大切なことを教えてくれた老婦人の正体は……

10年ぶりに実家のある武蔵野に戻ってきた詩織。だが両親に対して後ろめたい秘密がある彼女は気が重いままだった。そんな彼女は吉祥寺駅周辺を走るコミュニティバスの中である老婦人に出会う。詩織の不安を感じ取ったかのように、自分の半生を振り返って語り始める老婦人だが、彼女の話にはある秘密が……。

自分の生き方に対して不安を抱いている詩織を、自分語りを交えながら励まそうとする老婦人の優しさが胸にしみる内容で、たまたまバスに同乗した若者と老人の交流を描くちょっといい話、という感じの本作だが、そうやって油断しているとラストで意外な真相に驚かされることになる。

物語は基本バスの中だけで展開されており、これでは別の土地を舞台に話が成立するのではないだろうかと感じられるかもしれないが、最後まで読むとこの物語の舞台に武蔵野を選んだ理由がしっかりわかる。確かにこれは武蔵野ならではのご当地小説なのだ。トリッキーな仕掛けを軸にしつつも、ラストでは優しく前向きな気持ちになれる、技巧派の短編だ。


(「ご当地小説特集」/文=柿崎 憲)

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