藤咲 沙久

落語『時蕎麦』をご存知だろうか。 詐欺を目撃した男が手法を真似ようとして下手を打つ笑い話だ。 しかし、それをさらに目撃した人物がいたとしたら。奇妙な支払いの謎に迫り、時蕎麦ならぬ…

恋は盲目、そんな言葉でも表せるかもしれない。好きな相手のことならば、何を知っても心が高揚するのだ。

同じことが好きなんじゃない。 同じことが出来るんじゃない。 それでも、あなたと過ごす時間が好きだった。 私とあなたは確かに、友達だった。 これは、絵を通して心を通わせた少女た…

カクヨム・アニバーサリー・チャンピオンシップ……通称KAC。それが、俺の待望していた楠葉の“カク”デビューの舞台となった。 「待ってほんま地獄やんこれ……」 「わかるー」 ──…

あの夜、俺は──…… 良心の呵責に苛まれた夫が、罪の告白を始めた。それまでの穏やかな日々が終わろうとしている。 許せない、許したくない、それでもまだ愛してる。複雑な思いに揺れる…

ついカッとなってしまったのは、営業エースとしても失敗だったと反省している。 「……とはいえ、なんかあの二人ムカついたんですけど！」 営業トップ成績を誇る峰岸美奈と、パーフェクト…

「今度はこっちを折るんや。そう、そう……慎太郎は上手やなぁ」 タタン、タタン。病院へ向かう電車の中で、随分昔の記憶がよみがえる。懐かしさに微笑みを浮かべながら、隣に座る息子の頭…

努力して、稼いで、実力によって勝ち取る。そうやって叶う夢は本当に最高だろう。 でも、それ以外にもあっていいんじゃないだろうか。 【KAC2024参加作品②：住宅の内見】

志摩宏太と南野葵。互いに想い合っていることにいち早く気づいていた共通の友人たちは、とにかくこの一年もどかしい気持ちであった。 さっさとくっついてイチャイチャして欲しい、でも初々し…

人間は多面的な生き物。楽観的なわたしも、神経質なわたしも、バラバラのようで全部がわたし。二重人格だって？　そんな大袈裟な話じゃないよ。もっとシンプルに考えてくれ。 例えば一人で過…

男は、最愛の妻を看取った際に大きな後悔を抱えていた。死にまつわる強い記憶が隙になったのだろう。そこにつけこみ自らの領域へ引きずり込もうとする異形が──口端を吊り上げた。

昼夜交代制、工場勤務。どちらかといえばベテラン組だ。幸い身体は丈夫だが、そろそろ契約継続も危うい年齢になってきた。 こんな冴えないじいさんでも、職場唯一のお嬢さん──……佐藤さん…

「なんで元彼の回想にひたらにゃならんのよ。お呼びじゃないっての」 結婚を控えている汐見悠は、三十年間過ごした実家から引っ越すため荷造りに追われていた。しかし「不要なものを処分す…

クリームソーダを挟んで向き合う、喫茶店での創作会議。河野にとって早坂は唯一小説の相談が出来る友人だ。 行き詰まっていた河野に、早坂は「魔法」というお題を与える。そのキーワードから…

「私がマダムなら、貴方はミスターかしら」 上品な仕草で笑う女性と、優しくも口下手な男性。年嵩の二人は古い映画の再上映をきっかけに出会った。当時誰もが夢中になったラブストーリー、…

冬子は言い訳が下手だ。 冬子はとても強かだ。 冬子はズルい女だ。 ああ、それでも、私は冬子を愛している。 【KAC2023参加作品⑦：いいわけ】

──いい歳した男が二人揃ってまあ、膝付き合わせてトランプなんぞ楽しいかい。 なんてことはない、ただゲームをしながらとりとめもなく話す気楽な会話劇である。 【KAC2023参…

とある屋敷のベテラン老執事、白石。 お仕えする百合子お嬢様の可憐さ、優しさに、それはもう孫を可愛がる勢いでメロメロだ。 そんな白石の楽しみは、ミステリーの如く難解なお嬢様の脈略…

「鏡花……女の子かな」 真夜中、いつものようにアクセスしたSNS“rabbit chat”──ラビチャで、風変わりなトークルームを見つけた。参加者はひとり。 入室のために必要なパ…

クラス対抗演劇大会も目前、今日も鬼演出家が口うるさい。その様子を後ろからぼんやり眺めながら、この時間を趣味に費やせたらと考えずにはいられなかった。 ──当日、あんな危機が起こる…

「苗字の読みも漢字も難しくて覚えられない？　とんだ苦情だな……わかった、泣きそうになるなって。まあそれなら瑞樹でいいよ。そう呼ぶ人も多いから」 大学の講義室でこんな会話を交わし…

──てっきり、知らないうちに自分から死んだものかと。 日々膨大な仕事に追われ、そのくせ金もなく、男は朦朧とした意識のまま歩いていた。そこに差し込む一筋のオレンジ色。引き寄せられ…

結婚前提の同棲を控え、幸せいっぱい。 ──と、言えたらよかったのだが。 実家を出るのは初めて、住居はまだ決まらない、共働きで家事を回せるか心配、おまけに仕事にも大きな変化が。ぐ…

残業前、不意に感じた懐かしい秋の香り。密かに胸を高鳴らせていた思い出がよみがえる。そうやってつい浸っていた僕へ、楠木先輩が楽しそうに笑いかけてきた。 「金木犀の香りに思いを馳せ…

お題の言葉に添って書く140字小説、ついに第二弾です。もちろん一話完結なので②からでも一切問題なく読めます。 甘いの、暗いの、ジャンルは定まらず様々。お好きな所から気軽に読んで…

丁寧に編まれた髪と、茜色の長い裾が揺れる。紅葉散る秋の休日。幼馴染みから関係を変えた二人は、初々しくも穏やかに、大きさの違う手を重ねた。 「ミチは、東京の大学受けるんやろ」 …

「スケジュール間に合うんですか？　ほら早く描く」 ペンを回すだけで原稿が進まない先生を叱る。掃除、洗濯、食事の作り置き。放っておいたら死にそうな漫画家先生の世話を焼くのは、編集者…

伊澄は幼い頃、激しい後悔と羞恥がトラウマとなりピアノを辞めた。 音楽から離れたまま高校へ進学するが、捨てきれない愛着により、楽譜を眺めるだけの放課後を過ごすようになっていった。 …

【15歳以上推奨／性描写なし】 ──いつからだろう、オレも吸うようになったのは。 甘い煙を吐くたびに思い出すのは、自分を捨てた男との会話だ。馬鹿馬鹿しいとわかっている。それでもオ…

まだ闇の深い朝。いつものように電車へ乗ると、誰も居ないと思っていたそこには咲乃が座っていた。ラケットカバーのピンク色が懐かしい。 「……なあ。降り零れるって言葉、知ってるか？」…

ここは歓楽街の片隅。金魚のオブジェを前にして、“私”と“弘子”さんは出会った。 マイノリティを生きてきた私たちは、少しずつ少しずつ、お互いの過去を語り合う。“私”が話す父の思い出…

詩集としてまとめました。 柔らかなタッチの、優しい言葉が多くなると思います。 嬉しい心、悲しい心、胸の中にたくさん在る“あなた”。 そのどれかに寄り添えたら幸いです。

三十も半ばを過ぎた小説家の男性。彼が突然“日記”を書き始めたのには、理由があった。 【KAC2022参加作品⑪：日記】

魔法使いは怒っていた。かの暴君は別に出てこないのだが、とりあえずお説教せねばなるまいと思った。 シンデレラが、24時までに帰ってきたのだ。 【KAC2022参加作品⑩：真夜…

時間と材料が足りない。ついでに実力も。 途方にくれた二十二時過ぎ、インターホンが鳴った。 「焦げ臭くってねぇ。何を燃やしたのぉ？」 新谷さん、燃やした前提で聞かないでください。…

二日間だけの小さな個展、その初日が終わろうとしている。最後にやってきた女性客が熱心に見ていたのは、鯨と、ヒマワリと、赤いランドセルを背負った子供の絵だ。 画家はその絵に、深い思い…

なんとなく出会い、なんとなく別れる。友達なんてそういうものだ。だけど私は映画を観るたびに、キネマのことを思い出していた。 あれは高校二年の夏だった。 私は初めて、キネマの声を聞…

──お前ら、さっさと付き合ってしまえ。 そんな本音を優しく隠しつつ、後輩は二人を見守っている。そんな彼らが楽しく飲み会中のようだ。 【KAC2022参加作品⑥：焼き鳥が登場…

私が祖父の住んでいた家に着いたのは、通夜も葬式も終えた後のことだった。もっと会っていればよかったと後悔する私のことを、片付けに来ていた伯父が迎えてくれる。 「吉野も八重ちゃんも、…

会場はリビング、照明は蛍光灯。大いなる目標を懸け、兄弟は笑顔でそこに飛び込んだ。 ──さあ、審査員を笑わせろ。 【KAC2022参加作品④：お笑い／コメディ】

華子さんはとにかく可愛い。笑った顔なんて最高だ。大好きな僕の彼女。 そんな華子さんをそっと見守り、的確に助け、誰よりも愛す。華子さんが笑ってくれるための努力は決して惜しまないのが…

友人と談笑する千世の背中を、楠葉は声を掛けることも出来ず眺める。千世と楠葉は小説書き仲間だ。しかし、千世にとっての楽しい時間はそれだけではないことを、楠葉はほんの少し寂しく思って…

「おじゃまします」 丁寧な挨拶で、楠葉は千世のいる寮の部屋を訪れた。大学で出会った二人は小説書き仲間だ。 物書きとして、友人として。どこか無自覚に──今日も互いを救い合っている。…

再テストさえ合格すれば終われる補習で、荒牧は最後の一人まで残っていた。ようやく帰ろうとした渡り廊下、ふと学校に響く“夏休みの音”へ耳を傾ける。 ──ペタリ、ペタリ。そこに迷い込ん…

「これはあくまで私の目線で拵えるものなので、猫くんからすれば間違いだと感じることもあるだろう。ある程度はご愛嬌ということで許されたい」 “私”こと藤子さんが、恋人の“猫くん”に…

「三森の分も調達してくるよ、メーカーや種類に指定はある？　緑のたぬきか、いいねぇ僕もそれにしよう」 15分後、帰ってきた風見が机に並べたのは二人分のたぬきそば──……では、なか…

彼女が突然口遊んだ有名なメロディに、俺は思わず眉を寄せた。きつねとたぬきが逆だったからだ。 そしてその歌は、すっかり仕舞い込んでいた懐かしい記憶を呼び起こす。 ──兄貴、元気にし…

「命あれば海月も骨に出会う」ということわざがある。長く生きていれば、海月も骨に出会い、骨の有る身になるかもしれない。そんな滅多にない幸運があるかもしれない、そう言う意味だ。 僕…

──夜は、嫌いだ。 理紀と琴音が同棲を始めて半年ほどが経つ。それぞれ昼と夜に働く二人の生活は常にすれ違っていた。寂しさが募り、宥めてくれる言葉にすら不安を感じる琴音。その頬を優し…

彼はプロポーズをした。彼女はそれに応えた。 さあ、あとは何の問題もなく結婚式を──挙げられない？ 思いがけない戦いが今、ほのぼのと始まる。 「教会」「かたつむり」「雲に梯」の三…