母親に対する反抗心故に家を出て行ってしまったり、自由奔放な親友と自分を比較して落ち込んでしまったり、置いてきてしまった家族に対する罪悪感に苛まれたり……細やかな心理描写を武器に、自立したばかりの女性の不安や葛藤をありありと映し出す美しい文章表現に、終始驚かされてばかりでした。こんなの一体どうやったら思い付くんだろう?
描写が細やかである故に、主人公の気持ちの揺れ具合が読む側にもしっかりと伝わっていて、一度感情移入してしまえばもう離さないとばかりに、ラストまで主人公の気持ちにぴったり寄り沿いながら読み進めることができました。かく言う自分も、実際に社会人になって未だに親の元を離れられないこともあり、詩織の両親に対する思いとか、今の自分と重なるところが多くありました。だからこそ詩織の気持ちにより近付けたと思うし、バスに乗り合わせたおばあさんの言葉に、詩織だけでなく自分も少し元気を貰うことができたと思います。
……でも、それだけでは終わらせないところが、この小説の魅力。ラストで明らかになる真実に目から鱗が落ちました! この不思議な体験を是非、皆さんも味わってみては?
10年ぶりに実家のある武蔵野に戻ってきた詩織。だが両親に対して後ろめたい秘密がある彼女は気が重いままだった。そんな彼女は吉祥寺駅周辺を走るコミュニティバスの中である老婦人に出会う。詩織の不安を感じ取ったかのように、自分の半生を振り返って語り始める老婦人だが、彼女の話にはある秘密が……。
自分の生き方に対して不安を抱いている詩織を、自分語りを交えながら励まそうとする老婦人の優しさが胸にしみる内容で、たまたまバスに同乗した若者と老人の交流を描くちょっといい話、という感じの本作だが、そうやって油断しているとラストで意外な真相に驚かされることになる。
物語は基本バスの中だけで展開されており、これでは別の土地を舞台に話が成立するのではないだろうかと感じられるかもしれないが、最後まで読むとこの物語の舞台に武蔵野を選んだ理由がしっかりわかる。確かにこれは武蔵野ならではのご当地小説なのだ。トリッキーな仕掛けを軸にしつつも、ラストでは優しく前向きな気持ちになれる、技巧派の短編だ。
(「ご当地小説特集」/文=柿崎 憲)