エクストラゲーム



 白い部屋。

 白い空間。

 ゴミ1つない。

 ドア1つ見当たらない。

 瞬きをしたほんの一瞬で、俺の目の前の情景は一変していた。

 部屋に合ったベッドも、時計も、パソコンもない。

 そして、手元にいた佳織の姿もない。


 あったのは――いや、いたのは、俺も含めて9人だけ。


 上野 美紀。

 京極 直人。

 小島 剣。

 津田 波江。

 鳥谷 良子。

 新山 沙織。

 野田 夏樹。

 吉川 留美。


「どうやら、みんなが【B村】だったみたいだね。但し――


 真っ先に京極が口を開く。


「ここにいるのは、さっきアナウンスで聞こえた『【B村】が8人』って言葉から1人多い、9人だしね。さて、多分だけど、この中で恐らく1人だけ【A村】なんだろうけど――」

「そんなのどうでもいいわよ!」


 津田が悲鳴に近い声を上げる。


「それよりさっきの放送って本当なの? っていうかこの空間なんなのっ?」

「誰に聞いても分かる訳がないんじゃないかな」


 吉川が軽い口調で言う。


「あ、違うや。――、だった」

「吉川さん、それってどういうこと?」

「そのまんまの意味だよ、津田にゃん」


 にっこりとした笑顔の吉川に、津田は疑問符を浮かべている。


(……こいつも分かっているな。この場に――9人いる、という意味が)


 恐らく、この場で理解しているのは京極と吉川、それに――だけだろう。


「……ここがどこかっていうのは」


 と、ぼそりと鳥谷がそこで言葉を放つ。


「多分……私達はあのゲームに勝った。だから知らぬ間にここに集められた。それだけのことじゃないのかと思う」

「ほ、本当に勝ったんだよね? 私達、生き残ったんだよね?」

「だよな? あいつは確かに【B村】の勝利って言っていたよな? 俺達は死なないよな?」


 上野と小島が喜びを含めた声で問い掛ける。

 その問いに答えたのは、沙織だった。


「そうだろうね。そのために――佳織が犠牲になったんだけどね」


「……」


 2人は沈黙する。同様の気持ちを持っていただろう、津田も顔を背ける。


「ああ、間違えた。佳織だけじゃなくて、ここにいない他のみんなの、だったね。ま、でも『【GM】・【魔女】・【信者】以外が全滅』って言ってたから、蒲田は無駄死にだったわけだけどね」

「ということは、【A村】の【反射魔導師】は新山佳織さんだったんだね」

「そうだよ。京極、あんたも騙されたかい? 私がそっちだって」

「その通りだよ。吉川さんが占った際に動じてなかったからね。だから【呪人間】の方だとは思わなかったよ」

「あれは吉川が嘘だって分かっていたからよ」

「あ、やっぱりばれてた? あたし、適当に言ってたからね。で、時折【魔女】の小島君を庇ったりとかしてたんだよ」


 あ、そうだ、と吉川が手を打つ。


「ねえ、ついでだからみんなの役職をここで言ってみない?」

「役職を? 今更どうして?」

「んー、何となくだよ、野田君」


 ということで、と吉川は続ける。


「あたしは【信者】だったよ。ね? 小島君。津田にゃん」


「ね? って……勢いでバラしたね?」

「私達が【魔女】だってことを」


 小島と津田が神妙な顔で答える。


「いいじゃん。だってもうゲームは終わったんだし」


 ぶーぶーと吉川が口を尖らせると、


「……私は【内通者】だった」


 唐突に鳥谷が言葉を発する。直後「やっぱりか」と京極が続く。


「【占い師】を騙っていた鳥谷さんの職業は何かと考えていたんだけど、『何を伝えたいのか』っていうことを考えたら【内通者】かな、って思ってたんだよ。占っている傾向見たら……【魔女】だと判定したのが【A村】の人だったんだね?」


 こくり、と首を縦に動かす鳥谷。


「成程成程。あ、因みにボクは【霊能力者】だったよ。まさか最後まで生き残れると思っていなかったけど」


 京極が首を横に振りながら肩を竦める。


「それは……私もだったよ。【村長】って役職……蒲田さんが最初に言った通りに、【呪人間】じゃないから、処刑者に選ばれるんじゃないかとずっと怖かった……」


 上野は自分の身体を抱く。


 だが、俺は【村長】はそう簡単に処刑されないだろうと踏んでいた。最終的にはどちらの村に属するかを知ることが勝敗を握るからだ。

 それより、【呪人間】である沙織がここまで生き残っている方が、レアケースであろう。結果的であるが、吉川は沙織を守ったことになる。一度占った人間を再度占うことはなかなかハードルが高いから。


「……」


 その沙織は、死んだ魚のような目で口を真一文字に結んで立っていた。微かに震えていることから、佳織がいなくなったことに対して、自分の中で必死に抑え込んでいるのだろう。

 もっとも、俺は露骨にそれを態度に表し過ぎていたが。


「新山沙織さんはさっき【呪人間】だって言っていたとして――沼倉君、野田君。君達はどうなんだい?」


 京極が眉間に皺を寄せる。


「さっきから黙っているようだけど、2人とも、まさか――【GM】だったわけじゃないよね?」

「俺は違う。ただの【村人】だ」

「ぼ、僕もだよ!」

「ふーん。役職者じゃないのに残っているのって、珍しいよね」


 京極が訝しんでいるが、そんなことは関係ない。

 そして、こいつが訝しむ理由も十分理解できる。

 だが、俺にはそんな理由は――


『――はいはーい』


 その時だった。

 どこからともなく、俺の頭の中の血液が更に沸騰しそうな声が響いたのは。


『みんな状況は把握したね。まずはおめでとうと言っておこうか』

「GM、か」


 京極が周囲を見回しながら言う。


「姿を見せたらどうだい? というかここはどこなんだ?」

『1つ目は答えられないなあ。いろんな意味でね。でもその代わりに2つ目には答えようじゃないか。――ここはね勝利者の控室、ってところだよ』

「こんな真っ白な部屋なんてありえないじゃない! どこなのよ!」


 溜まらず叫んだ津田の問いに、GMはまるで当たり前かのように答える。


『津田波江さん。だから言ったじゃない。勝利者の控室ってところだ、って。正式な名称なんかないさ』


 だってさ、とGMは告げる。



「せ、設定……?」


 どういうことか? ――という疑問の前に、俺はある程度答えを見出していた。

 空想上とか、フィクション上でしか有り得ない、ことだったが。

 しかし、そうとしか思えなかった。

 俺は突拍子もない答えを、敢えて口にして確認する。


「――。そうだな、GM?」


 俺の言葉に周囲が驚きの声を上げる。唯一、京極だけが「……有り得ないけど、そうとしか考えられないよね」と頷く。


「いわば『精神世界』みたいなものだろ? だからこそこんな何もない空間が出来るし、逃げ道のない密室に俺たち全員を閉じ込めたり――あんな有り得ない処刑を出来たんだろ?」

「ちょ、ちょっと待ってよ、沼倉君。ということは、私達がやっていたこの数日間も……」


 上野の問いに頷きながら答える。


「当たり前のことだろう。全部、現実じゃない」


「……至極当たり前のことなのに失念してた」


 鳥谷がぶつぶつと呟く。


「処刑に関しては他室に連れて行かれたわけだから、あの映像はてっきり合成だとばかり思っていたけど……でも、そっか。あれだけいじってもネットで外部アクセスが出来ないってのは有り得ないよね……」

「そうだね。ボク達は人が死んでいくゲームをさせられている、っていうことに意識が向いていて、異常な事態への心が麻痺していたんだ。死にたくない、って気持ちが強すぎて」


 まさに京極の言った通りだ。

 俺も、どうやればみんな生き残れるかばっかり考えて、これが現実かどうかということに目線を向けていなかった。

 最初は思っていたはずだ。

 ドアも何もない状態で、逃げ出すことが出来ない、と。

 そして、そこからちょっと考えれば分かったはずだ。

 それは言い換えれば――どこからもあの空間に入ることが出来ないということだと。

 大体、修学旅行に向かう飛行機の中から全員を気付かせずにどこかに移動できること自体がおかしかったんだ。

 だから――


「だから現実の俺達は多分――なんだよ」


「……ちょっと待って!」


 沙織が、生気を取り戻した目で問い掛ける。


「ということは、……?」

「それは……」

「……そんな単純な話だったら、良かったんだろうけど、ね」


 俺の代わりに、その問いに京極が呟く形で答える。


「……どういうことなのさ?」

「睨まないでよ。ボクだってみんなが生きていることは嬉しいんだよ。でもさ――沼倉君も分かっているよね?」

「ああ。多分な」


 こちらは嫌な予想だ。

 合っていなければ、と願うくらいだ。

 と、その内容を口にしようとした時、


「ああ、もうじれったいなあ。多分多分、って、もう」


 吉川がしびれを切らした様にじたばたと手を動かし始めた。


「今の話だって、沼倉君と京極君が勝手に決めつけているだけじゃん。もう当人に訊けばいいじゃん。GMにさ」

『私が答えるのかい? 2人の予想がどこまで合っているか興味あったんだけど……ま、いっか。多分合っているだろうから、時間の短縮として答えるとしよう』


 しかしそこで、吉川は口をへの字にして言う。


「違うんだよね。あたしが言った『当人』ってのは、あんただけど、


『ん? どういうことだい?』


「もー、沼倉君と京極君も分かっているでしょ? こんな茶番、終わらせようよー」


 吉川の矛先と目線がこちらに向く。


「確かに、実体がない所に話しかけるのはなんか変な感じがするよね。僕もそう思うよ」


 京極が1つ頷く。

 そして話についていけていない他の6人に向けて、告げる。


「さて、じゃあ今から――を推理しようか」


「えっ……どういうこと?」


 真っ先に反応したのは小島だった。


「この中にGMがいるって……でも、今、GMは声で……」

「それはあのゲームの中でも同じだったじゃないか。それに、津田さんはどうでもいいと言ったけど、ボクは最初に言ったよね? ――『1人以外は【B村】だ』って」

「あー……そうだったわね。他に意識がいってすっかり失念していたわ」


 佳織が生きているかもしれない、ということが分かったからであろう。沙織は従来の頭の回転へと切り替えられたようだ。


「今、ここにいる人は本来【B村】だった人だけのはず。でも、アナウンスされていた人数に対して1人多い、9人がここにいるわけね」

「それがどうしたって言うのよ」と津田が再び口を挟む。「ゲームが終わったんだし、1人いるいないがどういう問題になるのよ?」

「津田。あんたは『このゲームが終わった』ということで安心しすぎ」


 考えてもみなよ、と沙織は津田に問い掛ける。


「『何故、多くなった1人がここにいるんだろう?』と考えれば、『1人多いこと』の重要性に気が付くでしょ?」

「……まさか」


 と、反応したのは鳥谷。


「私は1人増えていたのに対して『何でいるんだろう』しか思っていなかった……でも、沙織ちゃんが言った意味を考えたら……」


 そこで鳥谷は身震いして、周囲に対し1歩距離を置いて口を閉ざす。


「おい、どういうことか分かんねえよ」


 小島がそう言うと、上野も「ごめん、私も何が何だか……教えてくれない?」とおずおずと手を上げてくる。


「簡単な話だよ」


 答えるのは京極。


「今、本来【A村】には3人いなくてはいけない。で、勝利条件から考えると、あちら側の3人の役職は【魔女】か【信者】か、そして――【GM】になる」

「あっ! ということは……」


 津田がようやく気が付いたというように眼を見開く。


「こっちに本当は【A村】だった【】がいるってことなんだね?」


「安直だけどね。でもその可能性が高いのは確かだよ」


 京極が付け加える。


「理論的に言うと、【A村】の残りの人――ここにいないのは飯島さんと瀬能さんだね。それにの計3人は【魔女】か【信者】か【GM】になる。蒲田さんが濃厚だけど、【魔女】の1人が【反射魔導師】によって脱落したということは、多くとも【魔女】は2人だけになる。つまり、誰か1人は【GM】か【信者】だということになる」

「え? どうして【魔女】の1人が脱落したと言えるの?」

「【魔女】が1人確実に脱落したというのは、さっきの放送で【A村】の人達が4人脱落したことから言えるよ、小島君」


 京極は右手の指を4本立てる。


「シャーロットさんがA村かB村か分からないけれど、1晩で4人脱落するには5パターンあるんだよ。1つ目は【呪人間】が【魔女】の呪いで2人脱落した場合、2つ目は【反射魔導師】を2人呪った場合。でも、この2つの場合は【B村】にも脱落者が2人以上いなくちゃいけないから、絶対にありえない。3つ目はシャーロットさんが【A村】で【B村】の1人の脱落者は【占い師】に占われた【呪人間】だった場合。だけど、これはさっきの確認で鳥谷さんと吉川さんが【占い師】じゃなかったことから有り得ない。蒲田さんは偽物だから、占うことは出来ないしね。4つ目としてはシャーロットさんが【呪人間】だったのが挙げられるけど、彼女が最後にそう宣言しなかったし【占い師】だし考えにくい。だから残るのは【反射魔導師】と【呪人間】が混じっている場合しか有り得ないんだ」


 京極が言っていることは至極正しい。


 ――だが、俺にとっては、もうそんなことは関係ない。


 既にこの場にいる誰がGMなのか、分かっているからだ。

 だからこそ俺は敢えて、その場を見守る。

 タイミングを待つ。


「残った3人の中に【GM】か【信者】がいるということは分かったわ」


 上野が眉間に皺を寄せる。


「でも、それがどうして【A村】にいた【GM】がこの中にいるってことになるの?」

「最初に言ったけど、可能性が高い、ってだけだよ。もしそうだったら1人増えていることに説明が付きそう、ってことなだけだよ。【GM】が勝利チームの【B村】に敢えて紛れ込んでこの場にいたら――


(――来た)


 京極の発言に注目する。

 俺が待っていたのはこの展開だ。


「ねえ、GMさん」

『何だい?』

「露骨に1人、この場には本来いるべきではない人間がいるってことは、これから何かさせるつもりなんでしょ?」

『さすがだね。うん。その通りだよ』


 さて、と前置きをしてGMは説明を始める。


『京極君と沼倉君にほとんど言われちゃったけど、今の君達は【現実】じゃない。そして【現実】に戻るために、最後の【ゲーム】をしてもらうよ。いわゆる【】ってやつだね」


 最後の審判。

 最後のゲーム。

 汝、隣人を愛せよというゲームからの先。

 エクストラゲーム。


「その【ゲーム】とは――【だよ』


 誰もが予想がついていただろう、最後の【ゲーム】。驚いている人もほとんどいない。

 しかしながら、ほとんどが理不尽さを感じているだろう。

 その理不尽だと感じるのは何故かを、代表して沙織が口にする。


「ねえGMさんさ。流石にこのままあんたが誰なのかを当てろ、っていうことはしないわよね?」

『勿論。この状態で誰が【GM】だと分かる訳がないじゃない。ちゃんとそこは考えているさ』

「具体的には何をするのよ?」

『情報を与えるのさ。但し、簡単には与えないよ』


 3つだ、とGMは言う。


『君達には次の3つの内から、欲しい情報を1つ選んでもらう。1つ選んだら他の2つは選べない。後は私が誰なのかを指摘するだけ』


「…… 一応聞くけど、間違ったらどうなるの?」

『勿論、そうなったら君達全員、現実に戻れなくなる。要するに――死んだと同じことになるのさ』

「やっぱそっか」


 さっぱりと沙織はそう返す。あまりにも平然と返したため、せっかく勝ち残ったのに死ぬかもしれない、ということに文句を言いだせる人はいなかった。


「じゃあ早速だけど、選べる3つの情報が何かを教えてくれない?」

「オッケー」


 京極の訊ねに、GMは待ってましたと言わんばかりに答える。


『1つ目は【を教える。ね。但し、その役職者に【GM】は含まれないよ』


 つまり誰がどの役職者だったかまでは教えられない、ということ。


『2つ目は、を教える。但し当然【GM】が誰かは教えないよ。あと【村人】は役職じゃないから除外するよ』


 例えば【占い師】を選択すれば2人、【魔女】を選択すれば6人の人間の役職が分かる。


『3つ目は、。もしその人物が【GM】だったとしても素直に【GM】だと伝えるよ。勿論【村人】だったら、そのまま伝えるだけだよ』


 2人まで絞り込めれば、実質、特定が出来るということ。


『――さあ、君達はどれを選択する? 制限時間は設けないから、じっくり決めるがいいよ』


 にやにやととした表情を浮かべていることが容易に予想される声で、GMは煽ってくる。


「どうすりゃいいのよ! もう終わったんじゃないの!」


 真っ先に反応したのは津田だった。


「そうよ。GMを特定するなんて話は最初になかったじゃない」

「この中の誰かがGMなんだろ! 誰だよ!」

「いやだよ……もう……」


 上野と小島、夏樹も表情を悲痛に歪ませる。


 反面、残る4人は冷静な様子。


「普通に考えたら3番目を選ぶところよね」

「新山さんの言う通りだと思う。あとは誰を選ぶかなんだけど……」

「そんなの鳥谷ちゃんに訊けばいいじゃない。【内通者】なんだし、誰が【A村】なのかって分かるんじゃないの?」

「……それが駄目なんだよね」


 すっかり普通の口調になった鳥谷が、吉川に対して首を横に振る。


「私は【内通者】だけど、この中の誰が【A村】なのかは分からないんだ。だってこの中にいるみんな【B村】だったし……多分【内通者】から見て【GM】は味方に見える、っていうのがあるからだと思う」

「あー、そういえばそんなルールがあったねー。忘れてたよ。楽に誰が【GM】か特定できると思っていたのになー」

『そりゃそうだよ。じゃなくちゃあんな条件なんか付けないよ。私は公平なんだ』

「どの口が言うのさ」


 そう吉川が呆れた声を出した。


 ――同時に。

 俺は


「!」


 視線に気が付いた沙織は眼で頷き、そして少し考え込む様子を見せた後に口を開く。


「……この状態ではやっぱり分かんないよね。なんなら当てずっぽうでやってみようか」

「何を言っているのさ。そんなのただの無駄だよ。ここはきちんと3つの選択肢から選ぼうよ」


 京極が即座に反応する。


「んー、ま、そりゃそうだよね。なんか条件つけてくれるとかじゃないとやる意味ないよね。蒲田程じゃないけど、私も博打撃ちの傾向があるからさ――あったらそっち選んじゃうね。だってその方が最後の選択、って感じじゃん」


『お、いいね。じゃあつけてみようか。


「およ?」


『どうせ当たりっこないし、もしさっき提示した3つの条件なしで当たったら、。但し、私が出来る範囲だけどね』


「本当に? 嘘じゃないよね、それ?」

『ああ。でも生死が掛かっているから、どっちを選ぶかは明白だと思う――』



「――



 我慢していたのだが、そこで思わず顔を綻ばせてしまった。


『……なに?』

「やっぱこの方向で当たってたんだね?」


 怪訝そうなGMの声とは対象に、ホッとした様子の沙織。


「ああ。よく俺の意図を読み取ってくれたな」

「まあね。付き合い長いし、それくらいは分かるわよ」

『どういうことだ?』

「さっきも言っただろ、GM。俺は、お前の『3つの条件なしで当たったら望みを何でも聞く』って言葉を待っていたんだ」


 俺はずっと溜めていた言葉を言い放つ。


「お前がこの中の誰なのかなんて、既に分かってんだよ」


『……ッ!』


 息が詰まったような声が聞こえた。

 同時に、京極が考え込む仕草を見せる。


「……沼倉君視点で考えると――」

「京極」


 視線で京極に訴える。


「そこは説明するからさ。――?」

「…………分かった」


 京極は少し眼を見開いた後に首を縦に動かした。その反応に満足した俺は「さて、誰が【GM】なのか、順を追って話そうか」と皆に向かって切り出す。


「まず、この中にいる【GM】は、本当は【A村】であるってことから説明しよう」

「あれ? それってさっき私が京極に言ったら『可能性が高い』って、断定はされなかったんだけど」

「津田、お前が言った時はな。だけど、鳥谷の言葉でそれは確定した」

「私の?」

「【内通者】の鳥谷は、ここにいる全員が【B村】であると言った。だけど人数が合っていない。つまり『所属は【A村】だけど【B村】所属だと偽装している役職者』――【内通者】か【GM】がいるということ。でも【内通者】だったら終了条件に満たさないから、必然的に【GM】になる」

「だからこの中にいる【A村】の誰かが【GM】だということになるのね」


 津田が得心したという様に頷き、鳥谷が「そうか」と唸る。

 彼女達の反応を見て、俺はさらに言葉を続ける。


「ということとなれば、確実に除外される人がいる。――真っ先に除外できるのは『』『』『』の3人だ」


「まあ、そうだよねー」


 吉川があははと快活に笑う。


「私達は【魔女】グループだし、お互いが確実に【B村】であることは保証できるからね」


「その通りだ。そして次に除外できるのは――『』だ」


「私?」

「これは【GM】の特性で『他の役職と被らない』っていうのがあるからだ。【村長】は上野と相沢しか名乗らなかったし、その相沢が偽物だったから、上野はほぼ間違いなく【村長】だろう。本物の2人とも名乗り出ないってことは考えにくいし」

「でもさ」と沙織が口を挟む。「【村長】って真っ先に狙われそうだから、潜伏しちゃうんじゃない? 最初の方に蒲田が言っていた理論だと【呪人間】じゃなきゃ生贄にされるし、【魔女】側としても【反射魔導師】じゃないから安全に呪えるじゃない」

「それもあるだろうな。だからこそ、逆に安易に【GM】が名乗ることが出来ないんだよ。脱落しちゃうし」

「あ、そうか」


「そしてその理屈で【占い師】を騙っていた『』も除外できる」


「私はここまで生き残れると思っていなかった。最初に【占い師】を騙って失敗したと思ったよ」


 鳥谷はホッとしたような表情をする。


「そして【霊能力者】の『』、お前も同様の理由で除外できる。特に京極は【村長】の上野に【B村】判定されているから、完全に除外できる」


「……まあ、【村長】から判定を受けていたのは俺だけだし、もし違う状況なら違う風になっていたんだろうね。こんなみんながいる場で【GM】当てなどしないんだろうね」


 京極の言葉に俺は頷く。限りなくシロに近い京極のみしか単独で【B村】が確定しない状況だからこそ、GMはこんなふざけたことをしたのだろう。しかし、おかげでこんな活路が見いだせたのだから、結果オーライという所である。

 話を戻し、俺は人差し指を沙織に向ける。


「更に、脱落するという意味であれば『』も除外される。今日で終わらなければ、確実に【A村】の【魔女】から呪われていたはずだ。結果的に【B村】に【守護騎士】はいないわけだし、そんな決断をする訳がない」


「あの愚策が、こんな形に証明になるとはね」


 自嘲気味に息を吐く沙織。

 しかし直後、ハッとしたように眼を見開く。


「……待って、充。ということは――」

「そう、その通りだ」


 沙織をはじめ、皆、気が付いたようだ。


「小島、津田、吉川、上野、京極、鳥谷、沙織、そして当然俺も【GM】ではない。ならばもう残っているのは――1人しかいないんだよ」


 俺は人差し指を、該当人物に突き付ける。



――【



「……えっ?」


 俺の隣にいた友人は、何を言われたのか判らないといった様子で呆けた声を放つ。


「もう一度言ってやろうか? 夏樹、お前が【GM】だ」

「ど、どうしてそんなことを言うのさ!」

「さっき説明した通りだ。俺から見たら、お前しか【GM】は有り得ないんだよ」

「そ、そんな……そんなことを言われたって……」


 目の焦点が定まらないなど動揺した様子の夏樹だったが、そこで「あっ」と声を上げる。


「そ、それを言ったら充だってそうじゃない! 同じ条件で僕からしてみれば充しか【GM】は有り得ないんだよ! それにいつもの充はこんなことを言わない!」

「ほう、そうか。普段の俺はこんなことを言わないのか。じゃあ俺からも言わせてもらおうか」


 俺は人差し指を突きつける。


「いつもつるんでいる俺達の中で、唯一お前だけが――『』について、あんなやり方を取るんだ」


「……どういうこと?」

「逆にいえば、お前以外は陽介の『特化している部分』を知っているんだよ」

「陽介君の特化している部分?」


「そう――がな」


 英会話という判り易い『特化している部分』がある。

 加えて陽介はシャロ一筋だというのは俺達の中では夏樹以外は確実に知っている。


「……そんなの理由にならないよ」


 夏樹は低い声で否定する。


「こうなる展開を見込んで、敢えてそうしたんでしょ? だからそれが決定打にはならないよ」

「ふむ。一理あるな。まあ、これ以上続けても押し問答にしかならないな」


 納得したように装って、俺は顎に手を当てて頷く。


「ならば――みんなに判断してもらおうじゃないか」


「えっ?」

「多数決だよ。ずっとここまでしてきただろ?」


 さて、と皆に呼び掛ける。


「分かると思うが、もう【GM】の可能性があるのは俺か夏樹だ。だからこそみんなには選んでほしい。どっちが【GM】なのかを」


 この言葉を受けて、誰もが口を閉ざす。


 そう、それでいい。

 発言を控えてくれればいい。


 ここで『最初に出された条件を使う』ことをされないようにするのであれば。


(あとは――)


 俺はつい先程と同じように、沙織に素早く視線を向ける。


「……私は」


 察してくれたのであろう、沙織が手を上げる。


「私は、『夏樹』が【GM】だと思う」

「な、何で……? 沙織さん……」

「私の中の女の勘がそう言っているのさ! ってのは冗談で……」


 と少し目を瞑って、


「どうしても私には充が【GM】だとは思えないんだよね。途中でGMと言い争っていたし」

「そ、そうだよ!」


 津田が続いて声を上げる。


「あの時、真っ向からGMに刃向ってたじゃない! じゃあ沼倉は有り得ないよ」

「そういえば……」

「あれは蒲田さんが拒否しなかったら、みんなが賛同していたよね……」


 うんうんと小島と上野が頷く。

 直後、吉川は2人に訝しげな視線を向ける。


「ふーん。でも、2人とも蒲田ちゃんの策に乗っちゃったけどねー」

「「……」」

「まあいいや。でもあたしも野田君が【GM】の方に一票かな―? 色々あるけど、まあ、はぶいていいっしょ」


 吉川がウインクしてくる。


(……こいつ察しているな。恐らく全てを。この中で最も、出来事の前後で印象が変わった。本当に頭いいよな。しかも要所要所でかなり助かった。――ありがとう)


 俺は眼で礼をする。

 吉川は少し口端を上げて反応して見せた後、「鳥谷ちゃんはー?」と振る。

 鳥谷は顎に手を当てる。


「……私もみんなと同じ。ここまで来て、もし沼倉氏が【GM】であったとしても、私はある意味後悔はしない――かな?」


 口元を緩めて、微笑む鳥谷。

 珍しいモノが見られた。


「――じゃあ、後はボクだけだね」


 満を持して、というように京極が口を開く。


「結論から述べると、ボクも野田君が【GM】だと思うよ。それは、沼倉君が【GM】ではないだろうから、って理由じゃないからね。ボクの視点からでも、野田君が一番、【GM】である可能性が高いんだ。――ま、後で確認をするけどね」


 視線をちらと俺に向けてくる。


(……すまん)


 心の中で頭を下げて、実際には自信満々に夏樹に向き合う。


「――ということだ。これで夏樹以外は全て【GM】が夏樹だと言っている」


「そ、そんな……」


 絶望に顔を青ざめさせる夏樹。傍からはこいつが本当にGMだとは思えない。


「み、みんな考え直してよ! ここで間違ったらみんな死んじゃうんだよ!」

『そうだよ。よく考えな。さっきの3つの条件を使えばより確実なんだよ』

「うるさい」


 一蹴する。


「こっちの意見は既に出ている。さっさと結論を出せ」

『いいんだね』

「いやだああああああああああああああああああ! 死にたくないいいいいいいいいい!」


 夏樹が頭を抱えて蹲る。

 だが俺は迷わず、他の誰にも口を挟む暇を与えずに瞬間的に告げる。


「いい。さっさとしろ」



「……



 一転。

 

 伏せている夏樹から叫び声が消え、低い声が響く。

 夏樹は右手で顔を押さえながらゆっくりと面を上げる。


「正解だ。この私が【GM】だよ。おめでとう」


 不遜な態度。

 完全に中身は夏樹じゃなかった。

 もう夏樹ではなく――GMでしかない。


「夏樹はどこにいった?」

「ん? それはさっき言った『何でも望みを聞く』ことにするかい?」

「いや、そうじゃない。ここで俺の番はまだ使わない」

「……さりげなく、ここにいる全員1人ずつの望みを叶えることになっているんだけど」

「ここにいるみんなが命張ってたんだ。それくらいはいいだろ?」

「まあいいけどさ。言った通り、私が出来る範囲で、だからね」

「それは『夏樹が』じゃないだろうな?」

「そりゃそうだよ。私と野田夏樹は別人なんだから。このゲームの間だけ借りていた、っていう方が正しいかな」


 つまり最初から夏樹はGMと入れ替わっていたということになる。


「勿論『ここで』じゃなくて『現実で』だよな?」

「そうだよ」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 沙織が戸惑いを含めた声を上げる。


「そう、それだよ! 『現実』ってどういうことか説明してよ!」


「――それは、ボクの望みにしようか」


 京極が手を上げる。


「このゲームを何故行ったのか? 背景も含めて説明してくれ、という望みにするよ」

「本当にいいのかい? 後で後悔するかもよ」

「構わないよ。『現実に戻してくれ』、って願いをしなくちゃ戻してくれなくても別にいいよ」

「大丈夫。ここにいる人達は戻すよ」


 裏を返せば、ここにいない人達は戻さない、と言っているようなものだ。

 そのことについて言及する前に「そう」と京極は話を進める。


「まずは背景から説明してくれ。ここはどこだ?」

「どこか? は説明したし、みんなも察しているよね。ここは現実から魂だけが閉じ込められた場所だってね。だから現実は修学旅行に向かう飛行機の中だよ。勿論、時間なんか経過していない」


 ここまでは分かる。

 問題は次からだ。


「じゃあ次。ボク達は何故ここに集められたの?」


「君達が集められた理由は、ただ1つだよ。君達は現実世界で――だよ」


「……死ぬ?」

「正確には死ぬ可能性がある、っていう状態なんだよ」


 現実に、これから死ぬ可能性がある。

 状況から、裏を返せば死ぬ人が限られる、ということも分かる。

 そして、現実は今、飛行機の中。

 つまり――


「……か」


「正解だよ、沼倉充君」


 GMが手を鳴らす。


「君達はこれから飛行機事故に遭います。でも――


「……そういうことか」


 京極も理解したようで、苦々しい顔になる。


「つまりこのゲームは――、ってことなんだね?」


 京極が告げた言葉は、このゲームの全てをまさに簡易的に表現していた。

 ゲームをすることで人数を減らす。

 何故か。

 奇跡で助かる人数を選ぶから。


「そうだよ。誰が死んで誰が生き残るかを決める。それがこのゲームの目的さ」

「生き残る人数は、GMが決めているの?」

「んー、それを語るには……そうだね、まず私が誰だか簡易的に教えておこうか」


 GMは胸に手を置いて告げる。


「私は君達の言う世界の『神』だね。『遊戯を司る神』って所かな? 俗世に合った言い方での割り当ては」


 神。

 正直うさんくさい。

 だが、実際に起こっている現実からは信じざるを得ない。


「神様、ねえ」


 沙織は半信半疑と言った様子で訊ねる。


「何で『遊戯を司る神』が生死に関わっているのさ?」

「あっちの世界も色々あるんだよ。つーか、今回は私の番、ってことなんだよ」


(……なんか滅茶苦茶いい加減だな)


 そう思いつつも口に出さず、じっと黙ってGMの話に耳を傾ける。


「大量に死ぬっていうから、せっかくだからゲームで生存関係決めようかと思ってさ。正直誰が死んでも生きても構わないんだよね」

「規定人数とかないの?」

「あー、ないない。今回に関しては全員死ぬとこだったのを何人か生存させようとしているから。別に0人でも構わないのさ」

「つまり、君の気分で生死人数は変わった、ってことでいい?」

「その通り。本来死ぬところを救ってあげるんだ。感謝してほしいくらいだよ」


(……その通りだ)


 従来であれば飛行機事故なんて生存確率が低い。それを自由自在に生死を操られるのならば、GMに取り入るのがいいだろう。

 だが、俺はそれをしない。

 ――ここがタイミングだ。


「じゃあ言いかえれば――、ってことだよな?」


「……」


 俺の発言にGMは訝しむように眉を歪める。


「……まあ、そういうことになるけど」

「じゃあ俺の望みは決まったな」


 すう、と息を吸い、俺は要求する。


「星光高校2年4組――


 場がしんと静まる。

 見るとGMも呆気に取られた表情をしている。

 俺はわざと煽る様に言葉を紡ぐ。


「お前はさっき言ったよな? 『生存者は0人でも何人でも構わない』って。だったら全員だっていいじゃないか」

「……無茶なことを言っていると分かっている?」

「無茶? どこが無茶なんだ? お前には出来ないのか?」

「いや、出来ると言えば、そりゃ出来るけどさ……だったら、このゲームの意味がなくなっちゃうじゃないか」

「意味? 意味なんかねえだろ? 生存者を気まぐれに作ろうとしているだけなんだから。しかもさっき、お前は『規定人数なんてない』って言ってただろ? 今更、違いましたってのはおかしいよな?」

「そうだけど……それとこれとは……」


 しどろもどろのGMに俺は追撃する。


「つーかさ、お前、勘違いしていないか?」

「……何をさ?」

「こういう要求が出来るように――こっちは【GM】当てについてリスクを背負ったんだよ。不用意に約束するから、こういう足を掬われる羽目になるんだよ」

「ぐ、ぬ……」

「っていうか、お前、本当に『遊戯を司る神』なのか? 色々詰めが甘すぎるだろう」


 交渉術が下手くそで、相手の煽りに簡単に乗り、俺が思うように事が運ぶ。

 こんな遊戯に弱い要素が満載で、どの面下げて神だと言えるのだろう。


「そうだね。それはボクも思っていた」


 京極が、がっかりしたように溜め息を吐く。


「そもそもこのゲームさ、自分で考えたの?」


 その問いにハッとして顔を輝かさせるGM。


「そ、そうだよ! 私が一から考えた、オリジナルな集団ゲームだよ。大人数でやるために色々な要素を入れて――」


「これ――


 へ、と表情が固まるGM。


「『人狼ゲーム』っていってね。簡単に言うと【魔女】が【狼】に名称が変わって、チーム対抗戦も役職同士の戦い――【狼】VS【村人】になったくらいで、ベースはほぼ同じ」

「つまりパクリってことか?」

「そういうことだね」

「……いや、そんなはずない!」


 GMが明らかに狼狽した様子を見せる。


「私はきちんとオリジナルで考えて……」

「じゃあ偉大なる先駆者がいたんだな。そんなのも知らないで、よく『遊戯を司る神』とか名乗れたな」


 俺は同時に鼻を慣らし、こう言い放つ。


、お前」


「――っ!」


 GMの顔が歪む。

 悔しいという内心がありありと現れている歪み方。

 そして下を向き、肩が震わせる。

 沈黙が数秒間続く。

 その間、誰も口を開かない。

 やがて、


「……分かったよ」


 震えを抑えるように両肩を抱えGMは顔を上げる。


「今回は私の負けだ。君の願いは叶えよう。慢心した私が悪い」

「よっ――」

「――但し」


 よっしゃあ、と歓喜の声を上げる途中でGMが俺、そして京極を順に指差す。


負けないよ」


「ちょっと待て! 京極は関係ねえだろ!」


 俺の目論見はほぼ合っていた。

 煽れば煽るほどGMは俺への恨みを増していく。そして「負けた」と思わせれば「次回は勝ってやる」と思考が移る。だから俺が相手をすればいい。それでこの場は収まる。

 ――そう思っていたのに。


「いや、覚えておけっていうのは文字どおりの意味なんだよね。別に煽りでもなんでもなくて」


 GMは肩をすくめる。


「流石に自分のための願いにしてもらうよ。みんな生き返らせることにしたんだし、他の人のためというのはもう無しね。――ということで、上野美紀さん、小島剣君、津田波江さん、鳥谷良子さん、新山沙織さん、吉川留美さん。この6人にはある選択を突き付けるよ」


 指を、自分の頭に突きつける。


「脱落した人、【A村】に残っている人は、この空間であったことの記憶を無くして元に戻させる。でも君達は違う。――『望めば』消してあげるよ」

「ふんふん。つまり、何か願いを叶えたければ、記憶は保持するよ、ってことだよね?」


 吉川がすかさずそう確認するとGMは首肯する。


「だからもう京極直人君と沼倉充君はもう、覚えているしかないんだよ。文字通りね」

「んー、じゃあ例えばあたしが『2人の記憶を消してー』って言っても無理なの?」

「無理だね。自分の願いじゃないからね」

「『自分が人を殺していたことを覚えていてほしくない』って自分の願いなんだけど?」

「えっ……うーん……」


 しばらくの間。


「……なしでお願いできますか?」

「ん、まあいっか。じゃああたしは記憶消去して」


 吉川はあっさりとそう言う。


「っていうか、あんたが個人で叶えられる望みとかなさそうだしね。あ、飛行機事故で荷物も無事にしてもらう、ってのでもいい?」

「それは元々サービスでみんなの荷物は大丈夫なようにするつもりだったよ」


 何故そこは手が行き届いているんだよ、と疑問に誰もが思ったのだろうが、吉川は「じゃあいいや。消しちゃって」と適当な感じで流す。

 続いて手を挙げたのは、


「私は記憶を消して。絶対に残さないで」


 沙織だった。


「記憶の奥底とかにも残しちゃうと、佳織も分かっちゃうからさ。私一人ならいいけど、佳織までこの辛い記憶を共有させる必要ないからさ」

「双子ってやっぱりそういうのあるんだね。じゃあ他の人は?」


 そうGMが煽ると残りの4人も記憶を消す方を選択した。


「うん。これで全員の望みを聞いたね。じゃあそろそろこの空間も終わらせようか」


 はい、とGMが一つ手を叩く。

 すると周囲の人々が、足元から消え始めた。


「おい待てよ」


 俺は消えゆく中で言葉を発する。


「俺に再挑戦するのはいい。だが――絶対に周囲を巻き込むなよ」

「……ふん」


 俺の言葉にGMは鼻を鳴らし、黒幕らしく口の橋を歪めてきた。



「残念だから、それは望みに含まれていないねえ」





 こうしてあっさりと。

 6日間も掛かった命がけのゲームは、後味悪く終了した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る