戸田 恵

 ◆【村人】B 戸田恵



「【村人】B、かあ」


 枕の下にあった封筒に入っていた紙の1番上に書いてあった役職名を見て、ホッとしたようにそう吐き出す。

 自分――戸田恵は、目立ちたくなかった。

 世の中、目立つことで役に立つ方が少ない。

 異物は排除し、同調を好んで、影に隠れる。

 日本人にありがちなその傾向を色濃くした自分は、一際普通が好きだったし、望んでいた。

 しかし、自分は明らかに普通ではない。

 それは先の客観視を自覚していても、止められない趣味があるからだ。

 ――化粧。

 それが自分の趣味で、異常さがひときわ目立つ原因だった。

 化粧と一口に言っても多種多様あり、自分に語らせれば1晩どころではない。それほどに、今や自分と化粧は深く結びついており、語ると友人は大抵引く。それでも止められない。

 だがそれ以外は至って平凡であると思うし、成績も身体能力もそんなに高くない。身長は低めであるが、特に不自由したことはないので気にしてはいないし、友人も少なからずいる。もっとも、その友人からはからかわれることが多いのだが。


(……そういえば、自分が化粧にはまったきっかけって何だったっけ?)


 ふと、過去に思いを馳せる。


 思い着いたのは、小学二年生の頃。

 あの頃、自分で言うのも何だが、大人しい子であった。

 故に、よく男の子からいじめられた。今考えるとからかわれただけなのかもしれないけれど。そして女の子からは、いじられた、といった表現が正しい扱いだった。

 そんなある日。

 母親が出かけている間に、ふと化粧台にある口紅を手に取ってみた。

 理由はない。

 何となく、母親が長時間掛けて何かやっているあるな、という程度の好奇心によって手に取っただけだった。

 しかし、その手に納まった瞬間、自分の中で何かが弾けた。

 そこにあった見も知らぬ用品の使い方が頭の中に流れ込み、手順、分量、用法――何一つ迷わず、手を動かしていった。

 そして数分後。

 帰宅した母親は自分を見て、真っ先にこう悲鳴を上げた。


「――凄いじゃない!」


 とても嬉しそうだった。

 自分も嬉しくなった。

 それから、自分が化粧をするたびに母親が喜んでくれるのが嬉しくて、続けていった。

 いつしか、それは自分の喜びになった。

 誕生日も、クリスマスプレゼントも、お年玉の使い道も、全て化粧品に使った。

 異常だと言う人もいたが、誰にも迷惑を掛けていないし、好きなものだからしょうがない、と自分に言い聞かせてきた。

 そして、今に至っている。

 まあ、結局の所、自分を表す表現は次の一文で表現できる。


 ――目立つのは嫌いだが、目立つ趣味は止められない。


 そんな矛盾を抱えた、ただの我儘な人間なのだ。


「……さて、と」


 無為な思考も程々にして切り替え、再び紙に目を落とす。


「あれ?」


 そこで、取り出した紙が2枚に重なっていることに気が付く。

 引き出して、中身を確認する。



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 君は【村人】Bだ。

 B村の勝利のために行動をしてくれ。

 【村人】には能力はない。

 【村人】はもっとも人数が多い。

 だから一番、生き残りやすい。

 だけど一番、生き残ることが出来ない。

 そんな矛盾を孕んだ役割だ。

 生き残るためには目立ち過ぎず。

 生き残るためには目立たな過ぎず。

 ある意味バランスが難しい役割でもある。

 でも、だからといって役職者を騙るのは止めた方が良い。

 相手もそうだが、味方も混乱させる結果となる。

 特に、【反射魔導師】を騙るのは止めた方が良い。

 理由は自分で考えてね。

 じゃあ、頑張ってね。



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「えー?」


 自分がそう声を上げたのも当然と言えばそうだった。

 恐らくはGMが記載したと思われる文章だったが、要約すると、【村人】は楽な役割ではない、ということだった。

 しかも、その中の一文に「目立たな過ぎないのがコツ」ということが書いてあったのが、自分には衝撃だった。


(【村人】って何もすることないじゃん……何で目立たな過ぎじゃいけないの?)


 うーん、と少し考え込む。

 だが答えは出ず「……駄目だあ」とベッドに五体投地する。


「あ!」


 すぐさま起き上がり、洗面所に向かう。

 化粧も落とさず寝るなど、肌荒れの原因になる。

 すぐさま化粧落としを手に取り、頬に当てる。


「……あれ?」


 次に肌水を使おうとガラスの瓶を手に取った所で、自分の動きが止まる。


「何でこの肌水があるの……?」


 自分が疑問に思った理由は、至極単純。

 ここに連れられてきて最初に目を覚ました時に自分の荷物を真っ先に探したけれども、部屋の何処にもなかった。ポケットに入っていたはずの携帯電話と財布すら無かったのだ。

 故にかなり凹んだのだが、しかし、その主な凹み原因である化粧品が、何事もなく洗面台に置いてあるのだ。

 しかも、各部屋に常備している、などということは有り得ない。

 何故ならば、自分が現在手に取っている肌水は、抽選で手に入れた、世界で10個しかない、貴重なモノだったからだ。こんな所に置いてある訳が無い。

 確実に、自分の私物だ。


「というか勢いで使いそうになったよ。危ないなあ」


 常時持ち歩いていたが、流石にもったいなくてまだ1度も使ったことが無いのに。

 直前で気が付いたことにホッとしながら、そっと洗面台の横に肌水を戻してタオルで軽く顔を拭き、スッピンのままで部屋内を捜索する。しかし、やはり荷物は無かった。パソコンや食事穴と同じように出現したのかと思ったが、そうではないようだ。


「何で化粧品だけ……ま、いっか」


 ある分には問題ないし、ないだろうけど詮索して消えたりしたら嫌だから、これ以上考えるのは止めにする。

 ついでにせっかくだから、食事を取ろうとパソコンをいじってみる。起動すると、画面の端の方にある肉のマークが目に付いた。選択するとすぐさまメニューが表示された。ハンバーガーやおにぎりなどの軽食から、ステーキやハンバーグなどの重いモノ、定食や単品、デザート、果てはお菓子に至るまで、ありとあらゆる種類の食物がそこにあった。これならば但馬さんも満足するのではないだろうか。

 とりあえず、焼き鮭定食を注文してみる。

 すると1分後、食事穴から湯気を放ちながら品物が出てきた。

 普通に美味しかった。


「ごちそうさまでした」


 かなりゆっくりと味わったため、時刻はもう正午を過ぎていた。普段からよく遅いと言われるが、今回はやることも見えなかったため、ことさらゆっくりと食した。


「さて、5時までどうしようかな?」


 そう呟きながら食事穴に食器を戻して、とりあえず再びパソコンに向き合うことにする。

 そこで気が付いたのだが、どうやらこのパソコン、外部サイトには繋げないらしい。


「まあ、そうだよね。GMはこのゲームに集中しろって言っていたし、外への連絡が出来る要素なんて残さないに決まっているよね」


 外部に連絡なんて出来たら、ここに警察なりが介入してゲームに集中なんか出来なくなる。それはGMの意図から外れるだろう。携帯電話も恐らくはそれ故に取られたのだろう。


(……いや、待って。そう考えると、自分達が第1人者なのかもしれない)


 今までこんな話は聞いたことがない。こんな特殊な状況が昨今のネット事情から考えても、広まらないはずが無い。


 もし第1人者でないのであれば――


「……」


 体の芯が冷えるような感覚に襲われる。

 自分が今した想像は、かなり恐ろしい未来の可能性を示している。

 自分の身体を抱きしめる。

 実感する。

 呼吸している。

 鼓動している。

 生きている。

 ――不意に誰かに会いたくなった。

 この世界に、自分しかいなくなったのではないか。

 そんな妄想にも近い不安に駆られたから。


「っ!」


 扉を開け放ち、廊下を走る。

 扉の前に掛かっている番号を見る。

 探す。――違う。

 探す。――違う。

 大広間を抜け、向こう側の廊下を走る。

 探す。――違う。

 探す。――あった! 出席番号2番!

 ドンドンドン、と勢いよくノックし、ガチャガチャガチャとドアノブを捻る。


「な、何よ……ってあんたか。どうしたのよ? 化粧もしないで」


 顔を出した相手は、自分を見るなり小さく微笑みを見せた。


 飯島遥ちゃん。


 自分にとって一番の友達で、趣味も合う。もっとも、彼女は化粧品だけではなく、ブランド物全般が好きなのだけれど。


「ま、とりあえず中に入りな」

「う、うん。ありがと」


 遥ちゃんに促されるまま、部屋に入る。


「ベッドにでも座って。お茶は無いから、水でもいい?」

「うん。ありがと」

「コップもいいモノがないのよ。ったく、ブランド物にはコップも含まれるっつーの」

「え……?」

「あれ? あんた気が付いていないの?」


 遥ちゃんは部屋の片隅を差す。


「あたしって、まあ、ブランド好きじゃない。だからかしんないけど、財布とかバッグとか、それらはなんか部屋に戻ったらあったワケ。しかもそれだけね。財布の中身とか全く入っていなかったし」

「あ、これ、空なんだ」

「そう。荷物が戻ってきたかとぬか喜びしたわよ。損したわ。はい」


 頬を膨らましながら、彼女はガラスのコップを渡してくれる。その中身を少し飲んだ所で、彼女は「どう? 落ち着いた?」と声を掛けてくる。


「うん。ありがとう、遥ちゃん」

「で、何であんな焦っていたの? あたしに会いたくなっちゃった?」

「え? 何で判るの?」

「え……?」


 そこで何故か、遥ちゃんは目線を逸らす。


「どうしたの?」

「だ、だって……いきなりそんなこと言われたらビビるじゃん」

「あ、ご、ごめんね」

「いや、あんたが謝ることじゃないし!」


 自分の頬を2度叩いて、彼女は顔を赤らめて目を潤ませながらこちらに向き合う。そんなになるまで強く叩かなくても良かったのに。


「で、会いたくなった理由は?」

「それは……怖くなったから、なんだ」

「怖い?」

「うん。だって――」


 そこで自分は口を噤む。


(……駄目だ。さっき思いついたことを伝えて、遥ちゃんを不安がらせる意味が無い)


「ねえ、どうしたのよ、ホントに?」


 心配そうに覗き込んでくる遥ちゃんに、自分は笑顔を作る。


「……えへへ。なんだっけ? 遥ちゃんの顔見たら忘れちゃった」

「あんたは……またそんなこと言う」


 遥ちゃんが、今度は完全に後ろを向く。


「お、怒った?」

「ちょっとね」

「ご、ごめんね」

「……」


 なんとも言えない空気が、そこに流れる。


「……あ、あのね!」


 振り絞ってなんとか話題を出そうとする。


「自分、役職【村人】Bなんだ! 遥ちゃんは――」


「あんた馬鹿じゃないの!」


 怒声を上げながら彼女は振り向いた。


「なんで自分の役職言っちゃうの! それって1番危ないんだよ!」

「あ、うん、ご、ごめん……」

「それ、あたし以外に言ってないでしょうね?」

「う、うん」

「……良かったあ」


 安堵したように深く息を吐いて、遥ちゃんは肩を揺さぶってくる。


「いい? もしあたしが【魔女】Aだったら、あんたを呪っている所よ。そうしたらあんた脱落するのよ。安易に言っちゃ駄目!」

「ほ、本当にごめんね」

「……ったく、もう、あんたは。本当に放っておけないわね」


 頭を撫でられる。


「全く、色々と自分のことを自覚しなさいね」

「色々?」

「あたしも女なのよ」

「え? そんなの知っているよ?」

「……そんな鈍い所もあんたらしいけどね。まあいいや」


 はあ、とあからさまな溜め息をつかれてしまった。


「あたしは【村人】Aよ。だからあんたとは敵って訳ね」

「そうなんだあ……残念だね」

「だからといって態度は変えないけどね」

 微笑しながら、遥ちゃんは自分の隣に座ってくる。

「にしても、あんたは色々と人生損しているわね」

「そう? 遥ちゃんに会えたから、得していると思うけど」

「……わざと言っているの? ねえ? わざと言っているの? えい!」


 にやにやとした表情で飛びかかれた。


「そんな女たらしにはくすぐりの刑だ!」

「にゃははははは! や、やめっ!」

「こーちょこちょこちょこちょむにこちょこちょ」

「ちょ、ちょっと何処触っているのさ!」

「やーん。えっちっち」

「それは自分の台詞だよ!」


 ……そんなこんな、和やかに戯れあったり、会話したり、部屋から取ってきて化粧したり。


 結局、集合時間まで彼女と一緒に過ごしてしまった。


――――――――――


「ん? もう5時直前ね。そろそろ行こうか、恵」

「うん。……あ」


 ベッドから立った瞬間、自分は気が付いてしまった。


「ごめんね。もしかして御飯、食べていない? パソコンも一切触っていないし……」

「気にしないで。ダイエット中だし。元々たまに抜くから全然空腹感ないし」

「え? そうなの? にしては、遥ちゃん、肌綺麗だよね? ニキビも染みもそばかすもないし……なんか二次元の美人そのまま、って感じだね」

「なんかナチュラルに褒めるよね、あんた。ま、でも、あんたには負けるけどね」

「そんなことはないよ。だって――」

「はいはい。いちゃつき終了。遅刻しちゃうから、もう行こうよ」


 パンと一つ手を付いて、彼女は背中を押してくる。

 そして彼女に背を押される形で、大広間へと辿り着く。


「んじゃ、また後でね」


 ウィンク一つして、遥ちゃんは自分の席に向かう。やっぱり、二次元的美少女だよね、とつくづく思う。もしかしたら二次元が好きな管島君とかが遥ちゃんのことを好きだったりするのだろうか――などとくだらないことを思いつつ、自分も席に向かう。


(……そういえば、この席について、ちょっと違和感があるんだよね)


 円状について並んでいるのもそうだけど、隣の人と結構スペースがあるのが気になる。

 なんか隣の人との間に下から一気に壁がせり上がってくるような気が――


『はーい。5時だね。全員集合……はしているね。よしよし』


 ガシャン、と大きな音がして扉が閉まる。

 同時に、ディスプレイにGMの声が聞こえる。


『各々、様々な過ごし方をしたようだね。じゃあ早速だけどゲームに入ろうか。ほい』


 画面に文字が表示される。


 A村:15

 B村:16


『今、現在の村の各人数の詳細だよ。これから毎朝表示していくからね。これも参考情報にしてね』


 つまり、和田先生はA村の所属だったということで、こっちが勝っているということ。


(……いけないけない。顔に出したら、自分がB村だっていうのがばれちゃうじゃん)


『じゃあ、今回のGMからの情報は以上。次回はこの人数情報と、【魔女】の呪いによる朝の脱落者について連絡するからね』


 さて、とGMは促す。


『はい。誰から行くのかな?』


「ん、じゃあぼくから行こうか」


 そこで手を上げたのは、相沢君だった。


「ぼくは【村長】だ。どっちに所属しているかは言わないけどね。で、判定したのは……」


 そこで相沢君は1つ言葉を区切って告げる。


「――【飯島】さんが【A村】だよ」


 あ、正しい。


「判定した理由は、特にないよ。最初だし、出席番号順でやろうかな? って思ったからしただけだよ」


 出席番号、相沢君が1番で遥ちゃんが2番だからか。


「それじゃあ、次は私が行くね。私も【村長】だよ」


 次に手を上げたのは上野さん。


「判定は――【相沢】君が【B村】だよ。理由も全く同じ。出席番号順」


「まあ、それしかないよね」

「あ、うん。そうだね」


 相沢君と上野さんはお互いに苦笑する。


「すみません。あとは誰か【村長】の宣言をする人はいませんか?」


 すっと手を上げ丁寧な口調で訊ねたのは、シャーロットさん。

 そこから数秒たったが、彼女の問いに答える者はいない。


「それでは、私の方から次の宣言を致します」


 1つ頷いて、彼女は告げる。


「私は【占い師】です。判定は――【相沢】君は【魔女ではありません】」


「ありゃ。ぼくは大人気だね」

「理由はお2人と同じです。出席番号順で占いました」


 相沢君の軽口を相手にせず、シャーロットさんは淡々と語る。


「また、この占いによる【反射魔導師の浄化】はありません」

『あー、それは毎回言わなくていいよ。【反射魔導師】は2人しかいないし、当てる確率の方が低いからね。だから当たった時だけ宣言してね』


 GMの補足にシャーロットさんは「分かりました」と腰を折る。


「私からは以上です」


「はいはーい。じゃああたし次行くね」


 元気よく左手を上げたのは、吉川さんだった。


「言うまでもなく、あたしも【占い師】だよ。で、占った人間はねえ……」


 ビシリ、と彼女は指をこちらに向けてきた。


「【恵ちゃん】だよ。判定は【魔女ではなかった】よ。理由は可愛かったからさっ!」


(……いや、そこでピースされても、どう反応したらいいか判らないよ)


 でも、ここで魔女ではないと言ってもらえたのは大きい。

 これで、【魔女】だと疑われて処刑されることはないだろう。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 唐突に悲鳴に近い声が響く。

 但馬さんだった。


「わ、私だって【占い師】だよ! で、でも【占い師】って2人だけでしょ? な、なんでもう2人も名乗り出ているの!」


「それがゲームだからだよ、但馬さん」


 静かに京極君が、諭すように語る。


「【魔女】にしろ【信者】にしろ、ただ黙っているだけじゃゲームにならない。しかも【魔女】にとって【占い師】は天敵だから、早く脱落させたいだろうしね。だから役職を騙って、誰を信用して、誰を信用しちゃいけない、ってのがこのゲームの本論なんだ」


 さすが、ゲームと名が付く者には積極的な反応を見せるね。現時点でこのゲームをよく知っているのは、どうやら彼のようだ。


「あ、うん。そうだね。そうだったね。ちょっと動揺しちゃって……ごめんね」

「別にいいよ。じゃあ、但馬さん。君が占った結果を教えてくれるかな?」


「えっと……私は【唯ちゃん】を占ったよ。結果は【魔女ではない】です」


「え、恋歌ちゃん? 何で私を占ったの?」

「えっと、隣だから、って理由なだけなんだけど……」


 こちらも大した理由ではないようだ。まあ、この時点で明確な【魔女】狙いを出来るわけがないから、仕方ないだろうけれど。


「――やれやれ」


 ふう、と大きく息を吐いて、蒲田さんが首を横に振る。


「様子見していたら、どいつもこいつも澄ました顔して騙りやがって……私が本物の【占い師】だってのによ」


「なんだ。君もそうなんだね」

「おう。あっさりと信じてくれてもいいぞ、京極よお。因みに占ったのはテメエじゃなくて、残念ながらシャーロットと被って【相沢】だったけどな。当然【魔女じゃなかった】ぞ。理由も全く同じだ」


 ひどく男らしい口調で説明する蒲田さん。にしても、相沢君がもし【魔女】だったら、絶対にばれていた。出席番号1番はかなりリスキーである。


「で、これで以上か? 他に役職者はいねえか?」


 蒲田さんが周囲を見回しながら言葉を投げると、


「ここにいるし」


 ゆらりと鳥谷さんが両手を上げる。


「真打ちは最後に登場ってのが筋ですねそうですね。まあ、あっしも【占い師】だって宣言せざるを得ない。じゃないと偽物に乗っ取られるじゃまいか」


 相変わらずぬらりとした喋り方をする子だ。もう慣れたけれど。


「占い結果は【京極氏】が【魔女ではない】だったお。占い理由は、なんか1番、ゲームに詳しそうだったから【魔女】だったら厄介だと思ったからでつ」


 あ、理由はなんかまともっぽい。

 ここまでの占い結果を見ると、但馬さんと鳥谷さんが本物っぽい気がする。ただ、吉川さんから【魔女ではない】と結果をもらっているから、彼女が本物であってほしい。


「さて、これで以上か? 他に役職はいねえのか?」


 唐突に声を張り上げたのは、月島君。……威張り散らす上に他人を見下して目立とうとする所が、自分には苦手だ。

 彼が問い掛けたからか、はたまた本当にもういないのか判らないが、誰も声を放たない。

 それを確認すると、彼は満足したように頷く。


「じゃあ次は【霊能力者】だ! さっさと宣言しやがれ!」


 ――しん。

 誰も反応しない。


「おいてめえら! 何で出てこねえんだよ! 【霊能力者】も結果を伝えるのが筋だろうがよ! 馬鹿野郎!」


「馬鹿はお前だ」


 静かに、だが鋭く月島君を突き刺す声が上がる。


「沼倉ァ……ッ!」


「何でそんな恨みがめしく見てんだよ。普通の指摘だろ。お前は説明を聞いていなかったのか?」


 怯むことなく、沼倉君は答える。


「最初に【魔女】は脱落しないんだよ。だったら【霊能力者】の意味ねえだろ。判定なんて【魔女ではない】だけしかないんだから」

「あっ……」


 やっと気が付いたように、月島君はそう声を上げる。そして、みるみる顔が赤くなる。


「……てめえ。俺に恥をかかせやがって……ッ!」

「勝手に仕切ろうとして、勝手に自爆しただけじゃねえか。逆恨みも大概にしろよ」

「ぐっ……」


 反論できず、顔を真っ赤にしたまま押し黙る月島君。


「……じゃ、じゃあ! 今日の処刑者は」


「『沼倉にしよう』ってか?」


「ぬ――っ、……ふん、甘いな」


 明らかに言いそうになっていたが、何故か月島君は胸を張る。


「今日の処刑者はお前じゃない。――管島だ」


「えっ? な、何で!」


 管島君が身を乗り出して抗議する。


(……まあ、誰しもが何故と思っているだろうね)


「何で俺が管島を指名したのかなんてのは簡単だ。ただ適当に選んだ」

「は、はあっ?」

「ただ、適当は適当でも、ちゃんと理由はあるぞ」


 いいか、と月島君は人差し指を立てる。


「このくそくだらないゲームを終わらせる一番早い方法は、GMを処刑することだ。だからここで役職持ちは除外される。目立つからな」


 目立つと、処刑されたり、【魔女】に呪われて脱落しなくて不審に思われる。だから、目立つから除外されるというその理屈は理解できる。


「次に【占い師】に占われた人物。これらはまだ処刑対象にする必要が無いだろう。ここで処刑した所で判断がぶれる。勿論、後から出る【霊能力者】のな。【占い師】に合わせる形での判断をするだろうから、そうなると【占い師】の占い結果の整合性判断が難しくなる。だから安易に【占い師】に占われた奴は処刑すべきじゃねえ。――ってなことで、どっちでもないグレーゾーンの奴を選択しただけだ」


(おお、なんかまともな理由……な気がする。でも【霊能力者】の話って、さっき沼倉君に言われるまで今日宣言すると思っていたよね)


 どうも思いつきの言葉を連ねて、それがうまく繋がっただけのように思える。


「だ、だからといって、何で僕なのさ!」

「あ? 個人的にGMっぽいと思っただけだ。こういうのやりそうなのは、京極かお前っぽい、ってな」

「なっ……」


(あー、それは納得かも。アニメやゲームの世界だもの。こんな状況は)


 少し納得してしまった自分がいた。


「だから適当だけどお前を選んだ。以上」


「――まあ、アホはアホだな」


 唐突に、蒲田さんがふんと鼻を鳴らして入り込む。


「沼倉に対抗しようと適当に言い訳したら、なんとまあもっともらしい理論になった、ってだけなんだろ?」

「うっせーよ」

「だが、アホなりにそれなりの理由は通っているようだ」


 右手でサイコロをカチャリと鳴らし、彼女は言う。


「私はお前の言う通り、処刑者投票は管島に入れよう」


「蒲田さんっ?」

「結局、誰かに入れなくちゃいけないのだから、こういう声のでかい奴に目を付けられたのが運のつきだったな」


 蒲田さんはサイコロを管島君に下手からふわりと投げつける。サイコロは彼の胸に当たって落ちる。


「ちょっと待ってよ!」


 声を上げたのは、意外にも野田君だった。


「この議論の時間は15分間あるんでしょ? だったら、時間一杯まで議論した方がいいんじゃないかな?」

「あ? 何言ってんだ? もう議論の余地なんかねえだろ」


 月島君が馬鹿にしたように野田君を見る。


「でも、こんな簡単に管島君を処刑対象に決めちゃうのはおかしいよ」

「初日にこれ以上の判断は出来ねえだろ。【占い師】の占い結果で【魔女】だと判定されている奴もいねえし」

「だけど……何かあるはずだよ。まだ議論すること」

「何もねえだろうが。これ以上しつこいと――」

「あるぞ。議論すること」


 野田君に助け船を出したのは沼倉君だった。


「……またてめえか」

「月島、肝心なことを忘れてねえか?」

「肝心なこと、だと?」

「管島の言い分だよ」

「え……僕?」


 ぽかんと口を開けている管島君に「そうだよ」と沼倉君は頷く。


「月島に言われるだけでいいのか? このままだと、お前が脱落者になるぞ」

「よ、良くないよ!」

「じゃあ言ってやれ。お前の主張を」

「うん」


 力強く頷いて、管島君は月島君に顔を向けて堂々と告げる。


「ぼ、僕は【魔女】なんかじゃなくて――ただの【村人】だ! だから処刑しても無意味だ!」


「……」


 月島君は呆気に取られたように口を開ける。

 その様子を見て、どうだ、と胸を張り続ける管島君。

 だが、


「……はあ」


 と、管島君の横で、京極君が大きく溜め息を吐き出す。


「翔。お前は


「え? な、何か駄目だった?」

「駄目も駄目だよ。折角沼倉君が抗弁の機会を設けてくれたのに、ふいにしちゃってさ。もうちょっと頭使おうよ」


 何が駄目だったのか自分には判らなかった。管島君の言った通り、このゲームの趣旨は【魔女】を殲滅させることだから、【魔女】を探すように議論しよう、ということになるのではないのだろうか。

 しかし周囲を見回すと、どうやら京極君の言葉は正しい、という反応をしている人がちらほらいた。顕著なのは沼倉君で、どう言葉を紡いでいいか戸惑っている様子である。


「……ふん。これで十分なようだな」


 月島君が口端を上げる。


「――おいGM。今日は15分間の議論はいらねえ。さっさと処刑投票を開始しろ」

『ん、結構みんなの意見はまとまったようだね。いいかい、管島君?』

「あ……うん。なんか判んないけど失敗しちゃったらしいし」


 頬を掻きながら、管島君は仕方なさそうに頷く。


「まあゲームだしね。もういいや。投票に行っても大丈夫だよ。僕も自分に投票するし」


(……)


 簡単に管島君は承諾したが、自分はある種の胸騒ぎが収まらなかった。

 物凄く嫌な予感がしていた。


 ――


 この言葉が、とても引っ掛かっていた。


『よし、分かった。じゃあ早速だけど投票タイムと行こうか』


 そんな自分の心情などさぞ知らず、GMは投票を促す。

 すると、自分の手元にある液晶に、


《あなたが選ぶ本日の処刑対象者を選択してください》


 という文字と共に、みんなの名前が表示される。


『んー、あんまり時間をかけてもしょうがないから、1分以内に投票してね。しなかったら、その人も脱落にするから』


 画面右上にカウントダウンが表示される。


(ま、まずい!)


 時間は十分にあったのだが、何故か焦ってしまい、思わず指先がある人物に伸びてしまった。


『はい。しゅーりょう』


 右上のカウントが無くなると同時に、GMが声を掛ける。


『全員が投票したね。じゃあ、結果を発表するよ』


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 01番 相沢 章吾 → 管島 翔

 02番 飯島 遥 → 管島 翔

 03番 上野 美紀 → 管島 翔

 04番 緒方 幸 → 管島 翔

 05番 尾上 智一 → 管島 翔

 06番 香川 陽介 → 管島 翔

 07番 柿谷 進 → 管島 翔

 08番 蒲田 愛乃 → 管島 翔

 09番 京極 直人 → 管島 翔

 10番 管島 翔 → 管島 翔

 11番 小島 剣 → 管島 翔

 12番 駒井 奈々 → 管島 翔

 13番 坂井 隆 → 管島 翔

 14番 シャーロット セインベルグ → 管島 翔

 15番 瀬能 奏 → 管島 翔

 16番 但馬 恋歌 → 管島 翔

 17番 多田 唯 → 管島 翔

 18番 月島 太郎 → 管島 翔

 19番 津田 波江 → 管島 翔

 20番 戸田 恵 → 管島 翔

 21番 鳥谷 良子 → 管島 翔

 22番 新山 佳織 → 管島 翔

 23番 新山 沙織 → 管島 翔

 24番 沼倉 充 → 沼倉 充

 25番 野田 夏樹 → 管島 翔

 26番 能登 美鈴 → 管島 翔

 27番 真島 錠 → 管島 翔

 28番 村田 剛志 → 管島 翔

 29番 森田 宗司 → 管島 翔

 30番 矢口 奈江 → 管島 翔

 31番 吉川 留美 → 管島 翔


 結果

  管島 翔 30票

  沼倉 充  1票



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「おい沼倉!」


 投票結果が表示されるなり、月島君は怒声を放つ。


「何でお前、管島に投票してねえんだよ!」

「ちょっと試したいことがあってな。それに、お前の言う通りに管島に投票するのも癪だったからな」

「てめえ……」


 そこでまた月島君は怒鳴りそうになっていたが、「……まあ、いい」と鼻を鳴らして口を真一文字に結ぶ。


『話は終わったようだね』


 GMの声。


『結果、管島翔君が今回の処刑者に選ばれました。管島君は脱落です』

「そりゃそうだよね。仕方ないか」


 管島君は息を1つ吐いて席から離れようとする。


『おっと。どこに行くつもりだい?』

「どこって、脱落したんだから、この場にいても仕方ないでしょう」

『いやいや、そんなことはないよ。この場にいなさいな』

「え?」


『ていうか、むしろ――


 パチン、と指が鳴る音が聞こえる。


 同時に――突然、ガシャン、という音と共に、まるでその場から逃がさないようにするように足元から鉄格子が生えてきて、管島君の周囲を囲んだ。


「な、何をするのさ!」

『何って、脱落したでしょ? だから――』


 GMは宣告する。


『――落とすだけさ』


 ガタン!


「ッ!」


 声もなく、管島君の姿が鉄格子の中から一瞬で消える。

あまりにも突然のことだったので、思わず呆けてしまった。みんなも自分と同じようで、誰ひとり、微動だにすら出来ない様子だった。


「おい……管島はどうなったんだよ!」


 最初に震えながら大声を放ったのは、村田君だった。


『何って、言ったじゃない。彼の足元に穴を空けて、下に落としただけだよ』

「下に落としたって……」

『脱落、ということで文字通りこの場から脱するために落としたんだよ。もっとも、落とすだけじゃないけどね』

「落とすだけじゃない? どういうことだよ?」

『あれー? 魔女、処刑ときたら?』


 確かに、GMの言う通りに私もそれを想像した。


『魔女狩りって勿論――?』


 瞬間、みんなの顔が強張る。

 自分はそこでようやく気が付いた。

 ――ゲームだしね。

 これは確かにゲームだ。

 だが、得体の知らない、等身大で行っているゲームだ。

 その脱落という意味が、単純にゲームから外れる、という意味であるはずがないのだ。


(……自分は目を逸らしていたのかもしれない)


 だから躊躇なく、管島君を処刑者に選択できたのだ。


(――死ぬかもしれないと、分かっていたのに!)


『でもね。ただ火に炙ったり水に沈めたりするんじゃつまらないと思うんだよね』


 唇を噛みしめていた自分は、そのGMの声でハッとする。


『ということで、GMとしては趣向を凝らして、こんな風にしてみました。お手元の液晶をご参照ください』


 言われるがまま目を向ける。


『いてて……いきなりなんだこれ……』


 すると液晶には、白いマットのようなモノに乗った管島君が、まるで監視カメラの映像のように上から映し出されていた。


「生きていたんだ……」


 隣から津田さんが安堵の声を漏らしたのが聞こえた。

 自分も同じことを思ったが、

 しかし、自分はその言葉のニュアンスが違った。


(生きていたんだ。――


『はいはいさてさて、管島君はみんなさんのがご存知のように、アニメ好きですね』


 確かに、彼のアニメ好きはクラスの誰もが知っている。それは月島君が堂々とそのことを馬鹿にしているからであるのだが。


『ということなので、彼に対する処刑は、こんな風にしてみました。さて、どうぞご覧あれ』

『うわ! な、何だ!』


 画面の中の管島君が恐怖に目を見開く。

 その視線の先――画面の左上から、ゆっくりとある姿が映し出される。


 紫色の髪。

 ピンク色の制服。

 やけに大きな胸。

 顔の4分の1を占める瞳。


 そこにいたのは、まるでアニメから抜け出してきたような、そんな人だった。


 正直、不気味だった。


『うわあああ気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いっ!』

『き、気持ち悪いってひどいよ、翔君!』


 聞こえて来た声は、所謂アニメ声と呼ばれる甘い声だった。


『ひっ……葉村あかりさんの声……』

『は、葉村あかりって誰のこと! 幼馴染のあたしも知らないなんて……』

『お、お前なんか幼馴染じゃねえよ! 二次元は二次元の中だけが可愛いんだよ! 三次元になったら意味ねえだろうがああああああ!』


 大きな瞳に涙を溜めて迫ってくる少女に、涙声で後ずさりする管島君。

 そこで画面は切り替わり、少女の後ろから――つまり彼を正面から見る形となる。


『ねえ、翔君』

『来るな来るな来るな来るな来るなぁあああああああああああああ』

『あたしのこと、好き?』

『好きじゃな好きじゃな好きじゃない好きじゃないごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』

『そっか……でもね』


 どんどん迫っていく少女。

 管島君は既に壁に追い詰められており、逃げ道がない。

 顔を真っ赤にさせて、彼はずっと謝り続ける。

 しかし彼女は止まらない。

 そしてついに、彼女の手が彼の頬に添えられた。


『あたしはずっと前から……』

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』


『翔君のこと……大好きだよ』


『ごめ――』


 ボン!


 ビチャリ。


 画面に赤がべっとりと付着する。

 それが何なのか、誰もが知っていた。

 誰の赤なのか、誰もが知っていた。

 どうしてそうなったのか、誰も知らなかった。


「……」


 言葉を失ってしまった。

 信じられなかった。

 何にも、そこにはなかった。

 ただ不気味な少女が管島君を甘い言葉で誘惑していただけ。


 なのに管島君は、唐突に――


 幸いなのかは判らないが画面に多数の血が付着していたため、彼の破裂後の姿、ならびに肉片や脳漿が飛び散っている様子などは画面上でも目にすることはなかった。



「きゃあああああああああああああああああああああっ!」


 誰の金切り声なのか判らない。

 だがそのおかげで、呆けていた意識が元に戻った。

 そして、はっきりと認識する。

 管島君は、頭を破裂させて死んだのだ、と。


「お、え……」


 叫び声の隙間から、誰かがおう吐する声が聞こえる。つられて自分も身体の中心から強烈に込み上げてくるものがあったが、何とか気力で抑える。

 大広間は阿鼻叫喚に包まれた。


「ふっざけんなよ!」


 その中でもひときわ声が大きかったのは村田君だった。


「何だよこれ! 管島はどうなったんだよ!」

『いやー、やっぱり声優さんって凄いねえ。とろけるような声って言うけど、とろけるどころか頭が沸騰して破裂しちゃったよ』


 GMは軽い口調で言う。


『はい。以上が管島君の処刑でした。アニメ好きの彼にはぴったりな処刑法だったと思うんだけど、どうだったかな?』

「そんなことを聞いてんじゃねえ! 管島はどうなったかって聞いてんだよ!」


『見て判るじゃん。頭が爆発して死んだよ』


 死んだ。

 はっきりとGMはそう口にした。


 みんなの声が止まる。

 息を吸って上下する肺の音が聞こえるかと思う程の静寂が生まれる。


『あれはノンフィクションだよ。現実だよ。管島君が落ちた穴に入れば、彼の頭部のない死体がきちんとあるよ。誰かやってみる?』


 誰もその問いに答えない。

 代わりに村田君が怒号を放つ。


「ふざけんな! 何でゲームで死ななくちゃいけないんだよ!」

『このゲームはそんな要素も含んだゲームだからさ。みんなも薄々気が付いていたんじゃないかな? 脱落、イコール、死ぬ、ってことに』


 だってさあ、とGMはあざ笑うかのように告げる。


『君達にはこの出口のないこの閉鎖された空間内で、きちんとゲームしてもらわなくちゃいけないからね。これぐらいのリスクがないと、部屋に引きこもっちゃうじゃん』

「てめえっ!」


 ついに怒りが頂点を迎えたのだろう。村田君が席を飛び出し、中央の画面のふちを掴む。


「いい加減にしろ! 俺達をここから出しやがれ!」

『そんな願いは聞けるわけないじゃん。君達が出る方法はただ1つ。このゲームを正式にクリアすることだよ』


「だからふざけんなっつってんだよ!」


 ドゴ、という鈍い音が響く。

 村田君が画面を殴った音だった。


 そしてのを自分は見た。


『あーあ。画面は壊しちゃ駄目じゃないか。、これは。――ということで』


 ――直後。

 ぐらり、と村田君の身体が揺れ、そのまま崩れ落ちた。


『ゲーム期間中の器物破損、脅迫行為など、犯罪行為全般を禁止する、ってルールで書いてあったでしょ。間違えて落としたとかそういうのだったら当て嵌まらないけど、今回は意図的だったからね。適応されちゃうよ。全く。ルールはきちんと守らないとね』


 床に倒れ込んだ村田君は微動だにせず、先程まであれだけ言葉を通していた喉は震えを止めていた。外傷もなく、見た目ではただ倒れただけに様に見える。

 まるで魂が抜けたようだ。


『ということで、意図せずにみんなに披露することになったけど、朝10時に集合しなかったり、犯罪行為をすると、村田君みたいになるからね。十分に気を付けること』

「村田君みたいって……し、死んでるの……?」


 野田君がそう小さく言葉を漏らすと、GMはそれを拾って答える。


『うん。勿論、気絶とかそういうものじゃないよ。近くで見ればもっと分かるよ。触ってみれば?』

「え、遠慮します……」


 野田君は青い顔で首を大きく横に振る。


『他の人も見てみたら? こんなに死体と触れ合える機会って滅多にないよ』


 動物と触れ合う、みたいな言い草だが、滅多になくていいことである。そんなふざけたダークジョークに誰も反応せず、また村田君みたいに反抗的な態度を取る人たちもいなかった。


『なんだ、いないのか。……じゃあ明日以降の対応について話すよ』


 何故かトーンダウンして、GMは言葉を紡ぐ。


『【魔女】、【占い師】、【村長】、【守護騎士】は夜中の0時までに対象者を選択してね。もし選択しなかった場合は脱落――ああ、もういいや。脱落って言葉使わなくても。選択しなかったら死ぬからね。【魔女】の場合は仲間内の誰かが死ぬよ』


 脱落、イコール、死ぬ、の恐ろしい数式が成り立った。


『夜中の0時になったら、それぞれの処理を行うよ。例えば、【守護騎士】に守られていない人が【魔女】に呪われたら、0時に死ぬ、ってことだね。因みにどこにいたって死ぬから。この狭い空間であがいても無駄にしかならないよ。部屋に籠るのも無駄だからね』


 最後の言葉に、自分はドキリとした。

 何故ならば、自分がまさに行おうと思っていたことだったから。


『じゃあ以上。解散』


 ぶつり、と画面が途切れる。


「う、うわあああああああああああああ」


 但馬さんが今まで見たことのないくらいのスピードで大広間から走り去る。その後に続く形で何人かが同様に叫び声を上げながら大広間から逃げ出すように、続いて、一瞬呆気に取られていた人が叫び声は上げずとも必死な形相で場を離れる。後に残されたのは、自分のようにボーっとその様子を見ていたり、逆に人を値踏みするように観察するような人だったり、近くにいた他の人間と相談をしていたり、といった比較的外面は冷静なように見える人間だけだった。

 特にその中でも冷静だったのは蒲田さんだった。


「……人間の死体って初めて見たな」


 蒲田さんは村田君に近づく。その表情には何も映しておらず、ただ観察するように見入っている。大広間にまだ残っていた自分も含めて何人かは、彼女に視線を向けていた。


「おい、GM。ちょっと聞きたいことがあるから出て来い」


 唐突に彼女が声を上げると、声が返ってくる。


『なんだい? 今回は特別に反応したけど、質問は部屋のPCにしてって言ったでしょ?』

「そうなると工作されそうだからだよ。んで、こいつだ」


 蒲田さんは足の先で村田君を指し示す。


「こいつの処理ってどうなんだ? まさかこのままずっと放置ってわけじゃねえよな?」


『あー、気が付いちゃったか』


 やってしまった、というGMの声。


『これで村田君黒幕説が立てられなくなっちゃった。残念』

「で、どうするんだ?」

『ま、こうするんだけどね』


 直後、村田君の死体の真下がパカッと開き、そのまま落ちて、グシャリと鈍い音が聞こえた。


『至る所にこっちの意志で開くことが出来る落とし穴があるよ』

「ふん。だから籠るのは無駄だってか」

『物わかりが良くて助かるよ。んじゃ』


 ぶつりと音声が切れる。「……そんなとこか」と蒲田さんは静かに踵を返し、大広間から立ち去る。残ったのはもう数人しかいない。恐怖で未だに腰が抜けていたり、口を開けたまま涙目になっていたり、いずれも、誰もが他の人と話そうとせず、動く気力も起きないといった様子である。


 ふと、自分は遥ちゃんの姿を探す。

 彼女はその場にはいなかった。


(……何でいないの?)


 悲しい気分になるが、しかし彼女が場を離れていたことに気が付かなかった自分にも非があると思い、仕方なく1人で自分の部屋に戻った。


―――――――――――


 部屋に戻ってドアを閉めた直後。


「――ッ!」


 とてつもない恐怖に身を襲われ、ベッドに飛び込む。

 身体の芯が冷え、震えが止まらない。

 ――死。

 死ぬ。

 ここまでの人生で、意識したことがなかった恐怖。

 だが自覚する。

 こんなにも身近に、死というものが存在していたということを。

 こんなにも簡単に2人――恐らくは先生も含めて3人、知っている人間が死んだなんて。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」


 布団を頭から被り、呪詛のように唱え続ける。

 知っていた。

 自覚していた。


(自分は――被害者じゃない)


 被害者ぶることは出来ない。

 自分だけじゃなく、沼倉君を除いた、全員。

 自分たちは、確実に1人を殺した。

 管島君を選択した。

 多数決だから、という言い訳は通用しない。

 直接手を下していないから、という言い訳は通用しない。


 ――みんなが管島君を選んだから、自分のせいではない。

 ――あくまで管島君を殺したのはGMである。


 そんな思考に向かわせるのが【多数決】並びに【処刑者選択】というシステムである。

 罪悪感を薄め、殺される恐怖に怯えながらゲームを止めないようにする、というGMの意図が垣間見える。

 どうにかギリギリのところで自分は自分の罪を自覚しているが、しかし、吐き気がするほどの重圧に、思わず後者の思考に辿り着こうとしてしまう。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」


 自分が死ぬのも当然嫌だが、何より、そうやって他人を殺し続けることに慣れてしまうことが嫌だ。こんな極限状態であっても、人の矜持としてそこは自覚していかないと駄目だ。ゲームに乗っ取って処刑者を選択し続けなければいけないけれど、仕方ない、自分のせいじゃないと割り切るのではなく、相手を自分が殺すんだ、と意識して、選択する。簡単に言えば、いただきます、という言葉について、真剣に食す動物のことを考えた上で発言する、ということと同等である。どちらも他人の犠牲の上で自己の生命を維持している。


「……」


 考えれば考える程、思考が滅茶苦茶になって、自分の中で答えを探そうともがく。答えなんてないと知りながらも、止めることは出来ない。


 そして無策な思考探索と呪詛のような呟きで疲れたのだろう、いつの間にか眠りこけていた。


(……あれ?)


 気が付くと時計の短針は真上を向く直前となっていた。しばらくぼーっと針の動きを見つめ続ける。


「……お腹減ったな」


 まず感じたのは空腹感。本能的にふらふらとパソコンを操作する。


『着信アリ 15件』


 画面中央に映し出されたのは、そんな文字だった。


「着信?」


 自分は首を捻りながらその表記にマウスカーソルを合わせる。


『出席番号2番 15件』

「……遥ちゃん?」


 出席番号2番は遥ちゃんである。彼女がこんなにも電話していたということは、何か用があったのだろう。しかし多くの着信音に気が付かず、自分は寝入っていたようだ。


「というか、どうやって電話を掛けたり取ったりするんだろう?」


 最初はすんなり受け入れてしまっていたが、パソコン画面中央に着信ありという文字が浮かぶことすら普通では考えられない。


「まあ、いいか。……それよりお風呂に入ろう」


 電話について思考するよりも、今度は身体にべたついている汗が気になった。すっかりと空腹感に関して忘れてしまい、自分はおもむろに上着をベッドに脱ぎ捨てて風呂場に向かう。


「あ……化粧落とさずに寝ちゃったんだ……」


 ようやく、自分が何も処理しないままにベッドに眠りこけてしまったことに思考が辿り着く。目もそこで覚めたと言っても過言ではない。


「うわー、結構ショックだよ……こんなの初めてだって」


 ショックで落ち込み、洗面所の前で頭を抱える。


「……いやいや。でもそんなこと考えている場合じゃないよね」


 しゃがみこんだところで、頭を切り替える。

 間もなく、夜中の0時。

 【村人】である自分は何もしないが、【占い師】や【魔女】、【反射魔導師】は対象を選択し、攻防戦に火花を散らす時間である。自分が戦う場所は、処刑者選択の所である。【占い師】と宣言した吉川さんから【魔女ではない】という判定を貰っているから、恐らく自分は処刑対象者にならないだろう。吉川さんが偽物だったら、疑われて処刑対象者になるかもしれないが、現時点では自分に投票する流れにはならないはずだ。


(ならば……自分はどうすればいい?)


 自分の手で、命を散らす人物を選ぶ。そのプレッシャーに悩みながら、過ごさなくてはいけない。


(……となると、やっぱり、自分自身に投票するのがいいだろうね)


 唯一、1人だけ管島君に投票しなかった沼倉君。彼は自身に投票し、それが有効化されていた。彼がどうしてそのようなことをしたのか自分には判らなかったが、しかしこの彼の行動で、誰を殺すか、という選択の他の選択肢が生まれた。自分に投票しても、多数決だから、自分が処刑されることはないだろう。


「……うん。少し心が軽くなった気がする」


 口に出すことで、さらに自身の重圧を低減させる。結局、他の人は自分以外で処刑対象者にしたい人物を選ぶだろうから大丈夫だろう、という他人任せの選択なのだが、今の自分が導き出した最適解であると信じていた。


「よし。明日も頑張――」


 顔を上げた直後だった。



 ――



「ッ!」


 大きく心臓が跳ねた感覚に襲われた。

 苦しい。

 息を吸おうとしても吸えない。

 息を吐こうとしても吐けない。

 目の前が白くなる。

 堪えきれず床に倒れる。

 ボーン、ボーン、と微かに音が聞こえる。


(……ああ、0時なのか。ということは……自分は【魔女】の呪い対象になったんだね……)


 苦しみで身体がはちきれそうだったのだが、意識の方はひどく冷めており、どうして【魔女】の呪い対象になったのかも一瞬で分かった。


……」


 言の葉に乗せた彼女の名は、自分が呪い対象になった理由でもあった。

 あの時、自分がただの【村人】Bだということを彼女は知った。

 彼女は【魔女】Aだったのだ。

 だから当然のごとく、自分に呪いを掛けた。


「死に……たく……ない……」


 必死で声を引き絞る。

 思考もだんだん鈍ってくる。


(……肌水)


 自分が死ぬという間際になって辿り着いた思考が、貴重な肌水だった。


(一度も使わずに死ぬなんて、死んでも死にきれない)


 そう思ったら、それしか思えなかった。

 彼女に対しての恨みもつらみも何もない。

 息が出来ないのも関係ない。

 自分は必死に手を動かし、洗面台の周囲にある化粧道具を全て床に落とす。

 ガシャン、と鈍い音がして、脆そうなガラス瓶に入れられていた肌水が割れる。

 自分は床に広がるその液体に向かって、顔面から倒れる。

 目的は何とか達成された。


 しかし、世界で10個しかない肌水の匂いや感触をほとんど堪能することもなく、自分の意識は闇へと落ちて行った。

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