笑えよ
(……何を考えてやがるんだ?)
そうとしか言えなかった。
というのもトイレから戻った際に、フィリアと少しだけ話す機会があって、その時に彼女は耳に付けられたイヤホンを見せ付けた。
その瞬間に俺はそれが何を意味するのかを明確に理解し、一体どこにと困惑した。
「流石に二人っきりってわけにもいかないし、また今度にしようかな♪」
ニコニコと笑みを崩さないフィリアは、ソフィアへと近付く。
そのまま無造作にソフィアへとフィリアは抱き着き、何かを回収したのかすぐに離れた。
(……やっぱそういうことだよな?)
耳に付けられていたイヤホン……そして見つけたという発言。
それはおそらく俺とソフィアの会話がフィリアに筒抜けだったこと……一体いつの間になんて疑問はもはやどうでも良く、ソフィアに対して忠告をしたのが俺だとフィリアに勘付かれたということだ。
「彰人さん?」
「どうしたの?」
事情を知らない有栖とソフィアは、不思議そうに首を傾げている。
少しだけ離れた場所にはまだ彼女たちの両親も控えており、そちらも俺の様子をどこか不思議そうな目で見つめている。
「……ったく、仕方ないか」
であれば、こういう問題は早々に片付けておくに限る。
「有栖」
「なに?」
「少しフィリアと二人で話をしてくる」
「えぇ、行ってらっしゃい」
言葉は少なかったが、有栖は一切迷うことなく頷いた。
むしろ彼女の瞳は俺を後押しするかのようで、全幅の信頼を寄せられていることを改めて感じる。
有栖の傍に立つソフィアは、俺とフィリアを見て勘付いたらしくハッとしていたが、フィリアを睨んだかと思いきや俺に対して申し訳なさそうな表情をしたので、大丈夫だからと笑っておく。
「へぇ、良いんだ?」
「あぁ」
「それじゃあ私の部屋に行こう」
「……それはそれで良いのか?」
「もちろん」
そうして、有栖とソフィアに見送られて再びその場から離れた。
まるで戦地に向かうような緊張感が僅かにあるも、何となく大丈夫な気がしている……というより、あの時の感覚に似ていた。
こうして面倒なことになるかもしれない瀬戸際に居るのであれば、いつかのように堂々と胸を張って色々言ってしまえば良いってな。
「ここが私の部屋」
「……おぉ」
婚約者なので有栖がノーカンだとすれば、家族以外で同年代の異性の部屋に来たのは初めてみたいなものだ。
有栖の部屋も綺麗だったが、フィリアの部屋も隅々まで綺麗だった。
ただどうしてバニー服だったりナース服だったり、猫の耳や尻尾のようなアクセサリーっぽいものが置かれているのかは謎だった……もしかして原作でも描かれていないコスプレの趣味でもあるのか?
「気になるの?」
「いや……まあ少し」
「ちょっとした趣味かな。私、コスプレするの好きだから」
「へぇ」
つい想像してしまった。
ここにかけられているバニー服やナース服を着たフィリアを……金髪のハーフ巨乳美少女は何を着ても似合うというのは古事記にかかれており、世の男子たちはそれに強く頷くはずだ。
つまり何が言いたいかと言うと、当初の目的を忘れてしまうほどにそんな想像をしてしまい、フィリアからニヤニヤと見つめられてしまった。
「……コホン、本題に入ろう。これを着た君も魅力的だがな」
「あら、あっさり認めるんだ」
察せられている以上は隠しても仕方ない。
有栖たちと喋っていると、時にはこうして認めることもこちらのペースに誘い込む方法だと分かったからな。
その証拠に、フィリアは随分と気を抜いているようだ。
「まさか盗聴器とは思わなかったが……俺がそうだと分かったのか?」
「うん、全部聴こえてたよ。ソフィアには悪いと思ったけど、私はずっと君のことを疑ってたから」
「……あれで諦めたというか、違うってなったと思ったんだが」
「諦めたつもりだったよ? でも冷静に改めて考えてみても、やっぱり彰人君しかあり得ないって思ってね」
なるほど……だが、あくまで答えは出ていなかった。
しかし今回の俺とソフィアの会話によって、完全にフィリアは答えを出したようだ。
「どうして彰人君が知っていたのか、私たちの両親ですら気付けなかった黒海さんの陰謀について……どうしてかな?」
「……………」
「なんてね、そんなことはどうでも良いの」
「え?」
どうでも良い……とはどういうことだ?
クスクスと心底楽しそうに笑うフィリアは、ゆっくりと近付く……ただ決して体に触れてくるようなことはなく、すぐ近くで見上げるだけだ。
彼女は何を口にするのか……俺はただそれをジッと待った。
「君が私の運命の人だった……それだけが分かれば後はどうでも良い」
「どうでも良いって……」
「決して気にならないわけじゃないけど、君がどうして黒海さんのことを知っているのか……決して君は知られるような状況になかったはずなのにね……でもどうでも良いの。だってそんな物は、君を見つけられた私の前には些細な問題でしかないから」
フィリアは止まらない。
一切瞬きをすることもなく、音色の変わらない声で言葉を続ける。
「ねえ、全部言っても良い?」
「えっと――」
「私、君のモノになりたいの。私の運命の人……この心を掴んで離さない君に全てをあげたい。だって黒海さんの陰謀がもしも成功していたら私たちに何が起こったのか、それは想像に難くないの。どれだけ軽く見積もっても悲惨なことに変わりない……それを君は助けてくれた。彰人君は私だけでなく、ソフィアや両親のことも、そしてこの家のこと全てを助けてくれた。言わば命の恩人と言っても過言じゃないよね? 君の手の中に私が生きるか死ぬか、それを決めるボタンがたとえ握られていたとしてもおかしくなんてないの」
「お、おい……」
長い言葉だったが、彼女は一切息継ぎをしていない。
昏く濁ったように見える彼女の眼差しは、先ほどまでの綺麗な瞳とは似ても似つかない……しかし、それでも台無しにならないフィリアの美貌には驚嘆する。
だがどうにも、俺の行動が巡り巡ってフィリアのスイッチを入れたようだった。
(こうなるのか……)
俺は主人公のように誰かをヤンデレっぽくさせるというか、ここまで漫画の彼女を再現するかのような変化を及ぼすなんてないと思っていた。
しかしこうして目の前のフィリアを見せられては、俺の行動がそうさせたんだと納得せざるを得ない……が、だからこそ俺の堂々としたハッタリというか、演技染みた言葉が効くのではないかとも思えた。
何故なら彼女はヤンデレになるよう仕組まれた存在ではなく、ちゃんとそこに生きる一人の人間だからだ。
「取り敢えず落ち着け」
「あいたっ!?」
悪いとは思ったが、軽くおでこにチョップを入れた。
先ほどまでの雰囲気は鳴りを潜め、フィリアはおでこを抑えてながら涙目で俺を睨む。
ここからは俺のターンだ。
「まず、確かに俺がソフィアに忠告を伝えた。それで彼女が動いたことでローラン家に降りかかるはずだった悲劇は回避された……まあ、そういう意味ではこの家を救ったのは他でもない俺かもしれないな」
「そ、そうだよね――」
「だが、俺は別に見返りを求めているわけじゃない。君の運命の人になりたいわけでも、君を好きなようにしたいわけでも……ましてや君を所有物のように傍に置くようなこともしたいわけじゃない」
「……でも」
「俺はただ、君たちに笑っていてほしいんだよ」
「笑って……?」
俺は頷いた。
「君にとっては運命的だったのかもしれない。だが俺はただ、それを知ってしまった結果、何もしないのは気持ち悪いと……何もしなかったら必ず後悔すると思っただけなんだ」
「……………」
「そう、俺は助けたかっただけだ。それ以上も以下もない……俺が求めたのは、君たちが何も失わずに笑っていられる未来なんだよ。間違ってもそんな歪な微笑みを求めたわけじゃない」
「っ!!」
「まあ男として、君みたいな美少女にそんな迫られ方をされるのも嫌いじゃないんだが……でもやっぱり、そんな風に求められるのは違うと思ったんだよ」
「彰人君……」
フィリアを包んでいた良からぬ雰囲気が消えて行く……どうやら俺の言葉は彼女に伝わったようだ。
「ソフィアにも言ったけど、俺がやったのは忠告だけだぞ? そこから動いたのはソフィアだった……もちろんあの時会ったのが君だったら、俺は君に同じことを伝えただろうし、そしてこのやり取りが発生してもこうして今と同じことを口にしたはずだ」
「……そっか」
「あぁ」
あぁって……締め括ったけど終着点はどうしよう。
考えなしにそれっぽいことを口にしたツケが回ってきたのか、ここからどう話を改めて展開しようか分からなくなってきたぞ。
そんな風に言葉を止めた俺だったが、フィリアはどこか憑き物が落ちたように笑みを浮かべた。
「そうだね……あぁうん……今までの自分を振り返ると、自分勝手に動いてどれだけ恥ずかしいことを言っていたのかを理解したかも」
「そう……だな」
「遠慮なく頷いてくれて良いよ?」
「そうだな」
「あはは、それで良いよ。でもそっか……そうだよね……明らかに暴走しちゃってたね私」
顔を伏せたフィリアは、決して泣いたりはしていない。
だが何かしらの言葉をかけたくて、つい手を伸ばし肩に触れた……ポンポンと優しく叩き、俺はこう続けた。
「どこまで行っても詳しく話せないことに変わりはないんだが……それでも、俺に対して感謝してくれるのならこれからも笑顔で居てくれ。俺たちはもう友人になった……君が笑っていれば、それだけで俺は安心するし嬉しくなるからさ」
「あ……うん……うんっ」
「ただまあ、黒海はクソ野郎だった。それだけは確かだし、地獄に落ちたとしても指差して笑ってやれば良い。それだけのことをあいつはしそうになったんだからさ」
「ふふっ、そうだね……笑ってあげよっか♪」
それから少し、この件について話をしたが上手く纏まった。
有栖たちの元に戻ってからもフィリアは笑顔を絶やさなかったが、それだけ良い会話が出来たんだなと安心する。
今回のお茶会に関しては、副産物も含めて大成功だった。
「ねえソフィア」
「なに?」
「世の中には色んな人が居るんだね」
「いきなりどうしたの?」
「ううん、何でもない……ただ、初めてしちゃったなって」
「何を?」
「純粋な恋を……かな」
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