8 『空気をデザインするというのは・・』

 一人で考えてみたくなって、脚椅子のある丸テーブルに席を移した。考える?何を?妻のことを、子供のことを・・少し酔っている。酔いに身を任すように、少し潮ぽい香りがするこの街に身を任せて見ようと思った。


「イイデスカ?」

「イイデスヨ」

長身の外国人が立っていた。

「Where are  you  go?」

「Frenchman. Can you speak English?」


 田村は英語には自信があった。もっとも、初めて外国に行ったとき、部屋からホテルのフロントに電話を入れたとき、「If. If・・」とやってしまったが…。

「きょう、あなたは、図書館にいたでしょう?」と外国人。30才ぐらいだろうか。頭はスキンヘッドにしている。

「はい、午前中は本の修復を手伝っていました」

「わたしは、あそこに2週間通っています。修復を手伝ってから、本を読むのはとってもいいことです」

「どんな本を読んだのですか?」と田村が訊くと、ハーフジャケットの内ポケットから四折になった紙を取り出して見せた。そこにはこのように書かれてあった。


《空気をデザインするというのは、形になっていないものにもデザイン性があるということです。いろいろなものが影響しあって、重なりあって、アクシデントがあって、そこから生まれる何かなんですね。それほどデザインは幅が広くて大きいものだと思いますし、それだけに人に与える影響力もあるんです。でも、形になっていないものは、往々にして、わかりにくい、価値がないと、みなされます。ですから、何か新しいことを探すのであれば、そういう見えないことに対して、価値を認めるというようなことが実行されないと、新しいものが作れる・・日本にならないですね》


「きょう、図書館で修復した本に書かれてあったのです。いい文章だと思って書き留めておいたのです。誰が書いたと思いますか?」

「デザインと書かれていますから、何かのデザイナーの方ですか」

「服飾デザイナーの川久保玲さんです。僕は彼女の服のファンです。ショウーを見ました。日本を見たくなって、やって来ました。Do you know her? 」

「Yes I do. 」

 田村は別にファションに詳しいわけでもない。近くの医者に行ったとき婦人雑誌しか置いてなくて、そこに彼女の服が4、5点紹介され、顔写真が紹介されていた。

 日本人で世界デビユーしたデザイナーとしての名前ぐらいは知っていた。田村が印象を持ったのは服の方ではなく、彼女の顔であった。ロマンチックな少女のようなオカッパの髪型と、毅然とした意志を感じさせる顔のアンバランスさであった。


「いまの日本に必要なことだとは思いませんか?」とその外国人青年は言った。

「この人は服のことを語っているのだが、服を日本に置きかえたら、意味の深い言葉だ」と田村は思った。頼んで書き写させて貰った。後で考えて見ようと思った。

「日本人すばらしい!」と云う青年に、田村は苦笑をして「Thank you.」と返事を返した。それから田村は、初めてヨーロッパに行ったときの話をした。「イフ、イフ」の話も勿論した。外国人青年は、中尊寺の金色堂を見に東北にきて津波にあったと云った。


 丸テーブルはいろんな人と、会話を提供してくれる。きょうも終わった。この町に来て何日になるか、田村は数えた。明日は『女酒場』に行って見ようと思った。

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