沼倉 充 ②
◆【村人】B 沼倉充
脱落者
01番 相沢 章吾
A村:11
B村:11
(……これをチャンスと呼ぶのは不謹慎だよな)
4日目の朝10時。
大広間で画面に目を向けた時、俺は眉をしかめた。
両方の村の人数が同数になるタイミングは、昨日の状況から、恐らくは明日になるまでないだろうと考えていた。
だが【魔女】が【魔女】か【GM】を呪ったか【守護騎士】が呪われた人を守ったか、いずれかで今日の脱落者は1人になった。
(【守護騎士】は多分沙織をガードしただろうから、多分前者なんだろうな。【魔女】が他の人を呪うだろうと予想して他の人をガードしたのだったら判らないけど)
そこは大した問題ではない。
重要なのは、A村とB村の残り人数が同じになったことである。
一昨日に沙織にも話したが、全員が自分に投票することを呼びかけるタイミングはここしかない。両村が同数でないと勝敗が付いて、少ない人数の村の人間が脱落する可能性がある。
今、生き残っているみんなが全員生存する方法。
同じ人間を【占い師】が占えるということは但馬が証明してくれたから、矛盾はない。
処刑者投票では自分自身に投票する。
【占い師】は自分自身、もしくは俺を占う。
【魔女】は自分自身、もしくは【守護騎士】が指名した人を呪う。
これで誰も死なずに、このゲームを停滞することが出来る。
(……だけど)
俺は、何故だか判らないが、そう上手くいかない気がしていた。
理論上は、ほぼ完璧だ。
GMも、恐らくはこんな終わり方は想定していなかったのであろう。ルールには反していないよう、穴をついているが、文句は付けられないはず。
(後は――ああいう様にされなければ、だ)
俺は不安を胸から取り除くことが出来なかった。
その理由の1つが、いつものように仕切り始める、彼女の存在故にだった。
「ふん。今日はいつも違う展開だな」
蒲田愛乃。
【占い師】なのに場を取り仕切り、気が付いている人は少ないと思うが、処刑者を誘導している。それなのに魔女に呪われない、という時点で【占い師】ではないと思われるにも関わらず、堂々としているので指摘する者もいない。
現時点で対抗していると思われるのは【霊能力者】の京極だ。もっとも、役職というよりも、俺には彼が、このゲームについて何故か経験があるような言動をすることが気になっている。だからといって【霊能力者】という立場にいる彼が【GM】だとは思っていない。
少し話が逸れたが、要するに、蒲田がこの場を支配していているに近い形である、ということである。
その彼女が、俺の提案を呑むか否か。
そこに成否が掛かっている。
『今回は色々と議論の種がありそうだね。ふふふ。さて、本日も議論よろしく!』
GMがいかにも嬉しそうだという弾ませた声を放ち、本日の議論の【15分】が始まる。
昨日が初めてだったのだが、どうやら先のGMの言葉から、各役職の報告も含んで【15分間】のようだ。
つまりもう既に、議論としての時間は始まってしまっている。
ならば――
「――いつもの議論の前に、ちょっと待ってくれないか」
俺は手を上げて発言をする。
蒲田が真っ先に眉間に皺を寄せる。
「いきなり何だよ? もう既に時間は始まってんだよ。さっさと議論するぞ」
「そんな議論をする必要はない。このゲームの抜け穴を見つけたんだ。もう誰も脱落なんかしない方法を」
蒲田はピクリと眉を動かす。
「脱落しない方法? それって、お前が処刑者投票の時に自分自身に入れていたことと関係あるのか?」
「察しがいいな。その通りだ」
俺は手短に説明を開始する。
「今日から処刑者投票をみんな自分自身に投票する。そうすれば同数投票になって誰も脱落しない。【占い師】は自分を占え。【呪人間】もそれで脱落しなくなる。【魔女】は自分自身か、もしくは【守護騎士】が公言した相手を呪う。ないとは思うが、もし【魔女】は自分自身、ならびに自分の仲間を呪えないのならば、ずっと俺を呪え」
この発言は、実ははったりだった。
もし【守護騎士】が2人共既に脱落していたら、俺を対象に呪えば、当然俺は脱落してしまう。故に傍から見たら、どうして【守護騎士】が生存していることを知っているのか、という疑問が湧くだろう。だがそれを知ることが可能なのはGMしかいない。でも、このような方法でゲームを終わらせようとしている俺のことをGMと結びつける奴はいない。だから、俺が本気で自分の身を犠牲にしているということが結論として導かれる。そこまで思考が行き着く人は少数ではあろうが、蒲田は気が付くであろう。
「これでこのゲームは、もう誰も脱落者を出さない。つまり――これで終了だ」
しん、と久しぶりに大広間に静寂が生まれる。
みんなの思考が、俺の提案に向けられたことの証明でもある。
「……沼倉君」
京極が机上の画面を指で動かしながら訊ねてくる。
「処刑者投票の最初からなんだけど、君は自分に投票しているよね。それは、これを想定していたの?」
「ああ。でも最初は、単純にみんながみんな自分に投票すれば誰も脱落しないんじゃないか? って思っただけだぞ。他の条件とかは部屋に帰ってから考え付いた」
「そっか……」
京極は顎に手を当てて頷く。多分、両村が同じ人数じゃなくてはいけないという所まで気が付いたのだろう。
と、そこで首を傾げて吉川が言葉を挟んでくる。
「あれ? でも2日目からは香川君にシャーロットちゃんに奏ちゃん佳織ちゃん沙織ちゃん野田君の6人もやってるよね? どゆこと?」
「私達の中で相談して、意味は分からなかった人もいたけど、とりあえずやってみた」
佳織が間髪入れずに答える。俺にお願いされたからやったと敢えて言わなかったのは、佳織が俺1人の策略だということをぼかして、みんなの賛同を誘いやすくしてくれたのだろう。その機転はとてもありがたい。
「んー、じゃあさ沼倉君。何でみんなに最初に言わなかったの?」
「それは……」
「……どうせこの両村が同数の時にしか使えない手だからだろ? じゃないと、終了したときにどちらか少ない村の人間が脱落扱いになるだろ。【GM】を処刑した時と同じように」
俺が答える前に、蒲田が代わりに正解を口にする。
「それで合っているよな?」
「合っているよ。だから積極的に言い出せなかったんだ」
「だろうな。ま、今更それを言っても仕様がない」
蒲田はそう言って、それ以上追及せずに唇を結ぶ。
どうやら蒲田はこの策の全てを理解したようだ。その上で、思考しているように思える。
「他に質問ある奴いるか?」
「こ、これであたし達は本当に助かるの?」
クマのぬいぐるみを抱えた駒井さんが、意を決したように涙声で問うてくる。
「俺の提案したこの方法はGMの提示したルールに何にも反していない。で、『ゲーム』の続行が不可能となれば、強制終了するしかないでしょ」
「そ、そっか。そうだね」
駒井さんは少し顔を明るくさせた。――その時。
『おいおい。勝手に判断してもらったら困るねえ』
突如、GMが声を挟んできた。
そのタイミングに、俺は冷や汗を掻く。
(まさか気付いているのか……?)
『あ、今はちょっと普段とは違う議論かなー、ってことで時計は止めているからね。――ちょっと沼倉君。どういうことよ』
「どういうことも何も、このゲームを側面から終わらせようとしているだけだよ。これ以上誰も死なず、今の22人全員が生き残れる方法でね」
『それがさっきの方法?』
「そうだ。なんか矛盾はあるか?」
『んー、矛盾はないし、こっちの作ったルールに沿っているから大丈夫だね。この方法自体に文句は言うつもりないよ』
だけどね、とGMは俺に訊ねる。
『ここにいるみんなが、素直に終了を受け入れるかな?』
「……どういうことだ?」
『例えば――【魔女】のみんなは、確実に人を殺しているんだよね。直接ではないにしろ、明確な殺意をもって人を選んでいるんだからさ』
「だからどうしたんだ?」
俺は隙間を入れずに答える。
「お前のルールに則っただけじゃないか。というか直接手を下したわけじゃないだろ。それなのに【魔女】の奴らを糾弾するのはおかしいだろ」
『ふーん。あくまで私のせいにするんだ。じゃあ処刑者投票についても同じように言うんだね』
「当たり前だ。お前が、投票しなくちゃ自分も脱落するなんてルールを作ったからみんな仕方なく投票したんだよ。お前のせいだ」
『そっか。私のせいなんだね。じゃあ仕方ないね』
少し声のトーンを落とすGM。
(……こいつ、何を考えているんだ?)
【魔女】や処刑者投票で他者を貶めたことなんて言った所で、この状況が引っ繰り返るわけじゃない。罪悪感に襲われることで逆にゲームに参加するなんてことは有り得ないだろう。むしろ逆にゲームを終わらせたくなるはずだ。自覚することで、もうやりたくないというように。
『でもねー。こんな形になるのは、脱落した人も浮かばれないと思わないかい? 自分の時にそれをやって欲しかった、ってね』
「よく言うよ。今回みたいに同数じゃないと、お前は人数少ない方のどっちかを脱落させていただろうが」
『そんなことしないよ。勝手に決めつけないでよね。っていうかさあ』
GMは責めるように言う。
『そもそも――君のやり方で終わる前提で話を進めないでくれるかなあ?』
「え?」
俺は血の気がさっと引くのを感じた。
(まさか……気が付かれたのか?)
このやり方で唯一、まともに異議を唱えられてしまうこと。
俺が懸念していた、ただ1つのこと。
『確かに君のやり方だとこのゲームは進まなくなるよね。だけど、それで終わりじゃないよ。そのまま続けてもらうよ』
「ちょっと待って!」
京極が口を挟む。
「こういう引き分け処理は大体3回で終わりってのが普通じゃないか!」
『3回? 何の話をしているの? っていうか引き分け処理? 他のゲームと混同しているんじゃない?』
「うっ……」
言葉に詰まり、京極はすごすごと引き下がる。
「京極の3回ってのはともかく、進まないのに続ける意味ってあるのか?」
『食い下がるねえ、沼倉充君。続ける意味はあるんだよ。このゲームの設定を思い出してごらんよ』
「設定?」
『これはあくまで【魔女】が相手村を殲滅させるっていうのが趣旨だからね。仲良く2つの村が暮らしましたっていう結論は人が死んでいるし有り得ないって。むしろ【魔女】はいつ処刑者投票されるかビクビクしながら暮らし、住人はいつ【魔女】に呪い殺されるのかビクビクしながら暮らすってのが普通なんだよね。ということで継続ね。例え脱落者が出なくても続けてもらうよ。――何日でも何か月でも何年でも、ね』
「それは、一生、ここから出さない、終わらせないってことか?」
『そんなことないよ。ちゃんと3つ、終了条件出したじゃない。それに乗っ取った形だったらきちんと終わるよ』
「……」
恐れていたことが本当になってしまった。
――ゲームとして成り立たなくなれば強制終了するはず。
俺の提案した策の前提は、それ故に成り立っていた。はっきり言ってルールに書かれていなっことだったし、勢いだけで押し込もうと思った。ゲームとして成り立たないことに言及してくるようであれば大抵は丸め込める。
だが、こうして開き直って理由を付けて継続すると言われれば、この論理は破たんする。
(継続させるのならばこうなるのは判っていたが、咄嗟に出てくることじゃないぞ。俺のやり方を批判するか、わがままで終わらせないとかなら出るだろうが、理論づけて継続を実施すると言うのは、…………っ、まさか!)
至った推測に、ミシリと心が折れそうな音が頭に響いた。
(こうなることまで予想された上での、あのルールだったのか……?)
穴だらけのルールだと思ったが、これがもし、この作戦を導き出させるためだったら?
途中で思いつくにしろ、俺がこういうように引き分けに導き出すということは、余程じゃない限り悟られないはずだ。
知られるとしたら処刑者投票を自分自身に投票していたことくらいだが、それだって表面は他の人を殺したくないから、という偽善のモノにしか見えないだろう。この作戦をするにあたっては現況を見れば判る通り他者に自主的に同意を求めることは必然ではなく、実は自分自身に投票が出来ることが確認出来ればよかった。つまりみんなを巻き込む必要性はなかったのだが、悟られる可能性を低くするために話した。
そのようにみんなに危険を伴わせたにも関わらず、結局台無しになってしまった。
俺の考えが読まれてしまった。
まるで、俺のことをよく知っているかのように――
(――違うっ! ……まだだ! まだ諦めるわけにはいかない!)
頭に浮かんだ疑念と諦めの気持ちを振り払い、俺は食い下がる。
「おいおい、いいのか? 俺の方法を使えば死ぬことも人を殺すこともない。何日も何か月も何年もとか言っているけど長丁場になって困るのはそっちじゃないのか?」
食事もそうだが、これだけの監禁を継続して行うなどかなりの費用とリスクがあるはずだ。長引くのはあちら側としても良くないことだろう。
だがGMは否定の言葉を返してくる。
『ん? 別に大丈夫だよ。そこん所は心配しなくても尽きることはないさ。ゲーム以外で悩む必要はないよ』
「食糧とかどうするんだよ。お前ら出来るのか?」
『メニュー見れば判るでしょ? 可能に決まってんじゃん。何年も出来るさ』
「ということは、なんか後ろ盾があるってことか?」
『そんなの教える必要なんかないね。君達に必要なのは出来るか出来ないかだけでしょ?』
「出来るか出来ないかは理由ないと判んねえだろうが。食糧需給を絶って殺し合いを要求するとか後で言われても納得できないぞ。お前の言う【設定】にも外れているはずだ」
『……うっさいなあ。出来るって言えば出来るんだよ。それで納得しなよ』
GMが明らかに不機嫌を声に乗せ始める。
「納得出来るかよ。お前が出来ないことをその場を凌ごうとするだけで言ってるだけかもしれないじゃないか」
『そんなことはないってさっきから言ってるじゃん。あーもう、処刑された人達とかで判るでしょ。こっちにはそういうのは大丈夫なの。圧倒的な秘密があるの』
「そんな抽象的なことで誰が納得するかってんだよ」
『……本当にうっさいな。あんまり邪魔すると殺すよ!』
ついにGMが声を荒げる。俺も同時に頭に血が上る。
「痛い所突かれて反論出来なかったら殺すとか何様だ! 俺は村田とは違ってお前が定めたルールには反していないだろうが! その口でよくルールの遵守とか言えたもんだな!」
『ぐっ……そ、それとこれとは話が別だって!』
反応に詰まるGM。
(……どうやら、ルールは絶対的なモノらしいな。理由は分からないけど)
頭の片隅で冷静に考察するも、理不尽な物言いに表面はヒートアップしていた。
「話が別って何だよ! 俺はごく当たり前のことを聞いているだけだぞ! この状態を維持出来ないまま長期間も出来るって言ったのは、ただ単にルールの穴を突かれて終わらせることに対して逆らっているようにしか見えないぞ! つまりその時点でお前の負けなんだよ!」
『……負け? 負けって言った、今?』
「ああそうだ。一方的に押し付けられたにも関わらず、お前が想定していない方法を導き出されて、現にこのゲームを終わらされそうになっているということだ。どう考えてもお前の思い通りにいかずに終わるわけだからお前の負けだろうが!」
『負けな訳ないじゃないか! 君が両村の人数が同じになったらそういうことを言い出すのだって読み取ってたし! 全部こっちの掌の上だし!』
「へえ。【そうなるように導いた】じゃなくて【読み取ってた】ってことは、最初から想定していたわけじゃないんだな。まるで途中でルールの穴を見つけたような言い方だな」
『そんなの言葉のあやだ! っていうかあやにもなってないし!』
「でも否定はしないんだな」
『……あー、もう、本当にうっざいなぁっ!』
ギリリ、という歯ぎしりの音が聞こえる。初日は無機質だったGMの声はいつしか感情がかなり乗るようになっていた。今日は特にそれが顕著だ。それだけ焦っているのであろう。
『これ以上屁理屈をこねる様だったら本当に脱落させるよ?』
「ふん! 理屈じゃ俺を屈服出来ないから物理的に処分するってか。つまりお前の負けってことだな!」
『だから負けじゃないってば!』
「じゃあきちんと納得させろよ! この負け犬野郎!」
『この……っ! いいんだな? 本当に脱落させても!』
「やれるもんならやってみ――」
「――駄目っ!」
俺が身を乗り出したのとほぼ同時に、突然、後ろから柔らかい衝撃が来た。
それが文字通りに抱き止められたことに気が付いたのは、一つ間を置いてからだった。
俺は首を最大限に回し、それが誰なのかを視認する。
「……佳織?」
「駄目だよ充。こんなくだらないことで命を落としちゃ。ちょっと落ち着いて」
「俺は――」
「いいから」
口調と共に、俺を抱きしめる力を強くする佳織。
密着されているので、身体全体で震えているのが、嫌というほど伝わってきた。
彼女が恐れているのは、俺のことだろう。
俺が彼女を震えさせている。
そう自覚したら、不思議と心は落ち着いた。
「……ごめんな、佳織」
「うん」
少し涙声が聞こえたと同時に、佳織からの拘束が解かれる。
『いやあ、良かったね沼倉充君。新山佳織さんに感謝しなよ』
「……」
白々しいGMの声に、俺は睨みだけ中央に返す。
『じゃあ新山佳織さん、そろそろ自分の席に戻ってね』
「分かった。……けど、1つ」
『ん?』
「充の言ったことに反論出来ないならばあんたの負けっていうのは、私もそう思っているからね。この負け犬」
『……』
GMに表情があったならば、呆気に取られて口を開けていただろう。
佳織は、あくまでGMの味方をしたわけじゃないとアピールしたのだろう。穿った見方をすればGMをかばった様に見えてしまうから、この所作はある意味必要であったのだろう。
「っていうか、充の言った話って、やっぱり引き分けに相当すると思う」
佳織は自分の席に戻りつつ語る。
「この中で誰かを殺したいって思う人がいれば別だけど、みんな誰かを殺すのは嫌でしょ? 【魔女】だって誰かを指名するのは嫌なはずだよ。自分も死ぬ恐れがあるしね。だからこそみんな――【脱落】って言葉を使っていたんでしょ? 【殺す】じゃなくて」
俺の場合は状況的に合わせて使っていたが、しかしみんなは佳織の言う通り、自分が他者を殺すという意識から逃れようと、無意識に言葉を選んで使っていた節がある。
「だったら誰も殺さずに、充の作戦を取ろうよ。GMは何年とかふざけたことを言っているけどそんなの有り得ないし、維持出来やしないって。あとはこっちが精神的に根負けするか、あっちが精神的、もしくは物理的に根負けするかの話になるから、敢えて挑戦してやろうよ」
そんな佳織の言葉にみんなの表情が変わる。
――明らかに風向きが変わった。
先のGMの言葉なんて関係ない。もう誰も殺したくない。
みんなの根底にはそこが根付いているのだろう。
これであれば全員――
「――嫌だね」
しかし俺の希望は、彼女の言葉によって打ち崩された。
静かに、だが鋭く、彼女――蒲田の否定の言葉が大広間に響いた。
俺は疑問を投げかける。
「何故だ? お前はGMに賛同するのか?」
「別にGMの味方をしている訳じゃねえよ。ただこの状況のままは嫌だってんだ」
蒲田が顔を歪める。
「私はこんなとこに何か月も何年もいたくない。こんな所で生涯を終えたくねえんだよ」
「それはGMの言うことを信じる、ってのか?」
「信じるっつーか、一刻も早く出たいんだよ。だから停滞を選びたくない」
「他の人を脱落させてもか?」
「私はもう、人を脱落させているんだよ」
周囲を見回しながら蒲田は言葉を投げる。
「私は初日に管島、2日目に月島、そして昨日但馬を脱落させてんだよ。殺してんだよ。もうおせーんだよ。今更、脱落させたくないって言うのはよ!」
その言葉にみんなは一斉に目を伏せる。
どうやら先程の蒲田の言葉に罪悪感を覚えたようだ。
そして蒲田は同時に、
(俺が……これ以上言葉を紡げないようにしやがった)
俺以外の全員は処刑者投票で他人に投票している。
つまりこれ以後の俺の言葉は、安全圏にいる人間が放てる言葉として受け取られてしまう。
説得力が大幅に無くなってしまった。
「……」
蒲田は明らかにこれを狙っていた。
俺の言葉の失脚を誘っていた。
何も言えずほぞを噛んでいると、蒲田がさらに言葉を重ねてくる。
「それに私はこんなとこさっさと出てえんだよ。こんなとこでくたばってられるか!」
『そうだよね。このゲームをやらなきゃここから出られないからね。蒲田愛乃さんは正しい』
ここぞとばかりにGMが言葉を挟む。蒲田はじろと中央の画面を一瞥し「……調子乗んなよ。私はお前の賛同者じゃねえんだからな」と言って、ふんと鼻を鳴らす。
「まあ、あくまでこれは私のいち意見な訳だ。だが、この意見を突き通す」
「つまり……俺には賛同できない、と?」
「そうだ。沼倉の案に私は乗れない。例え自分が脱落候補になった所でそれは同じだ。やるなら、私を処刑者投票で殺してから、また同数になった時に実践してくれ」
「そんなこと出来るはずないだろうが……」
もう一度同数になることはそうそうないということ。
何より、処刑者投票に蒲田を促す真似など、俺には出来やしない。
「なあ、考え直すことはないか?」
「無理だ。私はもう待てない。こっから一刻も早く出たいんだよ。だからこっちのリスクがある方に賭けた。それを覆すことはしねえよ。これ以上説得しようとしても無駄だ」
「……だけど」
「ああ、あとな」
なおも食い下がろうと俺が口を開いた所で、蒲田は言葉を続ける。
「私はもう、今日投票する奴も決めてんだよ。少なくともそいつは、沼倉の言う通りにしたら死ぬわな」
「おい……何が言いたいんだ?」
「ん? 先に言っておこうとしているだけだ。私が誰に投票しようとしているのかをな」
――嫌な予感がした。
直感で、ここからの発言は止めなくてはいけないと感じだ。
だが止める言葉も見つからず、俺はじっと蒲田の唇が動くのを見つめてしまった。
「私が今日投票するのは――」
蒲田は右手をすっと上げ、人差し指をある人物に向ける。
その指先にいた人物を見て、俺は表情が固まる。
何で?
どうして?
疑問がぐるぐると頭の中を駆け回る。
何故なら、それは俺の友達の――
「あんただよ。――香川陽介」
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