15『あの方』

  若い男は黙って田村を迎えた。店の奥の黒いカーテンを引くと長い廊下になっていた。長い、長い廊下はいつしか洞窟に変わり、そして、急に目の前に視界が広がった。

 太陽だ!・・目がくらんだ。田村はしばらくうずくまって目に手を当てるしかなかった。しばらく時間をおいて、再び見た光景は、地面一面、黄金色の稲穂の海が広がり、その向には緑の木々が見え、はるかに山が望めた。

『海の町』は陸と繋がっていたのだ。はるか昔の陸とだが・・・。


 目が慣れ、まわりを見渡せば、木の柵で囲まれて村落があった。どこかで見た景色?そう、縄文古代遺跡の再現されたものがそのままにあった。一段と高い櫓に姿を現した白い貫頭着姿の『あの方』は・・『卑弥呼』。


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田村が気がついたのは妻の大きな声を聞いた時だった。

「よかった」

田村はこの世界がまだどこなのか解らなかった。


・・・・・・・・・・・


「ここは何処?」

「あ~ら、嫌だ。また寝ぼけて!」いつもの、春海の声だ。

「早くして、アシルとコムデギャルソンのショウーを見に行く約束だったでしょう!」

「子供たちは?」

「学校に決まってるじゃないの!」


・・・・・・・・・・・

 

レースのカーテン越しに写っているシルエットは朝のエッフェル塔。

田村の枕元には2011年3月の11日の津波と12日の原発の爆発を告げる、2部の英字新聞が置かれていた。・・田村は自分が美術教師で、教師間の交換留学生として1年前からフランスに来ているのを思い出すのに、春海の小言をいくつか聞かねばならなかった。


田村は地下鉄の中で想った。夢とは思われなかった『海の人たち』。二人のママに、トクさんに、深見ミエ・・教えた子供たち。


田村は自分の中の新しい命に気がついていた。

「信じさえすれば命も・・与えられます」とママの言った言葉を思い出していた。


ここはどこ?・・陸(おか)のくに、異国の町パリ。


 2012年某月、田村の絵がフランスのとある美術展で特賞を取った。

画題は『海の人』。100号の大作であった。左肩上方には海ぎわに、高い煙突を持つ破壊された白い建物があり、右中程上には、学校の校庭に遊ぶ若い女性と子供たち、その右隣に酒場でくつろぐ男達が描かれ、下段には深海に静かに眠る人たちが描かれていた。

 酒場と深い海の間に小さな1艘の潜水艦が描かれていたが、画面に顔をつけるようにしてやっとわかる大きさであった。


絵の中に写し取られた命はその世界で生きていることを語っていた。



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『切り取られた日付の町』 北風 嵐 @masaru2355

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