京極 直人
◆??? 京極直人
ボク――京極直人はゲームが好きだ。
大抵の人は《ゲーム》という単語を聞くと、真っ先にTVゲームのことを思い浮かべるだろう。
しかしゲームと一口に言っても、様々な種類がある。
例えばオーソドックスなオセロや将棋から、野球盤のようなレトロゲーム、果てはテーブルトークRPGに至るまで、ありとあらゆるゲームに手を出している。
それらの全てが好きで、学校以外の時間も、お小遣いのほとんども、その趣味に注ぎ込んでいる。そのせいにするわけではないが、学校の成績は平凡。顔は平凡以下。性格は消極的だと思う。必要以上に喋らないので、学校では目立った存在ではないと思う。
そんなボクでも、1人、親友と呼べる人間がいた。
管島翔。
少しぽっちゃり気味だが、それよりも笑顔が印象的なクラスメイト。
出席番号が近いことがきっかけで会話し、翔はアニメ、ボクはゲームというサブカルチャー好きというジャンルの一致なのもあって、意気投合した。
以来、学校の休み時間にはキャラ物のゲームを行い、家では彼に借りたアニメDVDを見ながらインターネットでトークRPGをする、という生活になった。
……先に述べておくが、ボクにはきちんと異性で好きな人がいるし、二次元でもない。そう言っておかないと、偏見の目で見られてしまう。ただ、勇気と自信がないだけである。
そんな風に、親友と共に、至って普通に、細々とごく平平凡凡に生きてきた。
――だけど。
唐突に非日常な出来事が舞い降りてきた。
しかもゲームときた。
不安を胸に抱えつつも、それよりもボクの中では好奇心が勝っていた。
《汝、隣人を愛せよ》
聞いたこともないゲームだった。
まだ内容は聞いていないが、クラス全員――31人でやるゲームで真っ先に想像するのが、クラス全員での《殺し合い》である。そういう映画も昔、話題になったことがある。
だがボクは、それはないと踏んでいた。
殺し合いをするのであれば、この空間では2つのモノが足りない。
1つは武器。
修学旅行の飛行機の中から、どうやって移動したかは判らないけれど目が覚めてここに連れられた時にいた部屋(外にネームプレートがあったので、ほぼ間違いなくボクに割り当てられた部屋であろう)を捜索したが、特別なものは見つからなかった。また、今立っているこの大広間から支給されるのかもと思ったが、《ゲーム》ならば、相手がどんな武器を手に入れるかの情報も戦の一部であるため、その醍醐味を失うこととなる。
……しかし、あくまで《ゲーム》としての見方なので、現実のこの状況に適応されるとはあまり考えにくいが。――あ、そう考えると、もう1つの理由も明白ではなくなってしまうな。足元からあの画面がせり上がった例もあるし。
『ルールはちょっと複雑だから、よーく聞いてね』
もう1つの足りないモノを考察する前に、とりあえず、ルールを聞こう。
頭を切り替えて、ボクは耳を傾ける。
『まず基本的な話から言うと、全員参加型の、ジャンル的にはテーブルトークRPGと呼ばれるものだよ』
「なあ、テーブルトークRPGって何だ?」
月島が訊ねる。……はっきり言ってボクはこいつが嫌いだ。何かと突っかかってきて、無視していると更に付けあがってくる。人のことを悪く言わない翔すら、こいつに対しては嫌悪感を露わにしている。
『テーブルトークRPGってのは、みんながよくやるTVゲームとか、ボードゲームとかと違って、基本は道具を用いない、対人ゲームだよ。もっとも、道具を用いないと言ってもインターネットの掲示板や、リアルだったら紙や鉛筆を用いることが多いけれどね』
そんな奴の質問にも、GMは律儀に答える。
『ということで、非常に頭を遣う競技だから、馬鹿はすぐ脱落するかもねー』
その言葉にボクは、誰のことを差しているんだろうなあ、と心の中でくすりと笑う。
『じゃあ、これからルールについて説明するよ。――はい、ドン!』
その言葉と共に、何も映っていなかった画面に文字が表示される。
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~汝、隣人を愛せよ~
☆設定☆
みなさんはA村とB村という、隣り合った村のどちらかで暮らしております。
しかしお互いの村は領土争いで仲が悪く、交流を断絶しております。相手をいつか滅ぼそうと魔女を所属させるなど、戦に対する準備を着々と進めておりました。
更には、スパイがいるかもしれないという理由で、あなたは隣人の名前や顔すら覚えておりません。同じ村に住んでいるのが誰なのか、誰が魔女なのかは分かりません。
そんな殺伐な生活を続けていたある朝、2つの村の中央で人が1人殺されていました。
それをきっかけに、膠着状態であった2つの村は、両村の境界線にある広場に集まり、毎日、誰か1人を処刑にすることにより、村人に紛れている魔女を徐々に殲滅することを決めます。
魔女はその扱いに怒り、殺されまいと用心深くしながら、毎夜に1人だけ呪い殺します。
村人達も、その人が減る状況に便乗して、お互いに相手村を滅ぼそうとします。
果たして、生き残るのはどちらの村でしょうか?
☆ルール☆
・16対16のチームバトル……各人はAチームとBチームに分かれる。
・各人は役割を持つ。
・役割と人数については以下の通り。
●【村人】……各村5人。計10人。
ただの【村人】。
能力:なし。
●【村長】……各村1人 計2人。
村の長だけあって、自分の村に所属している人間が誰かを把握している。ただぼけているため、1日1人しか思い出せない。
能力:毎日、指定した1人について、A,B、どちらの村に属しているかが分かる。指定するまで誰がどちらにいるかは判らない。
●【占い師】……各村1人 計2人。
特定の人物について、【魔女】か人間かを占うことが出来る存在。
能力:1日1人、【魔女】か人間かを占うことが出来る。しかし、もし【反射魔導師】を占ってしまうと、反射能力を消してしまい、【反射魔導師】の効力を失わせる(その際、反射能力を消滅させたことは【占い師】に判る上、それを口にしなくてはいけない)。
●【霊能力者】……どちらかの村に1人。
霊と会話し、その本質を見極められる存在。
能力:処刑で脱落した人間が【魔女】か否かが分かる(所属村、役職は分からない)。
●【反射魔導師】……各村1人 計2人。
【魔女】を警戒し、魔法反射を自らに課した【村人】。但し完全に反射することは出来ず、【魔女】と共に自分も死んでしまう。
能力:【魔女】に呪われると、その【魔女】を道連れにする。【占い師】や【霊能力者】、【村長】の判定としては【村人】と同様である。但し【占い師】に占われると反射能力は無くなってしまう(【魔女】に呪われても道連れに出来なくなってしまう)。
●【呪人間】……各村1人 計2人。
同じ村の人物に対する恨みが強い人間。怨念により人を殺す。但し恨みが強すぎてオカルト系には滅法弱く、占われたのを感じるとショックで自分だけが命を落とす。呪力が強い【魔女】からの呪いの場合はその呪いを撒き散らして、自分の村の誰か1人を巻き添えにする。
能力:【魔女】に呪われたり生贄にされたりすると同じ村の者を1人道連れにする(対象は【GM】と【魔女】を除いた、役職を含む全員。処刑者投票で脱落した場合、道連れの犠牲者は翌日、【魔女】の呪いを受けた者と同じタイミングで脱落する)。【占い師】や【霊能力者】、【村長】の判定としては【村人】と同様である。但し、占われるとひとりでに脱落する。
●【内通者】……各村に1人 計2人。
相手村から送られてきたスパイ。
能力:A村,B村のどちらの所属かを把握出来る(役職は分からない)。【村長】からの判定は実際に属している村とは逆となり、カウントは属している村の人数に数えられる。
●【守護騎士】……各村1人 計2人。
【魔女】の魔の手から毎晩1人を救うことができる。但し騎士道精神にのっとって自分の身は守らない。
能力:毎晩、【魔女】の襲撃から任意の相手を1人、呪いから守ることが出来る。自分の身を守ることは出来ない。
●【信者】……各村1人 計2人。
【魔女】のことを崇め奉っている人間。自分の【魔女】を知っており、【魔女】にもその存在を認知されている。
能力:自分の村の【魔女】が誰なのかが分かる。【魔女】と会話出来る。【占い師】からの判定はただの【村人】となる。
●【魔女】……各村3人 計6人。
各村に潜伏している存在。ばれない範囲で自分の身を守るため、各村毎晩1人の【魔女】だけが1人だけを呪い殺す。
能力:同じ村の【魔女】、【信者】の存在を知ることが出来る。【魔女】は他の【魔女】に呪われても脱落させられない(自分の村の【魔女】に対しても同様)。【信者】も含め、夜に会話できる。但し、呪う人物がどちらの村に属しているのかは分からない。毎晩、【魔女】の内の1人が人物を指名し、その人物を脱落させる。
●【GM】……1人。
ゲームマスター。
能力:全ての【村人】の所属、役割が判る。【魔女】に呪われて死なない。【占い師】に占われても【村人】と判定される。【内通者】からは味方と同じ村であるように見られる。死ぬ方法は処刑されるのみ。他の役職と被らない。勝利者にならなければ敗者にもならない(第3の存在だが、勢力ではない)。ルール違反を裁く。
☆ゲーム進行☆
初日のみ、ランダムで1人脱落する(役職持ちも犠牲になるが、【魔女】、【信者】、【反射魔導師】、【呪人間】、【GM】は脱落しない)
大広間内で15分間の議論を行い、その場で処刑者を1人決める投票を行う。
誰が誰に処刑投票したのかの結果は表示される。
多数決で決まった1人は脱落する。
その夜、各村の【占い師】、【村長】、【占い師】【守護騎士】は1人を指名する。(【魔女】が複数人いても同じ。つまり最大2人が呪う)。
呪われた者は脱落する。但し、【GM】、【魔女】、ならびにその日に【守護騎士】に守られていた者は脱落しない。
勝利条件が満たされるまで、繰り返される。
☆勝利条件☆
①【GM】・【魔女】・【信者】以外の相手村全滅。
②相手の村の【魔女】全滅時。
③【GM】脱落時。
※③は勝利条件該当時、人数が多い村の勝ち。
☆注意事項☆
①ゲーム期間中の器物破損、暴力、脅迫行為など、犯罪行為全般を禁止する。
②毎朝10時に、この大広間には必ず集まらなくてはいけない。
③【村長】【占い師】【霊能力者】は判定内容を虚偽申告してはいけない。但し潜伏することは禁じない。
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『――さて、読み終わったかな? まだの人は手元の画面にも同じモノを映しているから、詳しく読み込んでね』
ちょうどボクが読み終わったあたりで、再びGMの声が大広間に流れる。気が付くと手元の画面には先程の説明が映し出されている。どうやらタッチパネル式のようだ。
『役職については、みんなの部屋の枕の中に書いた紙があるから、部屋に戻ったら確認してね』
そこは確認していなかった。引き出しの中身とか椅子の裏とかは調べたんだけどな。
『あ、勿論分かっていると思うけど、この役職が非常に重要になってくるからね。気軽に他人に教えたりしちゃ駄目だよ。――はい。ここまでで質問ある人?』
「はいはーい。しつもーん」
『はい、瀬能奏さん。どうぞ』
「このゲーム、【魔女】に呪われたり処刑されたりしたらどうなるっすか?」
『今から負けることを考えるなんて、君はネガティブ系女子かい?』
「むしろポジティブの方だと自覚しているっす」
『じゃあむしろ、どうなるかをここで言っちゃう方が、君の楽しみを奪っちゃわないかい?』
「んー、それもそうっすね。じゃあいいっす」
瀬能さんはあっさりと引き下がってしまう。だが明らかにGMの言い方も、いかにも説明したくないといった言動だった。そこに一抹の不安を覚えながらも、これ以上追求しても出なさそうであるため、自然と口を噤む。
「あのさ、じゃあさ」
今度は香川君が手を上げる。
「ゲーム進行のとこにある、【最初、ランダムで1人脱落する】ってあるけど、これって誰が決めるの?」
『んー、それはね、香川陽介君。話の流れからしたらどちらかの村の【魔女】なんだけど、流石にそれをしちゃうと、【魔女】側に最初から情報を与えすぎちゃうからね。こっちで決めることにするよ』
ていうかさ、とGMは告げる。
『もう決めているんだよね。最初の脱落者』
ざわ、と辺りがざわめく。
――まさか、自分がその脱落者ではないのか。
みんなはそのように思っているだろう。
だがボクは、自分がそうではないという確信があった。
「だ、誰なんですか? それって!」
緊張に耐えかねたのか、袴が良く似合う長髪を揺らして、多田さんが問い掛ける。
『えー? まだ判らないの、多田唯さん? マジで』
「わ、判らないです! 教えてください!」
『どうしよっかなー?』
「――いいから教えろよ、このポンコツ野郎」
口悪くそう挟んだのは、ボクの横の席にいる蒲田さんだった。掌でカチャカチャとサイコロを鳴らしながら、彼女は表情を変えずに言葉を続ける。
「だらだら引き延ばした所で何にもならねえだろうが。さっさと誰か吐けよ」
『もう。野郎って言われたけど、私は女性かもしれないんだよ、蒲田愛美さん』
「んなのは――」
『はいはい。じゃあ言いますよ』
GMはやれやれといった様子で短く息を吐いて答える。
『この中に唯一いない人物だよ。つまりその項目はもう終わっているのさ』
その言葉に周囲がざわめき、お互いを確認するように顔を見回す。
『ということで、本来なら10時を既に過ぎているから、ここで【占い師】やら【村長】やらの宣告があるんだけど、でもまだみんな、役職を知らないし、【魔女】だって相談をしていないからね。今日だけは午後5時に、またこの大広間に集合して、従来のゲーム通り進めてね。明日からは通常通り、10時からで――』
「いないじゃないか!」
突如大声を上げたのは、村田君だった。テニス部でいつも声を張り上げているせいか、その声量はかなりのものだった。
「大広間の中でクラスの中で欠けている人間なんて誰もいないじゃないか!」
『んー、本当にそうかな、村田剛志君? もう一度数えてみたらどうだい?』
「だからさっき数えたっつーの! ここにはクラス31人全員――」
「――いるぞ。1人。ここにいない奴」
沼倉君が、静かに、だがはっきりと通る声で人差し指を立てる。
「和田先生のことだろ?」
『沼倉充君、大せーかい!』
GMの声に拍手が混じる。
『ひどいぞ。生徒だけじゃなくて教師も含めて1クラスでしょ? そんなんじゃ先生泣いちゃうと思うよ』
「……やはりな」
そう蒲田さんが呟くのを、ボクは聞き逃さなかった。その口ぶりから、彼女も実はとっくに気が付いていたのだと知る。その上でGMに刃向うような態度を取ったということは、ある程度先を見越しての行動なのだろう。その行動の意味を少し考え、そして思い当たった答えから、ボクは彼女に感心する。
(……賢いな。いや、でも逆効果になるのかもしれないぞ、これは)
彼女の行動は、最終的にどう転ぶか判らない、いわば布石となっている。流石、ギャンブル好きを公称しているだけある。
「で、先生はどこにいるんだ?」
沼倉君の質問に、GMは曖昧な回答をする。
『和田先生はここではないどこかにいるさ。……まあ、脱落したから、みんなの目に届く所にはもういないよ』
「あー、ちょっと質問いいですか?」
相沢君が手を上げて口を挟む。手品部の彼はシンボルのようにいつもシルクハット帽を被っており、どんな時でもそれを脱ごうとはしない。この状況でもそれは同じだった。
「1日に3人が脱落するとして、まあ大体7日くらいで決着つくんじゃないかなーと思うんですけど……まあ、それはいいや。とにかく、長丁場になるってことを聞きたかったんだんです」
『うん。その通りだよ、相沢章吾君』
「じゃあ、その間、脱落した人達はどこにいるんですか? ……って質問では先生の時と同じですね。では――脱落した人と会話は出来るのですか?」
『お察しの通り、出来ないよ。だってそうしたら【霊能力者】の意味ないじゃない』
「ですよね」
あっさりと相沢君は引き下がる。聞きたいことはそうじゃなかったはずなのに。
『あ、そうそう。相沢君がいい感じで察してくれた所があるから、もう先に宣言しちゃうよ』
GMはコホンと一息ついて告げる。
『修学旅行が何でこんなことに、とか、どうやってここに、とか、どうして私たちが、とか、そういうものには一切答えないからね』
さっきから何人かが、口を開いてはタイミングを逃したように口を閉ざすのを繰り返していたが、恐らくはこのことを訴えようとしたのだろう。しかし声の大きな人がそれを口にせずにゲームに対しての質問を始めたので、状況的に言うことが出来なかったのだろうと推測する。当然、それは誰しもが真っ先に非難したいことであろうことだったが、流石に声を大にしたところで何も変わらないということをボクは最初から理解していた。
言っても無駄。
無駄なことは極力避けた方が良い。
――疑われないために。
「……」
沈黙が場を支配する。
何も言えず、何も行動できず。
ただ、その場でその言葉を噛みしめるだけ。
「……僕達はこのゲームをやるしかない、ってことなんだね」
野田君が呟く。
『そう。その通りさ、野田夏樹君。このゲームを早く終わらせれば、その分だけ早くここから解放される、ってことだよ。だから君たちはこのゲームにのみ集中するべきだよ』
(……いけしゃあしゃあと言うね)
心の中でボクは苦笑する。
逆を言えば、このゲームに集中するしかない、ということ。
このゲーム以外の思考は全て捨てるべきである、ということ。
(このことに気が付いた人間は何人いるだろうか?)
ボクはゆるりとみんなの表情を見回すべく視線を廻す。
と、そこで1人、静かに声も出さずに手を上げていることに気が付く。
GMも気が付いたようで、彼女に声を掛ける。
『お、どうしたんだい、但馬恋歌さん?』
「あ、あのあの……き、気になったんですけど……」
おどおどとした様子で、但馬さんは絞り出すように発言する。
「しょ、食事とかってどうなるんですかっ!」
しん……。
辺り一面に静寂が再び駆け抜ける。
そして、
「……ぷっくくく」
くすくすという抑えた笑いが所々で上がり始める。
笑えるような状況じゃないのに、ボクも思わず失笑を漏らしてしまった。みんなも緊張しすぎて、少し狂ってきたのかもしれない。おかしいことに気が付かず、感覚がマヒしているような、おかしな笑いだ。
(でも……真っ先にやっぱり食べ物の心配をするとか、キャラ通りだよね……)
やっぱり、というのは、但馬さんは普段から食べキャラという印象が強いからである。それを顕著に表すようなふくよかな体型もそうなのだが、おっとりとした性格なのに食べ物に関すると眠れる獅子を起こすが如くの反応を見せることも、彼女のキャラを確立させている。
彼女は照れた様子で頬を掻きながら「わ、笑わないでよ! 死活問題なんだから!」と横で忍び笑いをして口元を押さえている多田さんに抗議する。
『うん。確かに死活問題だよね。食事は大事だよ』
GMは感心した様に言う。
『食事に関しては、各部屋に設置したパソコンから注文してね。そうすると壁の専用口から希望の品が出る仕組みになっているよ。種類は用意したはずだけれど、足りないところは勘弁ね。因みに、今、来ている服の洗濯から生活用品の用意までパソコンで入力すれば1分以内に完了できるようにしているから、パソコンは必ず使――』
「ちょい待ち! PCなんて初耳な件について」
間髪入れず声を挟んだのは、鳥谷さんだった。コンピュータ部の意地か判らないが、PCという単語に、ネットスラングを挟んだ独特の口調で素早く反応する。
「あっしの部屋のどこにもPCなんてなかったじゃないですかやだー。ガクブル」
『えー? やだー、って鳥谷良子さん。パソコン不必要だった?』
「いや、必要に決まっているだろ? マジレス乙」
『んー、ちょいと判らなくなってきたけど……まあ、PCがなかった、っていうのと、あとは食事の専用口がなかった、という点については、そうですよ、って答えるしかないね。だって今、自動でうごごごと出現している最中だからね。部屋に戻ったらちゃんと2つともあるよ。壁をよくよく確認してみたら微妙に割れ目があると思うから、もしかしたらそこで想像ついた人もいるかもしれないね』
つまり、あの壁のどこかに壁やPCが飛び出す仕掛けがあるということだ。
「最初からそうすればいいんじゃない。何でそうするのさ」
新山……さんの言葉は至極まっとうだ。何も隠す必要はないはずだ。
『だって、食事穴とPCがあったら、そればっかりに目がいって、もしかしたら放送なんか無視しちゃうかもしれないじゃん。だから、まずはこっちに向かわせるために、それらは隠しておいたのさ。だから君も、部屋の中はひどくシンプルだと思ったんじゃないかな』
GMは、ふふ、と短く笑い声を零す。
『ねえ――新山沙織さん』
「……確かに」
沙織さんの方だったか。このクラスには新山さんが沙織さんと佳織さんの2人いて、双子なのもあってどちらがどちらかが全く見分けがつかない。区別がつくのは本人達と、あとは沼倉君くらいだろうと思う。
『それと、さ』
GMが注意するように鋭く声を放つ。
『今はまだ影響が全くないから放っておいたけど、実際は処刑者選択とかゲームに支障があるからさ――次からは自分の席にしか座れないようにするからね』
「……やっぱり、さっきの名前呼びの時点でバレていたと思っていたよ」
沙織さんは頬を掻きながらそう釈明する。
「まあ、こっちもお遊び感覚で位置入れ替えていたし、気が付いていなかったら利用しようと思っていたくらいにしか思っていなかったよ。利用出来ればの話だったけどね」
いや、十二分にその入れ替えは通用する手段だと思う。そっくりな彼女達が入れ替わることにより発言の真意や意図が見えず、更に役職者であれば相手チームに対しての有効打にもなりうる可能性がある。いずれにしろ、彼女達を見分けられないボクや他の人にとっては、後々に響いてくるものだったに違いない。
……しかし、彼女達を正確に見破ることが出来たとなると――
『あと、他に質問がある人はいるかな?』
GMがそう問うが、発言する者はいなかった。
『じゃあ今からみんなに部屋に戻って自分の役職を確認してもらって、そこからが本当のゲームスタート、になるかな。さっきも言ったけど、今日は5時にまたこの大広場に集合、ということでね。【魔女】達の作戦会議や【占い師】や【村長】の判定対象決定なんかをちゃんと済ませておいてね。遅刻は厳禁だよ。厳しい罰則を与えるからね』
現在の時間は10時30分を過ぎたあたり。5時まではかなりの時間が空くが、まあ妥当な所だと思う。特に【魔女】側は綿密に計画を練らなくてはいけないだろうから時間もいるだろうし。
『あと、各部屋には鍵が掛かっているからね。ドアノブ指紋認証という凄いシステムを採用しているから、当人にしか基本、部屋には入れないよ』
つまり、他人に自分の役職を強制的に知られることはない、ということか。脅迫、暴力も禁止ということだから、純粋にゲームでのみの駆け引きをしろ、というメッセージなのだろう。
(――……いや、違う)
先程までの考えを、頭を振って振り払う。
これは、大広間の15分間の話し合いだけがゲームじゃない。
1日まるごと、この生活の全てが――ゲームなんだ。
『以上で説明は終わるよ。細かい説明や気になった所があったら、各部屋に設置してあるPCの中にメールソフトがあるから、それで
その声と共に、左右にあった扉が勢いよく音を立てて開く。
そこからの行動は千差万別だった。
勢いよく駆け出す者。――恐らくはこれがGMの狙いだろう。ドアに鍵が掛かっているのならば全く意味などないのに。
ゲームの説明を見返す者。
その場で泣き出す者。
おろおろと眉尻を下げる者。
周囲の人間と話し合いを始める者。
その場でじっと、みんなの様子を眺める者。
ボクは当然、最後の分類に当て嵌まっていた。
(……うん。大体イメージ通りだね)
一通り見回した後で、ボクは心の中で頷く。
「ね、ねえ、直人……」
と、横から震えた声が聞こえる。
「どうした、翔?」
「こ、これからどうしよう……?」
知るか。……と言いたかったが、心の中だけに留めて、見せかけの笑顔を見せて席を立つ。
「えっと、まずは自分の役職を知らないとね。じゃないと作戦も立てられないし」
「う、うん。そうだね」
「ということで、自分の部屋に戻ろうか」
「う、うん。そうだね」
壊れたレコードかよ、と心の中で悪態をつきながら、歩みを進める。その後ろを翔がついてきているのを感じる。
(しかし……ボクも冷たいな)
歩きながら少し自分を客観的に見てみる。
さっき翔が訊いてきた「どうしよう?」という質問に対する答えは、そういうものを期待していなかったはずだ。「これから頑張ろう」とか「相談しようか」という言葉を待っていたに違いない。
場合によってはその方法も有効であるが、しかし、役職や、ましてやどちらのチームに属しているかが判らない現状では何とも言えない。
(どちらにしろ、翔と組む気はあまりないけれど)
こういう時に自分で何も考えないで他人に意見を求める人間は、このゲームには向いていない。親友だが、それを判断項目に入れる程、ボクはゲームに対して素人なわけではない。
――そうこう考えている内に、自分の部屋の前まで来た。
ボクは向かいの部屋の前で立っている翔に声を掛ける。
「じゃあ、これからはお互い頑張ろうか」
「あ、うん。分かった」
「じゃあね」
未だにおどおどとした様子の彼に背を向け、ボクは部屋の中に入る。
「……あ」
気が付いていなかったが、さらりと今、部屋に入ることが出来た。全くラグもなく、ごく普通にドアノブを廻しただけなのに。どういう技術が使われているのだろう。
そう疑問に思って内ノブを見る。
「……ツマミはないのか」
内から鍵を閉めるためのツマミはそこにはなく、ただのノブだけだった。GMは指紋認証だと言っていたが、そうであれば確かに必要ないのかもしれない。
確かめるべく、ボクは洗面所からタオルを持ってきて、巻いて指紋を触れさせないようにしながらドアノブを捻って引く。
ガチャリ。
「……あれ?」
動いた。
一瞬だけ疑問に思ったが、すぐに考えを直してタオルを巻いたまま外に出る。
そして、外からドアノブを回す。
……ガチャガチャ。
「成程。外からのみ、か」
当人にしか基本、部屋には入れない。
GMはそう言っていた。
つまり、誰かと共に部屋に入っても閉じ込められるということはない、ということだった。
「さて、と」
タオルを外して部屋に入り、枕の中を探る。
するとそこには一枚の封筒があった。
中身を確認する。
「………………………………はあ」
ボクは思い切り溜め息を吐き出す。
そこには2つの意味が込められていた。
1つは、自分の役職について。
封筒には2枚紙が入っており、そこには自分の役職と、それについての説明が書かれていた。
その役職が、溜め息をつきたくなるようなモノだったのだ。
――そして、もう1つ。
ボクは決して頭が回る方ではなく、優秀ではないと自覚している。
そんなボクが、パッと目を通しただけで、これだけの分析が出来ている。
何故か。
その理由は、次の言葉に込められていた。
「これって――新しいゲームじゃないじゃん」
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