5 『12日の酒場』
酒場に行くのには丁度いい時間だ。今日は隣の『12日』の方に行ってみようと思った。店はすでに混んでいた。カウンターに着いてウイスキーのダブルを注文した。
「お客さんウチは刺身しかないですがいいですかぁ」娘が訊いてきた。
「ああ、いいよ。隣のママの娘さんだってね」
「あ~ら、嫌だ。母がそんなこと喋ったのですかぁ、お客さんはママに信用されてるんだ」
「ママの向かいの客だって知ってたよ」
「黒い革ジャン着た人?」「うん」
「あの人は特別よ。ママの同級生、トクさんて云うんだけど毎日来てカウンター」
「連れ子だって、ママは云ってたけど・・」
「あ~ら、嫌だ。ママの連れ子ではないべさ。私は父の子。ママは後妻に来たの」
「そうか、お父さんの方の連れ子か」
「そうだよ。トクさんは高校時代からママを好きだったけど、よう告白せなんだの。父がママを家に連れて来たとき、男親でしょう。幼かった私に適当な物しか着せてなくって、ママが私を不憫に思って父と一緒になったの。父に惚れてではないのよ」
「ママは10年銀座でホステスをしてたって、30で結婚したって言ってたよ。合わないじゃない?」
「お客さん、ママの云うこと信用したの。あれで、10年銀座で持つ顔かね?ママはそん時、そん時で話が違うの。本当の話し聞きたかったらウチに来てぇ。お客さん田村正和に似てるわね・・」娘も中々話し上手だ。ママの教え込みがいいようだ。
「名前は田村と云うけど、似てるのは名前だけだ」
「へー、田村と云うんだ。どおりでそっくり」こっちの方が上手。
「一つ訊くけど、ここは死んだ人の町かい?」田村は、今、自分が何処にいるかを早くはっきりさせたかった。
「あ~ら、嫌だ」これが口癖みたいだ。
「田村正和さん、死んだ人が口利く?死んだなんて言葉はこくでないよ。ここは『海の人』向こうは『陸(おか)の人』って云うの」
「もう一つあるわね。『深い海の人』警察はないけど、救助隊があって救いに行ってるの。トクさんはそこの隊長。だから、町も少しずつ人口が増えてるって訳。みんな救えたら、人口1万チョットにはなるわね。そしたら、お店ももっと繁盛すっぺ」と若いママは無邪気に笑った。
「もう一つ訊いていいかね?」
「あら、嫌だ。田村さんは探偵?」
「どうして、町は二つあって、酒場は二つに別れて、客も別れているの?」
「最後ですよ!テリトリーを津波地区と、原発地区とに分けてるだけ。当然、津波地区の人の方が多いわけ。ママが決めたの。生存競争は厳しいのよ。海でも、陸でもね」
「もう一つ、最後いいかね」
「田村さんてぇ、結構しつこいんだぁ」
「隣もここも男ばっかりだけど、海の女の人はお酒を飲まないの?」
「そんなことないわ。11の町と12の町の真ん中に『女酒場』があるわよ」
「そこは女性オンリーなのかい?」
「いいえ、そんなことはないですよ。行かれたら・・楽しいわよ。チョット疲れますけど。女の人は私たちの酒場には来れないの。色々あってねぇー。ママから聞いてよ」
テレビのニュースの時間が始まった。破壊された第一原発が写し出されていた。毎日、風景のように見ていた白い建物だった。普段煙を吐かない高い煙突から白い煙が吐き出されていた。
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