3 ミナ
雨が降っていたのでスケボーをナツの部屋に置いたまま、二人でパルコに行った。
ナツは柔らかそうな茶色の髪と綺麗な顔をしていて、いろんなショップに女の子の友達がいる。
パルコに着いて、正面入口のエレベーターでタワーレコードの階に昇った。
「それ欲しいの?」
DS455のアルバムを見ていると後ろから声がした。
「分かったよ」
ナツは私に笑いかけてCDを戻すように言った。
ほかのCDを見たり試聴したりしていると、ナツが呼びに来た。
いつも持ち歩いている小さなカッターで防犯タグを切り取ったCDを、ナツは五枚持っていて私に一枚渡した。
ナツに会うまではタワレコは監視が厳しくて盗れないと思っていたけれど、ナツが持っている金のほとんどは盗んだCDを売った金だ。
ナツの部屋で「KIDS」 という映画を何回か観た。
映画の主人公は十六歳で、スケボーして、万引きして、たくさんの子とセックスしていた。
ナツは十七歳。去年KIDSの一つ上になった。
四階でCA4LAに入って、二階のスポーツショップを見て、一階の靴屋に行った。
「ミナは新しいスケシューが要るね」
スニーカーは一足しか持っていなくて、爪先が破れかけているし白が灰色ぽくなっていた。
「洗っても綺麗にならないんだ」
「俺は洗濯機で洗うよ」
「洗濯機、壊れない?」
ナツとDCのシグネチャーモデルを選んで、私のサイズの箱を在庫のいちばん上に置いた。
「 『うきうき』 で待ってて」
そう言って連れじゃないみたいに離れていく。
たまに、ナツはここじゃないどこかにいるような目をする。
「うきうき」って言うのはパルコの西館と東館の間の細い車道を挟んだ舗道のスペースの名称だ。
私が販売員をしていた二年前は「センター」 と呼ばれていた。
煙草を吸いに行ったり、待ち合わせをするのに 「西館と東館の間」 と言うのはめんどくさいので
「センターでいいじゃん、西と東の真ん中だし」
って勝手に呼んでいたら西館と東館の販売員に広まって「センター」 と言えば通じるようになった。
いまでは南館も出来て『うきうき』 って名前になったから「センター」 って言っても誰にも通じないと思うけれど。
☂……
ナツと初めて会ったのは、センターで休憩していたときだった。
あの頃のショップは全盛期で、めちゃくちゃ売れていて。開店から夕方まで休憩できなくて、パンを裏で食べたらすぐ接客に戻ったり、少しお客さんが引いたら交替で煙草を吸いに行く時間くらいしかなくて。西館から東館に移転して馬鹿でかいショップにリニューアルすることが決まっても、数ヶ月後に新しいショップに立っている自分は見えなかった。
「西館の販売員さん?」
乗っていたスケボーの端を蹴って、跳ね上がったボードを手に抱えてから男の子が話しかけてきた。
ナツはショップの名前を言っても、知らなくて。知らない人に「――のミナちゃんですよね」って声をかけられる私は、販売員よりスケーターの方がかっこいいと思った。
……☁
靴屋の隣の出口から外に出て煙草に火を点けた。
ナツがDCの箱を持って出てきたので、短くなった煙草を消す。
降り続ける雨は、強くないけれど止みそうでもなくて。
ナツは、西館の入口からB1に下りて雑貨屋の店員と話しに行った。良く見えなかったけれど大人っぽいボブの女と話していた。
私が近くにいるのに気づいたナツが、見に来たらダメだよ、って。怒ったような顔で言いに来るなら一人のときに来ればいいのに。
それから少しナツを待って、何もしていなかったみたいに私を探しに来たナツとパルコを出た。
「あの子、ミナと同じ歳なんだよ」
「なんか二十五歳くらいに見えた」
「そんな大人じゃないよ。二十二歳の女の子だよ」
矢場町のパルコから瓦町へ。一年くらい前に中国系の暴力団員が射殺された交差点を右折すると、韓国、フィリピン、中国系の店が入ったビルが建ち並んでいる。
ナツのお母さんが経営している店のマンション。八階の建物を見上げる平面の駐車場に車を入れて、部屋に戻った。
二階のいちばん奥の家にはナツのお母さんと二人のお姉さんが住んでいる。ナツの部屋には何度も来ているけれど家族に会ったことがない。
スケートが出来ない雨の日は、学校や仕事が終わった男の子たちがナツの部屋に集まった。
年下の子も年上の子も、ナツに一目置いている感じがする。十五歳のときホストにスカウトされたことも、何人もの女の子とホストみたいな付き合いをしてることも、盗みばかりしてることも。陰口を言いながら、一緒に盗んだり、金を使ったりしている。
ベッドの上に脱ぎ捨てた、ライトストーンのHUSTLER。
手に入れたばかりの411がビデオデッキに吸い込まれるのを眺めながらショーツを履いて、起き上がらずにTVに映り出したスケーターたちを観ていると、レイタが部屋に入って来た。
女も男も、たくさんの友達がいるナツだけれど。一人でもナツが心から気を許せる相手がいたらいいのに。
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