが出来るかもしれませんが……ですが、あとは私だけというのはどうしてですか?」

「んー、私情もあるんだけどさ……まあ、もっともな理由を言うと、俺達の中で役職者はお前だけ、というか【占い師】がお前だけじゃん。だからだよ」

「どうして私が【占い師】だと、真実を言う理由になるのでしょうか?」


 私情の方も気になったのですが、とりあえず話を促します。

 すると陽介君は頭を掻きながら、軽く、重大なことを口にしました。


「だって多分俺――


「……え?」

「だってよ、今日は【呪人間】だって嘘ついたわけじゃん。で、【魔女】は確実に俺を狙ってくるわけだ。もし昨日に呪って死なないことが分かっていたから狙っていなくても、『狙われなかった』ということで不信感は煽られるわけだ。煽られついでに恐らくは蒲田辺りに煽られて、明日の処刑者は俺になるだろうさ」

「それは……」


 違う、とは言えず、私は棒立ちのままでした。

 私もそのことは気が付いていました。

 陽介君が今日【呪人間】だと宣言したことは諸刃の剣、どころか、その場の一時凌ぎしかなりませんでした。何故ならば、本物ならば【魔女】に狙われ、偽物であれば【魔女】だと疑われて次の日の処刑者投票の筆頭となってしまいます。


「うん。死ぬのは嫌だけど、もう割り切っちゃってるから大丈夫さ」


 なはは、と無理矢理笑う陽介君。


「でさ、死ぬ前に何が出来るだろう、って考えたら、残った人を出来るだけ生き残らせるだけしかなかったんだな。――ということで」


 パン、と手を1つ叩いて陽介君は言います。


「お前には俺を占ってもらう。お前が偽の【占い師】であろうがなかろうが、俺を【魔女】だって判定しろ。そうすればお前の信頼度は上がり、処刑者投票の対象に挙げられなくなる」


「あの――」

「あ、本物だと思われて【魔女】に狙われるかも、って可能性もあるけど、それは【守護騎士】が守ってくれるだろうさ。お前はどちらの村か判定されていないし、【守護騎士】は2人もいるからまだどっちかは生き残ってるだろうさ。坂井が本物だと危ないけどさ、でもピンポイントで狙われた可能性の方が低いと思うし」

「陽介君。ですから――」

「あと誰が言ったか分かんないけど、あれだけ目立って【魔女】に狙われていないのはおかしいって言ってたし、吉川は、まあ分かると思うけど偽物だしな。鳥谷は、今日坂井を【魔女】判定したから【霊能力者】の結果次第で反応が別れるだろうけどさ。まあでも信用される結果……つまり坂井が【魔女】だったら【守護騎士】が死んでいないってことで守られる確率は高くなるか。だから大丈夫だと――」


「陽介君っ!」


 私は身体の芯から大声を上げました。

 陽介君は言葉を止め、驚いたように一瞬だけ身体を跳ね上げさせました。


「うおい! どうしたよ。折角、今、俺が実は頭が良かったんだアピールしてんのによ」

「そんなのは分かっています! 私の話を聞いてください!」

「お、おう、すまん。分かったから落ち着け。な?」


 陽介君は怯えたように両手をホールドアップします。

 私も息を整え、落ち着いて会話をします。


「……陽介君が本当は頭がいいのは知っています。色々と考えた上での結論だということも分かっています。あまりに頭が良すぎて、普段とのギャップから別人にすら見えます」

「褒めてくれるなら最後まで褒めてくれない?」

「――でもっ!」


 絞り出す様にしか声が出ませんでした。


「死ぬなんて……言わないでください……」


「……すまんな」


 陽介君は困ったように眉を歪めます。


「だけど多分、死ぬのはもう決まってるんだ。今日1日だけ時間がある分、坂井よりマシなわけだ。そう考えなきゃやってらんないけどさ」

「嫌です……陽介君がいなくなるなんて……」

「誰が死んだって嫌だよ。俺じゃなくても、俺達仲良し7人グループの内の誰かだったら、お前は嫌だって言ったはずだよ」

「それは……っ……」


 私は言えませんでした。

 確かに、特別親しかった皆さんがいなくなるのには、今まで亡くなった方よりも抵抗を覚えたでしょう。


 ――でも、陽介君が一番、いなくなってほしくないんです。


 こう言おうとしたのに、言えませんでした。

 それは恥ずかしいからとかそういう理由ではなく、幻滅されるのが嫌だったからです。

 仲間内に順位を付けるのかよ、と非難されるのが嫌だったからです。

 自分の気持ちに素直になれず、非難の言葉に怯えたのです。


「お前は優しいな」

「違います。私は……」

「違わないよ。だってお前、あのことに触れてくれていないじゃないか」

「あのこと、って何ですか?」

「だってさ俺は【魔女】だったんだぞ。つまり、俺は人を――自分の意志で殺しているんだ」


 右手を見つめ、陽介君は言葉を落とします。


「最初は『戸田』を、次は『能登』を、そして今日の朝は『相沢』を、俺は殺している。自分の手で、PCの画面上の名前を選択したんだ。つまり――殺人者なんだよ」


「……」


 陽介君が死んでしまうということに気を置かれていて気が付かなかっただけで、目を逸らしていたわけではありません。それでもその事実に、私の胸にどっさりとした重いものがのしかかってきました。


「自分の手で殺したのに、それなのに死にたくないって言っているってのは都合がいい話だよな。すっげー最低だな、マジで……殺したのにな……」


 ――その時でした。


「……ああ、そうだよな」


 陽介君は一瞬、ハッとしたように瞳孔を開かせた後、焦点が定まらないように眼球を激しく動かし始めました。


「はは……俺、何考えてんだろ……少しでも幸せな気分になることなんて考えちゃいけなかったんだ。アホだな、マジで」

「よ、陽介君?」

「すまん、シャロ。俺はただ、お前に慰めてもらいに来ただけだったようだ。くそ野郎だった」


 そこで陽介君は私に背を向けました。


「陽介君!」


 唐突な豹変ぶりに、私は戸惑いで彼の名前を呼ぶことしか出来ませんでした。

 私の掛けた声に彼は振り返らず「……ああ、忘れてた」とゆっくりながら歩を進めつつ、言葉を投げてきました。


「【魔女】の仲間の情報を教えるって最初に言ってたな。俺の他の【魔女】は『小島』と『津田』。『吉川』は【信者】だ。この情報をどうするかは勝手にしてくれ」


「陽介君……」


「こいつらが死のうが俺は関係ない。お前が生き残るなら――」


 ふっ、と息が漏れる音が聞こえました。


「……ああ、それも俺が願っちゃ駄目だな。すまん。じゃあな」

「陽す――」


 バタン、と扉は閉ざされました。


 私はその場から動けませんでした。

 突然にもたらされた情報。

 突然の豹変。

 頭の中は真っ白でした。


「――ッ!」


 少し思考が出来るようになってから、私は激しく後悔しました。


(どうして……何も言えなかったのでしょうか……)


 待って、という言葉すら見つかりませんでした。


(どうして……私は追わないのでしょうか……)


 足が言うことを聞きません。棒立ちのままです。

 そして何よりも――


「どうして……私は涙を流していないのでしょうか……?」


 自分自身にショックを受けていました。

 今までにない程の、自分自身への失望と疑念が渦巻いていました。

 陽介君は明日死んでしまう。

 そのことは理解していましたが、彼に告白すら出来ていません。

 これが最後の会話になるのかもしれないのに、です。

 確かに、あまり涙を流さない自分ですが、好きな人が命を落とす、ということを本人から聞かされたのに、眼が渇いているということはどういうことでしょうか。

 それらの客観的事実から私は、ある疑問を自分に投げかけました。


「私は本当に……陽介君のことが好きなのでしょうか……?」


――――――――――


 午後11時55分。

 いつの間にか寝込んでしまっており、その時刻になってしまっていました。あと5分寝坊していたら、私が死んでいた所です。

 ですが、私はどうでもいい気分でした。

 というよりも、あまりそのことに思考を向けられない状態でした。

 あれから悩んでも悩んでも答えは出ませんでした。考えれば考えるほどに胸が痛み、好きに対する経験と肯定の言葉が、好きじゃないに対して否定の言葉が、それぞれずっと羅列されていました。

 それでも私の眼から雫が流されることはありませんでした。


「……」


 眠気まなこのまま、PCに向かいます。

 着信はありませんでした。

 つまり、沼倉君からの集合通知はなかったということです。

 同時に、陽介君からの連絡もなかった、ということですが。


(……結論から言いますと私からもしていないわけですから、その点についてとやかく言う資格などありませんね)


 ズキリ、と胸を痛めながら、私はPCを操作して特殊な画面を開きます。


『本日の占い先を選択してください』


 【占い師】は夜中の0時までに占い先を選択しなければいけません。0時までにすれば良いので、それ以前に選択していれば問題はありません。出来ないと脱落します。占い結果は夜中の0時に表示されるので、あらかじめ先の日の分まで占う、ということは出来ません。


「占い先……」


 陽介君は自分を占い先にしろと言ってきました。そうすれば信頼度が上がり、【魔女】に呪われる確率が減るとのことです。

 理論上では、確かにそうです。

 自分の保身を考えれば、そうすべきです。


「……」


 私は迷わず選択しました。

 そして5分後、

 画面に占い結果が映し出されます。


「……陽介君……」


 私は『【魔女】である』と表示されたその画面をじっと見つめ、彼の名を口にしました。

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