役者を名乗れるかもしれない

「……………」

「……………」


 俺は今、ソフィアと向かい合っていた。


(やっぱりこうなりますよね~……)


 有栖のおかげで学園生活には慣れてきたが、学力に関しては彼女の助けを借りるわけにもいかず大変だった。

 そんな風に大変だなと何度目になるか分からないため息を吐いた時、遠慮がちにクラスメイトから声をかけられたのだ――内容としては、俺を呼んでいる人が居るというごく普通のもの。


『少し、話したいことがあるの』


 そうして教室から出た俺を迎えたのがソフィアだった。

 あの出来事から既に数日が経過したものの、あまりにもわざとらしく恥ずかしいやり取りをしてしまったので、どうなったかが気が気でなかった……それに、黒海のこともどうなったのか知りたかった部分もある。


「えっと……」


 ソフィアの話したいこと、それはきっとパーティでのことだ。

 とはいえあれは結局どうなったのか……それを教えてほしいと思ったところで、ソフィアが口を開いた。


「あのパーティの後、父に黒海さんについて相談した。父と、傍に居た母は当然驚いていた。私は普段から両親の仕事に関して聞いたりしなかったからこそ、最初は誰の口車に乗せられたんだと疑われもした」


 ソフィアはそこで一旦言葉を切り、一歩こちらに近付く。

 揺れる金色の髪の視線を奪われそうになるも、ジッと見つめられる彼女の瞳から視線を逸らせない。


「けれど、私はあなたの言葉に従った……今までにああいうことがなかったからこそ、もしかしたらと思ったの――その結果、黒海さんを含め彼のグループの異常なお金の動きだったり、海外の怪し気な企業との取引等の情報が出てきた」

「……………」

「本来ならすぐに出てくるはずのないものだけど、ローランの情報収集能力を総動員して暴けたこと……でも、黒海さんは随分と上手く父の懐に入り込んでいたみたい。もしこのことがなければ、父は黒海さんと契約を結んでいたはず……そうして齎されるのは破滅だと、家が傾くほどの借金さえ抱えたかもしれないって顔を青くしてた」

「……そうか」


 この話を聞くに、取り敢えず無事だったということで良いだろう。

 漫画では家の破滅まで行った描写はなかったはずだが……もしかしたらこの世界ではそうなっていたかもしれないってことかもしれない。


「だから大変だったの。私の言葉がローラン家を救ったんだって、みんなが私にありがとうって頭を下げる……全然違うのにね」

「だが、ちゃんと言葉を伝えたのは君だろ? なら家を救ったのは間違いなく君の力だ」

「……どうして黒海さんを怪しいと思ったのか、それも当然聞かれたけど何となくとしか言えなくて……それはそうだよね。だってあなたが私に伝えたんだから」


 ソフィアは更に一歩近付く。

 それこそ無理に手を伸ばさなくて届く距離に立った彼女は、真っ直ぐに俺を見つめた。

 有栖は頭一つ分俺より小さいが、ソフィアとフィリアの背は俺と同じくらい……女性で百七十は結構高い部類だ。


「ねえ……どうしてあなたはそれを知ってたの? 黒海さんと関係を結んでいた家の名前も全て洗い出したけど、十六夜家や西条家に繋がる家はなかった……あなたのやれることにも限界があるのを考えると、本当にどうしてあなたが黒海さんの秘密を知っていたかの答えが出せない」

「結果的に君の家は助かった、だからこれ以上の詮索はしないでほしいと言えば満足か?」

「っ……そう言われると……分かったとしか言えない」


 それでもって追及するかと思ったけど、物分かりは良いらしい。

 とはいえソフィアの立場で考えてみると、俺という存在は得体の知れない者に見えるんだろうなぁ……家を救ってくれた感謝はあれど、不気味で気になって仕方ないっていう。


「……はぁ、そうだなぁ」


 なら、こういう時こそまたハッタリのお時間だ。

 一昨日は突然のことで考える暇もなかったし、あのパーティの前後で黒海とのやり取りをハッキリさせないといけなかった……だからあんなアホみたいな急なやり取りをしてしまったけど、今は落ち着いている。

 ゆっくりと深呼吸をした後、俺は語り出した。


「君も俺のことはある程度知ってるだろうが、まあ色々とあった」

「……うん。盛大にやらかしをしたけど、他でもない婚約者が許したって聞いた。噂では、記憶がなかったって聞いたけど?」

「あぁ――入学式から西条家のパーティまで……あの間の記憶がごっそり無くなっちまってて、それで真理愛嬢とのことも覚えてなかった」

「……本当だったんだ」

「ははっ、普通じゃ信じられねえもんな」


 よし……この場の流れを握っているのは俺だ。

 ソフィアからすれば意味の分からない話であっても、やはりこうして落ち着いた俺にはハッタリで他者を正しく思わせる力がある……何となくそんな不思議パワーがある気がする!

 自信を持てと自分に言い聞かせ、表情もそれっぽく演出しながら言葉を続けた。


「一部の記憶を失う……なんて不思議なことがあったからか、俺には自分にだけ見える物があった――それが君たち姉妹、そして家に降りかかる悲劇だったんだよ」

「っ!!」


 驚くソフィアに対し、俺は身振り手振りを加えて更に続けた。

 それこそ演技をする役者のように、救済を求める聖女のように、革命を扇動する偉人のように……まあ白状すれば、途中からちょっと楽しくなっていた。


「俺と君の間に繋がりはない……ただの同級生だ。しかしそれでも、あったかもしれない最悪の光景を見てしまっては黙って居られなかった。だってそうだろう? たとえ関係なかったとしても、もし夢の通りになってしまったら俺は後悔する……どうしてあの時動かなかったんだって、こうなるのが分かってただろって!」

「十六夜君……」


 声を荒げる演技をした俺の言葉を、ソフィアは聞き入っている。

 話の途中に言葉を挟む気配すらないほどに、ソフィアはしっかりと俺の言葉を一言一句逃さないようにしている。


「本当はもう少し、手順を踏むべきだったのかもしれない。だがあのパーティの後が分水嶺だった……だからどうにか伝えなければと思っていたところで君が現れ、あんな形だったが伝えることが出来た……ははっ、あれは俺もパニックだったんだよ。変な言い方をしてすまなかった」


 そんな風に話していれば、もうすぐ休憩も終わりそうだ。

 ボーッとするソフィアの傍を通り抜ける際、一度足を止めた……すると当然のようにソフィアの視線を俺を追い続けているので、カチッと視線が交差する。


「君はさっき、自分の言葉がローラン家を救ったのは間違いだったって言ったがそれこそ間違いだろう。俺の意味不明な言葉を信じてくれて行動に移した……それは紛れもない君の功績だ。所詮結果論だが、フィリアさんだったら? 君のお父さんは? お母さんは? もしかしたら相手にしてくれなかったかもしれない」

「それは……」

「ないとは言えないだろう? だから結果論だ――その上であの日、俺が君と出会い話が出来たのは運命だったのかもしれない……だから逆に俺が君にお礼を言いたい」

「え……?」


 前世の俺では決して似合わないような、ニコッとスマイル!

 ほら見ろ、チラッと窓ガラスに映った彰人の顔は凄くイケメンだぜ!


「あの夢が現実になることで、俺が落ち込む未来もなくなった……だからありがとうソフィアさん――あの日、君に会えたことが俺にとっても幸運だった」

「っ!?」


 ふっ、決まったぜ。

 やっぱり彰人の顔って役者というか、こういうことがどこまでも様になるじゃんね……家を出たら役者でも目指すか? なんつって。


「これで、この話は終わりだ。だからこのことは黙っていてほしい」

「う、うん……でもそれで良いの?」

「あぁ、君の胸に留めておいてくれ……って、そろそろ教室に戻らないと授業に遅れちまうぞ?」

「わ、分かってる!」


 そうして教室へと戻るのだった。

 何をしていたのかとそれとなく有栖に聞かれはしたものの、やましいことは何もしていないので、心配しなくて大丈夫と伝えておいた。


「何もないのは分かってるけれど……何かしてそうなのよね」

「……そんなに俺って信頼ない?」

「そういうのじゃなくて……上手く言葉に出来ないわ」


 なんだそれ。


「ま、強いて言えば人助けかな」

「ふ~ん?」


 疑い深く見つめてくるも、しばらく見つめ合えば有栖は微笑む。

 ……もしかしなくてもこの子は可愛いかもしれない。

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