※日々孤独に磨きをかけていく、いつか擦り切れ、なくなることを祈って。
991:【よくある話8】
通勤のバスから毎日見下ろしている。小学校が近くにあるらしく、朝などは子どもたちをよく見かける。初老の女がたびたび横断歩道にお線香を供えていた。事故でもあったのだろうか。ある日、姿を見かけたので声をかけようと近寄ったところ、はっとして通り過ぎる。女は束にした釘を地面に置いていた。
992:【よくある話9】
古い旅館だ。露天風呂が評判で、夜などは星がきれいに見える。裸眼なのが残念だ。壁にちいさな鏡がはまっている。老けたな。ぼやけた像でも落ち込むには充分だ。上がろうと思い、腰をあげる。ふと何かが引っ掛かり、もう一度鏡を見遣る。腕を伸ばす。腕はするすると伸び、奥には崖が広がっている。
993:【よくある話10】
子供の歯磨きを手伝った。第一次反抗期なのか、泣きじゃくって難儀する。頭を掴み、無理矢理に口のなかをごしごしやった。「べーして」命じると、我が子は真っ黒い液体をどろりと吐きだす。はっとする。目を転じる。掴んでいたのは髭剃り用カミソリだった。
994:【よくある話11】
田舎道だ。ふと歩を止める。アスファルトに何か埋もれている。なんだろう。エリンギみたいな。「耳ちゃう?」振り返ると、顔見知りのおじさんが覗きこむようにしている。業者に知り合いがいるらしい。聞いてみるわ、と言って去ったきり、おじさんは行方不明になった。例の道は新しく塗装されている。
995:【よくある話12】
河童を探しに行った。途中でみなとははぐれてしまったが、池には辿りついた。何かが激しくしぶきを撒き散らしている。大きな手が伸び、どっぽんと沈んだ。私は逃げた。後日、友人の一人が溺死体で見つかった。私はみなに打ち明けた。「いいんだ」みなはうつむく。「アイツはたぶん、逃げなかったんだ」
996:【よくある話13】
矢印を見つけた。地面に壁にポストにと日に日に増えていくそれは、ふしぎと私の家の方向を示しつづける。距離が近づいていくのを不気味に思いはじめた頃、玄関に矢印が書かれているのを見つけた。通報しよう。扉に鍵を挿しこんだところで手が止まる。向こう側から音がする。何かが扉を引っ掻いている。
997:【よくある話14】
女子たちをぎゃふんと言わせたかったので、肝試しをした。男子全員がグルだ。僕が校舎に潜み、外からそれを目撃してもらう。女子は悲鳴をあげ、泣き喚いた。翌日、盛大にネタばらしをする予定だったが、できなかった。女子たちが口々にこう言うからだ。「だって男のコのうしろにお坊さんがぐわーって」
998:【よくある話15】
赤い階段と呼ばれる道がある。よく運動部がジョギングをしている。飲み会の終わり、歩いて帰宅するときにその道を通った。上り坂だ。夜中なのに、上のほうから列になって駆け下りてくる一団がある。暗くて顔はよく見えない。すこししてから振りかえると、同じ顔がじっとこちらを向いている。
999:【短い話】
140字くらいの短いのだと新しいことをするのはむつかしい。既存の物語の文脈を利用しないと圧縮できない。見たことのないアイディアをこの分量でやるのは、相当むつかしい。というよりも、読者におもしろいと思ってもらうには、読者のほうにもそれなりの負担を担ってもらわないといけなくなる。オチをつけるならなおさらだ。ただひたすら、むつかしい。また、短い話、とくにホラーの場合は、オチがあると途端に嘘くさくなる。本当にあったことのように怖さを伝えるには、オチがないほうが効果的だ。今そこで体験したばかりの話をするみたいに語れれば、才能あるな、と感じる。いくひしにはできない。センスないのでもうやめる。だいいち、1000作つくって14万字、長編一作分しか溜まらないのでは、それこそ堪らない。やってられっか、というやつだ。おもしろいだけに、ハマる前にやめておこう。短くとも、一作5000字くらいがちょうどよい。むろん、いくひしにとっては、という話である。
1000:【とくになし】
いくひ誌。千記事目ですが、とくにないです。まとめれば単行本四冊分くらいの文字数にはなってるかな、と思います。ただ、短編などを除外すれば、三冊ちょっとかな、という気もします。いつかまとめて電子書籍化しようと思っておりますが、何年先になるかは分かりません。ひょっとしたらある日とつぜん消えるかも分かりません。仮に消えても誰も困らないでしょう。読んでくださったり、感想を書いてくださったり、評価をつけてくださったり、うれしいです。ありがとうございます。かといってそれが新作をつくるモチベーションに繋がるかといえば、あんまり関係ないかもしれません。評価されようがされなかろうが、つくろうと思ったときにつくり、やめようと思ったらやめます。あなたに読んでほしいし、あなたのようなひとに向けて物語を編んではおりますが、かといってあなたに見向きもされずとも、いくひしは細々とつづけていくでしょう。そしてある日、ぱったりとやめると思います。あなたのお陰ではありますが、あなたのせいではありません。たまに、ひっそりと覗いてみるくらいがちょうどよいように思います。いくひしのつむぐような物語が必要でない人生のほうが芳醇で、実りがあり、豊かで、すこやかだと思います。あなただけの物語を、あなたの手で築きあげていけることをいちばんに願っております。ん? なんですか? 真面目すぎてつまんない? ごめんね。
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参照:いくひ誌。【01~10】
https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex/news/1177354054881262056