新山 沙織

◆【呪人間】B 新山 沙織



『――ということで、月島君には実際にサッカーコロンビア代表の《アンドレス・エスコバル》選手に起きた事件の再現をしてもらいました。いやー、サッカーって恐ろしいね』


 GMのどうでもいい解説とどうでもいい感想を耳にしながら、私は閉じた目を開ける。閉じていた理由は、こんなくそったれな様子を見たくなかったからだ。


『はい。じゃあ以上で今日は終わります。解散!』


 ぶつりと画面が切れる。

 初日のように駆け出したりする奴はいなかったが、ぞろぞろと無気力にみんなが退出して行く。


「私達も行こうか、佳織」

「うん」


 姉の佳織は無表情のように見えるが、正直、まいっている様子だった。この子は気丈そうに見えて意外と心は繊細なんだ。

 ――


 私と佳織は双子だ。一卵性だけあって良く似ている。

 その相似性を利用して、私達は周囲を惑わして遊んでいた。

 例えば、わざと髪型に違いを見せて時々交換してみたり、性格を違うように見せながらある日唐突に変化させてみたり、幼稚園ではクラスが違ったので、頻繁に入れ替わったりしていた。もしかするとこの時の悪行? が影響して、小中高と佳織とは同じクラスだった。テストの時に入れ替わるのを防ぐためとか、「あ、佳織なのに沙織とか言っちゃってるぷーくすす」とかいうのを受けたくないからとか、そんな理由なのかもしれない。双子は普通クラスを別々にするものだと聞いているのだが、どうしてこうなったのかは私にもよく分からない。ただ、一緒であるおかげで、かなり楽しい生活になっていたのは確かだ。

 私は姉の佳織のことが大好きだ。恋愛的な意味ではなく、勿論家族としての意味合いだが。あの子と一緒にいると楽しいし、こっちの考えを口で伝えなくても結構判ってくれる。


 かなり出来る姉である佳織だが、勿論、私との違いはある。

 大きな違いは2つ。


 1つ、佳織はカラオケ好きである。


 私もよく誘われていくが、佳織は他の友人や、暇があれば1人であっても向かうほどである。週の半分は行っていると思う。その甲斐か何かは判らないが、佳織の歌唱力は凄いものがある。もしかしたら将来は実力派の歌手として活動できるかもしれない。本人はどう思っているかは判らないけど、双子故のシンパシーとしては、少し考えている節があるようだ。そうなれば同じ顔をしている私もファンに追われてしまうかも、と少し妄想してしまう。勿論、男のファンはシャットアウトして可愛い女の子を選択するに決まっているのだが。ということで佳織にはぜひ歌手になってもらいたいものだ。

 以上のように歌唱力にも違いがあるのだが、もう1つの違いはそこではない。


 佳織との絶対的な違いは、好きな人に関してである。


 佳織には好きな男がいる。


 その男ともかなり長い付き合いだし、佳織が好きになるのも分かる。両親ですらたまに間違える私達のことを、そいつは一度も呼び間違えたことはないし、悪戯をよくしている私達が冤罪を着せられた、いわば狼少年状態だった時もブレずに信じてくれて真実を暴き出してくれた。幼心に感動したのは覚えているが、しかし、私には恋心は芽生えなかった。まあ、だからといって他の人が好きかと言えばそうでもないのだけれど。だから双子で好きな人が被るなんてことは一切ない。修羅場なんて起きやしない。

 そのことで私との違いが見える、という人もいるが、しかし佳織は役者顔負けの演技力を持っているので、判別など付きやしない。たまにデレを見せるのもわざとやっている部分がある。もっとも、そのせいであの男は自分への好意をただのからかいだと勘違いして、一向に2人の仲は進展しないのだが。見ているこっちはやきもきするが、まあこれは男の方に同情する。佳織は演技をし過ぎる。特に本当に照れている時に演技をするから、男からしてみたら「あれ? 俺、勘違いしちゃった?」って思うのも無理ないし、これ以上踏み出せない。だから時折佳織を説教するのだが、いまいち効果が出ない。もう私も諦め気味である。


 そのように違いがある私達だが、お互いに対して1つルールを設けている。


 それは『』ことである。


 他人に対してはどうでもいい。人を傷つけるようなものはしないようにはしているが、悪戯をするうえで嘘は必ず付くものだから。

 だが、自分達には嘘をつかない。隠し事はしても嘘はつかない。そう決めた。だから辛い時には辛いと言うし、悲しい時は涙を流す。

 意外と双子って、精神的にきつい時がある。子供の時は間違えられる度に、自分の存在意義について悩んでしまったこともある。お互いに「あんたがいなければ!」と罵りあったこともある。

 だからこそ私達はお互い腹を割って話し、お互いに嘘をつかないで本音で話そうと決めた。

 双子だから悲しいことも一緒に悲しみ、その分、嬉しいことは2人で喜ぼうと。

 そんな、幼い頃の約束は今も続いている。


 私は佳織の役職と所属の村を知っている。

 佳織は私の役職と所属の村を知っている。


 だから気が付いた。

 幼稚園以来、クラスが別れたということに。

 つまり、このゲームとやらでは敵同士である。

 ――しかし、そんなことは関係ない。

 気持ち的な意味で関係ない、ということもそうだが、あいつがこのゲームを、別な形で終わらせようと努力しているからだ。


「大丈夫か、佳織?」


 ポン、と佳織の肩に手が乗せられる。


「ん、心配ないよ。ありがとう、充」

「そっか。無理はするなよ」

「うん」


 充の顔を、佳織は少し安らいだ表情で見る。普段だったらここで私が囃し立てるのだが、この場所は悲痛な顔の集まりであり、かつ、人が死んでいるという状況なのだ。空気は流石に読む。


「いや、安らぐっすね」

「目の保養ではなく怒りが湧くがな。リア充とかいて『リアみつる』と読むみたいな」

「ちょっと。不謹慎だよ、2人とも」

「そうですよ」


 かなちゃん、陽介のバカコンビが、野田っち、シャロのコンビに叱られる。

陽介が肩を竦める。


「いいじゃねえか。こんな状況だし、こうでもしなきゃ、精神がやっていけねえぜ」

「みんなの前でやる必要はないと思うよ。GMだから平気な顔をしているんじゃないかって変な逆恨みもされる可能性があるよ」

「何? そりゃまずいな」


 慌てて口元を塞ぐ陽介だが、その態度はふざけているようにしか思えない。こいつのことだから素でやっているのだろうが。


「とりあえずここからまず出よう。昼御飯を食べてから2時頃に俺の部屋に集合な」


 充の言葉に頷き、私達は大広間から出る。

 私は佳織、充、野田っちと一緒の扉から。

 陽介、かなちゃん、シャロは逆方向の扉から。


「……」


 部屋を出る直前、私は見てしまった。


 


――――――――――


「……そうか。やはり蒲田は気が付いているのかもしれないな」


 午後2時、充の部屋。


 大広間を出る直前の様子の話をした所、充はそう言った。


「まああれだけ露骨な処刑者投票をしているんだから、分かる人には分かるじゃない」

「むしろ分からせるためにやっていたから、いい結果ではあるんだが……だが、蒲田ってのが気になるんだよな」

「確かにね」

「あ? 何の話をしているんだ?」


 私と充の会話に、陽介が頭にはてなマークを浮かべながら訊ねてくる。訊ねてきたのは陽介だが、かなちゃんも難しい顔をしているし、シャロも澄ました顔だが判っていないだろう。野田っちは理解している様子。佳織は何も表情に映していないが、双子シンパシー的には判っていないことが伝わってくる。

 仕方ない。説明してあげよう。


「陽介。昨日、充が私達に処刑者投票について頼んだことがあったでしょ?」

「ああ。確か、えっと……あれだ!」


 手を1つ打って、陽介は告げる。


、ってことだな」


 昨日、夕方頃にみんなを集めた充は、一言、そうお願いした。

 理由は説明しなかったが、その時点で私は理由を悟っていた。


 ――説明しなかった理由も含めて。


「その意味をあんたはどう捉えていた?」

「ん? 意味なんか考えてねえよ」

「あの……」


 シャロが恐る恐るといった様子で手を上げる。


「私は、自分達が誰かを処刑する、という罪の意識を残さないように、っていう心づもりで充君が指示してくれたのかな、と思っていました」

「それもあったけど、そっちがメインじゃないんだ」


 充が首を横に振ると、かなちゃんが「はいはーい」と無邪気に手を振る。


「じゃあGMを倒す秘策っすか?」

「お? かなちゃんの割には近いこと言うじゃないか」

「さおちゃん! あたしの割って何っす――え?」


「充はまともに、この『ゲーム』をする気なんかないんだよ」


 私の言葉に、充は首肯する。


「はっきり言うけど、俺はまともにこの『ゲーム』に参加しようとは思っていない。こんな殺し合いなんてごめんだ」

「その気持ちは分かるけどさ……でも逃げ道もなくて……ただ死ぬのは嫌だよ……」


 野田っちが弱気なセリフを口にする。それはみんなが思っていることだろう。

だが、充は逆に微笑んで見せた。


「俺だって死ぬのは嫌だ。だけど人を殺すのも嫌だ。だから――この『ゲーム』自体を無効化させることを考えている」

「無効化?」

「『ゲーム』が進行不可になれば、これ以上する意味はないだろう? それを狙っている」

「どうやってやるの?」

「簡単に項目を言えば、2つある」


 充は人差し指と中指を立てる。


「1つは――『』ということだ」


「んん? ちょっち待っち。言っている意味が判らないっす」


 奏が首を傾げる。


「処刑者投票って誰かを選ばないとその人は脱落するって話じゃなかったっすか? なのに誰も選ばれないって……みんなで死ぬ、ってことっすか? そしたら誰もいなくなってゲームが進行不可になるって算段っすか?」

「まさか。そんな訳があるはずないだろ。投票はするよ」

「へ? じゃあ投票するけど誰も選ばれないってこと? 何じゃそりゃ」

「あ、分かりました。だからですね」


 そこでシャロが顔を輝かせる。


「だからこそ、沼倉君はをしたのですね」

「そういうことのようだね」


 佳織が腕を組む。どうやらそこで分かったようだ。同じタイミングで野田っちも分かったらしく、小さく頷きを繰り返す。

 判っていないのは陽介とかなちゃんだけだった。


「え? え? どゆこと?」

「わっけ判んねえよ」

「では、私に説明させてください」


 シャロが胸を張って、意気揚々と語り出す。


「処刑者投票は必ず誰かに投票しなくてはいけません。その中で最も投票された人物が処刑される、多数決のスタイルを取っています」


「うん。そうっすね」


「ですが、もしこれが――どうですか?」


「え? ……あああ! そういうことっすか!」

「なるへそ!」


「これは、つまり『』ということになるのですよ」


 処刑者は多数決で決められる。

 全員同数ならば、多数決は出来ない。

 充がその通り、と深く頷く。


「そのことにルールで定められていないことから、GMもそんな状態は想定していないのだろう。だから保証は出来ないが、でも、GMはそこからランダムで決める、なんてことはしないだろう。そんなランダム要素はこの『ゲーム』のバランスを崩す要素に成り得てしまうからし、この『ゲーム』の背景にも合わなくなるからな」

 【魔女】を殲滅するために、処刑者を選択する。

 そこにランダムで選択する要素は入り得ない。

 このゲームのランダム要素は【呪人間】での対象者選択のみ。しかもそれは、自分の【村人】を恨んでいるからその対象を道連れにする、といった、この『ゲーム』の背景に合っている。


「ならばGMはどうするかって考えたら、そのまま進行するしかない。投票数が2、3人で同数だったらその人達だけで再投票させるだろうが、全員が、しかも自分自身に投票したとなったらどうしようもないだろう。再投票させた所で同じようになるだろうし」

「つまり、ミッチーの自分自身への投票を見咎めなかった時点で、既にこのラインは見えてたってことっすね。流石っす。最初から考えていたッすか?」

「いや、唐突に処刑者投票の直前で思いついただけだよ」


 奏の賞賛をさらっと流し、充は話を他人に振る。


「ここまで話せばもう1つの項目も分かるだろ? なあ、陽介?」

「お、俺? えと、うーん……」

「ヒントは、処刑者投票だけが脱落者を生み出すわけじゃない、ってことだ」


「――分かった! 【!」


「正解」


 やったー、と両手を上げて喜びを見せる陽介。


「処刑者投票を無効化したとしても、進行すれば【魔女】側の呪いによる脱落者は続く。つまり、【魔女】が勝つ方へと動いてしまう。だから【魔女】側の協力が必要になる」

「【魔女】側の協力って……誰も指定しない、ってこと? でも多分、【魔女】側も誰かを必ず選択しなくてはいけない、って制約があるんじゃないの?」


 野田っちが難しい顔をする。充は「確かに、制約はあるかもな」と首を縦に振る。


「だが、選択した上で誰も脱落させない方法があるんだ。しかも【魔女】側は簡単に出来る」

「どういうこと?」

「ここでじゃあ夏樹に質問。呪いを掛けても脱落しない役職って何だ?」

「うーん……【守護騎士】は自分を守れないし……。――あ」


 野田っちが目を見開く。


「分かった。【魔女】だね」

「大正解だ。あとGMもそうだけど、この話の流れでの答えとしては不適切だからな」

「【魔女】は【魔女】に呪いを掛けられても脱落しない。味方の【魔女】に対しても同様、だったよね」

「だから【魔女】は味方の【魔女】をずっと呪い続ければいい。そうなれば1人も脱落者が出ない状況になる」

「……いや、もう1個あるでしょ? 脱落条件」


 静かに佳織が言葉を挟む。


「【占い師】が【呪人間】を占ったら脱落しちゃうじゃない」

「それだって、自分を占えばいい。但馬がやっているじゃないか。例え但馬が偽物で本来は出来ないことだったとしても、【呪人間】以外の人――俺に対して占うようにすればいいじゃないか。同じ人物を占っていけない、ってルールもないし、いけるだろう」

「あ、そっか。そうだよね」


 佳織がホッとした様子を見せる。佳織は私が【呪人間】だって知っているから気にしているのだろう。


「じゃあ明日からみんなに言いましょう。私達と同じように、自分に投票してくださいと」

「いや、それは少し待ってくれないか」


 シャロの言葉を、充はやんわりと止める。


「どうしてですか? 今すぐにでもやるべきではないのですか?」

「この無効化の策は、はっきり言って諸刃の剣……いや、言ってしまえば攻めのみ特化したものなんだよ」

「どういうことですか?」


「全員が全員、自分に投票する。――これが難しいんだ」


 充は額に手を当てて告げる。


「みんなは俺の言葉を信じてくれて、迷わず自分に入れてくれた。だけどみんなはそうとは限らない。例えば強制的にやらせたとして、自分で自分に入れることに恐怖して、他の人に入れてしまうかもしれない。そうなれば俺を信じて入れてくれた人も不信感に見舞われて二度とやらないだろうし、入れた人も後戻りは出来なくて、今よりももっとごちゃごちゃとした形になってしまう」


 その理屈は理解できる。充が提示した策は、細い綱渡りの上で成り立っている。一度崩れたら心理的に絶対に二度と同じことを提示も実行も出来ない。


「強制される形だと、どうしても疑念が生まれて実行に迷いが生じる。俺はこの策を確実に成功させたい。だから自分から気が付く形にしたいんだ。少なくともまずは俺達の処刑者投票に疑問を持つくらいにはしたい。考える時間はたくさんあるから、そう時間は掛からないと思う」

「納得致しました」


 シャロは顎に手を当てて深く頷く。


「ちょい聞きたいんだが、もし俺達の投票の仕方について聞いてきたらどうするんだ? 教えるのか?」


 陽介の質問に充は「場合による」と返答する。


「もし10時からの大広場に集まるあの場でみんなの前で訊ねられたら『意味があってやっている』程度にしか答えない。但し、個別に聞いてきたら意図も含め答えよう」

「んー、そうするのか。分かった」


 深くは理解していないだろうが、陽介はそれ以上の言及はしなかった。


「つーわけで、明日の処刑者投票も自分自身に入れてくれ。お願いだ」


「分かった」「うん」「分かりました」「イエッサ」「了解っす」


 それぞれが返答する中、私はただ頷くだけで対応する。


「ん、じゃあ今日はこれくらいで解散にしよう」

「んだな。ちょっとお菓子食ってくる」


 真っ先に陽介が部屋を出る。それに続いてシャロ、かなちゃん、野田っちが退出する。


「……どうしたの、沙織? 行かないの?」


 次いで出て行こうとした佳織が、眉間に皺を寄せる。


「ちょっと充と話したいことがあるからさ」

「私にも言えない話?」

「言えない話さ。まあ、恋愛に関わるわけじゃないから、そこは心配しなくても大丈夫」

「そこは心配していないけれど……」


 と言いつつも、私には少し安堵した様子が伝わってくる。顔には出ていないから充には悟られていないだろうけれど。


「まあ、概略は後で説明するからさ」

「分かった。絶対だよ」


 そう残して佳織は退出して行った。


「……ふう。物わかりのいい姉で助かったよ」

「で、何の用だ?」

「えっちなことする?」

「しねえよ」

「じゃあ真面目な話をする?」

「内容による」

「……さっきの話」


 少し声を押さえると「あ、別に普通で大丈夫だぞ。昨日夏樹と試したから、別に耳寄せても聞こえやしないさ」と察して適切な回答を教えてくれる。


「じゃあ遠慮なしに……さっきの話ね。あれに対して、ちょっと言いたいことがあるわ」

「何だ?」

「充が話した策、あれ――があるでしょ?」

「話していないこと?」


「ていうか、があるでしょ?」


「……」


 ふう、と短く息を吐いて、充は苦笑を浮かべる。


「バレバレか。お前だけかな?」

「必然的に佳織にもバラすけどね」

「つまりそれ以外はバレていない、っていうことでいいな。……まあ、そうなるのはお前くらいだと踏んでいたから、予想通りっちゃあ、予想通りだな」


 頬を掻いて充は問い掛けてくる。


「で、具体的にはどの点が嘘ついていたと?」

「みんなにさっきの策を広めない理由よ」


 自分に投票することを広めない理由。


「成功させたいから自覚させる方に持ってく方向に、ってさっき言ってたけど、それはあくまでも建前でしょ?」

「うん。後付けの理由だね」


「実際の理由は――『』でしょ」


「正解」


 やっぱりね、と私は息を吐く。


「死者が全く出ない形で終わらせるとしたら、最終的な勝敗判定は、GMとか【魔女】全滅とかの条件と同じ――【多い方が勝ち】になるだろうって考えているんでしょ?」

「十中八九そうなると思っている。そして負けた方は脱落になるだろう。それは避けたい」

「だからこそ昨日、みんなには目的を伝えなかったんでしょ? 村田の死亡で、数が合うことの方が少なくなると推測したから」


 あの時点で残るは奇数人数。人数も多く、2つの村の【魔女】のどちらかが相手を脱落させない確率は非常に低かった。つまり翌朝に両村が同数にならないのは予想が付いたということ。


「でも今回はイレギュラーが起きなければ同数になる可能性がある。だからさっき言ったんじゃないの?」

「いや、そんなきれいな理由じゃねえよ。もっとひどい理由だ」


(……今のも全然きれいな理由じゃないんだけれどね)


 そう思いつつも口に出さず、「それって何?」と聞き返す。


「俺はお前らを試したんだ。本当に投票してくれるのか、ってな」


 苦虫を噛み潰した様な表情の充。


「こんな状況でも俺のことを信じてくれるのか、ってな。要するに信じられなかったんだよ。心の奥底ではみんなのことを――」

「知ってるよ。そんなの」


 遮った私の言葉に、充は目を見開いて驚きを表現する。


「だからみんなの前でこのことを話し出さなかったんじゃない。あんたの、その『試し』ってやつはネガティブじゃなくて、慎重を期すためにしたってことは、私は知っている」

「綺麗ごとにしてくれるなあ」

「あんたの幼馴染は佳織だけじゃないのよ。まあ、だからといって恋愛感情なんか芽生えないけど」

「助かる」

「……どういう意味?」

「さっきの言葉を理解……いや、そう解釈してもらっている人がいるだけで、精神的に楽になるってこと」

「ふーん」

「あと、俺には好きな奴がいるから、沙織から惚れているなんて言われたらぐらつきそうになるから、ってことも」

「好きな人いるの? 初耳だね、それは」


 囃す様にそう言うのと同時に、内心で少し焦る。


(……その相手が佳織じゃなかったらどうしよう)


「ま、それはどうでもいいだろうさ」


 軽くはにかんだ後、一転して引き締まった表情になる。


「それより、ちょっと気になることがあるんだよ」

「気になること?」

「蒲田のことだ。さっきの話し合いの最初で言ったけど、あいつは気付いている節がある」

「うん。それは私も思った」

「だけど、この策に協力してくれる気がしないんだよな。積極的にゲームを進めようとしているように見えるし」

「悩みどころだね。私もあの視線にはちょっと含む所があると思う」


 蒲田は恐らく、充の意図はきちんと理解しているのだろう。理解をしている上で、何か私達の行動に対して、思う所があるのだろう。


「まあ、でも大丈夫じゃない? あんたの策には穴がない。同数になった時に提示すれば誰だって飛びつくし、GMも想定はしていないでしょうよ」

「そうだといいけどね」


 弱々しく笑みを見せる充に、私も少し皮肉を込めた言葉を返す。


「ま、いずれにせよ両村同数にならなくちゃ話にならないって。それまで待つとしようよ」

「……意外と割り切れているんだな」

「まあね。結局人が脱落しなくちゃこの策は使えないことは理解しているよ。だからこそ、両村同数まで待とう、なんて言えなかったんでしょ?」

「ホント全部お見通しだな。エスパーか?」

「あんたの思考が分かりやすすぎるのよ。まあ、馬鹿とか、恋に盲目な奴とかには分からないだろうけれどね」

「後者はいたら嬉しいねえ」

「お、鈍感主人公気取りか?」

「ちげーよ。むしろ俺は多感な少年だ。優しくされるとすぐ惚れてしまうような、ただのどこにでもいるモブだって」

「……ホント変わらないね、あんたは」


 そこに安心し、私は胸を撫で下ろす。


「あんただけじゃなくて、みんなも、か。かなちゃんと陽介は相変わらず馬鹿だし、シャロは平坦だ。野田っちはちょっと弱気になっているけど可愛いし……変わっているのはウチの姉だけかな。あんたを見つめている時間が長くなったよ」

「マジか。ちょっと嬉しいな」

「そういう返しも変わらないね。本当にいつも通り――」


 ――その時だった。


「……?」


 強烈な違和感が私を襲った。


「どうした?」

「あ、うん。何か引っ掛かったんだよね」

「引っ掛かった?」

「何かは分からないんだけどね。でも、うーん」


 少し考える。


(何で突然、引っ掛かりを感じたんだろう? 話の内容としては、みんながいつも通りだって言った所で――)

「……あ」

「またまたどうしたよ?」


「何に引っ掛かったか、分かった気がする」


 根拠はない。

 論拠もない。

 誰だか分からない。

 だけど――


「あくまで直観レベルの話なんだけどね。でも、あんまり無碍にして聞かないでほしい」

「分かった。言ってみろ」

「オッケー。……と、その前に確認したいんだけど」


 1つ区切って私は問う。


「GMって、ウチのクラスの誰かの中にいるんだよね?」

「ああ、確かそうだったな」

「つまり、誰かと入れ替わっているってことだよね?」

「んー、最初の話ぶりならそうかもな。確か『この中に自分はいる』って言っていたと思うからさ」

「うん。それを確認したかった」


 私は曖昧ながらも、はっきりと自分の中の考えを言葉にする。


「なら多分――


「……何だって?」


 充は静かに目を大きく見開き、驚きの感情を乗せて言う。


「俺達の中にGMがいるって、それマジか?」

「確証はないけど……でも、私達の中でどうもがいるんだよね」

「それって誰だ?」


「……分かんない」


「は?」


 一転呆ける充に、私は「いやあ」と照れ笑いをする。


「誰のどの言動とか行動に違和感を覚えたとか、全く分かんないんだよね。いやはや」

「おいおい」

「でも、悪いけどあんまり馬鹿にするもんじゃないよ。誰かは分からないけど、でも、確かに私はそう感じ取ったんだから」

「馬鹿にはしないが……ちょっと信じられないな」

「私もむやみやたらに場を乱そうとしている訳じゃないよ。でも……」


 自分を除いた6人。


 香川 陽介。

 シャーロット セインベルグ。

 瀬能 奏。

 新山 佳織。

 沼倉 充。

 野田 夏樹。


「誰かが、なんだよね……あー、すっごい気になる!」

「俺には思い当たる所がないな。今までの誰かの言動だよな?」

「多分。いつものその人なら言わないか行動しないことをしていたんだと思う」

「そっか。……これから俺もちょっと注視してみるとするよ」


 微妙な表情でそう言う充。

 恐らく彼の中では、友人を疑うことに対しての葛藤があるのだろう。

 そして、判明した後の『処理』についても――


「……何か結局、中途半端になって悪かったね」


 私が腰を浮かすと、充は微笑して、


「気にすんな。思い出したら教えてくれよな」

「うん。分かった。じゃね」


 私は手をひらひらとしながら退室した。


 パタン、と後ろ手で戸を閉め、私は深く思考する。


「……まだ引っ掛かってるなあ」


 頭の中から、先程からの疑念が離れない。

 何故分からないのかが判らない。

 でも、確かにある、この違和感。


「何か消化不良だな……」

「エロいこと?」

「うん。シリアスパートだからしていないよ、我が姉よ」


 ハラハラとした様子の佳織に、私は笑い掛ける。


「つーかずっといたの?」

「ずっといた。耳澄ましたけど全然聞こえなかった」

「内から外、外から内に漏れる音って、多分ドアノブをガチャガチャする音だけだと思うよ。ってか、どっちにしろ紙コップじゃ聞こえないじゃない。ガラスコップとかじゃないと振動が伝わらなくて」

「普通は聞こえるよ。糸電話とかあるじゃん」

「え?」

「え?」


(……あれ? どっちが正しいのか分からなくなってきた)


 佳織も私と同じように悩む仕草をする。が、すぐに顔を上げ、


「どっちでもいいや。とにかく中で何話していたかを報告してね、沙織」

「ん、じゃああんたの部屋に向かおうか」


 こくりと頷く佳織と共に隣の部屋へと移動する。


 部屋の中で私は、先程充と会話した内容を佳織に伝えた。


「あ、なんか私もそれ感じてた」


 聞き終わった佳織の第一声は同意の言葉だった。


「私達の中の誰かの言動に、なんか引っ掛かったことがあったんだよね。誰だか思い出せなかったし、何がおかしかったのか覚えていないから言い出せなかったけど」

「うーん、やっぱり佳織もそうなんだ……よっぽど些細なことなんだろうね」

「でも充は違うよ。あ、いや、違う所がないからGMじゃないって意味だよ」

「分かってるって。佳織は充のことが好」

「沙織」

「充のファンだからな」

「……その言い方もなんか引っ掛かるね。まあいいけど」


 とにかく、と佳織は首を横に振る。


「それだけにこだわって、身内を疑うのは得策じゃないかもね」

「ん、それは私も思ってる。あくまで参考情報にしか留めていないよ」

「じゃあこの話はおしまい」


 パソコンをいじって、食事穴から即座に出てきた紅茶の入ったカップの2つの内の1つを私に渡しながら、佳織は「……しかしねえ」と溜め息をつく。


「充の策、言われてみれば同人数の時にしか使えないって、かなり限定されるよね」

「だから言えないんだろうね。誰かの犠牲の上での調整になるから」

「自分のことだけ考えれば楽だろうに……充は色々背負い過ぎだよ」


 悲しそうに目を伏せる佳織。


「ねえ、沙織。何か私に出来ることってないかな?」

「作戦に対してで言えば、ないね。だが精神的、肉体的には出来る」

「いやらしい」

「そんな想像するあんたの方がいやらしいわ。この肉欲姉貴」

「ひどい侮蔑だわ。……まあ、冗談は置いておいて、精神的、肉体的なサポートって具体的にはどんなのがあるの?」

「まず裸になります」

「この肉欲妹が」

「裸ってもニーソだけは残っているっつーの。馬鹿にしないでよね」

「どんなとこにプライド持っているのさ……」


 はあ、と短く息を吐いて紅茶に口をつけ、佳織は微笑する。


「要するに、いつも通りに過ごすことで精神的な安定を保って、たまには食事を一緒にするとか、健康管理についても気を付ける、ってことね」

「そう。いつも通り全裸で充にアタック!」

「はいはい。そうだね。よーしよし」

 唐突に、佳織は私の頭を撫でてくる。

「……何さ?」

「いや、ありがとね、沙織。自分も辛くて精神状態もあまり良くないのに、こうやって私のネガティブな気持ちを切り替えてくれるんだから」

「何言ってるのさ」


「あんたが下ネタを連続させる時って、大抵照れているか、不安な時だからね。要するに、自分を隠したい時にあんたはそういう態度を取るからね」


「……」


(……こういうとこは姉っぽいよね)


 為すがままに頭を撫でられる。それが心地よい。思わず目をつぶって、佳織に寄りかかる。


「あんたは何でも分かるわね」

「何でも分かるのは沙織のことだけだよ。だって双子だもん」

「そうだね。私も佳織のことはよく分かる」


 分かるからこそ、今、私にひしひしと伝わってくる感情がある。

 明らかに私の思いではない。

 どう考えても、佳織の思いだった。


「……あんた本当に充のことが好きね。私が勘違いする程、熱いパトスが伝わってくるわ」


「なっ……」


 顔を赤くする佳織。


「そういう表情を充に見せればいいのに」

「だって恥ずかしいじゃない。……って、今はそう言っている場合じゃない」


 ふるふると首を振って、佳織は真剣な表情に戻る。


「とにかく、私達が今やることは、充の言うことに従って、処刑者投票で自分に入れる。まずはそれを継続実行していこうよ」

「了解」


 それぐらいしかやることないもんね、と頷いた直後に、私は「あ」と声を上げる。


「忘れてた。シャロに、私達を占わないようにお願いしておかないと」

「あー、そうね」


 私は【呪人間】で佳織は【反射魔導師】。いずれにせよ、【占い師】に占われると命や効果を失ってしまう役職。シャロの【占い師】が本物であろうがなかろうが言っておくべきだろう。


「じゃあ私が言ってくるから、佳織はお菓子の用意しておいて」

「ん、じゃあ適当に用意しておくよ」

「よろしくねー」


 明るく声を投げて、部屋の外に出る。


「……ごめんね、佳織」


 後ろ手で扉を閉め、言葉を地面に落とす。

 佳織の気持ちはひしひしと伝わってくる。

 まず一番伝わってきたのは、充を気遣う気持ち。

 次は、私達7人全員が生き残ること。


「無理だよ」


 最初から分かっていた。

 最初から判っていた。


「この役職に選ばれてから、私は最初っから――


――――――――――



 翌日 朝10時。

 この腐ったゲームが始まってから3日目。


 いつもの大広間に、私は生きて臨んでいた。どうやらまだ【魔女】に呪われている訳でも、【占い師】に占われてもいないらしい。

 私はディスプレイに表示されている脱落者の名に目を向ける。


 脱落者

 05番 尾上 智一

 26番 能登 美鈴


 A村:13

 B村:11


(また同数にならなかったのか)


 真っ先に見たのは各村の数字。


(よほどのことがない限り明日は同数にはならないだろうから、次にあの作戦が使えるのは明後日だろうね。残念ながら)


 充がどのような表情をしているのかと右方向に視線を向けようとした所で、


『今日も全員揃ってるね。遅刻なしはやはり素晴らしいことだよ。さて、今日も頑張ってね』


 いつもの平坦なGMの声。今日も不毛なゲームが始まる。


「早速だがいつもの通りやるぞ」


 ――蒲田愛乃。

 今までは月島が仕切っていたが、あいつがいなくなった今、代わりにこの場を取り仕切るのが彼女になるのは必然だった。誰もがそう認識しており、反論する者はおろか、口を開こうとする人もいなかった。


「まずは【霊能力者】からだっけな。まあ判り切っているけど、昨日の月島の判定をしてくれ」

「じゃあ早速私からねー」


 緒方が声を上げると、小島が少しむっとした声を出す。


「あー、今日は先取られちゃったね」

「お先に、っということで――【月島君】は【魔女だった】よー」

「やっぱりね」


 蒲田が頷く。


「うん。まさにやっぱりだったねー。蒲田さんの勘はばっちり当たってたよー」

「んー、あんまり言う必要もないかもしれないけど、僕の結果も【月島君】は【魔女だった】だよ」


 次いで小島が同じ内容を言う。


(……まあ、当然っちゃ当然か。あれだけ【魔女】の要素があったし、誰も判定が同じに――)


「――【月島】は【】」


 彼の言葉は、その場の空気を静止させた。

 私も呆けるしか出来なかった。

 意図が理解できなかった。


(……いや、意図は理解できる。でも、あまりにも予想外だよ、これは)


 その声の持ち主に視線を向ける。


「もう一度言おう。ボクの判定は【月島】は【魔女ではない】だ。蒲田さん」


「おい、京極……それがどういう意味だか分かってんのか?」

「ボクは判定結果をそのまま言っただけだ。だけど、どういう意味なのかはきちんと分かっているよ」


 京極は隣にいる蒲田に身体を向ける。


「ボクから見たら、君は【魔女】……とまでは言わないけれど、でも、【占い師】ではないことは確かだよ」

「ふうん、そうか」


 対して蒲田は狼狽せずに切り返す。


「私から見たら、お前が【霊能力者】じゃないことが確定しているんだけどな」

「それは理解しているよ。みんなから見たら、少なくともボクか君のどっちかは確実に役職を騙っている、ってことだよね」

「ふん、そういうことになるな」


 蒲田はコインを空中に放りながら忌々しそうに呟く。


「ここでそういう作戦に出るとは……やっぱり、お前、このゲームに精通しているな」

「作戦も何も正直に言っただけ。人をまるで【GM】みたいだというような決め付けはやめてもらえる?」

「【霊能力者】なんて名乗っている奴に【GM】がいるとは思ってねえよ。裏かいてたら分かんねえけどな」


 隣同士で火花を散らしている。その2人の唯一の逆側の隣である柿谷が少し可哀そうになってきた。案の定、怯えた表情をしている。


「……このままこの話を続けていても、堂々巡りで意味ないね」

「判断材料も少ねえしな。とりあえず先に進めるぞ」


 京極と蒲田は中央に身体を向き直す。


「じゃあ次は【村長】だな。まずは相沢から」

「ん、オッケー。今日ぼくが判定したのは……」


 相沢は右隣を見る。


「【吉川】さん。判定は【A村】だったよ。判定した理由は、たまには逆から判定してみようかな、って思ったからだよ」


「へえ、そうなんだ。ふーん。あたしA村だったんだあ。知らなかったなあ」


 吉川が間延びした声を放つ。

 だが、そこに冷たく突き刺さるモノを、私は感じていた。


「相沢君ってさあ、ずっと【A村】の人しか判定していないよね。何でかなあ?」


「それはたまたまだよ。まだ3人しか判定していないし、確率的には12.5パーセント。十分あり得るでしょ?」

「有り得るね。けど、本当に偶然かなあ?」

「……何が言いたいんだい?」

「いや、あたしには理由が思いつかないんだけどね。ちょーっとばかし思ったんだけどさ」


 顎に人差し指を当てて、吉川は問い掛けるように言う。


「【?」


「……」


 彼女の言葉に、相沢も含め即答できる人はいなかった。

 他の人も恐らくそうだろうが、私には、彼女の言葉はこう伝わってきた。


 ――【B村】なのに【A村】だと判定された。相沢は【村長】ではない。


(なら何で吉川は普通にそう言わないんだろう? ……あ、そういうことか)


 自分で自分に疑問を投げかけ、即座に解を見つける。

 もしここで吉川が直接的にそう言ったら、相沢は逆にこう返しただろう。


 ――あれ? 何で自分の村を偽るの? それってもしかして、相手の【魔女】とかに知られちゃまずいのかな?


(……これはあくまで一例だけど、似たようなことは言っただろうな)


 つまり先程のやり取りの中にはかなりの攻防要素があり、意図してか否かは分からないが、吉川は素晴らしい返し方をしたということになる。実際、相沢はぐうの音も出ない。


(となると相沢の役職は……まあ、あれしかないわな)


 少し考えてみて、当て嵌まるのは一種しかないことが分かった。

 さっき吉川が訊ねた質問を、少し視点を変えれば、答えは自然と出てくる。

『得をするのがどんな役職か?』ではなく、『【村長】以外で所属の判定が出来る役職は何か?』と考える。


 それは【GM】を除けば――【内通者】しか有り得ない。


 村の所属が分かる役職である【内通者】ならば、B村の人間をA村だと意図を持って印象操作誘導できる。


 では【内通者】が『B村の人間をA村だと偽り続ける』と、どんな得があるか。


 それは――、ということである。


 B村の【魔女】は、なるべく自分の村の人数は減らしたくないと考える。故に、【村長】の判定を鑑みつつ、呪いを掛けるだろう。そうなった場合、A村だと判定された人間を呪い脱落させるが、しかし、実際はその人はB村の所属なので、自然と自分の村の人数を減らすことになる、という算段を立てられる。


 すなわち、これらの推測から導き出される相沢の役職は――【A村所属の内通者】ということになる。


 これならば初日に相沢をB判定とした上野にも矛盾はない。【内通者】に対する【村長】判定は逆になるのだから。

 ここまで思考すると、流石に【村長】が2人も偽りとは考え辛いため、上野が真の【村長】であることはほぼ確定する。因みに所属は【A村】だ。もし【B村の村長】であったなら、最初の相沢への村判定で異議を唱えるはずだ。流石にいつもはトランペットに息を吹き込んでいる吹奏楽馬鹿でも、それぐらいは脳に空気を回しているはずだ。まさか自分の所属村をばらしたくないから、口にしなかったわけでもあるまい。


(……待って。そうなるともう1人【村長】がいるべきなんだけど……もしかすると、【魔女】に呪われた4人の中、もしくは和田先生がそうだった、ということになるね)


 【村長】を宣言しない理由はあまりないから、恐らくは和田先生がB村の【村長】であった可能性が高いだろう。相沢はその隙を上手くついたものだ。


「んーまあいいや。話の腰を折ってごめんね。じゃあ次、別の【村長】の上野さんに判定を言ってもらおうよ」


(……私には吉川の方が脅威的だけどね)


 疑問を提示したまま自分から答えを出さず、かつみんなに押し付けない形にも関わらず、一方的に相沢を追い詰めている。


(クラスにいるときはただのアイドル好きのミーハーだと思っていたんだが、なかなか腹黒な所があるじゃないか)


 そう感嘆していると、吉川に促された上野が判定を口にする。


「わ、私が判定したのは【香川君】。判定は【B村】だったよ。理由は出席番号で上からのままだよ」


「おう。


「っ……」

「あん? どうしたよ、相沢?」

「い、いやなんでもないよ」

「何だよ、変な奴だな」


 唇を尖らせる陽介だが、こいつは本当に悪意を含まずに先程「俺『』合っている」という発言をしたのだろう。だからこそ相沢も責められないし、責めて事を荒立てたくもないだろう。


「次は【占い師】だな。昨日と同じで今日のはちょっと複雑だけど、敢えて先に私から言うぞ」


 蒲田がコインを指先で廻しながら告げる。


「私が占ったのは【尾上】。結果は【魔女ではない】だ」


「……確かにそれは複雑だな。そう来るか」


 京極が相槌を打つ。


「流石、と言った所だね。蒲田さんが一番、このゲームを理解しているんじゃない?」

「私は占いの結果をただ言っただけだ。作戦も何もねえよ」

「まあいいや。占い理由は?」

「昨日、相沢に村判定された時に何も喋らなかったからだ。寡黙だったから怪しいと思って占った」


 蒲田はそこで肩を竦める。


「ま、今日、脱落しているからある程度理由は分かったけどな」

「それはあくまで君が本物の【占い師】だった場合だけどね」

「しつこいな……って、お前視点では当たり前か」

「ど、どういうことなの? 何を言い争っているかが全く分からないよ」


 そこで声を上げたのは、意外にも野田っちだった。結構自分の中にため込む性格で、意図が分からなくてもそれを外に出さないと思っていた。


「要するに、だ」


 野田っちの横の充が説明をする。


「蒲田はこう主張している訳だ。――尾上は【呪人間】で、占われて死んだ可能性がある、と」


「あ、そういうことなんだ」

「同時に【どっちかの魔女が、魔女かGMを呪った】か【【守護騎士】が呪いを掛ける対象を守った】可能性もあるってことだ」

「私が言いたいことは全部沼倉に説明してもらったな。ありがとよ」


 コインを手で弄びながら、蒲田は充に礼を述べる。


「別に礼を言われるようなことはしてねえよ」

「私が自分で説明すると考えを押し付けるように見えるからさ。かといって京極は敵対位置にいるし、解説できる奴がほしかったんだよ」

「利用されている感じであまり好かねえな。……言っとくが俺はお前の味方じゃないぞ」

「分かってるって。――さて、私の話はこれくらいにして、他の人の結果に行くか」


 充の苦言を軽く受け流して、蒲田は話を先に進める。


「次は……鳥谷あたり行ってみるか?」

「あっしを指名するとかマジ有り得ないだろ常考」


 面倒くさそうに鳥っちが唇を尖らせる。


「【駒井氏】は【魔女ではない】。出席番号で上から占ってる。以上。はいオワタ」


 万歳をするように両手を大きく広げる鳥っち。こんな状況にも関わらず、相も変わらず面白いな、あの子は。ネットスラングをよく使うけれど、出席番号が近いから話してみた所、意外と知識多くて、しかもユーモアがあって面白い。見た目と表面だけで人を見るものじゃないなと実感した。


(鳥っちも脱落してほしくないなあ……いや駄目でしょ。もう既に全員で生き残るなんて無理なんだから)


 そう自分に頭の中で喝を入れた所で、 


「では次に私の判定を述べさせていただきます」


 シャロが右手をすっと上げる。


「私が占ったのは【但馬さん】です。結果は【魔女ではない】です」


「ひっ!」


 シャロの宣言に但馬が身を竦める。同時に京極が顎に手を当てる。


「ほう、ここで対抗占いか」

「対抗占い? 京極君、何ですかそれは?」

「ん、いやいや。あまり気にしなくていいよ。要するに【占い師】が【占い師】を占った、って意味だから。で、何でシャーロットさんは但馬さんを占ったの?」

「【占い師】なのに自分を占ったから、自分は【魔女】ではないです、ってアピールをしたのかと思いました。だから私が占って白黒を付けようとしました」

「理屈にはあっているな」


 額に人差し指を当てて頷く蒲田は、その指を但馬に向ける。


「で、その但馬の占い結果はどうよ」

「……ッ。わ、私は……」


 但馬は下を向いて黙り込んでしまう。


「おい、どうしたよ? 早く言えよ」


「……【私】は【魔女ではない】」


「はあ?」


 但馬は視線を下に落とし続ける。


「う、占い結果は、わ、【私】は【魔女じゃない】」


「お前、また自分占ったのかよ」


 ちっ、と舌打ちをして蒲田は中央の画面に向かって声を投げる。


「おいGM! これっていいのかよ!」


『ん、同じ人を2回占うことかい? 別にいいんじゃないかい? 【占い師】としての役職を果たしているかはともかく、こっちが定めたルールには抵触していないしね』


(お、充の予想通りだな。ていうか、【占い師】がそのことを認められていない、ってGMがいったら、その時点で但馬は【占い師】じゃない、って判っちゃうから、この答えは必然かもしれないね。あと、GMは新しくルールを定めたりはしないっていうのも分かったし、結構な成果じゃない、これ)


 そんなGMからの回答に蒲田はもう一度舌打ちをする。


「……まあいい。それが認められるなら、もう但馬はずっと自分だけを占い続けることになるだろうさ」


 無言で首を縦に何度も振る但馬。


「つまり【占い師】としての役割を果たしていないってことで、いてもいなくなっても構わないってことだよな」


「え……?」


 蒲田の言葉に但馬の首を動きが止まる。

 恐らく、彼女も理解したのだろう。

 今日の処刑者投票は但馬になる、と。

 それに【占い師】の中には、ほぼ確実に【魔女】がいる。【魔女】ではなくても、【魔女】の味方をする人物がいるはずである。だからゆくゆくは、【占い師】に対しては処刑者投票を行わなくてはいけなかった。


(……とまで、連想している人はいるのかな? まあでも、但馬を処刑者投票にする、って所までは理解しているだろうけど)


 ちょうど対面にいる柿谷とか緒方とか見るとそう思える。陽介は相変わらず要領を得ていないようだけれど。


「さて、最後は吉川だな。お前は誰を占ったんだ?」


 口をパクパクとさせる但馬に発言の隙を与えず、蒲田は吉川に問い掛ける。


「んー、あたしはいつも可愛い子から占ってんだよね。で、今日占ったのは」


 吉川の指先がこちらに向けられた。


「【新山沙織ちゃん】だよ。結果は――【魔女じゃなかったよ】」


「ほう」


(成程。ということは吉川は――か)


 もし本当の【占い師】ならば、【呪人間】の私は死んでいるということになる。にも関わらずこうして生きているということは、すなわち吉川の偽物の証明となる。


(……だけど)


 それを素直に指摘してしまうと、今度は【魔女】の餌食となってしまう。

 【呪人間】とはつくづくそんな役職で、村の仲間なのに村の足を引っ張り、【魔女】の手助けにしかならない、どうしてあるのか分からない役職である。どうせなら【魔女】の味方か、もしくは【反射魔導師】のように【魔女】を道連れにする役職であればよかったのに。


(ま、今それを嘆いてもしゃーないか。それより――)


「ねえ、吉川」


(この場はあがいて――生きようか)


 私は吉川に問い掛ける。


「佳織より私の方が可愛いと判断したそのセンスはいいね。理由を聞かせてもらっていい?」

「んー、ぶっちゃけ佳織ちゃんと沙織ちゃんの区別つかないから、出席番号で近い方に決めちゃった」

「そっか。そんな理由か」


 うんうん、と頷いて私は言ってやる。


「そんな理由じゃ、私は――


「……うん? どういうこと?」


「まさか、この状況で気が付いていないとは言わせないよ、吉川。あんたが占った人は2日とも――


 戸田恵。

 能登美鈴。


 両名は脱落しており、そして両者とも、前日に吉川に占われている。


「何故だかは知らないけれど、あんたに占われたら翌日に死んじゃうんだよ。まさか【魔女】の仲間じゃないだろうね?」

「そんなことないよ。多分偶然じゃない?」


 眼前で手を振る吉川。


「もしくは【魔女】側が、私が本物の【占い師】であると知っていて【反射魔導師】を避けているんじゃない? ほら。占ったら【反射魔導師】の効果切れるじゃん」

「占った時の反応で判断している、【魔女】そのものって可能性もあるよね」

「んー、そうかもね。ま、結局何であたしが占った人が脱落しているのかはあたしにもわかんないや。あ、でもそれに気が付いちゃったから、これから死なせたい人を占っちゃうかもね。いないけど」


 あははと笑い、あくまでしらを切りとおす吉川。


(ということは……多分【信者】かな? 占われても構わない、ってスタンスだし、【魔女】だったらここまで露骨にやらないだろうし)


 しかし、これでようやく分かった。

 アイドル狂いのバカを装っているだけで、本当はとてつもなく吉川は頭がいい。

 誰かから指示されていたら、咄嗟にあんな返しは出来ない。相沢への返しも含めて。


「……いいや。本当にただの偶然かもしれないしね」


 偶然な訳は絶対にないが、ふっと息を抜いて、私は敢えて微笑しながらこう告げる。


「まあ――次に私が脱落したら

「……そうだね」


 微妙な顔で吉川は頷く。


(……さて、ここまで言えば判るでしょ)


 私は心の中でに声を掛ける。


(私を守ってね――【


 私の目的は2つあった。


 1つは、確実に【魔女】の仲間であった吉川に、私を狙わせないこと。

 もう1つは、【守護騎士】に守ってもらうこと。


 ここまで露骨に、吉川が占った相手を狙う、ということを行っていることを指摘すれば、私に対して呪い掛けることはしにくいだろう。もし吉川を貶める目的でやっているのであれば別だが、それならばもう1つの目的である、【守護騎士】に守ってもらうことでカバーできる。


(私は生き残れるとは思っていないけど、死にたいとは思っていないからね。これくらい抵抗はさせてもらうよ)


 心中で舌を出し、心配そうな表情を向ける佳織に「大丈夫だって」と一言声を掛けた所で、


「これで以上だな」


 蒲田が2つ手を叩いて注目を再び自分に映す。


「じゃ、こっから議論しようか。昨日までとは違って、今日は結構情報が集まった。各々、主張してみようぜ」


「……主張って何をするんだろう?」


「ん、もしかして初めての発言か、矢口?」


 疑問が思わずポロリと零れ落ちたような細々とした矢口の言葉を蒲田は拾う。矢口はあわあわと焦った様子を見せる。


「あ、あの、そ、そうだけど、でも、特に意味はなくって……」

「意味はあるだろ? 何の主張をする、っていう疑問があるってことだろ?」

「あ、うん、ごめんね、そうなんだ。主張って言っても、私達が何を言えばいいかってのが判らないんだ」

「んなの決まっているだろ。誰を処刑者にするか、って話だ。……まあ、昨日と一昨日は月島のせいで議論する暇なんてなかったから仕方ないけどな」

「そ、それって役職じゃない私達もする必要あるの?」

「大いにする必要はあるよ」


 今度は京極が口を挟む。


「役職者はあくまで役職者の立場でしか物事を見ていないからね。だけど、みんなの視点からどのように見えて、誰に投票するかってのは非常に重要なんだ。そこから、潜伏している【魔女】の存在が分かったりもするからね。逆に【魔女】側も、仲間以外を処刑者に選ぶチャンスとなる。その駆け引きがこのゲームの肝だと思うよ」


「……なげーよ、京極。ゲームだからって興奮してんじゃねえよ」

「生き死にが掛かっているゲームで興奮なんかする訳ないよ。ただの解説だよ」


 京極も肝が据わってきたようだ。蒲田に対して普通に会話出来ている。


(……いや、もしかして、普段はあまり出さないだけで、これが本性なのかな? だとしたら、吉川といい、このゲームで親しくないクラスメイトの素顔が見られるなあ……まさか、これがこのゲームの目的? ……なんてことはないか)


 一気に思考を加速させるが、結論は出ない。

 一旦思考は止め、場の流れを見守る。


「で、矢口は誰を処刑者にすべきだと思うんだ?」

「あのその、わ、私は……」


 蒲田の問いに、矢口は言い澱む。言い澱む理由は判る。処刑者に選ぶということが、自分がその相手を殺すのと同義であるから。


「何だ? 言い澱む理由は大体わかるが、さっきの京極の話の通り、【魔女】がボロを出さないようにしているようにも見えるぞ。意見を言わなかったら、お前がそうだと思われるぞ」

「っ! い、いやちょっと待って!」


 矢口は見るからに焦燥感を露わにする。こんなことに指名されるなんて、正直可哀そうだな、と思う。他の人も思考を止め、月島と蒲田などの場を引っ張ってくれる人間に身を委ねていただけだろう。それは処刑者投票先を見れば見て取れる。

 やがて意を決したのか、それともパッと思いついたのか、矢口は口を開く。


「……私は、但馬さんに投票するべきじゃないかと思う」


「え……?」

「だってそうじゃない。【占い師】なのに占い相手を自分ばっかりするのは【呪人間】の人を脱落させないようにって言っているけど、でも、それが逆に他の人の矛盾を起こさないようにしている【魔女】の行動のように私は思えるよ。もし相手側の【魔女】に【魔女じゃない】とか言ったり、普通の人に【魔女である】って言ったら、もうそこから偽物だってバレちゃうから」

「ち、違うよ……」


 涙目で否定する但馬を無視して、矢口は続ける。


「でもシャーロットさんの占い結果が【魔女じゃない】ってことだったから、多分【信者】じゃないのかな、って思う。でもどちらにせよ【魔女】の仲間だから、処刑者に選ぶべきだと思う。そして【霊能力者】のみんなの結果を持って判断すべきじゃないかな。【魔女だった】ならばシャーロットさんも偽物だってことになるし、判断材料は増えるんじゃないかな?」


「なかなか優秀な分析じゃないか。私も矢口と同意見だ」


 蒲田がそう言うが、同意見なのは当たり前であろう。この結果へと導く言動をしていたのは蒲田自身なのだから。


「他に意見はいないか? まだ5分も経っていないぞ」


 蒲田が涼しい顔をしてみんなに意見を問う。


「ボクの立場から言うと、但馬さんじゃなくて蒲田さんを処刑者に選びたいけどね」


 京極がやれやれと首を振りながら言う。


「ついでに言うと緒方さんと小島君もなんだけどね。ボク視点では色々と偽物が見えているよ」


 その言葉に、すかさず緒方と小島も反論する。


「それは僕も同じだよ。君と緒方さんが偽物だって」


「むしろ京極君が偽物でしょうー? 私と小島君とも結果違ったんだからー」

「それこそ、君たち2人が偽物だって証明になるんじゃないかい? 蒲田さんに流されて、思わず【魔女】だと判定してしまった。偽物だから、まさか本当に月島が【反射魔導師】だったということに対応しきれなかったんだよね。まあ、状況証拠だけならばあいつは偽物だったしね。だからこそ、ボクはこの判定が出た所で君達の結果を待ったんだ。見事に引っ掛かってくれたね」


「そういう風に僕達を偽物に誘導するために月島を【魔女】じゃないって口にしているんじゃないの? 確実に本物とは差別化を図れるし、偽物だって前日の議論から月島が【魔女】だって言うことは容易に予想できたし、自分だけ他の2人と判定が違う状況なんて簡単に作り出せるよね」


「作り出せるって言うかー……それ以前に、昨日のあの状況から月島君が【魔女】じゃないっていう方に話を持っていく方が無理だと思うなー。っていうか京極君の判定だと、昨日の月島君が【信者】だっていう可能性もあったと思うけどー、どうして京極君は月島君が【反射魔導師】だって思っているのかなー?」


「緒方さんと小島君が、月島を【魔女】と判定したからだよ。ボクの視点から見ていると【魔女】の味方が2人いるんだ。で、同一村の【魔女】の味方が【霊能力者】を騙るとは考えにくい。で、もし月島がどっちかの【信者】だったら月島が【魔女】じゃないと知っている訳だから、信用を得るために【魔女】じゃないって言うはずだからね。だから【信者】の可能性は消したんだ」


(うーん……多分京極が本物の【霊能力者】の気がするね。だから【占い師】は但馬、鳥っち、シャロの内2人かな? 個人的感情だと鳥っちとシャロであってほしいけど、但馬が偽物には見えないから、どっちか偽物じゃないかな? どっちなのかは判らないけど)


 周囲の喧騒を耳にしながら私は考察する。だがそれを決して口にはしない。口にすれば、どうして吉川が【占い師】じゃないのかっていうことを説明しなくてはいけない。つまり、ここで【呪人間】だとバラすことになってしまう。それに何のメリットもない。


 だから黙ってみていると、話は【霊能力者】の3人の主張で盛り上がってしまった。しかも内容も不毛なモノで、矛盾とかそういうモノは一切見当たらないような繰り返しの議論だった。


『さて、そろそろ15分が経つね』


 いつの間にか議論時間の15分間を使い切っていた。初めて使い切ったが、時間としては多かったような少なかったような、どちらともいえないものだった。


『じゃあ投票タイムに入ってもらうよ。手元の液晶から選択してね』


 私はすぐさま自分の名前を指先で押す。

 だが、既に結果はほぼ判っていた。

 15分になる直前、蒲田がタイミングを見図ったかのようにこう言ったからだ。


「……おいおい。これじゃあ【霊能力者】の誰かに絞るのは難しいぞ。今日は他の人に処刑者投票すべきじゃねえのか?」


(となると――あの人に票が集まるだろうね)


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 01番 相沢 章吾 → 但馬 恋歌

 02番 飯島 遥 → 但馬 恋歌

 03番 上野 美紀 → 但馬 恋歌

 04番 緒方 幸 → 京極 直人

 06番 香川 陽介 → 香川 陽介

 07番 柿谷 進 → 但馬 恋歌

 08番 蒲田 愛乃 → 但馬 恋歌

 09番 京極 直人 → 蒲田 愛乃

 11番 小島 剣 → 京極 直人

 12番 駒井 奈々 → 但馬 恋歌

 13番 坂井 隆 → 但馬 恋歌

 14番 シャーロット セインベルグ → シャーロット セインベルグ

 15番 瀬能 奏 → 瀬能 奏

 16番 但馬 恋歌 → 蒲田 愛乃

 19番 津田 波江 → 但馬 恋歌

 21番 鳥谷 良子 → 但馬 恋歌

 22番 新山 佳織 → 新山 佳織

 23番 新山 沙織→ 新山 沙織

 24番 沼倉 充 → 沼倉 充

 25番 野田 夏樹 → 野田 夏樹

 27番 真島 錠 → 京極 直人

 29番 森田 宗司 → 但馬 恋歌

 30番 矢口 奈江 → 但馬 恋歌

 31番 吉川 留美 → 但馬 恋歌 



 結果

  但馬 恋歌 12票

  京極 直人 3票

  蒲田 愛乃 2票

  香川 陽介 1票

  シャーロット セインベルグ 1票

  瀬能 奏  1票

  新山 佳織 1票

  新山 沙織 1票

  沼倉 充  1票

  野田 夏樹 1票



///////////////////////////////////////////////////////////////////



「いやあああああああああああああああああああああああ!」


 結果が表示されるなり、但馬は悲鳴を上げて座り込んだ。

 同時に、彼女の周囲に檻が設置される。


『はい。というわけで今回の処刑者は但馬恋歌さんでーす』

「何で……どうして……?」


 但馬が絶望した声を放っているが、何でかと言えば、蒲田のせいだということになる。

 みんなに自由に求めていると見せかけて、結局は蒲田の掌で踊らされているに過ぎない。

 蒲田自身は疑われている【占い師】なのに、場の進行をして、かつ、自分の思い通りに進めている。流石に京極相手には通用すると考えていないのか、ここで京極を処刑者に選ぶという方向へは持っていかなかった。


(……やはりこの中で最も警戒すべきなのは蒲田だね)


 ちらと蒲田を見ると、彼女は無表情でじっと但馬の方を凝視していた。


「どうして……こんな……」


 但馬は顔を覆って蹲っている。


『それじゃあ今日も早速行きましょう。いってらっしゃーい』

「いやあああああああああああああぁぁぁぁぁ……………………」


 声が遠くなる。

 そして手元のディスプレイに映像が出される。

 私は咄嗟に目を閉じる。また現実離れした残酷な処刑が映し出されることを知っていたから。


『さて、但馬さんはみんなさんもご存じの通り、大食漢であります』


 表だって耳を塞ぐということはしなかったため、思わず、言い方があるだろうとツッコミをしたくなってしまった。聴覚を遮断しなかったのは、佳織を始め心配されてしまうからだ。私はそんなキャラではない、と思われているだろうから。そして、そこを突かれて変な疑いを掛けてほしくなかったから。

 仕方なく入ってくるGMの実況に意識は逸らそうとするも、耳を傾けてしまう。


『大食漢の彼女はまずは食事の心配をするほど、食事に対しての執念がすごいよね。それは素直に評価し、ご褒美として処刑前に、彼女にステーキというプレゼントをすることを決めたよ』


「え……?」


 私は思わず瞼を上げてしまう。

 すると映像には、真っ白な部屋の真ん中にあるテーブルで、バターがたっぷりと塗ってあって大きめに切り分けられたステーキを前にしている但馬の姿があった。


『こ、これなんなの……?』

『さっき説明したじゃない。君の処刑前にステーキを食べる機会を与えただけだよ。最後の晩餐ってことだね』

『う、うう……』


 但馬はじっと涙を浮かべて動かない。


『あれー? 食べないの? じゃあさっさと処刑に移るかな? 食べないならばそのお肉も下げちゃうよ。どっちにしろ変わらないから勿体ないよ』

『ま、待って待って! た、食べます!』


 フォークとナイフを手にし、目の前のステーキに貪りつく。


『いい食べっぷりですね。知ってます? そのステーキ、1切れ1切れが一品ものなんだよ』


 夢中で涙を流しながら齧り付いているため、但馬は答えない。

あっという間にステーキの中身が消えていく。


『何のお肉か判る?』


 GMは衝撃の内容を告げる。


『今、君が齧っているのが――だよ』


『へ……?』


 ぽろり、と但馬の口から肉が零れる。


『さっき食べたのはで、その前がかな。あ、きちんと冷凍保存して腐らせていないから大丈夫だよ』


(……何が大丈夫なのよ……有り得ない……)


 何がご褒美だ。

 まさか――人肉を食わせるなんて。

 私も衝動的に胃が締め付けられる感覚に襲われ、口元を手で押さえる。


『うおぇっ……かはっ……ぐぇえええ……』


 但馬を即座におう吐を開始する。


『あーあ。折角の料理が勿体ないな。食べられる人の気持ちにもなりなよ。


『がはっ……げほっ……』


『まだ吐くの止めないの? しょうがないなあ。言っても聞かない子には――


 ガシャン、とガラスが割れるような音がした。


 同時に――但馬の身体が、に掴まれた。


『あああああああああああっ!』

『食べ物を粗末にしてはいけません。ということで、食べ物の気持ちになってみよー』

『止めて止めて止めて止めてッ!』


 但馬を掴んだ巨大な手はゆっくりと引いていく。

 それと共にカメラが手を映すようにゆっくりと動く。

 やがて映像は大きな老人の顔元を映す。

 そして大きく開いた口元に――


 グシャリ。


 ビチャッ。


「……っ!」


 目を瞑って顔を逸らす。

 もう外聞とかキャラとかどうでもいい。

 そんなことを気にしている余裕なんて無くなるほど、ひどい光景だった。


『はい。というわけで但馬さんの処刑は、食の大切さを学ぼう、ということでした。なのでご飯は残さないようにしないとね。勿体ないよー』


 軽い口調のGMの声が大広間に響く。だがそれ以上に、嗚咽とおう吐の声があちらこちらで聞こえてくる。


『んじゃ、今日もこれで終了。また明日ね』


 ぶつり、と音声と映像が途切れる。


「……さすがに今日のはキツ過ぎるっての」


 蒲田は変わらない無表情で、静かに大広間から立ち去って行った。

 そこからちらほらと青い顔で退出して行く人々。随分と少なくなったな、と思考をそちらに向けて現実から少し逸らす。


(……既に23人。先生も含めて9人も死んでいるってことか。しかもたった3日間で……なんか感覚がマヒしてきているね……駄目だなあ……)


「……沙織。大丈夫?」


 佳織の心配そうな声が耳に入ってきた。


「大丈夫……って言ったら嘘だね。うん。大丈夫じゃないよ。――なあ、充」


 私は佳織と逆方向の席にいる充に声を投げる。


「今日はちょっと話合う心境になれないから、ちょっと部屋に戻るわ」

「ああ。今日は集合させるつもりもなかったし構わないぞ」


 そう言うと、スッと充は椅子から降りて私の前まで来て、手を差し伸べてくる。


「送るよ」

「いいよ。恥ずかしい。……っていうかそんな冗談を言っているほど余裕がない」

「冗談じゃないって。ほら。かなり青い顔をしているぞ」

「大丈夫じゃないけど、部屋に帰るくらいは出来るって。なんなら野田っちの方を借りてくわ」

「ぼ、僕?」

「嫌かい?」

「い、いや……あああ、これは手伝うのが嫌だって意味じゃなくて、嫌かっていう質問自体を否定しただけだからね」

「じゃ、借りてくよ」


 見るからに焦っている野田っちの腕を取って前に出し、後ろから肩を掴んで大広間から退出する。


「ちょ、ちょっと沙織さん……?」

「悪い、野田っち。このまま前進しておくれ」

「別にいいけど……大丈夫?」

「……大丈夫。実は佳織と充をくっつけるための作戦だったのさ。私と野田っちが一緒に帰れば、必然的に佳織と充が一緒に帰るでしょ? それを狙っていたのさ」


 勿論、これは強がりである。

 こういった冗談でも言っていないと、心が壊れてきそうになっている。


「そ、そうなんだ……でも無理しないでね」


 野田っちは戸惑いながらも、振り向かないで前を向いていてくれる。こういう所は優しくていつも助かっている。

「ありがとうね、野田っち」

「気にしないで。僕に役立てることがあったら手伝うよ」

「じゃあおっぱい揉ませて」

「え、えええ?」

「嘘だよ。私は女の子にしか興味ないんだ」

「うん。知ってるよ」

「知ってるんだ。隠してたのに」

「あれで隠してたんだ。あはは……あ、着いたよ」


 野田っちが指先である部屋を示す。私はそのドアノブを捻りながら、片手を挙げる。


「んじゃ、野田っち。楽しい会話をありがとう」

「う、うん。僕も楽しかったよ……ってなんか照れるね」


 頬を掻く野田っち。可愛いなあ。男じゃなかったら惚れていたのに。


「あと、気分も大分良くなったよ。可愛さによる癒しパワーをありがとう」

「あはは。それは素直に喜べないなあ……」


 野田っちは苦笑しながらも、ずっと私の方を見てくれている。私が入るのを待ってくれているのだろう。


「んじゃね」


 手を振って私は室内に入る。


「……いや、本当に心が軽くなった。助かったよ、野田っち」


 独り言を口に出して、倒れ込むようにベッドにダイブする。


(ああ、今日が最後の夜になる可能性もあるのか……)


 布石は打っていたが、自分への【魔女】の呪いが回避されるか、【守護騎士】の対象になるかは不確定である。そもそも【守護騎士】だって今、生き残っているかは判らない。いつの間にか【魔女】に呪われたとも限らない。

それに、もしかして吉川との会話で不審に思われて【占い師】に占われるかもしれない。【魔女】だと思われて占われたら【魔女】が私を避けようが【守護騎士】に守ってもらおうが、私は命を落としてしまう。だから目立たないように発言をしていなかったのだが、偽【占い師】の占い先として当たってしまったから、仕方ないだろう。


(……まあ、いいや。死にたくないけど、やるべきことはやったし)


 思考も鈍ってきて瞼が落ちてくる。


「……後は任せたよ……」



 そしてそのまま私は、微睡みに身を委ねた。

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