案内係の独白

少女の姿が霧に溶けて、しばらくの間。灰色の狭間には、再び耳鳴りのような単調な響きだけが満ちていた。死神は、少女が消えていった方向を、淀んだ沼のような目で、ただじっと見つめていた。その表情は、やはり読み取れない。


やがて、死神は小さく、ほとんど吐き捨てるように呟いた。


「……まあ、今のはただの幻影だがね」


リビングも、ソファも、優しい笑顔で語りかけた両親も。すべては、この「案内係」が、少女の未練を断ち切るためだけに、その有り余る退屈しのぎの力の一端を使って創り出した、精巧な、しかし全くの偽物だったのだ。


少女が最後に見た両親の姿は、彼女自身の記憶と願望が作り上げた理想像を、死神が形にしたに過ぎない。本物の両親は、今も生者の世界で、深い悲しみに暮れていることだろう。


死神は、くつくつと喉の奥で笑った。それは嘲笑とも、諦めともつかない、乾いた音だった。



「感傷は、処理効率を下げるだけだ。これで良かったのさ。あの子にとっても、こっちにとってもね」


彼は、再び分厚い帳面を開いた。ユキの名前が記された欄に、無造作に横線を引く。手続き完了、というわけだ。


「さてと……」


死神は、ゆっくりと顔を上げた。灰色の霧は、何も変わらず、どこまでも続いている。この空虚な世界には、始まりも終わりもない。ただ、魂が来ては去り、また新しい魂がやってくる。その繰り返し。退屈な、永遠のルーティンワーク。


「次は何だ? ああ、またか。承認欲求拗らせたインフルエンサー崩れに、美貌に執着した元女優……やれやれ、どいつもこいつも、見飽きた芝居ばかりだ」


彼は一つ、大きな、芝居がかった溜息をついた。その目は、相変わらず淀んだ沼のように、何も映していない。


「結局、人は見たいものしか見ないのさ。生きていても、死んでいてもね。それが救いなのか、それともただの道化なのか……まあ、どっちでもいいか」


死神は、くるりと背を向け、霧の中へと歩き出した。古い箪笥に手足が生えたような奇妙な背中が、ゆっくりと灰色に溶けていく。その姿が完全に見えなくなる直前、乾いた声が、もう一度だけ響いた。


「さあ、次の『手続き』の時間だ」


灰色の狭間には、また静寂と、耳鳴りのような単調な響きだけが残された。まるで、何も起こらなかったかのように。ただ、ほんの少しだけ、その灰色が深くなったような気がした。

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案内係と少女の灰色の別れ 銀狐 @zzzpinkcat009zzz

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