4 カオリ
外は雨が降ったり止んだりしているみたいだった。
「香織ちゃん。三時P指ね」
「P指ー?」
私は顔出ししていないから雑誌の写真は目しか出ていないけれど、たまに写真指名の客が来る。案内するとき、がっかりされないかな? って思うけれど。
三時に来店した男の子はマジでやばかった。
ナツに似ている。顔とかじゃなくて、いろんなところがすごく。
三時P指の客はデリヘルのドライバーだった。
抜き営業のホストはたまにくるけれど、デリのスカウトは初めてだった。
ドライバーは店の社長に金をもらって仕事として来店した。
何もしたくないのかな? 頼まれたコーラをペットボトルごと取りに行くついでに、財布を取りに部屋に戻る。
コース代一万八千円と指名料二千円。ちょうど二枚、財布から出した。ドライバーくんは、笑顔で「しまっといて」と受け取らなかった。彼は先に服を着てベッドに腰掛けていて、壁のハンガーにかかっている店の制服を見ていた。
「本物だと思った」
ベージュのベストと白いブラウスとタータンチェックのスカートと紺色のハイソックス。
「ハイソとか、マジない。似合わんし」
「似合っとったよ。女子高生が働いとるかと思って、焦った」
「たまに言われる。もぉハタチなのに」
「今年で? 俺もうすぐ一なんだけど」
「香織も八月で二十一」
「マジで? 八月とか一緒なんだけど」
入店したときに「ハタチってことにしよ」って言われてから、もうすぐ一回目の誕生日が来るんだ。
名前はジュン。
ジュンは黒いディッキーズのジャンプスーツを着ていた。
私は体に巻いていた濃い紫色のバスタオルを取った。制服を着てジュンの隣に座る。
「もう一度、墨見せてくれる?」
短いスカートをめくって右の太股を出す。
「綺麗だね。師匠って俺、知らんのだけど」
ジュンの肩には「彫正」の銘が入っていた。正さんは
私の入れ墨の図柄は友達が描いた絵が元になっていた。絵を持ち込んだりしたら失礼だと思って、吉さんに見せるまでドキドキしていた。
――二年半前。
約束の時間より少し前に道場に着くと、吉さんは男の人の背中に色を入れていて振り向きも話しもしなかった。男の人が帰ると
『オムツは持ってきたか?』
と言われた。
『痛くて漏らすぞ』
と言われて緊張したけれど
『お願いします』
と絵を見せた。
吉さんは意外にもディズニーが分かるみたいで
『ドナルドじゃ、いかんのか』
と笑った。
「ドナルドに似とるよね」
ジュンが笑顔で言った。
「小学生のときから言われとる」
「かわいいが」
「は?」
「かわいいって」
ジュンが
「かわいい女の子を連れてきたら三十万もらえるんだわ」
と言うので
「香織じゃ金は出ないって!」
って笑うと
「そんなことないよ」
と目で笑った。
「前にスカウトした女の子、レギュラーでがんばっとって。かわいいしナンバーワンになったんだけど、その子を抜くかもしれん」
大袈裟に褒めてくれるけれど嫌な気はしない。
ジュンのことをナツに似ていると思ったのは、こういう雰囲気かもしれない。ナチュラルボーンホスト。
私はジュンの話を聞いてばかりで褒め返す言葉が出せなかった。
嘘なら簡単に口にできるのに。本当のことはなかなか言葉にならない。
「家は? 店の寮?」
「実家。大須だよ」
「さっき大須通って来た」
「どこから来たの?」
「熱田。一九走って来た」
「熱田に住んでるの?」
熱田なら家からすぐ。
「違うけど……ツレん家に泊まってたから。……もしバンスあるんだったら、社長が立て替えるし」
「ないよ。でも移る気ないよ、デリは怖いから」
「ここ、――系列だろー。ここの方が恐いって」
ジュンが笑顔で系列名を言った。
「香織は好きかも。落ち着くし」
十分前にセットしてあったタイマーが鳴って電話番号を交換する。
「電話するわ」
本当に、話していただけ。
部屋を出ていくジュンの手に、もういちど触れることさえできなかった。
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