16 ミナ

 休みの日はよく雨が降る。


 七月。室内のスケートパークに出掛けた。そのスケートパークにはとても大きなRのセクションがあるだけだった。スノーボードで言えば馬鹿でかいハーフパイプ。Rに入ったことがない私は、小学生のスケーターたちと見学していた。


「引っ越したんだ」


「どこに?」


新栄しんさかえ


 帰り道。シュウくんの車の中で、ナツの隣に座っていた。


「どうして新栄にしたの」


 答えは分かっている、とでも言うような目でナツが訊いた。


「ナツんちの近くだから」


「今から言っていい?」


「いーよ」


 



☔︎……



 初めは鶴舞の寮にしようと思っていた。ジュンが「一緒に住めないかな」と言ったのは六月の終わり。その日は午後から待ち合わせて瑞穂みずほ競技場でスケボーをしていた。梅雨の晴れ間の蒸し暑い日だった。普段は十七時に起きるジュンは私の休みの日は十二時に起きて、仕事が始まる十九時頃まで一緒に過ごした。二回ホテルに行ったけれど、ジュンは仮眠をするだけで何もしなかった。私みたいな年上の女としたくないのかもしれない。性病が気になるとか……⁉︎ 定期的に婦人科を受診しているし、一応いまは病気を持っていない。オジロザウルスのライブの次に会った時に、二十二歳だとカミングアウトした。いつも未成年に見られる私は店では二十歳だということになっていた。ジュンは気にせず次の休みの日を訊いてきた。三回目のホテル、今日も寝るだけだと思っていたら隣に寝転がるジュンにキスされた。キスさえも初めてだった。そしてジュンと初めてセックスした。その次の休みの日に一緒にスケートした。


「仕事、休みてぇな。社長に電話してみるわ……。いや、無理だな……」


「……」


「もう一ヶ月以上休んでねぇ……。夜もミナと一緒にいてぇよ。一緒に飲みに行ったりさ。またクラブに行ったりしてぇし」


 さすがに疲れが溜まっているのか、その日のジュンは弱気で、アストロのハンドルにもたれかかって独り言のように呟いていた。ほとんど休みがなく、私と会う日は一、二時間しか寝ていないジュンに悪い気がした。本当に私と一緒にいたいと思ってくれているのかは別として。たくさん女がいてもおかしくないくらいもてそうなのに。

 鶴舞のマンションは間取りは普通だったけれど、前に住んでいた女の子の布団が置いてあったり、コンビニの袋やゴミが散らかっていた。私を連れてきた店長が焦って、ボーイに「早く片付けさせろ!」と電話していた。げんが悪いので、新栄に連れて行ってもらった。オートロック。オール電化。十二畳のワンルームにはウォークインクローゼット。玄関、バスルーム、リビング、が、きちんとドアで仕切られて独立していた。私は新栄のマンションに決めた。家賃は八万。

 東新町とうしんちょうの店まで歩いて十分。瓦町かわらまちのナツのマンションまで歩いて五分だった。



……☁︎





 ナツと新栄のマンションにいた。まだ私の荷物も少ない。今度の休みにジュンとベッドを選びに行く約束をしている。ジュンは会社の事務所兼、店の女の子の待機部屋のマンションの一室に寝泊まりしていた。お互いの荷物は社長の車だというアストロで数回に分けて運ぶ予定だった。私の部屋から持ってきた四十二インチのTVとビデオデッキ、CD・MDのコンポ、新しく買った水色の冷蔵庫とピンクのヒョウ柄のブランケット。店からもらった新品の布団が一組。ワンルームの中はまだそれだけ。マンションの一階のコインランドリーで洗濯している。一度、使おうとした洗濯槽の中に、綺麗に洗われた使用済みのコンドームが入っていて、ちょっと嫌になったけれど。

 ナツは、何の躊躇もなくバスルームや洗面所などを見て回った。ブランケットと同じブランドのショップで買った、ベビーブルーとベビーピンクの一組のヒョウ柄のマグカップの中に、それぞれ歯ブラシが差してあった。ナツはそれを見ても気づかなかったみたいで「男の気配はないね」と笑顔を見せた。それから、布団に被せたピンクのブランケットの上に寝るように言われた。


「ミナは、俺のものだよね」


 ブランケットに両手をついて、私を覗き込んだナツが言った。


「うん。でも」


「……」


「ナツはあたしのものじゃないよね」


「……そうだね」


 そしてセックスした。答えたナツは笑顔で、何を考えているのか分からなかった。

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