普段、私はほとんど近況ノートを書くことがありません。
どこかでも書いたのですが、お知らせするような近況がありませんし、更新の遅れなどのあまりネガティブなことを残したくないという理由からです。
もちろん、他の方の使い方にケチをつける意図はまったくありません。
ただただ私がそうだと言うだけですので、お気を悪くされた方がいたらお詫び申し上げます。
そんな私が珍しく、何だかここに書きたい気持ちになりました。
夜中でもないのに、ちょっと何となくハイになっていますので、内容的には何もないです。
何か中身のあることを書こうと思ったわけではなくて、いろいろなことを殴り書きしたくなっただけですので、本当に死ぬほどヒマな方だけお目を通してくだされば幸いです。
「いいね」を押してもらうことすら、はばかられる感じです。
読んでくださった方も、どうか読み捨ててください。
ハイになっているというは、拙作「職員室転移」の第二部第三章「レアリウス篇」をようやく先ほど書き上げたからです。
まさかこの一章だけで、217話も使うことになるとは夢にも思っていませんでした……(汗)。
まさに無計画の極みですね。
商業誌では決して許されないだろう放漫な執筆方法で、WEBという媒体のありがたみを身にしみて感じています。
これだけ話数を重ねますと、初期の頃と大分書き方が変わってきます。
一話当たりの文字数、改行のさせ方、漢字の閉じ方開き方、約物の扱い方など、今では何となく固まってきましたが、あれこれ試行錯誤した部分について、実はサイレント修正を施しています(汗)。
文字数については、最初の方は割と短めにしていましたね。
やっぱり取っつきやすさを重視していたので、多くても2000文字前後を心掛けていました。
でも今は、全然気にしてません。
ここまでお付き合いくださっている方々は、その辺はもう気にしていないんじゃないかなあなどと甘えています。
改行は……基本的に一文ごとですね。
会話文は、見やすさを考えて三行以上になる時には、前後一段分空けてます。
漢字については、今でも結構バラバラです。
約物は、昔の私は異常に「――」や「……」を多用しているように思えて、今はなるべく最小限に抑えるようになりました。
その良し悪しは恐らく人によって変わってくると思いますので、論じません。
悩むのは、かぎかっこの後の句点ですね。
基本的に文は「。」で締めたい派なので、会話ではなく強調の意味で使いたい時、たとえば
私の好きな言葉、それは「美しい」。
みたいな場合どうしてもつけちゃいますが、見た目としてどうなんでしょうね。
(笑)なんか、作中では使いませんが、私はこれも「(笑)。」のように句点をつけます。
箇条書きでも、最後は句点で終わりたいです。
単語だけとかの場合は、そう言えばつけないかも知れません。
……何だか作文のお作法みたいな話になってしまいました。
あくまで私個人のスタイルで、どなたに押しつける気はありません。
そう言えば、先日までカクヨムコンが開かれていたこともあって、PVや★、♥などに関する記事をたまに見かけます。
AIなんかもそうですね。
私は何の統計も取っていませんので、この辺についてはよく分かりません。
ただ……身もふたもない話になってしまいますが、★というのは面白さとはもうあんまり関係ないんじゃないかなと思っています。
当初はもちろんそういう意図で実装されたのでしょうが、今では何と言うかお中元とかお歳暮みたいな?
増やすにはとにかく露出しかない、これに尽きるように感じています。
♥も「読みました」「お疲れ様です」の印でしょうし、そう言う意味でXのインプレッションやリツイートみたいにSNSと何ら変わらないように思います。
そもそも、カクヨム自体が小説投稿サイトというよりも、SNSそのものだという話も割と耳にしますしね。
結局のところ、読んで評価をもらうためには露出を増やすしかないし、その方法も限られてしまっていますので、もし望むのならやることをやるしか、みたいな。
読み合いだって、例えばですが他の方の作品を10読んだところで、読み返してくださるのは1か2くらい、ゼロの場合だって珍しくありません。
だからとにかく、地道に拝読にうかがい、読んだら「執筆お疲れ様です。ありがとうございます」と♥を押し、読了したり一定以上の話数を拝読したら、「楽しませていただきました。私の気持ちです」と★をお送りするというのを繰り返すしかない、これが私の肌感覚で得た結論のようなものです。
そうすれば、だんだん読み専の方も増えてくるのではないでしょうか。
連載期間が短いのに、ものすごくたくさんの★で評価されている作品というのは、♥を押している読み専の方の数が圧倒的です。
私はほとんどコメントを残すことがありません。
あくまで私のスタンスですが、それより一話でもたくさん拝読して♥とPVで貢献したいからです。
これは別にきれいごとで言っている訳ではなくて、他の方の作品を読むことが、私には着想を得るヒントのかたまりのようなものなのです。
楽しませてもらっている上に、インプットまでいただけているわけですから、感謝せざるを得ないのです。
もちろん、パクリなどはしていませんけれど(汗)。
AIについても、私は割と容認派です。
もちろん、明示する必要はあるでしょう。
作曲家とディレクターは、厳然と分けなければなりません。
でも読者にとって大事なのは「面白かったかどうか」がすべてじゃないかと思うのです。
これは私が小説を芸術作品ではなく、エンタメのひとつと捉えているからですね。
AIで生成したものを、さも自力で書き上げたように吹聴する輩は問題外として、いわゆる「ボカロP」のようなものならアリだと考えています。
AIが忌避されがちなのは、生みだしたものがオリジナルと言うよりは、いろんな人の作品を学習した末に得た「パクリ」「ごった煮」という印象が強いからじゃないかと個人的に思っています。
でもそれを人間に当てはめたとて、あまり変わらないように思えるのは私だけでしょうか。
いろんなことを経験して、いろんなものに影響されて、歌でも絵画でも小説でも生み出されるわけですから。
そもそも工業製品に魂がこもっていないかと言われたら、必ずしもそんなことはないんじゃないかなと答えたい感じですね。
もちろん人の手だけで作り上げられた作品には、相応の価値があることに異論はありません。
AIで作った映像は現段階では区別がつきやすいかもですが、文字や文章だけで判断するのはもう難しいと思います。
一方で、AIが作り出す作品と人間が作り出すそれと同一視して、同じ価値観でジャッジすることにどうしても抵抗があるのも、ごく自然なことだと思います。
その気持ちは、私にもよ~く理解できますし共感します。
理屈じゃないのかも知れませんね。
スカッと系の話で、嫁いびりをする姑さんが「掃除機なんか使うな! あたしの若いころには雑巾がけが当たり前だったんだからねっ!」などと言っている場面を見ると、「お前も縄文人にくらべれば大分楽してんじゃねえか。ガスとか使わないでカマド作って薪を燃やせ、水道じゃなくて川から水を汲んでこいや」と思ってしまうので、テクノロジーってのはそういうものじゃないかと思います。
……すいません。
適当に書き散らかしてたら3000文字近くになってしまいました。
さすがに目が疲れてきましたし、お腹も減ってきましたので、この辺にしておきます。
もしここまで読んでくださった方がいらっしゃったら、本当にありがとうございます。
大切なお時間を無駄にさせてしまっていないことを、切に祈っております。