8 カオリ
着信のメッセージが光っている。
――ジュン。
『まぁ着くよ』
「もう学校の前におるで拾って」
電話を切ると、後ろからヘッドライトが照らして、黒いアストロがとまった。
「どっち?」
右の助手席に乗ると、ジュンは前を向いてハンドルを握ったまま少し不機嫌そうな顔で言った。
「観音の方。美味しい店があるから」
車は小学校沿いの一方通行の道路を回って、裏門前町通に向かって進んだ。
「いい車だね」
「社長のなんだけど。俺は単車しか持ってないから」
「何に乗っとるの?」
「
「旧車なんだ。OB?」
「おー。族車だよ」
「……いま行く店、夫婦揃って旧車だよ。CBX400とGSだったかな」
「CBXも乗ってたよ」
「バイクもかっこいいけど。ミナは車の方が好きなんだ」
「あ……そうなんだ。何乗っとんの?」
「ミニ」
「ローライダーは?」
「え……」
「ハイドロとか、知らんかな」
ジュンが暴走族を引退してから――
地元の南区でローライダーのチームをやっていたらしい。
チームカラーの水色でお揃いのTシャツを作ったことや、女の先輩のインパラが盗まれたことや、インパラはハサミで鍵が開けられてしまうことを話していた。
去年オープンしたばかりの観音の近くの店。
奥のカウンターの右手に、二階に続く階段がある。階段の下は床が一段高くなっていて、綺麗なフローリングに置かれたクーファンの中で先輩の赤ちゃんが眠っていた。
四月から幼稚園に行ってる男の子は、旦那さんの友達が飲んでいるテーブルで一生懸命話していた。少し前に園で作った紙の鯉のぼりや、バザールごっこで買ってきた物を見せている。東の壁に造られている木製のベンチシートの席。
南側のガラス戸から入ってカウンターに近いテーブルに座った。西にも窓があって、車が通れない狭い路地が見える。路地側の入り口から先輩が入ってきて、軽く目で挨拶した。
リゾートっぽい木で出来た壁や床やテーブルと、古民家っぽい窓やビーズの暖簾がかわいい。
ジュンは楽しそうにずっと話し続けていた。
いつか、乗りたいと思っているのは
1963 chevrolet impala coupe――
ローライダーってゆうのは乗り物の高さを限界まで下げているのが定番のスタイルだそうだ。1960年代のアメ車をカスタマイズするローライダーが多くて、いちばん人気があるのはシボレーの’64インパラらしい。
チカーノ(アメリカ西海岸へのメキシコからの移民たち)は本当に古い車をレストアして、ドレスアップしたり、キャンディカラーにペイントしたり、ミューラルをペイントしたり、小さめの13インチのアルミにホワイトリボンのタイヤを履いて、大きい車体をさらに厳つく見せるために車高をギリギリまで落としている。
ハイドロってゆうのはハイドロリスク・サスペンションとゆう車の足回りの装置だそうだ。
足回りの部分(サス)に取り付けたシリンダーに、油圧ポンプからオイルを送って、車高を上下させる。エアサスみたいに、スイッチ操作で上下させるだけじゃなくて車体を跳ねさせることもできる。
ポンプとバッテリーはトランクルームに綺麗に載せられて、ぴかぴかのクロームにメッキされたり、ポンプやバッテリーのまわりもミューラルで飾られたりしている。
「女でインパラ乗ってたとか。ジュンの先輩、でらかっこよくない⁉︎」
「乗りたい?」
ジュンは冗談ぽく笑っていた。
「俺、アメ車じゃねーけど、アコードに組んどったんだ。国産のコンパクトにハイドロ組むのが流行っとった時があって。走りながらめちゃくちゃ跳ねとったらシャフトが折れた」
「事故るじゃん……!」
「バネのサスは、運転中に壊れるんだって。多少は自分でなおせねーと……」
車体を落とすだけ。ホッピングしないなら車高調って手もある、とジュンは続けた。
バネの変わりにアキュムレータってゆうものを付けると、衝撃を吸収して跳ねなくなるそうだ。
「……だで、ローライダーの人はつなぎ着て乗っとるんだ」
「全員じゃねーけど。汚れるだろ、車の下に潜ったりするし」
ハイドロリスクとか、4ポンプ8バッテリーとか……
ハイドロのポンプやバッテリーの話しを聞いていたら、頼んだチキンとポテトと、頼んでいないマンゴープリンがテーブルに届いた。
「中学の先輩だった? 仲いいんだ」
ジュンの笑顔はどこか冷めているけれど、優しい。
自家製のマンゴープリンは本当においしかった。
先輩にお礼を言いに行って、奥のレストルームに入る。
店内に戻ると、ジュンがカウンターで先輩と話していた。
「単車の話、聞いとった」
いつも笑顔で話すんだ、と思う。
カウンターの向こうでピザが焼き上がる。ジュンにピザの皿を運んでもらって、カウンターで飲み物を頼んだ。
ジュンは皿をテーブルに置くとポケットの中で鳴っていた携帯を開いて、話しながら通りに出ていった。
店の外には、南に横付けしたアストロが見えていて、ジュンは車の前にしゃがんで話していた。
「なんか二人、似とる」
飲み物を作りながら先輩が言った。
「二人って?」
「ミナと、あの子」
先輩はガラスの向こうのジュンを見ていた。
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