エピローグ
エピローグ
◆
「――ふざけんな!」
「わっ!」
横で驚いた声が聞こえた。
「い、いきなりどうしたの? 何か変な夢でも見た?」
「夏樹……」
野田夏樹。
俺の友人。
――あのゲームのGM。
「……っ」
一瞬で顔が強張る。
だがすぐに気が付く。
ここは既に白い空間ではない。
狭い空間によく見知った顔が並んでいる。
小さな窓。
立っている、制服を身にまとった客室乗務員。
前の席を覗き込む。
寝息を立てている佳織と沙織がいた。
そこでようやく、ひと安心すると同時に認識する。
「……飛行機の中、か」
修学旅行に向かっている機内。
つまり――現実だった。
「どうしたのさ? 何か変な夢でも見ていた?」
俺の横で微笑んでいる夏樹は、俺が知っている夏樹だった。
その様子に、さらに内心で胸を撫で下ろす。
「夢、か……」
長い長い夢を見ていた気になる。
いきなり閉じられた空間に囚われ。
命の掛かったゲームをさせられ。
陽介が死に。
シャロが死に。
佳織も目の前で死んだ。
思わず現実には行われていない。
みんな生きている。
――だが。
あれは現実ではないが、実際にあったことだ。
「……え? 充、どうしたの?」
唐突に夏樹がギョッとした表情になった。
「ん? 何がだ?」
「何で――泣いているの?」
言われて、自分の目元を拭う。
濡れていた。
「あれ……?」
困惑した振りをするが、その理由は分かっていた。
嬉しかった。
みんなが生きている。
佳織も沙織も生きている。
奏とシャロも生きている。
姿は見ていないが、多分陽介も生きている。
そのことの素晴らしさを、しみじみと感じていた。
「多分あくびだろうな。まだちょっと眠いし」
「ん、そうなんだ。邪魔しちゃってごめんね」
「別にいいよ」
俺は眼を瞑る。
安心したら、どっと疲れが出た。
精神的にもかなり摩耗していたのだろう。
俺はすぐさま寝息を立てることとなった。
そして数分後。
俺らの乗っている飛行機は墜落した。
――――――――――
俺は病院にいた。
どこの病院かは分からない。そこら辺りを歩けば分かるかもしれないが、さほど重要ではないので調べる気もない。
病院だからといって、どこか怪我や具合が悪いわけではない。
念のため、異常がないか連れられてきたのだ。
俺ら星光高校2年生を修学旅行のために乗せていた飛行機が墜落した。
原因は暴風域に突入した際のエンジントラブルらしい。
飛行場での着陸できず、近くの海に着水を余儀なくされた。その着陸も上手くいかず、胴体が折れたり、エンジンが火を噴いたりなど、大惨事を起こした。
しかし――2年4組は奇跡的に、無傷で全員生存していた。
場所が良かったのか全身ずぶぬれになっただけで、すぐさま海難救助隊に救われ、今の病院に至る、という経緯である。
俺の周囲にはいつもの面々がいた。
佳織、沙織、シャロ、奏、夏樹、陽介――全員顔は青ざめているが、目立った外傷は存在しておらず、生存していることを喜んでいた。
検査は既に終わり特に異常がないとほとんどの人は判定されていたのだが、何人か精神的にショックを受けている人もいるのだろう。その人達が落ち着くのを待っている状態である。その人達の診断が終わればこれから航空会社が用意したホテルに行くことになる、と担任の和田が言っていたので、恐らくは1時間以内に移動できるだろう。
そんな待機状態の中、
「……ちょっといいかい、沼倉君?」
京極が俺に声を掛けてきた。京極も目立った外傷はなさそうだった。
話しかけてきた理由は分かっていた。
「ああ。どこか行くか?」
「そうしよう。ちょっとみんなには聞かせたくない話だしね」
「了解。――ちょっと行ってくる」
佳織達にことわりを入れてから、病院の外に出る。
まだこの病院に事故の被害者が収容されているとは報道されていないらしく、外は静かなものだった。日も完全に暮れており、静かさが妙に際立っていた。
「みんな怪我ないみたいだね」
周囲を見回し誰もいないことを確認した後、京極がそう切り出してくる。
「そうだな。あとは精神的にダメージ受けている人は数人いるらしいな」
「女子は分かるけど、月島は完全に器が小さいよね」
「あいつはあっちでもそうだっただろ」
「そうだね」
お互いに苦笑する。
これで確信した。
あれはやはり夢ではなく、そして京極もきちんと覚えているということを。
そして、確認させるために、敢えて2人の記憶を残しているということも。
1人だったら夢かもしれない、ということで終わらせてしまうから。
「あとさ、信じられないんだけど、航空会社がコンテナをミスして荷物は全部北海道にあるままで無事だって連絡あったらしいよ」
「もう立ち直れないほどのチョンボだな、航空会社……ってことは、犠牲は手荷物だけか」
「手荷物も奇跡的に無事な気がするけれどね。
――ボク達はね」
「……やっぱりか。予想はしていたけれど」
声のトーンが落ちる。
「あの飛行機に乗っている全員が、同じように『ゲーム』をさせられていたんだろうな」
「同じ『ゲーム』かどうかは分からないけどね。ほぼ確実にそうだろうね」
「そして、ほとんどクリア出来なかった」
「うん。本当に奇跡が重なりあったかのように、ボク達だけ生き残っているよね」
この病院には俺達以外のクラスの人の姿がない。他の病院に移送されている可能性もあるが、現況から察するに、ほとんどが「身元不明」になってしまっているのだろう。
「本当に、クリア出来てよかったよな」
「そうだね。……で、分かっていると思うけど」
いよいよ本題か、と身構える。
「沼倉君。あのゲームの最後について、聞きたいことがある」
「……そのことだろうなと思っていた。何だ?」
「最後に役職の【GM】が野田君であるという結論まで至らせるプロセスなんだけど」
「ああ、論理立てて説明して、見事に当たっただろ?」
「あれ――適当でしょ?」
「そうだよ」
俺はあっさりと認めた。
「分かっていると思うけど、あれは夏樹が、役職じゃないルートでGMだと分かっていた上での適当な理由づけだ」
「やっぱり、そうだったんだね。あの理論だとボクと上野さんと鳥谷さんへの絞り込み理由が弱すぎるよね」
「そうだな。あそこは苦しかったぜ。特に上野の【村長】なんてこじつけにも程があるからな」
「【村長】は損な役回りだから、黙っていてそのまま脱落、っていうのも有り得るからね」
「で、勿論、そうした理由は、みんなを生き返らせるための条件を引き出すためだよ」
「最初黙っていたのもそういうことだったんだね」
「ん、まあ、そんなとこだ」
本当は佳織が目の前で死んで、動揺と怒りを隠していた部分の方が占めていた。
「で、聞きたいのは、どうして最初から野田君がGMだと分かっていたの、っていうこと」
「……これ、ゲームの終了間際――本当に1分前に気が付いたんだけどな」
佳織が死ぬ直前の会話で気が付いた。
「結論から先言うと、夏樹が『佳織と沙織をきちんと見分けられたから』だったんだ」
「新山姉妹を?」
「ああ。あいつらをきちんと見分けられるのは当人と俺だけだからな。少なくとも夏樹は見分けられないはずなんだ」
「それは分かるけど……どうして見分けられたらGMなの?」
「GMも見分けたからだよ。初日にGMは入れ替わった佳織と沙織をきちんと判別していた。今思うと、どうやって、ってのは多分あの空間の『魂』とか『データ』とかで見ていたからなんだろうな、と思うけどな。まあ、そのせいで俺がGMなんじゃないかと思った人もいそうだよな」
「……確かにそうだったね。ボクも最初はそう思い込んでいたよ」
「だから積極的に発言して、疑いを晴らそうとしていたんだけどな」
「うん。終盤ではすっかりと沼倉君がGMだとは微塵にも思っていなかったよ。……で、話を戻すけど、どうして野田君が2人を見分けられていたことを知ったの?」
「ああ、間抜けな話なんだが、初日にあいつはボロを出していたんだよ」
ふぅ、と一息ついて説明を開始する。
「最初に部屋に移動させられた後、放送があっただろ? あの時、みんな部屋から顔を出したんだけど、佳織と沙織のやつ――
――その前にお互いの部屋に移動していたんだ」
「え?」
「つまり佳織は沙織の部屋から、沙織は佳織の部屋から出てきたんだ」
部屋の配置は出席番号順でジグザグに配置されている。つまり出席番号が1つ飛ばしの人が隣に配置されるわけで、俺の隣には能登と佳織がいるのが通常だ。
だが、実際にいたのは能登と沙織。
「で、俺がどっちだか言う前に、夏樹が沙織の名前を呼んでいたんだよ。つまり、確実に判別していたんだ」
「成程、それは本当にボロを出した形になるね」
「もっと早めに気が付ければよかったけどな」
悔しさに拳を握りしめる。
「でも、結局みんな生き返ったんだし、そんなに悔やむ必要はないんじゃないかい?」
「……そうだな」
俺はふっと息を零し、空を見上げる。
曇った空は星も何も見えない。
まるで俺のこれからを示しているかのように。
「ま、やっかいな奴に絡まれることになっちゃったけどな」
「それはあまり気にしなくていいと思うよ」
微妙に笑い声を含めながら京極は言う。
「ゲームって古今東西、かなりあるからね。完全オリジナルなんて、数か月程度じゃ絶対にできないよ。だからボク達の寿命が来るまでにリベンジが来ると思わなくていいんじゃないかな。そうやって気に病ませることが、あのGMの手口かもしれないしね」
「……ん、そうするか」
言われて気が楽になった。やはり出来事を共有している人がいるといいな、と改めて思う。
一つ伸びをして気持ちを完全に切り替える。
もうこれは既に終わった話だ。
これから先は何もない。
あるのは事後処理で、それも大変だろうけど。
でも、俺達は生きている。
この場に生き残っている。
今はそれだけでもいい。
「さて、みんなのところに戻るか」
「そうだね」
俺は歩を早める。
話していて、生きていることの愛おしさを感じた。
だから早く顔が見たかった。
早く行きたかった。
辛かったこともたくさんあった。
目の前で友人を救うことが出来なかった。
でも結果的に、全員を助けることが出来た。
彼女を助けることが出来た。
――当然、彼女にその時の記憶はない。
想いを伝えあった、あの甘い記憶もない。
だが、生きている。
それだけで、今は十分だ。
だからそのことを密かに誇って、心の中で胸を張って向かおう。
俺の――大切な人の元へと。
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