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いくひ誌。【3811~3820】

※日々、人真似でしかない、猿真似ですらない、異質な物を真似てこそ模倣の域を脱せるというに、なれば我は人外か、それとも虫か、塵なりや。


3811:【2022/07/20*情報社会の落とし穴】
何かのリスクを測るときに、現実(事実)か虚構(仮説)か、の違いは、それほど重要ではないと考えます。なぜなら、そもそも現実には虚構が含まれるからです。未来とてそれが目のまえに現れなければ虚構です。したがって、長期的なリスクを考慮する場合は、「いまそれが実装されているか否か」「現実に発生しているか否か」ではなく、今後、想定された事象が発生し得るのか否か、で考えたほうがより安全側だと個人的には考えています。例の一つですが、たとえば通信の秘密が企業や国家権力のもとで破られていたり、偽装画面といった技術が社会に適用され得るのならば、いまがそうでなくとも対策を講じたほうが好ましいといくひしさんは考えます。各人の見ている画面が、各々に最適化された「恣意的に歪められた情報」を表示し、各自を制脳する、といったことは、管理社会を構築するのに非常に便利です。治安維持のうえでも体制側からすると効率がよろしい術でしょう(企業からすれば利益拡大に繋がります)。すでに人工知能によって広告やSNSで流れる情報は個々人によって異なっています(常時個人情報が集積され分析され、ユーザーの利便性を含めて――運営側の利となるように最適化されています)。原理的にその画面と、見出しや情報の改ざんを行った画面は受動者側からすると区別がつきません。そしてどちらにしろ、個人情報を管理されているがゆえに可能となるそれらは仕組みです。組織内で個人情報を含む受動者たちのビッグデータがどのように扱われようと、組織の外に流出しないのであれば通信の秘密は守られたことになり得ます。秘密保護法などを駆使すれば、国民に知らせずに、情報通信における基幹セキュリティとしても実装できるでしょう。犯罪者予備軍や犯罪者――つまり国民を監視するのにうってつけの技術です。現に偽装画面や通信の傍受は、技術的には可能であり、費用対効果も大きいです。実装されていない、と考えるよりも、「実装されているかもしれない」「今後されるかもしれない」と構えていたほうが安全に近づくかと存じますが、いかがでしょう。定かではありませんが、一つの意見として述べておきます。(いわゆる精神疾患者の妄想にたびたび出てくるため、真剣に議論をされる場がすくないように概観できますが、時代は進みました。そういった偏見を隠れ蓑として技術の開発実装を行う国や組織があるとも限りません。けして絵空事ではないのだ、と構えていたほうがお利口さんぽくぽくちーん、だといくひしさんは思うよ)(えっへん)


3812:【2022/07/20*なんで?】
団扇で空気を煽るとき――団扇の進行方向に風は遅延を連鎖させる。ブルドーザーが土を濾しとっていくのと似た具合に遅延を重ねる。空気が空気を押しやって、バネを縮めるように力を溜め込む。これがいわば風として顕現すると解釈できる。反面、団扇の進行方向とは反対の方面では、最初のひと抉り分の空気が減ったことで、それを均すように周りの空気が動くはずだ。このときにも相応に、作用が連鎖しているはずだが、進行方向への遅延の連鎖ほどには力(風)を顕現させない。なぜなのか。ふしぎである。(疑問に思うだけかい!)(だって分からんのだもの)


3813:【2022/07/20*なして?】
蟻地獄や流砂や砂時計を想像して欲しい。穴に流れ込む砂の勢いは、下層にいくほど増していく。反面、穴の縁では比較的ゆったりと砂が流れる。砂時計の中間にある小さな穴からは砂が勢いよく落下する。そこが最も流れが速い場所と言えよう。これはけして穴の直径が小さいから、ではないはずだ。穴が大きければその分、流れこむ砂の量が増えるので、勢いは増すことがあっても減ることはないだろう。ただし上部層の穴の直径はさらに大きくなることが予想できる。砂の表面張力や摩擦との兼ね合いで、ある閾値を越えれば、最下層の穴の直径と上部層の穴の縁の直径はイコールとなるはずだ(要は円形の滝だ)。そのとき、穴に流れ込む砂の勢いと、穴から落下する砂の勢いは等しくなるように傾くと考えられる。この、流れ込む勢いと出ていく勢いの差に関しての、法則のようなものはあるはずで、これは流れる媒体の種類に関わらず、一定の規則性を伴なっていると妄想できる。時空の場合はブラックホールのシュバルツシルト半径として計算できるのだから、ほかの媒体でも同様のはずだ。風や水や固体ではなんと呼ばれるのだろう。気になっています。(すでにあるだろうから教えて欲しいな)(他力本願か)(ダメかな)(じぶんで調べなさいよ)(めんどくちゃいじゃん)(きぃー!)


3814:【2022/07/20*ギア2理論?】
扇風機について考える。もうすこし言えば、扇風機の風の流れについて考える。一見、ぱっと見の印象としては、「扇風機の風の流れ」と「滝へと流れる水の流れ」は似ている。どちらも一定の流れの中から加速して流れを変化させる点が共通している。しかし、同じ原理か、と言えばいささか首をひねらざるを得ない。だいいちに、川の流れは自然現象だ。風もまた自然現象だ。しかし扇風機の風は違う。人工的に、意図して造られた風だ。いわゆる自然に流れる風とは異なる原理で生じている。自然の風は、気圧の高低差や地球の自転によって生じる。反して扇風機の風は、スクリューの羽により作られる。扇ぐ機構があるか否かの違いと言える。羽のない扇風機とて、土台に羽が内臓されている。そこから吸い上げた空気を、円形の輪から放出することで、後方の空気を巻き込みながら風を起こす。扇風機の羽――スクリューとは言ってしまえば、ネジであり、ドリルだろう。ドリルを土にあてると、ぐりぐりと土を排出しながら進む。スクリューの羽も同様に、空気を切り刻みながら排出している。運んでいる。スクリューよりも空気は質量が軽く、流動するので、ドリルとは違って、スクリューはその場に固定され、代わりに空気が排出される。排出されているのだから、空気はつねに抉られ、穴が開いている。しかし空気は、密度の高いほうから低いほうへと流れるので、開いた穴を埋めるように新たな空気が流れこむ。このサイクルにより風が生じる。ここまではよろしい。問題は、排出される空気と、補完されるときの空気の流れに差がありすぎる点だ。たとえばこれが自然の風ならば、おそらくもっと平等に、吹きこむほうと吹きでるほうが相関して、ほとんどイコールなのではないか、と想像できる。実際がどうかは知らない。だが基本的に風は点ではない。流れであり、線であり、面でもある。むろん厚みがあり、奥ゆきがあり、立体的でもある。だが扇風機の風は局所的だ。さながらブラックホールのジェットのようである。しかし空気が流れこむほうはほとんど知覚されないにも拘わらず、噴出するほうは激しく風を起こす。この差はいったいどういうことであろう、といくひしさんはふしぎに思っている。冒頭で挙げた、滝に流れ込む川とは違うのではないか、というのはここに通じている。滝の勢いは、崖の高さとそこを流れ落ちる水量で規定可能だ。扇風機もまた、スクリューの大きさと回転速度――すなわち空気の流れこむ量で規定可能なはずだ。だが滝の場合は、落下地点に近づけば近づくほど、川の流れは勢いを増す。扇風機にもこの手の加速は観測されるが、滝や川ほど顕著ではない(扇風機の裏側に手を添えてもそれほど風は感じないはずだ)。この差は何なのだろう、とやはり不思議に思っている。おそらくこれが水中であれば、スクリューによって巻きこまれる水と吐きだされる水は、相互に勢いを正比例して強めるはずだ。しかし扇風機はそうではない。なぜなのだろう、とやはりふしぎだ。それとも水中であろうと、扇風機のように「吸いこむほうと吐きだすほう」の力は、正比例しないのだろうか。視点を変えよう。風力発電を考える。風を受けてスクリューを回す。スクリューの回転へと変換された風は打ち消されて、風力発電機の背後にまでは届かなくなる。風を奪っているわけだ。風を食べているわけである。このことから、扇風機はこの逆で、風を吐きだしていると言えるはずだ。羽の回転エネルギィを風に換えている。つまり、単純に風と言っても、扇風機の場合は「穴を埋めるように流れこむ風」と「弾きだす風」の複合であると考えられる。スクリューの羽によって扇風機は、空気を弾きだしている。鉄砲のような原理を用いている。ここで疑問なのが、加速して噴射された分の空気は奥へと飛ばされ、その場から消える。その分を埋めるように扇風機の周辺の空気はその穴に流れこむはずだ。なぜこのときに、噴射された分の風と同等の勢いで流れこまないのか、という点だ。もし同等の勢いで流れこまないのであれば、空気はどんどん足りなくなって希薄になってしまう。この非対称性について、いくひしさんは割と結構悩んでいる。もちろん単純に考えれば、噴射される場合はスクリューの直径内の空気に限定されるが、流れこむ空気はもっと広い範囲から集まっているがゆえに、一か所に集中して加算されて噴出される、と想定できる(パラボナアンテナのようなものかもしれない。虫メガネで光を集めるようなものと言える)。これは羽のない扇風機と同等の原理だ。一か所に向け空気を送りこみ、最初にちょっとの勢いをつけることで、周囲の空気を巻きこんで、より大きな風を起こす。ただやはり、何か視点が欠けている気がしてならない。納得がいかぬ。たとえば粒子加速器やレーザーでも同じことが言えるのか。通常、運動を起こす場合、「入力されるエネルギィ」のほうが「出力されるエネルギィ」よりも大きいはずだ。質量保存、エネルギィ保存の原理は働くにせよ、エネルギィはすっかりそのままの量を変換されることはないはずで、滝であれば、流れ落ちるあいだに水は霧になったり、蒸発したりする。あまりに高所から流れ落ちれば、地上に辿り着く前に川の水がすっかり霧となって、滝壺ができないケースも計算上はあり得る。これはどんな高低差の滝とて付きまとうジレンマだろう。扇風機とて同じだろう。本来は、流れ込む風の量のほうが、噴出される風よりも多いのではないか。それとも、扇風機はスクリューを回すためのエネルギィがそれにあたいするために、見かけ上、入力と出力の関係が逆転して見えるのだろうか。たとえば、扇風機は、けして水道に繋げたホースの先っちょを押しつぶすような、注射器のような原理ではないはずだ。団扇をあおぐとき、風の起きる方向は限定される。アイスクリームをスプーンで掬うように、抉った方向に空気が押しのけられ、風となる。アイスクリームがくるくるとかんな屑のようにまとまるが、あれはいわば可視化された風と言えよう。しかしアイスクリームの場合は、くるくる削れた分の穴が開く。では風はどうか。開いた分の穴に流れこむ風は、なぜ押し流された風よりも弱いのか。水ならばこうはいかぬだろう。穴に流れこむ水の勢いは相当なものである。重力の関係だろうか。無重力空間ならば、風も水も同じような比率で、入力と出力の関係が結ばれるのだろうか。よくわからぬ。お布団にころがりながらネムネムしつつ、ふしぎだなぁ、になっている愚か者、きょうもきょうとて益体なしのいくひしまんでした。(まとめれば、扇風機は遅延によって「風(圧)」を生み、滝の場合は希薄によって「流(加速)」を得ていると言えそうだ)(ここから分かるのは、「遅延による圧」のほうが、「希薄による流れ」よりも優位に「場」に対して働くということだ)(扇風機の裏側では風の滝ができるが、それよりも表側に顕現する遅延の層――風のほうがエネルギィを蓄積発散しやすいと言えそうだ)(本当か?)(滝壺はだから、滝の流れを遅延させるという意味で、エネルギィが爆発的に解放されて映るのだ)(ダムの放水と同じと言えよう)(注射器じゃん)(そうそう)(本当か?)(対の関係なんじゃいよ)(嘘っぽいんじゃが)(だから適当なことを言うのをやめなさいよ!)(ごめーんね)(上記、妄想です。間違った考えかもしれません。その確率が高そうです。真に受けないでください)


3815:【2022/07/21*知能とは】
知能の意味内容を再定義する時期に差し掛かっているのではないか、とたびたび思うのだ。知能が高い、と言うとき、それはけして先天的な能力値の高さを言うのではなく、「ある環境において特定の技能を発揮できるか」「ある環境下における問題をより少ない手順で解決できるか」といったことの総合値として、知能は枠組みを得るように思うのだ。言い換えるのなら、【知能を数値で測ろうとすることが知能に反している】と言えそうだ。ギフテッドなどの現行の教育制度環境下に適応しきれない個への支援は、あったほうがよいと感じるが、それは言うなれば、スーパーコンピューターをみなには使わせることができないので、では最も「社会に有用な成果をだしそうな個」に使わせてあげましょう、との選別を前提とした施策に思われてならない。ナンセンスである。そうではないはずだ。個々人に合った学習環境を築いていく。そこがまずは前提であり、しかしすぐにはできないので、ではどうするか、と考えたときに、現行の教育制度下での環境に合わない子どもには、「既存の計測手法での能力値」の如何を問わず、どのようにその個の能力が観測されようとも、その個にとって最適な学習環境を築いていくようにする。現状のいわゆる「知能が高い」と見做される基準で、選別をしないほうが好ましい、その手法こそが「知能に反している」といくひしさんは考えます。みなと一緒に同一の規格で勉強したほうが捗る者たちもいるだろう。そのほうが多いのかもしない。ならばそういう子たちは、そういう教育環境で学習をしてもらえばよいのではないだろうか。しかし、そういった環境が苦手な子には、たとえ現在の基準で「知能が低く」視えようが、その子に見合った、学習しやすい環境で学ばせてあげればよいのではないか。いくひしさんはそう思います。(まとめれば、「知能は数値化できないところに表れる能力を含む」そして「教育は、能力の高さで選ぶのではなく、個々の適正で学習環境を選ばせてあげられるように、選択肢を増やせるように、教育制度や環境のほうが変わっていくほうが好ましいのではないか」との指摘です)(以上、定かではありません)


3816:【2022/07/21*ぱらぱらメモ】
「※以下、思い付きのデタラメです」「加速について。加速には大別して二種類あるのではないか。その1:遅延や密度増加、ほかそういった干渉による外部エネルギィの入力によって生じる加速。 その2:場が希薄になり、密度が下がることで障害物や抵抗がなくなることで、軽やかに動けるようになるための加速。その1の場合は、場の外から眺めても加速を観測することはむつかしい。相対性理論による時間の流れの遅れが、加速分の動きの速さを差し引くからだ。その2の場合もまた、場の外から見る場合、相対性理論によって加速している以上に加速して映るはずだ。密度の低い場では密度の高い場よりも時間の流れが速まって観測される。だがそのこととは別に、実際に抵抗が薄くなるために場に存在する物質の運動速度は加速するはずだ。重力のない宇宙空間では地上よりもちょっとの力で物体を動かせるのは、この原理が働いているからなのではないか。加速しているのだ。物理的に。(定かではない、適当なでたらめ妄想なのであった)」「思考実験をしましょう。同じ体積の立方体を二つ用意する。片方には、1トンの水を。もう片方には超精密小型カラクリロボットを無数に詰めて、総重量1トンにする。二つとも同じ1トンの立方体である。だが一方はただの水分子の集合体。もう片方は、緻密に編まれた無数の部品から組みあがったロボットの集合体である。質量が同じなのだから、その立方体を動かしたときの運動は、どちらも同じはずである。精密ロボットが無数に詰めこまれた立方体の内部では、ロボットが身動きをとらずにしかし内部構造を目まぐるしく起動させているとする。いわば拡大して解釈すれば、いっぽうは均一で超一様な宇宙であり、もういっぽうは銀河団を無数に内包した宇宙である。このとき、1トンの立方体双方に働く物理法則は、まったく同じであるか否か。十文字以内で答えよ。(十文字は無理ちゃう?)」「先述の思考実験は、人間などの複雑な機構を多重に内包されて編まれた構造体にも言えることです。細胞を一単位として見たとき、人体は数多の作用の「連鎖と断絶と変換」によって枠組みを維持します。それら「連鎖と断絶と変換」を有しない一様な、たとえば同じ体積同じ質量の鉄の塊と比べて、そこに生じる物理現象は、等しいと見做してよいのでしょうか。(同じ体積における)質量が同じだから同じ、は成り立たないと思いますが、いかがでしょう」「補足。上記思考実験について。たとえば外部干渉を加えたときの【内部の変化】は、これはハッキリと違います。熱伝導率から、腐敗(風化)の進行の仕方まで。それはたとえばダウンジャケットが無数の気泡を内包することで断熱材の機能を向上させるのと似た理屈です。そして上述した「連鎖と断絶と変換」は、まとめて遅延と言い換えることが可能です」「ただし、遅延にも大別すれば二種類あるでしょう。粒子や波の衝突による遅延。そして密度が下がり希薄化した場における変遷そのものの遅延。干渉し合わなければ遅延は生じませんので、干渉し合わない状況を考えると「A:干渉し合ったがために生じた遅延の効果による時間の流れの遅延」と「B:そもそも干渉する余地が確率的に低くなった希薄化した場における遅延」の二通りが考えられます。渋滞か過疎の違いですが、どちらも見かけ上は遅延に映ります。(だからどうした、という声には、どうもしませんが、と応じましょう)」「デタラメを並べるのは楽しいな。何の責任もない」「責任はあるんじゃないかな」「何の責任?」「デタラメを真に受けちゃうかもしれない人への責任だよ」「あとはそう、デタラメを真に受けた人が第三者へと及ぼす危害への責任」「重大じゃん」「そだよー」「きみはいくひしさんの言うことを真に受けちゃいやよ」「考えよ。きみは考えるのだ。そしていくひしさんの疑問に答えておくれ」「他力本願か」「そだよー」


3817:【2022/07/22*新作は遅々として進まぬ】
知能が、「ある環境下における問題をより少ない手順で解決できるか」で定義可能であるのなら、急がば回れのように、「この環境下では手順が多いので知能が低いと計測されるが、しかしこちらの環境下ではその手順の多い手法を利用することで、よりシンプルに問題が解決可能だ」となる場合もある。言い換えるのなら、知能とは環境によって変わるものであり、絶対的に定義可能ではないのだ。ラグ理論の「遅延」とすこし似ている。集積回路にも。或いはマグマだ。マグマは、マグマ溜まりに蓄積されたマグマが限界を超えると噴きだす。マグマ溜まりに蓄積されるマグマの量が多ければ多いほど、噴火の規模は増す。威力を増す。遅延が蓄積されればされるほど、そこに創発する性質やエネルギィが顕著になったり高まったりするのと似ている。マイナスとて、掛け合わさればプラスになる。そのプラスとて、ほかのマイナスの場では、マイナスになるのかもしれないのだ。定かではありません。


3818:【2022/07/22*素とは?】
さいきん気づいたんですけど、「いくひ誌。」はなんだかんだ言いつつ小説だよ~、と言い張っていたら、本当にそういう視点で「いくひし」や「まんちゃん」なる小説の人物がいるように文字を並べていることに気づきました。キャラを演じていたんですねぇ。そう言っていたし、自覚していたつもりで、本当はけっこう本性(?)というか素のじぶんじゃないですけど、隠している部分は全然まだまだたくさんあったみたいです。知りませんでした。


3819:【2022/07/22*文章とは?】
文章にした時点で嘘になる、は真だと思うし、文章にしか滲まない本性もある、も真であるように思います。


3820:【2022/07/22*我とは?】
なんだろ。急に我に返ってしまったな。返ってみるまでは、我を失っているとは気づけない。人とは我に返りし者、されどすぐに失う者。我とは裏返る一瞬に垣間見える、一時の幻想、調和、砂時計の真ん中なのかもしれぬ。我は誰なり。これは誰なり。刹那刹那に、偽り、隠し、演じる者なり。せちゅなせちゅなだよ。(けっきょくダジャレかい)


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参照:
2447:【対応できるくらいがちょうどよい】https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex/news/1177354054893176126
2962:【2021/04/17*水だって飲み方によっては死ぬ】https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex/news/16816452220866032467
3001:【2021/05/27*分母が多ければ例外出現率もまた増える】https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex/news/16816452220957406581
3027:【2021/06/20*妄想ですのでうんにゃらかんにゃら】https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex/news/16816452221010954672
3048:【2021/06/28*聞きかじり虫】https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex/news/16816452221214007896
3054:【2021/07/01*分け合ってほしいです】https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex/news/16816452221260712550
3379:【2022/01/05*あれについての所感】https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex/news/16816927859426530149
3668:【2022/05/27*兆候を長考】https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex/news/16817139554801077597
3674:【2022/05/30*誰も指摘してないのはなぜ?】https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex/news/16817139555060217241
3778:【2022/07/09*推奨させてくれ】https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex/news/16817139556415614281

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