2 カオリ

「香織ちゃん。おはよう」


 私が働いている店はファッションヘルスだ。

 今日は土曜日だからオープンから出勤した。週四日出勤のうち平日二日はオープン十一時から十七時、または十七時からラスト一時。土日はオープンからラストまで出勤している。

 金曜日と土曜日は最後の接客が終わるのが午前二時を過ぎることもあるけれど、金土日の三日間で三十万くらい稼いでいる。


「こないだバンス終わったんだけど! いま来たら店長が 『美嘉ちゃーん。バンスしない?』って軽く聞いてきやがった!」


 ヘッドフォンを首にかけた美嘉ちゃんが入ってきた。


「『美嘉ちゃんなら百万までいいよ』 とか言って! 返すのどんだけかかるんだよ! 『しない、しない』 って言ったんだけど。今アイツ落としとるでさぁ……」


 アイツって担当のことかな。


「ちょっと店長と話してくるわ」


 美嘉ちゃんはまた部屋を出て行った。





 バッグから美嘉ちゃんに貸りていたグリーンのミューラルのジャケットと、プレーヤーと営業用の携帯を出す。常連から『きょう十二時に予約したよ』というメールが来ていた。


 土日は食事を 「十分で済ませて」 と言われたり、接客と接客の少しの間しか休憩できない日もある。毎週のように来てくれるお客さんたちは、差し入れを持ってきてくれたり忙しいのを心配して 「俺のときは休憩しやぁ」 と言ってくれたりする。みんな大事な常連だ。





「香織ちゃん。十二時に本指入ってたよ」


 美嘉ちゃんが戻って来た。


「てか、もぉ客入れてんだけど! 三人組。若いよ。オープンしてから入れろよなぁ!」


「まだうちらしかおらんじゃん」


「あとユリちゃんとレナちゃん。きのうマドカがラスト出とったし六番に泊まってんじゃない? 五人だよ」


「うちらとマドカちゃんぽいね」


「マドカの客の連れだったらヤダな! マドカみたいに本番できんし!」


 マドカちゃんは、たまーにこの部屋で待機しているけれど話したことはない。


「つーかさー。店長に髪型変えろって言われたんだけど」


 美嘉ちゃんは黒い髪をブレイズにしていて良く似合っている。


「部長が言ってくるまで、ほっとけば」


 部長が言っとったらしーんだよね、と美嘉ちゃんは顔をしかめるふりをして笑った。





 部屋の奥のカーテンの向こうのマジックミラーで、朝一の三人組をチェックする。

 美嘉ちゃんに借りていたCDを返した。


「いつでも持ってるから。聴きたいとき言ってよ」


「香織も買ったよ! 家でずっと聴いとったんだ。今日も持ってきた」


「買ったんだ!? オジロザウルスのMACCHO最高でしょ。オジロが気に入ったならDSも聴いてみなよ」


 美嘉ちゃんがキャリーケースから取り出したCDにはDS455と書いてあった。


「ディーエス、フォーダブルファイブね」


 ロゴの上にインパラに乗った二人組の写真。


「MACCHOがラップしとる曲が入っとるで聴いてみやぁ。返すのいつでもいいからさー家に持ってきな」


「マジで? ありがと!」


 テーブルの上に置いてあったプレーヤーに貸してもらったCDを入れると、ドアがノックされて店長が顔を出した。





「マドカちゃーん。六番Bコースねぇ! ……」


「マドカちゃんは、おらんよ!」


「あ! 美嘉ちゃん、ごめんね! えーと美嘉ちゃん四番Bコースお願いします」


「まだ十一時じゃねーじゃん!」


「わかったよ。じゃ十一時ピッタリに案内お願いね」



「香織ちゃん。二番Bコースね。その後十二時から本指入ってるから、延長なしで」


「十二時までにB(六十分)?」


「Y様。少し待たせるって連絡して」


「店長がしろよ」


 予約した客は来店の五分前に確認の電話をするシステムになっている。


「女の子の仕事。Y様Cコースね」



 先に案内に出て、ドアのすぐ向こうのカーテンの前に立つ。


 店長がカーテンをめくって「行くよ」と声をかける。


 ディーエス早く聴きたいな、と思っていると、目の前のカーテンが開いて、客が入ってきた。





 十二時からの常連はミスドを持って来てくれた。


「今日は俺が最初?」


「十一時からお客さん来てたんだ」


「そっか。それでボーイさんが 『ゆっくり来てやってください』って言ってたんだね」


「ごめんね」


「香織ちゃんに一時間ゆっくりしてもらいたくて十二時にしたんだけどな。今度から十一時半にしようか」


「ありがと! すきな時間でいいんだよ。土曜日でも暇なときあるし」


 Yさんは三十分延長すると言ってくれた。インターフォンで聞くと、二時からも指名が入っていて延長できなかった。


 二時からのSさんは三回目の来店だった。Yさんと同じ隣の県から来てくれる客だ。


 Sさんはマックのセットを差し入れしてくれた。ドーナツでお腹いっぱいだったけれど「一緒に食べよ」と言われて一緒に食べた。シャワーをしてから本番を頼まれた。丁寧に断るとSさんは分かってくれた。Sさんは怒っていなかったけれど、もう来ないと思う。


 金曜日から日曜日で三十万のときがあるって言っても、うちの店は半分バックなので、九十分一万八千円のコースを接客して九千円バックだ。指名料がついて一万円。

 オプションはNGもあるけれど、「性感マッサージ」「着たまま」「聖水」「ローター」「バイブ」「ポラロイド撮影」とか1個つくごとに千円のバックが付く。


 半分しか貰えない店はこの辺でも、ここの系列店くらいだ。





 その日は本当に忙しくてラストまで休めなかった。


 二十三時頃。接客中に眠ってしまった。初めての口数の少ない客だった。受け身の途中で目が覚めて眠ってしまったことに気づいて、慌てて客を見た。目が合うと客は


「すごく疲れてるんだね」


 と言ってくれた。


 ごめんなさい。優しい人で良かった。


 次のBコースが終わって客と一緒に個室を出てカーテンの手前まで送る前に、受付に


「いまから出まーす」


 ってインターフォンで連絡して、やっと帰れると思っていたら


『次はAコース、そのまま二番ね』


 って店長の声でマジキレそうだったけれど、店長もオープンから案内したりして頑張ってたし、と思い直して今日最後の客へ。


 帰りは二時になった。

 最後までいたのは私ともう一人だけ。ほかの女の子たちは一時くらいに帰れたらしい。


 私の、いちばん長い日が終わった。

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