メモ
かねてより気になっていた部分を修正、加筆。あと更新。
現状、十一章か十二章くらいまでは公開しても差し支え無いため、そこまで更新予定。
この作品内には王位継承問題が出てくる。
書き始めた時には愛子様天皇論などというものは全然盛り上がってなかったが、皇室典範改正にあたって急に湧き出てきた。
これらは「直系長子」なんていうとんでもなく不敬な戯言を臆面もなく言い放つので、それを連想させるような表現は差し替えた。
「直系長子」なんて古事記を一度でも読んでいれば、絶対に出てこない発想である。
私は作品内で女王を扱っている。
これは安定している国の君主は女性的な慈愛を備えているのが望ましい、という私の持論があるからである。
慈愛を備えていれば、性別は問わないが、作品内で男王が何かを主張をするとどうしても主張が強くなる。
よって、作品で「強い主張を持つ未熟な王」を描く時は女王の方が書きやすく、絵になりやすいと考えている。
ただ、これらは作劇上の都合であって、現実とは違う。
有名な女王のキャラクターというと、例えば、十二国記の主人公、陽子だろうか。
彼女は肉体的に頑健で、大きな責任を負う事を恐れず、実に逞しい女王だが、こんな女性は現実にはいない。
日本スポーツ界のレジェンド、澤穂希や吉田沙保里はその競技で世界トップクラスの存在だったが、男子高校生には負ける。
これは仕方のない事である。
澤穂希なんて強靭なメンタリティとインテリジェンスを持っているが、それでもパワーや高さ、アジリティで男子にはかなわない。
町田瑠唯だったかな?
女子バスケ日本代表のPGで、この人男子のPGより頭いいんじゃないか? と思った選手がいたが、PGというインテリジェンスが重視されるポジションであっても性差のディスアドバンテージを覆すことはできない。
なので、「強い女性」を描いていくと、どんどん非現実的に、男性的になってしまう。
先に挙げた十二国記の陽子は性別こそ女性なのだが、かなり早い段階で女性らしさを捨て、男性的なキャラクターになっている。
ただ、あの世界は人ではなく神の世界で、妊娠や出産もなく、おそらく生理もないので、性別なんてもはやどうでもいいという次元にある気はするが。
これはややデリケートな話題にはなるが、生理がなく、おそらく子宮もない世界であれば、女性であっても年がら年中トレーニングする事が可能になるだろう。
子宮を安定維持させるための栄養、休息といったコストも不要なので、代を重ねれば男性並みに頑健になっていくかもしれない。
一方で、そもそも十二国というのは、遺伝子や生物学的進化という概念がない世界なので、そういった進化も起こらないはずだとも思う。
だから、あの世界は疫病が流行るととんでもない事態になるはずなのだが……、これ以上は野暮なのでやめておこう。
日本のみならず、世界の歴史を見れば明らかな事だが、どこの王朝もスタートは男系男子継承である。
それは王朝には必ず始祖がいて、その王朝を開いた初代国王から代々引き継ぐものであるから。
正統後継者が幼いなどの事情で、一時的に女王が代王として立つことはあれど、継承は男系となる。
別に女王が国を開いて、代々女系女子で引き継いでもいい。
フェミニストさん達がやりたいのなら、他者に迷惑さえかけなければ、そういった国を造ろうとチャレンジするのも自由である。
ただ、歴史上で女系継承の女王国が思い浮かばないのは、いくつか理由があり、
①女王が国を開く、つまり武力で統治を開始する事は体力的に困難
②一人の女性が生涯に産むことができる子供の数には限界があり、女系では後継者の安定確保が不可能
③出産には生命の危険が伴うため、女王の場合、王の長期生存率が低くなる。
④女王の場合、妊娠中の政治活動に支障が出る
これらの理由から女系継承で繋いできた国家が存在しないのである。
女系での血統維持が困難であれば、初代国王の血統を残すためにはまず男系である必要がある。
しかし、男系だとしても、皇后、王妃が一人しかいない場合は②の問題が再燃する。
一人の妻が生涯に産むことのできる子供の数には限界があるため、一夫一妻制では確率的にいずれ王朝が途絶える。
現にヨーロッパの王室はモナコ公国などを除いて、途中で王朝断絶、交代している。
なので、日本は側室や宮家といった制度を使って天皇の血統を維持してきた。
これは今もムハンマドの血統を維持しているヨルダン王室、モロッコ王室も同様に複数の妻、王妃を迎える事で血統を維持している。
男系男子というのは女性差別でもなんでもなく、性差があるゆえの工夫でしかない。
女系継承というのは、どうやっても確率的に王朝の維持が不可能なのである。
初代国王とその他の血統を差別する、という目的がまず第一にあり、そのために男系継承を選択している。
なので、差別があるとすれば、血統差別というべきなのだが、それに異を唱える者はいないだろう。
また、王朝断絶の憂き目に遭ったヨーロッパ王室を見れば分かる通り、男系継承だけでも不可能で、男系+側室制度、もしくは宮家のような制度が必要となる。
ここまで読む人がいるかどうかは知らないが、ここまで読めば分かると思う。
今回の皇室典範改正とは要は”皇朝維持のための改正”である。
本当なら旧宮家を正規に宮家に戻せばいいのだが、皇室予算が増える事になるため、やめたのだろうか。
日本の国家予算に対して、皇室予算なんて大した額ではないため、旧宮家に負担を強いている現状を改めるために宮家制度を復活させた方がいいとは思う。
わざわざ、そんなことまでして皇朝を維持する必要ある?
天皇なんて誰でもよくね?
という事を言う人もいるが、これはあり得ない。
なぜなら、我々、人間というのはすぐに喧嘩を始める生物だからである。
すぐに仲違いし、マウントを取り合い、騙しあい、殴り合い、いじめが始まる。
小学校の頃、30人とか40人しかいないのにも関わらず、みんなが仲良かったクラスなんてほとんどなかった事を覚えているだろう。
我々は本質的にサルと大して変わらない。
先生という絶対君主がいるから、なんとか表面上は問題のないように取り繕えるだけである。
天皇や王様、つまりリーダーなんて誰でもいいよね、としてしまえば、自分が王たらんとする者たちがわんさと現れるだろう。
ロシアや中国を見れば、党内の足の引っ張り合い、裏切り、暗殺が山のようにある。
それによって被害を被るのは国民である。
内乱や内戦、政治的不安定で国民が被害を被る事がないよう、もう王様は予め決めておこう! 次の王様はこの人! その次はこの人! こうしておけば、内輪もめで国が荒れる可能性が低くなるよね!
それが君主制というシステムの最大の意義である。
だから、人柄や人気や知名度なんか関係なく、生まれた時点で継承順位が決まるし、国を荒らさないためにそれが最も重要なのである。
人柄といった曖昧な要素や国民人気で決まるとなれば、それは民主主義に堕することになる。
民主主義で支持率90%とか見たことあるだろうか?
高市総理就任時ですら70%、それでも超高支持率だった。
総理や大統領というものの支持率は大抵50%あるかないかで、60%ならかなりの高支持率とされる。
支持率が50%くらいの天皇を正統だとみんなが認める事などあり得ないだろう。
しかも、悪意あるメディアに些末なミスを切り取られて、支持率はどんどん低くなる。
こうやって内戦の種が植え込まれるのである。
日本という国は1000年ほど前から、政治は武士や政治家が執り行ってきた。
しかし、その上には常に天皇という重石があった。
それはシステム上の建前であり、天皇が政治に口を出すことはほぼなかった。
しかし、その建前をみんなで共有し、維持するというのが社会の安定に非常に寄与していたのである。
この重石をどんどん軽くしてやろう、というのが、愛子天皇論者や皇室解体論者の狙いである。
よく保守の方々がGHQのせいで~という事を仰っていて、それはそれで一面正しいのだが、こういう反体制主義者というのは戦後だけでなく、戦前からいたし、なんなら江戸時代にもいた。
キリスト教が日本で何をしていたか、歴史を学んだ方なら知っているはずである。
確かにGHQのせいで反体制主義者が跋扈しやすい国になってしまったという面はあるのだが、ちゃんと歴史を学び、社会を愛し、考える人材の育成ができていれば、適切な憲法改正、適切な国会運営、皇室の護持ができていたはずだと私は思う。
かつて日本の教育は工場労働者の育成ばかりをしていて、もちろん工業は伸びたのだが、歴史を学び、自分の頭で考える事を放棄する民が増えてしまった。
それでは民主主義は成立しない。
吉田松陰がなぜあれほど情熱的に教育を試みたのか、彼の教え子である明治政府首脳陣が十分に理解していなかったのは残念な事である。
我々日本人は一億人もいる。
それぞれに色んな考えや主義主張があって、自由に発言できる社会だが、考えが違ってもなんとか一つの国としてまとまっていられるのは天皇という存在があるからである。
それはうっすらぼんやりしていて、普段恩恵を感じる事はないが、改めて日本の中心とは何か、といった事を考えてみると、天皇以外に候補がない事が分かるはずだ。
これに疑問を抱くのであれば、一度考えてみるといい。
昔、私は日本人の心の拠り所、求心力は何かを必死に考えたけれども、結局、天皇以外に見つからなかった。
古くからの文化などを辿っていくと必ず天皇に繋がる。
米も、桃太郎やかぐや姫といったおとぎ話も皇室に繋がっていく。
そのさらに大本を辿っていけば、日本国を開いた初代神武天皇へと繋がっていく。
そんなのは伝説だ! と云う者がいるが、初代というのは必ずいる。
もしかしたら名前が違うかもしれないし、実は結構ぐうたらだったりしたかもしれないが、いなかったら国が出来てないんだから、どこかの時点で初代がいる事は疑いようがない。
14億もいる中国の場合は、この求心力というものに共産党がなろうと涙ぐましい努力をしているわけだが、あれは力で無理やり口を閉ざさせているだけで、中国国民の心は共産党にはない。
求心力のない社会の末路とはあれである。
無理やり国をまとめるために強力な監視制度や国民への拷問、歴史の改竄、ウイグル虐殺や天安門事件のように自由を求める者の殺しが平然と行われる社会になる。
現在の中国に限った話ではない。
かつて、大陸には清やら漢やら色んな国があったが、そのどれも短命な王朝であり、正当性が弱かった。
そのため、反体制活動をした者は、全身を細かく切り刻むとか、一族皆殺しとかとんでもなく苛烈な刑罰があった。
これは中国人が残虐だから、というよりも、そこまでやらないと国として成立できなかった、という側面が大きいと私は見ている。
我々のような自由な社会を知っている者からすれば、あんな訳の分からん法律が大量にある社会なんて生きていけない。
ああなってからでは遅いのである。
ま、こういった事は本当は作品内で書きたかったのだけれど、実力不足でなかなか進まない。
やる気不足では決してない……と自分では思っている。
社会というものは複雑で怪奇でしようもなくて、なかなかリアリティが出ない。
とりあえず今年中には必ず完成させる。
自分に誓う。