12 カオリ
「好きなだけ飲んで」
聞き覚えのある声が突然上から降り注いだ。
私と美嘉ちゃんはカウンターを背に、スツールに座って話していた。
声が聞こえて顔を上げると、ジュンが笑いながら手の中でお札を広げていた。使用感がある千円札が四枚。
「……」
「お待たせ!」
いつのまにか戻っていたバイザーの男の子は、ジュンと一緒に来た友達だった。
「昔からのツレのケイタ」
ジュンが飲み物を買ったので煙草をケイタって子に渡す。
「はじめまして」
美嘉ちゃんがハスキーな声で言った。
ジュンは美嘉ちゃんのことを年上だと思ったらしかった。
美嘉ちゃんはジュンの歳を知っていたから「てか、タメだし! ハタチ。タメだよタメ!」と年上に見られるのがめんどくさそうに早口で話していた。
四人で乾杯してからもケイタは美嘉ちゃんと話し続けていて、たまに美嘉ちゃんの「そうそう!」とか適当な相槌が聞こえた。
ジュンと私は並んでスツールに座って話している。
「お疲れ様」
もう一度、コップを合わせてジュンが言った。
音がしないプラスチックの容れ物に入ったドリンクが照明を反射しながら揺れた。
「友達もでら可愛いんだ」
美嘉ちゃんと私は全然タイプが違う。
ジュンの「可愛い」はわからない。
足元でジュンの白いスニーカーがブラックライトに照らされているのに気付いた。
途切れない大きな音楽の中に届くジュンの声を聞きながら、ぼんやりと光るスニーカーを眺めていた。
「……」
「は?」
ジュンの声を聞いていなかった。
「……彼氏ってほんとにいねーの?」
「うん」
ナツのことが好きで、会えばいつもするけれど彼氏じゃない。
「ほんとにいないんだったら、俺と付き合って」
「マジ? てかミナ仕事やめないよ?」
ジュンのいつもの笑顔。
「ミナは自分で選んだ仕事をすればいいよ。マジで俺の女になって」
ジュンの言葉を信じた訳じゃない。
私もほんとか嘘か分からないようなことばかり言ってる。
でも
「いーよ」
フロアに途切れることなく流れ続ける音楽みたいに、このまま流れて行けばいいと思った。
それから四人で下のフロアに降りた。ジュンとケイタに先にフロアに行ってもらって階段の奥のレストルームに入る。
「ケイタって子! でら喋る!」
並んでメイクや髪を直しながら美嘉ちゃんがそう言って笑った。
鏡の中の美嘉ちゃんと目が合う。
「そういえば姉さんがヘル嬢なんだって」
「誰の?」
「ケイタの」
「そうなんだ」
レストルームから出てフロアに続く通路の途中に、ケイタが立っていた。
「ユミ。待っとったよ」
ケイタは美嘉ちゃんの肩に腕を回して本名で話しかけた。
美嘉ちゃんとケイタを通路に残してフロアに出た。
もうすぐ、オジロの出番。ステージの最前列に大勢の人たちが集まりはじめていた。人の塊の少し後ろ。黒いベースボールキャップの後ろ姿を見つけた。そっと横に並ぶと
「来た?」
と笑ってくれた。
右手がそっと包まれた。
店で客として繋いだことがあるジュンの手。今日の右手は恥ずかしいけれど嬉しかった。
DJがメロウなトラックを繋いでいるフロアで、しばらくの間あまり会話もしないで並んでいた。
「……すげえ人」
ジュンがこっちを向いて笑っている。
ステージの前にはどんどん人が増えていて、私たちは集まる人並みに押されるように最前列に近づいていた。
「美嘉ちゃんたち探してくる。前で見たいからここ取っておいて」って急いで人混みを出る。
美嘉ちゃんは一人でフロアの後ろの方にいた。
「ケイタは?」
「トイレ行くって。すぐ来るよ! つーか。付き合うことにしたんだけど」
冗談みたいに言って、美嘉ちゃんは可笑しそうに笑った。
三人で最前列に戻った。照明が落とされて暗くなったステージ。
MCのMACCHOが曲のタイトルをマイクロフォンで叫んだ。
フロアから歓声が上がる。
男も女もそこら中で叫んでいた。
オジロザウルスのライブの間、美嘉ちゃんと私は最前列で騒いでいた。ジュンとケイタはすぐ後ろにいると思うけれど、振り返らないでステージを見ていた。
初めて聴く生のオジロは、たわいもない会話とか、どうしようもない嘘とか、くだらない関係とか、全てを超越していた。
MACCHOがステージから消えたら何もなかったみたいに美嘉ちゃんと二人で帰るような錯覚がしていた。
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