ざまぁ役に転生したので嘘とハッタリで乗り越え続けたら大変なことになった件

みょん

ざまぁ役ってなによ?

「……………」


 言葉を失うとは、正にこういうことなんだろう。

 現実を受け止めきれず、発するべき言葉が見つからず、そして自らに降りかかるであろう未来を想像して絶望した。


(どうしてこんなことに……?)


 未来への絶望はともかく、本当にどうしてこうなった?

 そう言わずに居られないのは目の前の光景……俺と同じように、着飾った連中を見ての一言だ。


「私……本当に怖かったのです」

「大丈夫だよ、あなたは私が守りますから」

「はっ、俺がお前に手を出させるかよ」

「君を害する者は全て私が処理しましょう」

「僕も君を守るからね!」


 目の前で繰り広げられるのは、一人の女を囲む男たちのクソ寒いやり取りだ……って、今の俺だからこそこのやり取りに対してそう言えるんだよなぁ……つい最近まで俺もそこに加わっていたかと思うと気が重い。


(どうしてこんなことに……?)


 大事なことなので二回言った。

 キャッキャとやり取りする光景から視線を逸らし、近くに立てかけてあった鏡で自分の顔を見た。

 慣れ親しんだ自分の顔ではなく、あまりにも整いすぎた男の顔だ。


十六夜いざよい彰人あきと……)


 十六夜彰人――それはとあるラブコメに登場するざまあ役だ。

 俺の視線の動きに合わせて鏡に映る彰人が反応しているということはつまり、今の俺はその彰人になっているということ。


(ヤンデレ彼女との恋は命がけ……ヤンカノの世界かよここ)


 ヤンカノ……アニメ化もされたラブコメ作品で、重くも可愛くてエッチなヒロインとの現代恋愛を描く作品だ。

 正直色々と受け止めきれていないが、この体に宿ったからか流れ込んだ記憶には自分の名前だけでなく、目の前の連中の名前と顔が一致する……そのどれもがヤンカノに登場するキャラであり、物語が始まる前に俺を含めて退場する予定の連中だ。


「……………」


 本当に言葉が出ない。

 ヤンデレ好きとしては逃せない作品だったので、漫画もアニメも全て制覇した……それもあって、今の俺は完全に詰んだ状態だと分かるのだ。


(……もう少し早く思い出せればなぁ)


 さっきも言ったが、俺はざまあ役だ。

 ヒロイン視点でチラッと語られるだけで、大して物語に出てくることもなければ、主人公とヒロインを取り合うような描写もない。

 え、お前って必要ある? そう思われてもおかしくないキャラである。


「彰人様! 私たち、これでやっと幸せになれるんですね!!」


 キラキラと瞳を輝かせる女には乾いた笑いしか出ない。

 俺たち男性陣がドレスアップしているのと同じように、目の前の女も綺麗なドレスを身に纏っている。

 これから何が俺たちを待っているのか、それを全く知らずにヘラヘラと笑ってやがるぜ……はぁ。


「さあ彰人、そろそろ出番だぞ?」

「……あぁ」


 そうして、裏からステージ上へと出た。

 そこから見える景色は圧巻の一言で、俺たちと同じようにドレスアップしている人ばかりであり、テーブルの上には愉快なパーティの途中を思わせる絶品の料理が並んでいる。


(全部……漫画とアニメで見た奴だこれ)


 正にヤンカノで語られた過去のワンシーンだ。

 昨今悪役令嬢モノというか、ありもしない罪を着せようとした結果として、無能な醜態を晒し悪役が退場するくだりがあるのだが、ヤンカノの過去シーンにはそれが採用されていた。


「人が沢山ですね……!」

「ふっ、ここに居る皆が証人となってくれる」

「あの愚かな女を追放することは皆が望んでいるんだ」

「あ~あ、早く泣く顔が見たいなぁ!」


 果たして泣かされるのはどっちだろうなとため息すら出てこない。

 この馬鹿どもは全く気付いていない――ステージに上がった俺たちを見つめる冷たい視線に。


「……あ」


 視線を巡らせば、一人の少女が目に入った。

 赤い瞳に腰ほどまでに伸びた長い銀髪に、恐ろしいまでに整った顔立ちは正に絶世の美女と言っても差し支えない。

 ドレスの胸元を押し上げる大きな胸や、キュッと引き締まったお腹周りなど、多くの女性が憧れるであろう美を凝縮させた彼女こそが、ヤンカノのヒロインである西条さいじょう有栖ありす……現時点では、俺の婚約者でもある子だ。


(やっぱ……美人だよなぁ)


 人気投票においても、有栖はぶっちぎりの一位だった。

 ヤンデレが苦手な人からしても好感度が高い彼女は、SNSでもファンアートなどが溢れるだけでなく、声を演じた声優さんも結婚したいくらいに好きだと言ったほどで、とにかく人気が高い。

 今の俺こと彰人は、あんな美人の婚約者が居るというのに何を血迷ったのか、隣でキャッキャウフフする女と出会い惹かれたことで、有栖に酷い言葉を投げかけたり……最後にはこの女をイジメたという証拠もない罪をでっち上げ、逆に成敗される馬鹿へと成り下がる。


(……お前、操られでもしたのかよって感じだもんな)


 そりゃ、こんなアホみたいな出来事は簡単に説明されるわなと納得しかない。

 元々家同士の繋がりを強めるための婚約ということで、有栖も乗り気じゃなかったし……そもそもこの出来事のせいで本当に彼女の中で彰人は取るに足らないゴミになったわけだしな。


「彰人様……これは一体?」


 考え事に耽っていた俺に、司会を務めていた男性が声を掛けた。

 彼にとって、今の俺たちは祝いの場に水を差す邪魔者……とまではいかないだろうが、予定にない登場をして困らせにきた連中にしか見えないだろう。


(どうする……?)


 ちなみに、彰人がこの後どうなるかだが……裏で処理される。

 有栖には頼れる兄と姉が居るのだが、その二人は有栖のことが好きすぎるシスコンなのもあって、そんな有栖に恥を掻かせようとした彰人たちに見るも無残な仕打ちをするのである。

 それこそが、俺が想像した絶望の未来……だから詰んでるのだ。


(……いや、そんなの理不尽過ぎないか?)


 そうだ……あまりにも理不尽だろうと、俺は逆に怒りすら抱いた。

 こんな訳も分からない状況にいきなり陥ったわけだが、俺には何も悪いことなんて無いじゃないか……だって全部は馬鹿をやった彰人のせいであって、そんな彰人に突然なってしまった俺に罪はないだろ?

 まあ彰人になってしまった時点で、この体が犯した馬鹿は消えないかもしれないが……それでもつい先日まで普通に生きていた俺が、なんでそんな馬鹿な絶望を味わう必要があるってんだ?


「……ふざけんな」


 夢なら覚めてくれと願うも、これは果たしなく現実だろう。

 今の俺がどういう状況にあるのか、それを詳しく考えるのは一先ず後にしよう……今はこの状況を打開し、この理不尽を乗り越えないと!


(……あ、そうだ!)


 ピコンと、俺は閃いた。

 どれほどの効果があるか分からないし、結果として何も起こらずにさっきからずっと、俺を亡き者にしようとしている視線にやられるかもしれないが、やらずに後悔するよりはやって後悔するさ。


「……ふぅ」


 自分の気持ちを落ち着かせるように一息吐き、一歩前に出た。

 傍に居る女と男たち……ついさっきまで馴れ合っていた連中の頼んだぞという視線を背中に受けながら、俺はマイクを手に語り出した。


「あ~……いきなりすまない」


 おぉ……流石、声もイケボだ。

 自分でも惚れ惚れするような声だが、俺は更に言葉を続けた。


「どうにも長い夢を見ていたというか、悪夢から目覚めたような感覚で少し頭がボーッとしているんだが……俺はどうしてここに居るんだろうか」

「……彰人様?」

「お、おい彰人?」

「何を言ってるの?」


 俺の言葉に、この場に居る全ての人間が首を傾げた。

 それは有栖も例外ではなく、暗殺者のような目をしていた彼女の兄と姉も同様だった。


(この空気……いける!)


 そう、俺が閃いたのは嘘とハッタリを使うことだ。

 嘘は決して良いことではないが、この絶望的な状況をどうにかして回避しようとするならば、これくらいはしないと無理だと思ったからだ。


「確か、昨日は入学式だったな? ということは、これは一日遅れて俺たち新入生を祝ってくれるパーティだったりするのか……?」


 いや、もう入学式から半年経っている。


「あはは……もしかしたら何かあってテンションがおかしくなっているのかもしれない。中学とは違い、婚約者と一緒の高校に入学出来るのも嬉しかったし、もしかしてそれか……?」


 更に会場中の空気がクエスチョンに包まれていく……いけるぞおい!

 しかもありがたいことに彰人の顔がイケメンということで、困り顔もそうだがそこから放たれる言葉には、どこか信憑性のようなものが含まれているようにも感じる。

 つまり、本気で俺はそう考えて言っていると思われているのだ。


「……って、君は昨日会った子だったか? 昨日は突然ぶつかってしまって申し訳なかった……改めて怪我とかはしていないか?」

「あ、あの……彰人様……?」


 そして極めつけは、この女とは昨日会った体で話を続けること!

 その言葉が功を奏したのかはともかく、これで完全に俺たち……正確には俺を見つめる視線は全て、困惑のモノへと変化した。

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