パーティのお誘い

 頬にキスをされるなんていう事件の後、とにかく気持ちを落ち着かせるので精一杯だった。

 しばらくすれば平常心を取り戻したものの、ふとした時にキスのことを思い出してしまうので非常に困った。


「そういえば、随分と荷物が多いじゃないか」

「あら、言ってなかったわね。今日は泊まろうと思って」

「……??」


 この子は一体、何を言ってるんだ……?

 そうギョッとしたのも束の間、俺の反応を予測していたらしい有栖は、下から胸を支えるように腕を組みながら言葉を続けた。


「既にあなたのご両親には伝えているの。二人とも、是非にって喜んでくれたわ」

「……………」


 取り敢えず、有栖は今日うちに泊まるとのことだ。

 ちなみにさっきからずっと俺の背後に控える天音さんだが、この短時間で随分と有栖に対し心を開いている。

 今まで何度か喋ることはあったらしいけど、そもそも有栖がうちに来ることがそもそもなかったので仕方ない部分はあったが、ちょっと話せばすぐに意気投合していた。


「有栖が泊まるってのは理解した。雅紀さんと一夏さんはなんて?」

「言ってるわけないじゃない」


 そりゃそうだろうなと苦笑し、お手洗いと一言告げて部屋を出た。


「……うん?」

「あ、兄さん」


 部屋を出て少し歩いたところで湊と顔を合わせた。


「よっ、湊」

「うん」


 ……なんというか、湊も随分と心を開いてくれた。

 手を上げて名前を呼べば、まるで子犬のようにすぐ俺の元へと駆け寄ってくる。

 彰人に似た顔立ちなのでイケメンなのはもちろんだが、まだ声が高いのと背の低さも相まって可愛く見えてくるのだこれが。


「……お前、中身変わったか?」

「それを兄さんが言うの? 僕は今の兄さんだからこそ、こんな風に懐いて……って懐いてるとか言わせないでくれるかな?」

「自分で言ったんじゃんねえかよ……」


 ちなみに、湊は本当にこのやり取りを気に入っているらしい。

 湊曰く今まで兄弟としてのやり取りが皆無に等しかったのもあってか、今の関係性を湊は気に入っているようだ。


(どんだけ彰人って嫌われてんだよ……)


 正直なことを言えば、逆に彰人に悪い気もしてくる……って少し前まで思っていたんだが、聞けば聞くほど彰人のことは悪い部分しか出てこないのでその気持ちも吹き飛んだ。


「兄さんの方は随分と賑やかそうだね?」

「有栖が来てるからな」

「ははっ、今の有栖さんは本当に楽しそうにしてるよ。といってもその分歯ぎしりしてる人たちも居るみたいだけど」

「その誰かは聞かないわ……」


 その内、あの二人……雅紀さんと一夏さんから事情というか、色々と話を聞かせろと呼び出されそうな気もしてて不安が尽きない。


「後、なんか泊まるらしい」

「有栖さんが?」

「あぁ」

「頑張ってね」

「何をだよ」


 心底楽しそうに笑う湊だったが、スッと表情を引き締めた。


「そういえば兄さん」

「うん?」

「彼ら……真理愛さんを含めた彼らがどうなったか知ってる?」

「いや……どうなったんだ?」


 真理愛を含めた彼ら……取り巻きたちのことだ。

 それとなく有栖から聞いていたとはいえ気になっていたことでもあったのだが、もしかして湊は知ってるのか?


「ずっと家に軟禁されているみたいだよ。あのパーティでの出来事以前に多くのことをやらかしてるみたいでね……もちろんそれに対する処罰と、再び外に出しても恥ずかしくないように矯正かな?」

「……なるほど」


 ま、流石に命を取ったりとかはしないか……そりゃそうだよな。


「あ、そうそう。そのやらかしって彼らだけがやってたみたいで、兄さんは参加してなかったみたいだね。以前の兄さんが最悪だったのはもちろんだけど、体よく担がれてた部分もあったのかもしれない」

「……そっか」


 つまりあれか?

 彰人ってあいつらのリーダー的ポジションだと思ってたけど、その実は都合の良い神輿的扱いだったってことなのか……まあそれでも彰人が馬鹿であんなことを仕出かしたってのは変わらないが。


「それじゃあ兄さん、僕はこれから出かけるから」

「あぁ、足を止めさせて悪かったな」


 湊と別れ、当初の目的だったトイレを済ませて部屋に戻った。

 部屋に戻ると有栖と天音さんは更に仲良くなったようで、二人とも心から楽しそうに笑いながら談笑しており、一体どんな話題でここまで仲良くなれたのか非常に気になる。


「おかえりなさい」

「おかえりなさいませ」


 自然な流れで有栖の隣に座り、クッキーを口に運んだ。

 用意された茶菓子の中には天音さんの手作りクッキーも混ざっており、これが本当に美味しくてついつい手が止まらなくなる。


「あ、そうだったわ」


 何かを思い出したように、有栖は言葉を続けた。


「来週の金曜日なのだけど、とあるパーティに招待されてるのよ」

「へぇ?」


 パーティ……流石金持ちの世界だ。

 うちの十六夜家もホストとして他者を招待したり、有栖のように招かれることもあるが、頻度としては有栖の西条家よりは少ない。

 そこは家の格はもちろんだけど、そもそも西条家の力がありすぎてとにかく繋がりを持ちたい家が多いせいだ。


「ローラン家――ほら、学校であの家の姉妹を見たでしょ? 彼女たちの家からのお誘いね」


 ローラン家……フィリアとソフィアの姉妹ヒロインの家だ。

 確か漫画でもそういう描写はあった気がするが、有栖と彼女たちの間にはそこまでの繋がりはなかったはず……だから今回のこのパーティも、有栖にとって深い意味はないだろう。


「これでまた、西条家の繋がりも強くなるのかねぇ」

「そこは両親と兄の頑張りかしらね。それで、本題はここから――ねえ彰人さん? 私と一緒にパーティへ出席してくれない?」

「……わっつ?」

「私と一緒にパーティへ出てくれない?」


 まさかの提案に驚く俺を尻目に、有栖は詳しく事情を説明する。


「こういうパーティでは、婚約者の付き添いは珍しくもないのよ。もちろん私の役目は何もないだろうけど、西条家ととにかく繋がりを持とうとする家は多い……だから、あなたに傍に居てほしいの」

「っ……」

「不安……だから」


 瞳を揺らし、心からの不安を有栖は訴えかけた。

 だがそんな様子に騙される俺ではない……そもそも有栖がそんなことに不安を覚えるわけがないし、何より彼女はそういうものを逆に利用すらするタイプだ。


「……分かった」


 しかし、俺はその提案を断らなかった。

 それが演技だと分かっていても断らずに頷いたのは、不安そうに見つめてきたその表情が可愛いと思ったこと、そして一瞬でも万が一何かがあった時……守らないとって思ってしまったからだ。


「その様子だと、私の真意に気付いてそうなのに頷くの?」

「負けたからな」

「負けた?」

「あぁ……全然不安を抱いていないことには気付いてた。けど、万が一がもしもあった時に後悔するから……だから守らないとって思った時点で俺の負けだ」

「そ、そう……っ」

「流石彰人様です。これは有栖様の負けですね」


 でも……ただ付き添うだけなら俺でもやれそうだからなぁ。

 有栖はそれ以上のことを求めず、かといって必要以上に俺を立てたりもしないので……そういう部分でも、俺が十六夜の名を重く感じているという言葉を気にしてくれているのが分かるんだ。


(なんかこう……グイグイ懐に入ってくるのが怖いくらいだぜ)


 人間ってのは、思い遣りと優しさにはとことん弱い。

 それを俺は彰人になって特に感じている……その相手というのはもちろん有栖となっており、漫画やアニメでは見ることのなかったヤンデレ気質を前に押し出さない有栖を正直……めっちゃ良いなって思う。


(有栖もそうだけど、天音さんも優しくてな……なんというか、俺個人を見てくれることが凄く嬉しい)


 こう考えてしまうと同時に、彰人はなんでこんな素晴らしい人たちが傍に居てあんなにも拗れたんだと言いたくもなるが……それに関しては彰人にしか分からないことだ。

 とはいえ、目先はローラン家のパーティがあることを覚えておこう。

 有栖が傍に居てくれるとはいえ、もしも俺が変なことを仕出かしたら西条家の汚名に繋がるだろうしな……ってだからこんな風に気にするのが嫌だから肩の荷を下ろしたいんだよなぁ……はぁ。

 しかし……目先の問題は、その日の夜だったらしい。


「……マジで言ってる?」

「えぇ、本気よ?」


 夜――一緒に寝ると言って退かない有栖の相手を俺はしていた……。

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