月島 太郎
◆【反射魔導師】B 月島 太郎
脱落者
17番 多田 唯
20番 戸田 恵
A村:14
B村:13
(……ほう。ということは、生徒は男子・女子でチームが分かれている可能性もあるのか)
朝10時。
大広間の中央に設置された画面を眺めながら、心の中で感想を述べる。
最初に脱落した和田先生がA村だった。
その後、脱落したのは4人。
内、男性が3人。
管島。
村田。
そして――戸田。
男子女子で分けていればちょうどの数だ。どうやら、戸田の見た目が女子っぽいから間違えた、ということはないようだ。
戸田、といえば、さっきから飯島が戸田の名前を口にしながら目を真っ赤にして泣いている。ぶつぶつとうるさくて敵わない。
涙を流しているのは飯島だけだが、周囲は暗い顔をしている奴がちらほらしている。まあ、生死に関わるから当然だとは思うけどな。むしろしていない奴がどういう精神をしているのか、俺には判らない。
じゃあなんで俺は心配ないかというと、一言で表すなら――『運が良かった』からである。
この腐ったゲームで俺に割り当てられた役は――【反射魔導師】。
【魔女】の呪いを受けたら、自分の身を犠牲に、呪いを掛けた【魔女】を道連れにする。
その特性故に、一度そのことを宣言してしまえば、【魔女】の標的になりはしない。【村人】側も無意味に【魔女】が減る要素を排除する必要性など皆無だから、処刑対象にもならない。
(管島も、【反射魔導師】だって嘘でもつけばよかったのにな)
そうなれば一考する余裕もあっただろうに、とあいつのアホ加減を思い出して鼻で笑う。
『みんな来たようだね。誰も遅刻していないとは良い傾向だね』
GMの声が大広間に響き、途端にみんなが静まり返る。飯島も言葉を漏らすのを止め、唇をぎゅっと結んで睨むように真正面を見ている。
そんな様子にも構わず、GMは陽気に声を跳ね上げる。
『さあ、今日も一日頑張ってくれたまえ』
「おし。じゃあ早速だが【占い師】の報告から始めようか」
GMに何を言っても無駄なことは1日目の時に分かっている。むしろGMに対して行動をすると村田みたいに殺される可能性がある。だからゲームの進行に従わなくてはいけないが、しかしこのままだと、全員がだんまりのまま15分間の議論の場が無為に過ごされてしまう。
だからこそ――リーダーが必要だ。
このゲームを引っ張っていく進行役が。
(……その役割は俺が適役だろう。目立つからみんなやらないだろうし、俺は目立っても構わないし、目立つことには慣れているしな)
サッカー部のエースを張っている俺。1年の時からレギュラーで、文句を言う上級生もプレーとはっきりとした態度、それと頭脳で退けてきた。ただ反抗するだけじゃなく、先生を利用して追い出したりした。大抵文句いう奴は下手な奴だったし。
そうしてはっきりと白黒つけたおかげで、サッカー部は強くなった。去年の県大会準決勝まで行った。今年は腑抜けた3年が抜けたから、もしかしたら全国にも行けるかもしれない。それぐらいの気概があるし、その雰囲気を作ったのは自分だと思う。顧問の先生もその勢いを押してくれて、1トップで、しかもサッカーだけに集中できるよう、部長ではなく、副部長にしてくれた。だが、実際仕切っているのは俺だ。部長は頼りないからな。
「お前が仕切るなよ」
そんなリーダー感あふれる俺に対して不満を口にしやがるのは、蒲田。この女、顔はいいが口が悪いし、胸も態度もでけえんだよな。
「つーか、まず【占い師】の前に【霊能力者】を先にした方がいいんじゃねえか? 占われた後に出てくる前によ」
「……まあ、確かにそうだな。そうしよう」
【魔女】判定された奴が役職者を騙り出すのは面倒くさくなるしな。ただ【霊能力者】が有効手だとは思わないから蒲田の言い分には賛同できない。だが、そんな細かいことで突っ込むより、周りの意見を受け入れますよ、っていう雰囲気を醸し出した方が進行は出来る。やっぱ俺、出来る男だな。
「じゃあ【霊能力者】、出てこいや」
俺がそう告げた途端、スッと3人が手を上げた。
緒方 幸。
小島 剣。
そして――京極 直人。
【霊能力者】は1人だけだから、明らかにおかしい。直観だが、京極があやしいな。
「全く、損な役回りだよ」
その京極が溜め息と共に告げる。
「【魔女】に呪われる可能性が高いし、【魔女】側の騙りが何人か来ることも想像ついた。【占い師】とのパイプラインで来るのかな?」
「そんなこと言って京極君が偽物じゃないのー? というか私以外の2人は偽物だよねー?」
緒方がインクで汚れた鼻を鳴らす。何だ? 漫画でも書いていたのか? 漫画部とはいえ、この状況で何やってんだ、こいつ。
「あー、発言しないと自分が偽物扱い受けそうだから先に判定言っちゃうね。【管島君】は【魔女ではなかった】よ」
小島が、自分が本物だと主張する2人より先に結果を述べる。その行動に緒方は「わ、私が言おうとしたのにー」と慌て、京極は極めて冷静に「どさくさに紛れてうまいことやったね、小島君。ボクも判定同じなんだけど、いかにも『自分は本物を真似ました』的扱いにならざるを得なくなってしまったね」と小島に視線を向ける。
「ふん。まあでも結局3人とも、管島は【魔女じゃない】ってことなんだな。……成程。となると【魔女】はどっちの村もまだ3人とも生きている、ってことか」
「えっ……?」
そこで疑問の声を放ったのは、よりにもよって沼倉だった。
「何だよ、沼倉?」
「……いや、何でもない」
沼倉は深刻そうな顔してそう言う。……何だよ。ただ突っかかりたいだけとか、ガキだな。
「じゃあ次は占――」
「ん、【村長】だね」
「……」
「んん? どうしたんだい?」
シルクハット野郎がうぜえ。悪気がないのが余計に腹が立つ。
「……まあいい。【村長】の判定を言え」
「うん。ぼくが今回判定したのは【尾上君】。判定は【A村】だよ。理由は何となくだよ。女の子を判定したから、次は男子かな? で、上から数えて一番近かったのが尾上君だった、ただそれだけだよ」
「……」
尾上は腕組みをして押し黙ったまま。これじゃあ正しいかどうか判断付かない。
「……次は私だね」
少し青い顔で上野が手を上げる。精神的にきついのに役職者だから発言せざるを得ない、といった様子だ。
「私が判定したのは【緒方さん】。【A村】だった。理由は出席番号の上から判定しただけ」
「私かー。あんま意味ないけどねー」
のんびりとした様子で緒方がくるくるとペンを廻す。
さて、と1つ区切って俺は進行する。
「次は【占い師】だな。誰から……と」
そこで俺は気が付く。
頭を抱え、がたがたと震えている役職者に声を掛ける。
「じゃあ但馬。お前から行け」
「……」
但馬は震えたまましゃべらない。
「おい。早く言えよ。お前、【占い師】名乗ってんだろ」
「……」
いらっときた。
「いい加減に――」
「――もう嫌だよ!」
唐突に、金切声を上げやがった。耳にガンガン響く。
「わ、私がむやみやたらに占っちゃったりしたら【呪人間】の人は死んじゃうでしょ! だから無策に占えないよ!」
「じゃあ誰を占ったんだよ。占わなかったら、お前はもう脱落しているはずだろ?」
GMもそう言っていた。しかも、死ぬ、という言葉を使って。偽物でない限り、彼女は死んでいるだろう。
「自分だよ!」
但馬は自分の手を胸に当てて言う。
「私は【私】を占った! 結果【魔女ではなかった】よ!」
「そんなのは当たり前だろうが」
「で、でも仕方ないじゃない! 生きている中で確実に【呪人間】じゃないのって私しかいないんだから!」
確かにそうだが、しかし、ゲームの流れには沿っていない。【占い師】としての役割を果たしていない。役に立たない【占い師】はフェイクじゃなくてもいらない。
(……但馬が次の処刑者だな)
周囲を見回しても呆れ顔が多いし、今回もすんなりと処刑者投票は決まりそうだな。
「じゃあ次の【占い師】の判定を聞こうか」
「では、私が」
シャーロットが静かに手を上げる。凛とした様子で、思わず怯みそうになる。
「私が占ったのは【沼倉君】。判定は【魔女ではありません】。理由は先日の処刑者投票で1人だけ違ったからです。あと友達だからです」
……けっ。沼倉は何でもないのか。
こいつは普段からむかつくから、このゲ ームに乗じて葬り去りたかったのにな。
「目立っちゃったから、対象になるのは仕方ないか」
沼倉は苦い顔をする。ああ、こういう余裕しゃくしゃくの態度がむかつく。
「はいはいはーい。じゃあ次、あたしいっくよー!」
吉川が、アイドルのような無駄に高いテンションで身体を乗り出す。……こいつもこいつで異常だな。自分が占った奴が死んだのに、平気な顔しているってのはどれだけ太い神経しているんだか。無理矢理テンションを上げているとしても異常すぎる。
「あたしが占ったのは【美鈴ちゃん】。【魔女ではなかった】よ。占った理由は友達だから!」
「留美ちゃんありがとうっ!」
能登が嬉しそうに声を跳ね上げる。……ああ、こいつもアホか。多分処刑されないだろう、ということで感謝したのだろうが、逆に【魔女】に狙われる対象になることを考えていない。流石、男に媚を売りまくっているビッチだな。頭が軽い。
「次はあっしですねお待たせしますた」
気持ち悪い口調で鳥谷がぬるりと手を上げる。正直、気持ち悪すぎて近寄りたくない。顔はそんなに悪くないのにな。
「占ったのは【小島氏】。結果は【魔女ではない】でござるこぽぉ」
「ぼ、僕を占ったの? な、何で?」
「単純だし。京極氏の次の管島氏がいないので、出席番号順で小島氏にしただけでござる」
「そ、そうなんだ」
小島は汗を毒々しい色合いのハンカチで拭う。確かこいつは手芸部だから、そのハンカチは恐らく自作なのだろう。店で売ってても誰も買わないだろうし。
(焦っているのは、やはり【魔女】に呪われることを考えているからか。……【霊能力者】名乗っているし、こいつは要注意だな)
俺が小島に警戒の目を向けていると、
「――さて、これで私以外の全員の役職者が告げたな」
手を一つ叩いて、蒲田が不敵に鼻を鳴らす。
(そういえばそうだ。何でこいつ、最後に発言しているんだ?)
今までもそうだし、真っ先に発言しそうにも関わらず、ここまで占い結果どころか、発言も抑えていたように思える。
そう考えている所に、突如、蒲田はこちらに指先を向けてくる。
「何で私が最後に占い結果を言うのか、って思っているだろ?」
「うっ……そ、そうだったらどうなんだよ!」
「安心しろ。きちんと理由は述べてやる。――面白いからだ」
「面白い? 人が死んでいるのに何言ってんだてめえは!」
「そういう面白いじゃねえよ。私の占い結果が、成程、状況が面白い方向になった、ってことだ。人の生き死にのくそなゲームに面白さなんか感じてねえよ」
どこに違いがあるか判らねえ。だがこれ以上、同じ話を続けても意味がないので先を促す。
「んなことどうでもいいから早く言えよ。お前は誰を占って、結果どうなった?」
「お前だよ」
トランプを胸元から取り出し、1枚を人差し指と中指で挟んで飛ばしてくる。
そのトランプはある人物の眼前で、握り潰される。
潰したのは――俺だった。
「【月島】。お前を占った。結果は――【魔女だった】」
右手にあるくしゃくしゃのトランプに視線を向けた。
ジョーカーだった。
「はああああああああああ?」
腹の底から俺は疑問の声を放つ。
「占った理由は簡単だ。役職者でもないのに目立ち過ぎ。怪しいと思って占ってみたら、見事に――『面白い』結果になった、ってことだ」
「ちょ、ちょっと待てよ! 有り得ないだろうがよっ!」
だって俺は【反射魔導師】なんだ。占われたらその効力は失われてしまう。だが、こいつはそのことを言っていない。ならば偽物に決まっている。
「有り得ない? 何でだ?」
飄々と蒲田は問い掛けてきやがる。
「そ、それは……」
(……くっそ! どうする! ここで俺が【反射魔導師】だとバラしても、逆に信憑性がないんじゃねえか?)
そう考えて、自分が【反射魔導師】だと言うべきか言わざるべきか、俺は少しだけ迷った。
――その一瞬の判断ミスが、失敗だった。
「言えないのか。そりゃそうだよな。まさか私も馬鹿正直に【魔女】が目立つ行為をしているとは思わなかったぞ」
蒲田がやれやれと首を振る。
「ち、違う! 俺は【魔女】じゃない! 【魔女】の訳がない! むしろお前が【魔女】だろ!」
「出た出た。自分が【魔女】判定されたら、逆にお前が【魔女】だろ、って、小学生か。あがきにしても醜すぎる。この脳筋が」
「のう……っ!」
頭に血が上り怒鳴りそうになる。
(――落ち着け!)
怒るれば相手が有利になるだけ――真実だと思わせるだけで損だ。
最初のタイミングは逃したが、また弁解の余地はある。
(読みが正しければ……あと1回、効果的なタイミングがあるはずだ!)
俺は我慢して、じっと蒲田を睨み付ける。その蒲田は口の端を歪める。
「つーわけで、今日の処刑者は単純に【魔女】の疑いがある奴にすればいいだろう。このゲームは情報のない中で【GM】を探すよりも、どちらかの村の【魔女】を殲滅させる方が簡単なんだからな」
蒲田の言葉に、何人かが感心の声を上げる。
そんなの当たり前だ。
【GM】を脱落させるなんて、見つけるところから含めてかなり条件が限られる。
①【魔女】がその人物に呪いを掛け、死なないことを確認。
②かつ、【守護騎士】がその人物を守っていない。
③処刑者投票で納得させるようにその人物をみんなに選択させる。
つまり、【魔女】側が積極的に動かなくては【GM】なんて見つけられないのだ。しかも、【魔女】は誰でも呪うわけにはいかず、俺の様な【反射魔導師】を避けなければいけない。
だから【村人】側からすれば【GM】を探すよりも【魔女】を3人(多くても5人)処刑する方が至極簡単なのである。【魔女】に関しては【占い師】に【霊能力者】、ならびに【反射魔導師】がいるから、イレギュラーで死んだりバレたりすることが多々ある。このゲームは【魔女】が一番厳しい立場に立たされているのだ。
(だからこそ、魔女以外を【魔女】判定することはリスクが高いのだが……蒲田の奴、勝負に出やがったな)
流石ギャンブラー、といった所か。信用を勝ち取る勝負に出たようだ。
(――ならばこっちも動くか)
「確かにそうだな。【魔女】を処刑した方が早いだろうな」
俺は余裕を見せつけるように口角を上げる。
「お? ついに認めたか?」
「認めるも何も、俺はお前のその策略には嵌らねえぜ、蒲田!」
ビシリ、と格好よく人差し指を突きつける。
「お前は俺を【魔女】扱いしているが、むしろ俺から言わせてもらうぜ。お前の方が【魔女】だってな」
「さっきと同じこと言わせてんじゃねえよ。馬鹿か」
「ふふん。馬鹿はお前だったな。よりにもよって俺を選んで黒にするなんてな」
「……何が言いたいんだよ?」
眉を歪める蒲田に、俺は効果的なタイミングを見つけた。
「俺は――【反射魔導師】だ!」
声高に宣言する。
そのまま蒲田を追い詰める。
「占われたらその効果が消えるはずだし、【占い師】ならそのことが判るはずだ! にも関わらずそれを言わないってことは――お前は偽物だ!」
「……」
腕組みをして口を噤んだまま、蒲田はじっとこっちを見てくる。
(よし。勢いは俺にある。このままいくぞ!)
「お前ら! 俺は【反射魔導師】だぞ! だから【魔女】を確実に減らす要素になる! さっきも言った通り【魔女】は殲滅させた方が早いんだ! その要素である俺を処刑者に選択するなんてのは馬鹿らしいにも程があるぜ!」
俺の言葉に頷く人たちがちらほら。馬鹿どもめ。今頃気が付いたか。
「つーことで、みんなもう議論する必要もないな。今日も15分間も議論する必要はないな」
「……ああ。確かにそうだな」
蒲田は両手を上げる。
そのポーズはまるで降参だというように――
「お前は本当に――馬鹿だなあ」
嘲笑してきやがった。
「……なんだと? もう1回言ってみろ」
「馬鹿だっつってんだよ。騙るんなら別の役職を騙れってんだ。偽物」
いいか、と蒲田は人差し指を立てる。
「【反射魔導師】ってのは確かに【魔女】に対しては有効手だ。【魔女】視点から見ても、こいつの存在は怖いだろうな」
「だったら何の問題も――」
「話を聞け。それはあくまで――【反射魔導師】が潜伏している場合だ。潜伏していなければ【魔女】はそれを狙わなければいいだけ。つまり、名乗った【反射魔導師】なんか、【村人】に対して何の貢献もしてねえだろ」
……やばい。痛いところを突かれた。
蒲田は鼻を鳴らして言葉を紡ぐ。
「大方、【反射魔導師】を名乗れば、【魔女】から狙われない、みんなからは処刑対象とならない、ってことを目論んでいただろうが、残念だったな」
「ぐっ……」
言葉を呑み込む。
(こいつ……完全に理解していやがる!)
俺の目論見は、まさに言われた通りだった。
【反射魔導師】は潜伏してこそ【魔女】に対して効力を発揮する役職だ。しかもそれは、犠牲になることが前提となっている。そんなのは当然ごめんだ。
だから敢えて宣言して【魔女】の呪いから避けつつ、他の人の信頼を勝ち取ろうと思っていたのに。
「……ふん」
俺は諦める。
さっき【魔女】の判定をされたが、【反射魔導師】だということを告げたから、結局当初の目論見通り処刑対象にはならないだろう。【魔女】に対しての脅威には違いないのだから判断は保留になるはずだ。当然【魔女】には狙われないし。仮に【魔女】側が動くとしたら、蒲田が本物だと明確に判定された場合だけだ。まあ、俺が本物の【反射魔導師】である以上、それは有り得ないのだが。
(信用を得つつ進める、という最高の進め方は出来なかったが……まあいい。あとは一言だけ告げるか)
「いいかお前ら!」
俺はみんなに言葉を放つ。
「判っていると思うが、俺を処刑者に選択することは【村人】にとって損だぞ。【魔女】だと疑っている奴がいるが、それが【魔女】の目的だ。そうやって自分が脱落する要因を減らそうとしている。だからそれに乗っかるんじゃねえぞ! 俺が【反射魔導師】だった時、お前らは自分が【魔女】に勝つ術を1つ無くすことを自覚しろ!」
周囲に静寂が生まれる。この沈黙は俺の意見に対して考えている証だろう。
(それでいい)
ここにいる奴らは次第にこう思うだろう。
【反射魔導師】を処刑するのはどうだろうか。【魔女】かもしれない。だけど【魔女】じゃないかもしれない。ならばまだ処刑するのは早いのでは? 【魔女】だという確信が持ててからやるべきでは? ならば今は確実に【魔女】の味方が存在している、【占い師】か【霊能力者】を処刑した方が確実では?
(……もっとも、そこまで思考が辿り着くかは心配だけどな。まあ、思考の途中でも俺を処刑するべきかどうかを迷う所まではいくだろう)
俺は内心でほくそ笑む。
(これで、しばらくは安心だ)
そう思っていた。――のだが。
「ばっかじゃねえの? おめでたい頭してんなあ」
よりにもよって、蒲田だった。
「一考する余地もねえ。話す必要もねえ。あるのは、月島。お前を――処刑することだけだ」
「なっ……」
「【反射魔導師】が【魔女】に勝つ術の1つ? そんなのは潜伏していた時に決まってんだろ。今のお前はただのでくの坊。【村人】と同一の存在だ。【魔女】だって警戒してお前なんざ呪わないだろう。真偽はともかくな」
加えて、と蒲田は指を鳴らす。
「お前は私に【魔女】判定を下されている。私視点の話だが、お前の理屈に乗っ取ると【魔女】をずっと放置することになる。んなこと有り得ねえだろうが」
「だっ……それはお前が勝手に言っているだけだろ! 俺のことを【魔女】だって!」
「だから私視点の話だって言ってんだろうが。――まあもっとも。お前と私、どっちを信じるかは別にして、このまま【魔女】の疑いがある奴を残しておくのはどうかと思うけれどな。そう思うだろ?」
と、そこで
「――だよな、沼倉?」
蒲田は唐突に、沼倉に同意を求める。
沼倉は驚きもせずにそれを受け止め、眉を潜める。
「……言わなきゃダメか?」
「何のための議論だよ。私と月島しか話してねえじゃねえか。沼倉だけじゃなく、他のやつも意見があるなら言えよな。喉が渇いてきたぜ」
「あんまり言いたくはないんだけどな。処刑対象を推奨するようで」
言い澱む沼倉に、俺は段々と腹が立ってきた。
「おい何だよ! 早く言えよてめえ!」
「……あのな、月島」
長く瞬きを1つして、沼倉は言う。
「俺は、お前が【魔女】じゃないかと思っている。とある発言からな」
「とある発言……?」
「【霊能力者】が管島を【魔女】ではないと判定した直後の――『【魔女】はどっちの村もまだ3人とも生きている』って言葉だ」
「ああ、確かに言ったな……で、何がおかしいんだよ?」
「どうしてお前は、そう思ったんだ?」
「はあ? 理由は単純だ。管島が【魔女】じゃなかったから、残りが生きているんだと思っただけだ。それ以外の意味はねえよ」
「多田と戸田のことは?」
「多田と戸田ぁ? あいつらは【魔女】に呪われただけだろ?」
「お前はどうして――【多田と戸田】が、【魔女と反射魔導師】、もしくは【魔女と呪人間】という組み合わせを想定していないんだ?」
「……は?」
言っている意味が一瞬判らなかった。
「【霊能力者】が判定した直後、あの時点では朝の犠牲者の状況は4種類あった。1つは、お前が言った通り、単純に【魔女】が2人を呪った時」
【魔女】1 → 多田。
【魔女】2 → 戸田。
「2つ目は、一方の魔女の呪い先が【守護騎士】にガードされたか、【魔女】か【GM】に呪いを掛けたから脱落せず、もう一方の魔女が多田か戸田のどちらかを呪って、残ったどちらか一方が【呪人間】で占われて脱落したパターン」
【魔女】1 → 多田 か 戸田。
【占い師】 → 【呪人間】である 多田 か 戸田。
【魔女】2 → 【GM】か相手村の【魔女】1。
もしくは【魔女】2 → 誰か ← 【守護騎士】。
「……まあ、これは誰も2人を占っていないから可能性としてもう消えているけど」
沼倉は3本目の指を立てる。
「3つ目は、さっきと同じように一方の魔女の呪いで呪えず、もう一方の魔女が【呪人間】である多田か戸田のどちらかを呪って、残ったどちらか一方が道連れで脱落したパターン」
【魔女】1 → 【呪人間】である 多田 か 戸田。。
【魔女】2 → 【GM】か相手村の【魔女】1。
もしくは【魔女】2 → 誰か ← 【守護騎士】。
「4つ目が、多田か戸田が【魔女】で、【反射魔導師】である相手を呪ってしまった。相討ち。もう一方はさっきのように呪いによる脱落者が出なかった」
【魔女】1の多田 か 戸田 → 【反射魔導師】の多田 か 戸田。
【魔女】2 → 【GM】か【魔女】1。
もしくは【魔女】2 → 誰か ← 【守護騎士】。
「あ……」
「ようやく失態に気が付いたか」
にやり、と蒲田は笑って、沼倉の言葉に続ける。
「つまり沼倉の4番目のパターンを完全に排除出来るのは、自分で誰を呪ったのか把握して、その相手が確実に脱落していて【反射魔導師】の効力が発揮されていないことを知っている役職。つまり――【魔女】関係者だけだ」
瞬間的に、頭に血が上った。
「このアマがッ! こじつけしやがって!」
「マァマの間違いじゃねえのか坊や。今のどこがこじつけなんだよ。言ってみろ」
「くっ……」
否定できない。
自分の中では完全に思い込みだったのだが、傍から見たら、【魔女】の失言に思える。
「――ああ。坊やついでに、お前を眠らせるための子守唄でもやろうか」
蒲田が嘲りの表情でカチャリ、と手の中のサイコロを鳴らす。
「お前は何か勘違いしているようだが、【反射魔導師】は――外れ役だぞ」
「外れ……?」
「潜伏していないと効果をなさない。いわば、犠牲となることが前提となる役職だ。んで、逆に私達村側にとって一番怖い役職は【呪人間】。死んだら自分も死ぬかもしれないし、【魔女】には真っ先に呪われる職業だからな。……まあ、何が言いたいか判るよな?」
「……」
判る。ここまで言われれば嫌でも判る。
「要するに――処刑するのは、【呪人間】以外なら誰でもいいんだよ」
管島が処刑者に選ばれた時、京極がダメ出しをしていた。
(それは……こういう理由だったのか!)
ようやく俺は気が付く。
そして、もう後戻りも言い訳も出来ない地点に立っていることにも。
(馬鹿な……この俺が……絶対安全圏にいたのに……)
頭の中でぐるぐると怨嗟の言葉が綴られる。
(何でだ……何でだ……何でだ……何でだ……どうしてこうなった。俺は完璧にこなしたはずだ。恨まれる要素など何もないはずだ……)
思わず膝をついてしまう。
「さて、まだ15分経っていないが、もういいんじゃねえか? 投票行こうぜ」
『うん。そのようだね』
「ま、待て! 待ってくれ!」
GMの声で俺はハッと意識を戻す。
「俺は本当に【反射魔導師】なんだ! だから浄化の報告をしていない蒲田の方が偽物で【魔女】なんだ! 信じてくれ!」
『はいはーい。じゃあ投票タイムを実施するよ。よーいスタート』
ディスプレイに処刑者投票画面が映し出される。
「聞けよお前ら! 俺は違うんだ! 俺を信じてくれ!」
「ふん。あがいてももう無駄だ」
見下すように顎を上げ、蒲田は冷酷に告げる。
「お前が本当かどうかは、明日の【霊能力者】が証明してくれるさ。まあもっとも、私に【魔女】だと占われた挙句、【魔女】側の人間でしかありえない言動をしておきながら、【魔女】じゃありませんでしたっていうことがありえるとしたら、だけどな」
「くそがああああああ!」
ディスプレイの端を叩く。
(……っ)
直後、これが破壊行為に繋がらないかと焦ってGMを見る。
GMは何も言わない。
少しほっとしながら再び画面に目を移すと、もうほとんど選択時間は残っていなかった。
俺は迷いなく、蒲田を選択する。
『はい。しゅーりょう。早速、結果を発表するよ』
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01番 相沢 章吾 → 月島 太郎
02番 飯島 遥 → 月島 太郎
03番 上野 美紀 → 月島 太郎
04番 緒方 幸 → 月島 太郎
05番 尾上 智一 → 月島 太郎
06番 香川 陽介 → 香川 陽介
07番 柿谷 進 → 月島 太郎
08番 蒲田 愛乃 → 月島 太郎
09番 京極 直人 → 月島 太郎
11番 小島 剣 → 月島 太郎
12番 駒井 奈々 → 月島 太郎
13番 坂井 隆 → 月島 太郎
14番 シャーロット セインベルグ → シャーロット セインベルグ
15番 瀬能 奏 → 瀬能 奏
16番 但馬 恋歌 → 月島 太郎
18番 月島 太郎 → 蒲田 愛乃
19番 津田 波江 → 月島 太郎
21番 鳥谷 良子 → 月島 太郎
22番 新山 佳織 → 新山 佳織
23番 新山 沙織 → 新山 沙織
24番 沼倉 充 → 沼倉 充
25番 野田 夏樹 → 野田 夏樹
26番 能登 美鈴 → 月島 太郎
27番 真島 錠 → 月島 太郎
29番 森田 宗司 → 月島 太郎
30番 矢口 奈江 → 月島 太郎
31番 吉川 留美 → 月島 太郎
結果
月島 太郎 19票
香川 陽介 1票
蒲田 愛乃 1票
シャーロット セインベルグ 1票
瀬能 奏 1票
新山 佳織 1票
新山 沙織 1票
沼倉 充 1票
野田 夏樹 1票
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「てめえらあああああああああああああっ!」
俺以外の誰もが蒲田に投票していないことに、頭が真っ白になって足に力を込める。
――その時。
「ぐああああっ!」
ガシャン、という音と共に痛みで目の前が揺れる。周囲に生えてきた鉄格子の一部が俺の左腕に当たり、肉を抉り取っていったようだ。その場にうずくまることしか出来ず、息が荒れる。
「っぐぅっ! ……はあ……はあ……っ」
『だから動いちゃダメって管島君の時に言った気がするよ。脱走なんて考えても無駄だって』
「ち、ちが――」
『ということで今日の処刑対象者は月島太郎君です。じゃあいってらっしゃーい』
ガタン、と音が足元からしたと思うと、唐突に重力を感じなくなる。
そして目の前がパッと光ったと思った次の瞬間に、臀部に衝撃を受けた。だが意外と柔らかく、痛みはあまりなかった。
「ここは……」
ふさふさとした触感。
青々とした地面。
視線の先にはグローブを付けた長袖の人間1人と、網が張ってある白い枠組みの物体。
「何で……地下にこんなサッカーグラウンドが……」
管島の時のような密室ではなく、ひどく開けた空間だった。
ゆっくりと立ち上がって周囲を見回す。
そこで自分が完全な競技場のど真ん中にいることを理解する。
どうしてか観客もきちんといるようだ。
「Taro! Harry!」
英語での叫び声が聞こえる。
同時に、自分の目の前に何かが零れる。
――サッカーボールだった。
「え? 何? 何?」
「Shoot! Shoot!」
「え? え? シュート? 決めればいいの? 決めれば助けてもらえるの?」
大分頭が混乱してきた。左腕の痛みなどとうに忘れるくらいに。
だがフォワードの宿命で、キーパーと1対1だったら意識的にコースを探してしまう。
左側が完全に空いている。
(――外したら死ぬ。入ったら助かる!)
誰が言ったわけでもないのに、自分の中で勝手に思い込む。
「おおおおおおおおおおおおおお!」
俺は迷わず、そこを狙ってシュートを放つ。
ボールは見事に――ゴールネットを揺らした。
『ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
る!』
GMの声が聞こえて来た。実況のつもりらしい。
俺はガッツポーズをする。
しかし、次の言葉で、俺は凍りついた。
『味方のゴールに決めました! オウンゴールです!』
「……は?」
オウンゴール?
おうんごーる?
『なんて馬鹿なことをしたのでしょう! ――ああっと! サポーターが乱入!』
「っ!」
ようやく理解した。
俺の処刑内容は――サポートの暴徒によるものなのだ!
予想通り、フェンスの低い方から人々が次々と乱入してくる。
「殺されてたまるか!」
俺は全速力で逆方向に逃げる。
その先に、スタジアム出口。幸い、そこには暴徒と化したサポーターは回り込んでいないようだ。
迷わず出口へと走り込み、スタジアムの外に出る。
――瞬間。
「Gracias por el auto gol」
パン
パン
パン
パン
パン
パン
パン
パン
パン
パン
パン
パン
12発の発砲音がしたことははっきりと認識できた。
同時に、自分の身体から色々なモノが抜け落ちるのを感じた。
そこからの記憶はもうない。
もう――記録されない。
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