ホラーと一言で言っても、幽霊、ゾンビ、パニックもの、サイコスリラーなど多種多様なものがあります。ホラーの真髄は恐怖ですが、異常事態や超常現象を通して、普段は隠れた人間の一面が浮き彫りになるところにも面白さがあるのはないでしょうか。
今回紹介するのはそれぞれホラーに日常、SF、西部劇、中華ファンタジーを掛け合わせた四作品。
怪異と隣り合わせで暮らす叔父と甥の静謐で穏やかな夏休み、死者が蘇る世界でゾンビを労働力に変えた産業都市、賞金首を狙ったことからとんでもない怪奇現象に襲われる荒野のアウトロー、中華風王朝で死者蘇生の禁術を究明する道士と剣客のバディブロマンス。
一見ホラーと結びつかない要素は化学融合を起こし、独創的な魅力に繋がっています。ホラー愛好家は勿論、それ以外の要素に惹かれた方も、ホラーが苦手な方も、是非ここでしか味わえない体験をお楽しみください。

ピックアップ

日常は大まかな無関心と仄かな優しさで成り立つ

  • ★★★ Excellent!!!

東北の片田舎、夏の原風景のような一軒家で同居する、片付けができない叔父と大学生の甥の日常には、常に怪異の影がちらつく。

悪人が入ると災いの起こる蔵、見る者ごとに姿を変える佳人、ロバのような足跡を残す見てはいけない何か……。ひとならざるものとの共存は「そういうものだ」という無関心で成り立つ。それは、理解不能な怪異に遭遇しつつ淡々と生きる叔父と、呆れながらもついていく甥との共同生活にも重なる。その関係は決して冷淡なものではなく、過干渉を良しとしない誠実さと、理解できないものはそのままに尊重する仄かな情が根底にあることが伺える。

本作はホラーだが、禍々しくひとを脅かすおぞましさはなく、怪異があっても変わらない匂いたつほどリアルな情感で浮かぶ東北の日常生活が一番の魅力だ。

真夏でも寒々しい影が差す東北の奥地で、壁一枚を隔てつつ、つかずはずれずの距離で暮らす叔父と甥。冷たさと温かさの配分がちょうどいい、緩慢で退廃的で良質な短編連作ホラーだ。


(「ホラー×〇〇」4選/文=木古おうみ)

安寧を奪われた動く屍の都で、戦う者たちのレクイエム

  • ★★★ Excellent!!!

故人の肉体に新しい魂が入り込み、ゾンビと化す世界で、死者をインフラとした最大の産学連携都市・インゴルヌカ。迫害されるゾンビたちの最後の安住の地であるはずの都は、未だ生者と死者双方の未練が渦巻き、「鎮伏屋」の青年は依頼人の案件の解決に奔走する。

多人種多言語が混在する都市と、SF的なギミックの数々、ハリウッド映画的な人物造形と彼らの関係は、世界観が緻密なエンターテイメント小説が好きなら大満足の逸品。

科学とホラーは一見相性が悪そうに見えるが、本作は違う。テクノロジーでは解決できない問題、つまり、感情を救うために戦うのが「鎮伏屋」だ。死と蘇生が当り前の世界で、取り零された死者の無念と生者の祈りに引き起こされる事件の数々はホラーの醍醐味でもある。ゾンビのように死んでも潰えない想いに突き動かされる関係性の熱さも魅力的。SFとホラーの両側面から「死」を見つめ直す、足掻きの果ての許しの物語だ。


(「ホラー×〇〇」4選/文=木古おうみ)

荒野の酒場で怪奇現象から因果が紐解かれる、ピカレスク伝奇西部劇

  • ★★★ Excellent!!!

西部開拓時代の末期、ある男の首に賞金がかけられた。翌日、酒場に持ち込まれた首の数は何と、百六個。どれも紛れもなく本物だ。これは一体どういうことか。

開幕から最大風速で始まった物語は、過去と現在を行き来しながら、賞金首ジョー・レアルと敵対する六人のアウトローの因縁を紐解いていく。酒、暴力、汚れた手で手を取り合う仲間意識と、マカロニウェスタンの雰囲気たっぷりで、往年の映画好きなら思わず嬉しくなる。

真実がわかるほど、語り手含たちは皆、西部劇なら悪役に当たる人物だとわかる。だが、話を追うごとに思わず彼らにシンクロしてしまうほど魅力的な六人だ。本作のホラーとしての真髄は、解明不可能な超常現象や惨劇だけでなく、読者がいつの間にかいずれ因果応報で酷い目に遭うとわかっている悪人の視点に立っていることかもしれない。

報復に来る善良な義賊の主人公の影に怯えながら、破滅に向けて西部の荒野を突き進む、スリリングな読書体験を楽しんでください。


(「ホラー×〇〇」4選/文=木古おうみ)

死と呪いに縁どられた、道士と剣客の咎を雪ぐ中華ファンタジーホラー

  • ★★★ Excellent!!!

暗殺によって玉座を奪った皇帝の統べる国の奥地には、呪術を扱う道士たちの暗殺集団が存在していた。ひとりの暗殺者は部下の死から脱退を決意し、舞い戻った都で、自身の呪術が何者かに悪用されていることを知る。彼は偶然巡り合った剣客と共に、死期の近い体を抱えて事件の究明に挑む。

確かな知識と流麗な語彙で作られた中華風の世界観だ。重厚だが簡潔でわかりやすいため、中華ファンタジー好きは勿論、普段馴染みのない読者でも楽しめる。厳格な儒教社会や、血塗られた歴史と隣り合わせの殺伐とした雰囲気が根底に覗く人物造形も上手い。

また、薄幸で大人しそうに見えて命知らずな道士と、気風のいい兄貴肌だが血生臭いことにも慣れた剣客のコンビも魅力的だ。彼らは信頼しつつも互いに秘密を抱え、薄氷を踏むような危うい関係でもある。ブロマンスとしても、探偵小説としても楽しめるが、やはり注目すべきが因と縁が折り重なるホラーの部分。反魂の術を巡る事件は、奥に秘めた悔恨や咎も暴き出す。

生者と死者の安寧を奪った者の償いの行脚の先にあるのは、報いか許しか。今後も目が離せない。


(「ホラー×〇〇」4選/文=木古おうみ)