このたびは「カクヨム文芸部、立ち上げます! ご当地小説大募集!」にご応募いただき、まことにありがとうございました。今回のテーマは「ご当地小説」! ということで、小説としての面白さはもちろんのこと、上手くその土地の特徴や名物をとらえた作品を選ばせていただきました。ファンタジーっぽい設定のようでいて、実は史実の設定を巧みに取り入れたものや、実際に起きた事件を題材にしたものなど、いずれの作品もその土地でしか成立しないような物語ばかり。近頃は旅行などがなかなか難しいご時世ですが、だからこそこうして小説を通して、他の土地の空気を味わってみるのも良いのではないでしょうか。

ピックアップ

実在する土地であやかしたちとの日常を描くご当地ファンタジー

  • ★★★ Excellent!!!

突然引っ越しを決めた叔父に勧められ、叔父の住んでいた茨城県龍ヶ崎市の家に代わりに住むことになった椎葉八郎太。なかなか住みやすそうな土地でさっそく気に入った八郎太だが、地元に住んでいる女子高生の栗林夕声からとんでもないことを聞かされる。なんと彼が住むことになった龍ヶ崎市には人間に変身するあやかしが多く残っており、そこでは人間とあやかしの異類婚がごく普通に行われているというのだ! さらにこの夕声もただの人間ではなく……

あやかしが身近に住んでいる土地というのはファンタジーな設定だが、実はこれは実際の土地に紐付いた設定なのである。作中に登場する女化神社というのは実在するし、民間伝承である狐の嫁入りが「女化」という神社の名前の由来になっているという史料も実際に存在しており、一見作者の創作のような部分が現実の龍ヶ崎市としっかり関連しているのである。

また、駅で流れる独特の発車メロディや、コロッケ電車、白鳥が多く訪れる沼など、ファンタジー的な部分以外での身近な日常パートでもしっかり龍ヶ崎市の特徴がアピールされているのも心憎い。そしてあやかしたちに翻弄されつつも、徐々に龍ヶ崎市に馴染んでいく八郎太の日常描写も非常に楽しく、読んでいて実際に龍ヶ崎市に住んでみたくなる完成度の高いご当地小説だ。


(「ご当地小説特集」/文=柿崎 憲)

街を襲った大停電。獣医たちは命を救うべく奮闘する

  • ★★★ Excellent!!!

2018年9月6日に北海道胆振地方を襲った大地震。この地震で起こった大規模な停電は記憶している人も多いだろう。その停電の影響をある意味一番大きく受けてしまったのが、ある種意外なことに酪農家たちだった。

酪農と停電は一見そこまで重要な関係ではないように思えるが、実際は牛の給餌も搾乳も電気がなければ行えない。そして搾乳ができないという状況は牛の命にも大きく関わってくる。獣医師の篠崎は一頭でも多くの牛を救うべく大パニックに陥った農家を駆け巡る。

現実に起きた出来事を元にした本作品だが、注目すべきはその臨場感だろう。電気が来なければテレビもつかなければ携帯の充電もできず、冷凍庫の中のアイスは溶けてしまう。そうやって大きな事件だけではなく、停電による小さな困難をしっかり書くことで作品にリアリティが与えられ、そのまま別海を襲った大事件の緊迫感を描くことに成功している。

そしてこの絶望的な状況下で、懸命に自分のできることを行う篠崎たちの姿がグッとくる。電気が来なければ根本的な解決は望めない。それでも自分たちにも何かできることがあるはずだと奮闘する篠崎たち。大きなトラブルの裏側では、いつだって頑張っている人たちの姿がある。そんな当たり前だけど忘れがちなことを読者に思い出させてくれる一作だ。


(「ご当地小説特集」/文=柿崎 憲)

遠距離恋愛中の二人は無事に再会できるのか!?

  • ★★★ Excellent!!!

大井川鐵道の奥大井湖上駅で有名なのが、ハート形の南京錠である「恋錠」。これを買って二人で駅の南京錠をかける場所にロックすると二人の愛は永遠に結ばれるとか。遠距離恋愛中の千佳と陽太はそんな湖上駅で待ち合わせをすることに。しかし、遠距離恋愛の難しさから、ここ最近の二人は少しすれ違い気味。久しぶりの再会なのにLINEも既読スルーされるという冷戦状態で……。

東京でいかにもキラキラした生活を送る陽太と、地元から出られない自分を較べて不安に思う千佳。おかげでどんよりした雰囲気が漂い、二人の関係が心配になってついつい読み進めてしまう。

そして、その淀んだ想いと対比されるように湖上駅までの道のりの情景描写が非常に美しい。大きな湖の上にある自然豊かな奥大井湖上駅をバイク乗りの千佳の視点からしっかり魅力的に書いている。遠距離恋愛に悩む男女二人の思いを描いた恋愛小説であると同時にバイクで自然の中を走る楽しさを描いたツーリング小説でもある作品だ。


(「ご当地小説特集」/文=柿崎 憲)

大切なことを教えてくれた老婦人の正体は……

  • ★★★ Excellent!!!

10年ぶりに実家のある武蔵野に戻ってきた詩織。だが両親に対して後ろめたい秘密がある彼女は気が重いままだった。そんな彼女は吉祥寺駅周辺を走るコミュニティバスの中である老婦人に出会う。詩織の不安を感じ取ったかのように、自分の半生を振り返って語り始める老婦人だが、彼女の話にはある秘密が……。

自分の生き方に対して不安を抱いている詩織を、自分語りを交えながら励まそうとする老婦人の優しさが胸にしみる内容で、たまたまバスに同乗した若者と老人の交流を描くちょっといい話、という感じの本作だが、そうやって油断しているとラストで意外な真相に驚かされることになる。

物語は基本バスの中だけで展開されており、これでは別の土地を舞台に話が成立するのではないだろうかと感じられるかもしれないが、最後まで読むとこの物語の舞台に武蔵野を選んだ理由がしっかりわかる。確かにこれは武蔵野ならではのご当地小説なのだ。トリッキーな仕掛けを軸にしつつも、ラストでは優しく前向きな気持ちになれる、技巧派の短編だ。


(「ご当地小説特集」/文=柿崎 憲)