• 異世界ファンタジー
  • 現代ファンタジー

いくひ誌。【3051~3060】

※日々、バックアップをとり忘れる。

(2021/07/02*記事3051~3055を間違って消してしまいました。カクヨムさんの近況ノートとpixivFANBOXさんほうに掲載していたのですが、間違って両方ともきょうの分の記事3056を丸ごと上書きしてしまって消えてしまいました。消えた記事のうち二つはショートショートで、すでにバックアップをとってあったので無事でしたが、消えた残りの二つを記憶を頼りに復元しますので、その旨、ご了承ください)(以前はバックアップをとっていたのですが、今年の六月に日誌を再開してからとる習慣をサボっておりました)(バックアップをとるようにすることに加えて、コピーしたデータが履歴に残るクリップボードを活用したいと思います)


3051:【2021/06/29*助走のエキスパート】
怠け道を極めすぎたからか、さいきんになって気づいたのが、本気をだすというのも、本気をだす練習を日々していないとできなくなるぞということで、いくひしさんはもう本気をだせなくなってしまった。(助走だけでも体力や技術がいるので、衰えてしまうと助走だけであっぷあっぷとなって、最高速度や最大出力に達せなくなるのかもしれない)(助走だけなら本気、とも言える)(助走のエキスパート、助走の天才と呼んでいただきたい)(そのうち助走すらできなくなりそうだね)(そしたら歩けばいいさ。ゆっくり歩きながら、道端の草花に目を留め、ときに歩を止めて、そこに立つからこそ望める風景を味わおう)


3052:【2021/06/29*食欲がなくて】
橋本さんの家で晩御飯を御馳走してもらうことになった。橋本さんはバイト先で仲良くなった三十代の男性で、世界中を旅してまわった経験などを楽しく聞かせてもらったりして、同性ながらにほんわかとした憧れと親しみやすさを覚えていた。話が弾んだ流れで、そのまま橋本さんの家に寄ることになった。そこで橋本さんは、お得意の料理だというパスタを作ってくれた。イカスミが練ってあるパスタで全体的に黒い。「お代わりいっぱいあるから遠慮なく言ってね。美味しくなかったら残していいから」「いえ、美味しそうです」運ばれてきたパスタからは湯気が立ち昇り、香りもよく、口内にしぜんと唾液が滲みでた。橋本さんの分はこれから茹でるようだ。冷めないうちにさき食べてていいよ、という言葉に甘えて、さきにパスタをフォークで巻き取り、口に運んだ。味はよかった。だが、二回、三回、と咀嚼するうちに、異物感を覚えた。噛み切れない麺がある。いや、麺ではない。この感触には馴染みがあった。ちいさいころ姉といっしょに昼寝をしていたのだが、そのときよく姉の髪の毛が口の中に入って、(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054929635664


3053:【2021/06/30*アホウの王】
これはあくまで僕が体験したことではなくほかのいくひしさんから聞いた話になるのですが、みなさんはご存じでしょうか、親知らずは口の奥ばったところに生えていて、どれほど毎日歯磨きをしていても虫歯になりやすいんですね。で、ほかのいくひしさんも例に漏れず虫歯になってしまったらしく穴がぽっかり開いたらしいんです。というよりも半分ほど溶けてなくなってしまったくらいのひどい虫歯だったらしくて、とっくに歯の根っこは半分ほど死んでしまっていて、ずっと痛みはなかったらしいのですが、さいきんもう半分の根っこのほうにまで虫歯が浸食してきたようで、それはもう痛くて夜も眠れなかったほどだったそうです。じっとしていることもできずに、指を順々に切断されたほうがマシだと思うほどの痛みで、しまいには歯だけでなく頭痛までひどくなり、顔の半分がなくなったかと錯誤したほどの激痛が襲ったんだそうです。僕なぞははやく歯医者さんに行ったらよいのではないか、と思うので、そのように進言しましたところ、そのいくひしさんいわく、負けたようで気に食わねぇ、だそうです。「痛みに屈して歯医者の世話んなるなんざ人間のすることじゃねぇ。この程度の痛みに屈してられっかよ。痛みってぇのは、屈服させ、押さえつけ、支配するもんだ。それができねぇで歯医者になんか行けるかってんだ」僕はそれを聞いて感心しました。どうしたらそのようにかっこうをつけながらドアホウなことを言えるのだろうかと。根がアホウなのです。歯の根っこは死んでも、アホウの根っこは健在です。ああだこうだ、としゃべっているあいだにも激痛は襲っていたようで、そのいくひしさんはその場にしゃがみこんだかと思ったら、呼吸を浅くして、額に汗の玉を浮かべながら、すこしの振動も生まぬようにと石像の真似ごとをはじめました。声をかけてもよいものか分からず、そのまま見守っていると、こんどはすくと立ちあがり、「痛みの波が弱まったんで帰けるわ」と言い残し去っていきました。呼びだしておいて、一方的にしゃべり倒して、僕のことは置き去りです。歯の根っこだけでなく性根まで腐っているのです。数日後に、顔を合わせる機会があったので、歯の調子はどうですか、と訊ねましたところ、「人間の味わえる最高の快楽って何か知ってっか」とまたぞろ意味蒙昧に反問されたので、「いいえ、知りません」と軽く流してしまったのかよくなかったのか、この世の真理を教えてしんぜよう、とでも言いたげに迫られ、無理くりその場に座らせられました。「あの、ここ車道なんですけど」「最高の快楽ってのはな。人間の味わえる最高の苦痛を味わったのちに訪れる苦痛からの解放だ」「あの」「だからわかっちまうよな。どんな死であっても最後は究極の快楽を味わえんだから、死ぬってのは気持ちいんだ」「車が」「死んじまうほどの快楽をもたらすくらいの苦痛だってだけで、そこで死ななけりゃ、すぅと途切れて極楽の快楽を味わえる。苦痛からの解放って快楽をな。苦痛はいいぞぉ。なんてったって極限の快楽の種なんだからよ」「あの、車に轢かれちゃいそうなんですけど」「おっと、わりぃわりぃ」ひょい、と歩道に引っ張りあげられた。釣られた魚の気持ちが分かるようだ。車が背後を猛スピードで通り過ぎる。「どうよ、危機一髪の緊張感から脱した気分は。な、最高だろ」なるほど、と僕はずばり見抜き、「さては歯の痛みが引いてご機嫌ですね」これでやっと歯医者さんに行けますね、と迂遠に治療を勧めましたところ、「はぁ? なぁんで痛くもねぇのに他人さまに口んなかイジイジされなきゃなんねぇんだ」と欠伸をされてしまい、閉口するよりありませんでした。ちょうどバスが来たので、蹴飛ばしてみようかと思ったけれども、思い留まりました。僕の性根はまだ腐っていないのです。虫歯もありません。歯磨きと歯医者さんが大好きなのです。みなさんはぜひともあのようなアホウの王を見習うことなく、歯が痛くなる前に定期的に歯医者さんに通ってください。本日の「いくひ誌。」を担当しましたイクビシマンでした。


3054:【2021/07/01*分け合ってほしいです】
感染拡大地域である都心に優先してワクチンを配るという理屈が通るのであれば、感染の拡大しつつある国々にも優先的にワクチンを配るのが道理ではないでしょうか。こたびの疫病は、一か国だけで対策を練っても効果は薄いとすでに判明しているはずです。一部の国だけが予防を徹底したところで、ほかの国で感染が拡大すれば、ウィルスが変異し、新しい形質を獲得して、悪影響を増すだけではないのでしょうか。油断をすれば、指の合間からすり抜けて、各地でふたたび悪果を振りまく可能性が高いように思います。予想外の事態に見舞われないためにも、世界的な視野を維持して対策を練ることが欠かせません。そのため、短期間での総力戦を仕掛けるのは悪手に思えます。もちろん短期集中の戦略が功を奏することはあるとは思いますが、いまのところイチかバチかの賭けに打ってでているように見えてしまいます。ワクチンの供給量が需要をまかなえるのならばいまのままの方針でも構わないとは思うのですが、いささか楽観的すぎるように思えます。逐次対応は欠かせませんが、同時に最悪の事態を想定して、回り道だとしても外側から悪因を潰していく戦略を選択していかないことには同じ轍を踏みつづけることになり兼ねません。長期戦を覚悟してでもまずは、抑えるべき地域から順に抑えていく戦略が求められているのではないでしょうか。いたちごっこに陥いらないためにも、余裕のある国はワクチンの接種率が八割に満たずともまずはよしとし、余裕のない国や地域を優先してワクチンを配るほうが合理的な判断に思えますが、いかがでしょう。接種を広く人口に普及させるにはワクチンだけではなく、仕組みがいるはずです。やはり余裕のない国や地域にこそ支援や援助がいるのではないでしょうか。ワクチンは万能ではありません。以前のような生活に戻ろうと焦るがあまり、視野が狭くなって感じられます。自国さえよければそれでいい、という時期はとうに過ぎたはずです。ほかの予防策を崩さないようにしながら、いま何が本当に必要とされているのかを、いまいちど洗い直す時期なのではないでしょうか(以前のような環境に戻るということは、以前と同じ悪因を放置することのように私には思えます)(定かではありません)。(もやもやした妄想を並べただけですので、真に受けないでください)


3055【2021/07/01*散歩日和】
無職になって半年が経った。家に引きこもりっぱなしの生活がつづいていたが、日に日に手足が細くなっていくのに怖気づいて、散歩を日課に取り入れた。近所をぐるっと回るだけだ。三十分もかからない。日中はソファに寝そべりながら映画を梯子する生活だったので、日差しを浴びる日々はそれなりに細胞が活性化するのを感じ、メリハリがついた心地がした。散歩は雨の日もつづけた。一度でも休んでしまうと途絶えると経験上知っていたからだ。お馴染みの散歩コースにも飽きてきたころ、新しく通った道で、子ども連れの女性を見かけた。親子だろう。女性は子どもと手を繋いではいるが、もういっぽうの手でメディア端末を操作し、子どもを見ていない。なんとなしに目が行ったのは、子どもが車道側を歩いていたからだ。危なくないかな、と不安になった。道幅はぎりぎり二台の車がすれ違えるか否かといった狭さだ。子どもの有無に関係なく、女性のほうはまえを向いておらず、不注意で危険に思えた。とはいえ、声をかけてまで解消したい不安ではなかった。なんとなく、女性と子どもの関係が、母子のそれではないにように見え、(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054934291495


3056:【2021/07/02*じつはそうなんです】
いくひしさんは2008年まではほとんど本を読まない生活を送っていたので、もちろん文豪だとか大御所作家だとか、いわゆる名作というものに触れてこなかった。古典と呼ばれる本は、未だにほとんど触れる機会を持てていない。だもので、もちろん星新一の作品群にも触れぬままでいる。有名どころの作品は、SNSでそれとなく概要が流れてくるので、こういう話があるのか、といった程度の認識は持っている。ただ、星新一の本を購入して読んだことはない。書店さんの新刊コーナーを覗くのが趣味なので、復刻版があれば気になって手にとることもあり、そのときにぱらぱらとめくったりはするけれども、一作を通しで読んだことはない。文体が好みではないのかもしれない。どちらかというと神視点よりも一人称のほうが好みなので、仮に三人称であったとしても、一視点であってほしい。これは完全なる好みの話だ。日本で一番の多作って誰だろう、と気になって、パチポチと検索するのだけれど、海外に四千作をつくった作家さんとかがいてびっくりする。日本だとやっぱり星新一なのかな、と思ったけれど、そのお弟子さんで江坂遊という作家さんが2020年時点で1500作をつくっているらしく、そちらの方のほうが作品数で言えば上だ。ただ、ほとんどがショートショートらしいので、それだったら百文字小説で北野勇作という作家さんが2021年7月現在で3204作をつくっているので、多作という意味ではこちらの方のほうが現在日本一なのではないか、と思っている(どちらの御仁も現役で活動していらっしゃるようですから、まだまだ作品数は増えていきそうです)。いっぽう、北野勇作さんの百文字小説は、それこそ百文字のショートショートなので、文字数に換算したら全部合わせても三十二万文字くらいなので、文庫本にして三冊くらいの分量となる。冊数という意味では、赤川次郎という作家さんが、2015年に580冊を超えたようなので、現時点ではこの方が刊行冊数としては最高なのではないか。よくは知らないが。ただ、作家や記事によっては、同じ作品であっても単行本と文庫本を分けて扱わず累計で数えていたりするので、単純に580作の長編(や短編集および連作短編)をつくったのかは分からない。公式に単位を統一してほしいなぁ、と検索していてもどかしく思った。どうしてこんなことを検索してみたのかと言うと、毎日一作つくっていれば三十年で一万作を超えるわけで、プロの小説家のなかにはそれくらいこなしている人がいるのかも、と気になったからだ。でもいないらしい(アマチュアのなかにはいるかもしれない。まだ見つかっていないだけで)。三年でも千作は超えるのだ。毎日でなくともいいので、本業の片手間にでも息抜きにショートショートをつくる習慣をつくるとよいのではないかな、と思った。以上、できもしないことを高望みするのが得意な本日のいくひしまんでした。(多作であることにさしたる意味はない。たった一作でもよいから内なる世界を理想どおりに編みだせたら御の字である)(駄作であろうとつくっているあいだに凝縮した時間を過ごせたならば重畳だ)


3057:【2021/07/02*人間は猫よりも忌なり】
担当編集者から返ってきた原稿をさっそく検めると、「この描写、ネコでなきゃダメですか」と赤字が入っていた。昨今、動物愛護の観点から、猟奇的な描写がNGになりがちだ。とくに猫の虐待は忌避される。人間をこっぴどく扱っても看過されるのに、それが猫だとダメなのだ。何かが歪んで感じられるが、解らない感覚ではない。人間の一人や二人がいたぶられようと、それが虚構の世界ならばスカっとすらする。しかしそれが猫であるだけで呵責の念を覚えるのだ。人間は死んでも仕方がないが、猫だけは助けてあげたい。助けられないじぶんの無力さをひしひしと感じてしまう。そうした心理が湧くからこそ、敢えていたぶる描写をもうけることで、読者の感情を乱そうと試みたのだが、やはり通らなかったようだ。似た問題で編集者と揉めたのは一度や二度では済まない。締め切りがちかいため、今回は修正案通りに進めた。仕事がいち段落ついたころ、ふと実験したくなった。虚構では観測される同情の非対称性が、現実でも働くかが知りたくなったのだ。人間と猫とでは、真実に猫のほうが優遇されるのか。痛めつけた場合、人々は真実に、人間よりも猫を優先してしまうのか。まずは入ったばかりの原稿料で、人を雇った。五十代の男だ。男にウィークリーマンションを借りさせ、その足で、保健所のまえに待機させる。子猫を捨てにやってきたやからから無料で子猫を引き取らせ、借りたばかりの部屋にて子猫を受け取ったと同時に、男の首を絞めて拘束する。人間と子猫の両方を手に入れたら、あとは単純に(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054947455011


3058:【2021/07/03*力量不足】
つねにつくりかけの物語が溜まりつづけるので、ちょこちょこと進めてはいるものの、新しくつくりかけが増えると、進捗が分散するので、まるでアキレスとカメを実演しているみたいで、ぺけぺけと目が回る。頭が毎秒毎時パンク寸前で、否応なく能力不足を痛感する。つくりかけの物語を、なんとか順々に消化してはいるものの、やっぱりそのあいだに新しくつくりだしてしまうので、いかんともしがたい。長編から優先的に閉じていかないとそろそろ頭のなかからも弾きだされてしまって、またいつぞやのように、えっ!?こんなんつくった憶えないんですけど、となってしまうので気をつけなくてはいけない。たまにほかのいくひしさんに、あなたじぶんでつくった作品全部ちゃんと憶えてるの、と問われるけれど、まあまあそこそこふぬふぬ程度には憶えていられる。と思っているだけで、本当は忘れているのかもしれない。とにかく分身がほしい。サボる用のいくひしさんと、遊ぶ用のいくひしさんと、三大欲求満たし用のいくひしさんたちと、あとは仕事用と対人用のいくひしさんはいなくて済むならいないほうがよいと思う。なんもしないでも生活できる環境のほうがほしい。なんの話だ。ともかくとして、息抜きの創作をしだしたときはかなり行き詰まってきている証拠なのだ、なんとかしなきゃなぁ、とぼやいて本日のいくひしさんでした、にさせてくださいな。(駄作ですらろくにつくれないなんてよっぽど才能ないのね、としょんぼりしちゃうけど、それでもまあまあそこそこ、うふふ、へへへ、程度には楽しいので、結果よしとする)(よしや!)


3059:【2021/07/04*公衆電話】
都心に引っ越した友人が夏休みがてら地元に帰ってきたので、久々に会って話をした。都心の生活は刺激的で、時間の流れが早く、田舎とは大違いだ、といった所感を延々聞かされたあとで、それでもやっぱりこっちが落ち着くわ、との一言を引きだして、こっそり満足する。友人は、半年のあいだで姿を消した駅前の店々のことに言及し、新しく増えたチェーン店に対して、こっちに戻ってきてまで見とうなかった、とぼやいた。私は田舎の空気も、地元の飾りっ気のない風景も好きだったので、友人のそうした都心へのぼやきを聞くと、やはりこっそり何かが満たされた心地がした。ほどよく酔いが回りはじめたころ、「そう言えばこっちに公衆電話ってないよね」友人は素朴にごちた。「公衆電話って、久々に聞いたよ。もうとっくに撤去されたでしょ。都会にだってないでしょ」「あるよまだ。需要があるってことなんだろうね。災害用の予備ってことかもしれないけど」「ああ」「でもさいきんちょっと不気味な体験してさあ」思いだしたくない光景を思いだした、といった調子で友人はカラのカップに目を落とした。氷が、からんと音を立てる。「駅から家までのあいだに人通りのすくない道があってさ。高架線って言うの? 頭上に電車の通る道が橋みたいにずっと伸びてて、その下に、ぽつんと公衆電話があるのね。ベンチとかもあって、(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054947455011


3060:【2021/07/04*見守る者】
動画投稿サイトを巡るのが趣味だった。有名どころの動画配信者にハマったのがきっかけだったが、徐々に物足りなくなり、いまではまったく知名度のない、それでいて才能のある配信者を探すことに楽しみを見出している。その男は、まったくの無名だった。十年以上前から動画を毎日のように投稿していながら、アカウントの登録者数は一ケタ台だった。だが、さすがに長年配信しつづけているだけあって、しゃべりは安定しており、動画編集の腕もよかった。毎日、大きな世界地図の貼ってある壁を背後にして、日々思ったことや考えたことを、一人二役で寸劇のように披露したり、ときには漫才や講談、落語の体で語ったりしていた。すっかりファンになった。だが他人からの評価を気にしていない達観した配信者でもあったので、無理に宣伝をしたり、高評価をつけたり、感想を送って交流を図るのはかえって迷惑かと思い、こっそり見守る日々を送った。そのあいだに私は私で、転職をし、引っ越しを済ませた。以前から計画していたことだ。新居はアパートだ。張り替えられたばかりの畳が気持ちの良い、小奇麗な部屋だった。窓からは神木じみた立派な樹が見えた。引っ越してから気づいたが、夜な夜な、キィキィと家鳴りがする。眠れないほどの音量ではないが、気が散るのはたしかだった。ある日、数日のあいだ例の配信者の動画更新が止まった。心配になったがどうすることもできない。更新の途切れた件のチャンネルを欠かさず確認していると、ひと月後には動画が一件投稿された。配信者はずいぶんとやつれていた。なぜかいつもの壁からは地図が剥がされており、配信者は、重大な事実を明かすように、じつはこれまでの動画は予約投稿なのだ、と語った。撮り溜めた動画を自動で更新させていたらしい。最新動画と収録日時のあいだにはだいたい半年ほどのズレがあるだろう、と告げ、きょうは趣向を変えてライブ配信にします、とカメラの位置をずらした。天井からは縄が垂れていた。配信者は、この動画も自動で配信されるはずだ、すぐに消されるだろうから観れたひとはラッキーだ、といった旨を述べた直後に、縄で首をくくった。配信者は痙攣し、しばらくすると動かなくなった。配信者だったものがゆらゆらと揺れるたびに、動画からは、キィキィと不規則な音が響いた。これまでとは違った角度から撮られた動画のなかには、窓があり、そこにはどこかで見たような神木じみた立派な樹が覗いている。


______
参照:いくひ誌。【991~1000】
https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex/news/1177354054884688593

コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する