6 『酒場談義・地震学者』
田村は小学校で教えていたが、理科教師の資格を取っていた。中学校でも、高校でも理科を教える資格を持つ。多少は一般の人よりは原子力発電の知識を持っているつもりだった。テレビを見て危機的な状況が理解できた。
2003年の福島騒動を思い出していた。丁度、30才になったばかりだった。東電の事故の隠蔽体質が露呈し、知事や町自治体の議会も東電や国に抗議する事態となり、時の経産相が謝罪し、翌年には東電の原発17基全てが一時止められる事態にまで発展した。
「やっぱりな」と思った。反面、あの黒い波に襲われた恐怖心を思い出せば、「仕方ないかな」とも思った。半径20キロ圏が避難指定地域とされ、立ち入り禁止とされていた。津波に襲われた田村の家はその圏内にあった。子供たちは・・テレビの画面に食い入った。
テレビを見終わって、壁際の丸テーブルに席を移して座った。そして店内を見渡した。客はカウンターではママと話し、立っての丸テーブルでは比較的若い男たちが、壁際の丸テーブルでは年配層が、てんでばらばらな話をしているようである。
丸テーブルは知らぬ同士でも話しやすいみたいだ。丸テーブルには6人ほどが立ち、そして座れる。田村がついた席は先客が二人あり、紳士然とした年配の客と、ジャンパーを着た50代ぐらいの客が熱心に話し合っている。
紳士が「私は何十年と何をしてきたかと思う。全ては無駄だった・・」
ジャンパーが「先生、そう嘆きなさんな。誰も先生を責めてるわけじゃなかんべ」
「いやー、自分で自分が嫌になるよ」
「自信持ちなよ、先生!ビール一杯おごっからさぁ」男はしきりに紳士を慰めている。カウンターに生ビールを取りに行って、両手に三つ持ってきた。
「兄さんも一杯どうだぁ」
お金を払わなくていい店でおごる、おごられるもアリなんだと笑えてきた。ともかく、「ありがとうございます」三人で乾杯!
「さっきの話だが、陸側のプレートと、海側のプレーとが押しあってんだ。海側の方が硬いんだよねぇ。えーと、豆腐と蒲鉾が押しあってんだ、蒲鉾の方が豆腐の下に潜りこむんだ。スルスルとなめらかに滑り込むとこと、ざらついてしか滑り込まないとがあんだべ。その、なんだったけぇ?」
「アスベリティー!」先生と呼ばれている人が声を上げる。
「そこんとこが、歪になって、ひずみが出来て、豆腐が跳ね上がんだ。上にあった海の水が持ち上げられて、津波になるんだっぺ」
「きみぃー。よく理解したね。豆腐はこわれるイメージがあるから、油揚げぐらいにしてくれ」
「毎日おんなじ話しばっか聞いてんだよ。そのたんび、『自信無くした』って泣くんだから。この人自信を無くした地震学者」
田村はどう返事を返していいかわからず、先生に目礼を返した。
「今回のマグニチュード9.0は予想できなんだのだ・・」と自信をなくした学者先生。
「そのマグニと震度とはどう違うんだ?」ジャンパーの男。
「震度は揺れの激しさだ。マグニチュードはその地震がもつエネルギー全体の大きさだと考えてもらっていい。例えば、阪神・淡路震災の時の地震はMは7.3、神戸市内の震度は7なんだ。今回の大地震はMは9.0震度は6の地域が多いんだ」
「先生、そのMが1違うとどうなんだ。8と9とじゃ、てぇして変わんねぇーと思うんだが?」
「Mが一つ大きくなると32倍になるんだ。2では1000倍と云うことになる。神戸は内陸の活断層の上だったから建物の倒壊が激しかった。犠牲者は大半がその下敷きだ。今回は海溝で起きた連動型の地震だったから、広範囲に巨大な津波が押し寄せ、犠牲者は殆ど津波だ」
「先生そこなんだ、地震はあっと思ったら直ぐなんだ。防ぎようもない面があっけど、津波のときは早いとこでも30分もあったべさ。3分後には津波警報第一報も出されてたんだ。あの3メートとか4メートルとかがよくなかったんでねぇーか。間際になって10メートル以上って、おめぇー云われてもどうしょうもなかんべさ」
「最初、マグニチュードを7.9で計算して、岩手県3メートルなんかの過小評価になってしまったんだ。9.0規模と捉えられていたらなぁー。予報はデーターを取って計算していたら間にあわないから例えば、宮城沖地震を参考にM7.2とあらかじめ入れておくんだ。そして修正して波の高さなんかの予報を出してくるんだ」
「ちゃうんだ、先生。おらが最初に聞いたのは観測結果『第一波0.2m』だったよ。こんなのいっか。7.9でも大きいんだろう。神戸以上じゃねえか。地震がいった一帯の広さもすぐわかっぺ。大きいことはすぐわかったし、震源は沖合だってこともわかってんだ。一番高いとこで津波6メートルという予報もあった。先生、あんたがたはともく数字だ。正しかっただの、なかっただの、後でゆっくりやってけれ。熊が追っかけてきたときに、1メートルだから逃げなくていい、2メートルだから逃げれてやってんだ。ともかく、『おおっきいのがくっから、命の惜しい人は逃げてけれっーて云えばいいんだ』〈この命の惜しい奴〉を忘れたらだめだよ。俺が云っても誰が逃げっかね。気象庁や、気象庁が間違ってたら、先生とこの地震学会でもいいや。そのための専門家だったり、肩書きだろう。でぇーじなのは、先生たちの云う想定外のなかでどれだけの命が救えるかってことだんべ。頭切り替えてそこに知恵を使うんだ。NHKのヘリコプターの空からの映像見てたらとんでもないのが来てるってわかったさ。自衛隊の偵察機飛ばす手はなかったのかね。GPS波浪計だか間に合わなかったじゃないか。人間の目で一刻も早く確かめることは無理だったんかね。先生、東大だろう」ジャンパーは言って、ビールを一気に飲んだ。先生も空けた。田村も続いた。
どっちが地震学者だか分からない。素人の方が危機管理には強いのかも知れない。ここでは、教授も職人さんも同じテーブルで話す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます