楽しそうな有栖

「彰人様、起きてください」

「……?」


 優しく肩を揺らされ、耳元で囁かれた声に目を開けた。


「……天音さん?」

「はい。あなたのメイド、天音でございます♪」


 ニコッと天音さんが微笑んだ。


「……おはよう」

「おはようございます♪」


 朝から清楚系爆乳エロメイドに起こされるのも、やっぱり悪くないなと改めて実感する。


「……あれ?」


 体を起こし、天音さんを見ていて気付いたことがある。

 それは彼女が着ているメイド服が今までと少し違うというか……明らかに布面積が減っていた。


「メイド服、変えたのか?」

「あ、お気付きになられましたか?」

「そりゃあまあ……」

「ふふっ、嬉しいです♪ 心機一転の意味も込めて、奥様や同僚に相談して仕立てたんですよ」

「……母さんも?」


 母さんが……? えぇ……?


(いや……これはアカンでしょ)


 今までの天音さんも凄まじかったが、このメイド服はそれ以上だ。

 まあ大きく変わったのは一部分で、胸元の上部分を露出させるようにして谷間が見えるようになっている……首元のリボンも可愛いけど、それ以上に圧倒的破壊力を誇るその部分にばかり目が向きそうになる。


「どうでしょうか? 似合って……いますか?」


 その場でクルッと天音さんは回り、その拍子で色々な物が揺れただけでなく捲れたりもしたが、とにかく平常心を保つので精一杯だ。


「えっと……凄く似合ってる」


 そう言えば、天音さんは嬉しそうに微笑んでくれるのだった。

 ベッドから出て着替えをする際、いまだに俺は慣れていないのだがこうして天音さんが起こしてくれた日は着替えも手伝ってくれる。

 もちろん着替えなんて一人で出来るので必要ないと伝えたが、あまりにも悲しそうな表情をされてしまい、こうしてそれは続いている。


「……ふふっ♪」

「なんだ?」

「こうしていると、まるで彰人様が旦那様のような気がして……それでちょっと想像してしまいました」

「……………」


 確かにこうやって天音さんが前に立ち、ボタンを留めてくれているのはそれが想像出来なくもないが……というか本当に最近の天音さんはどこかおかしくないか!? このメイド服以前に言動も何もかもがとにかく俺を立てる言い方ばかりだ。


「……彰人様」


 ただ……今度は突然沈んだ声音へと変化した。

 ボタンを留め終えた天音さんはジッと俺を見上げ、まるで深淵を覗いているかのような昏い瞳をしている。


「私はこれからも、彰人様の使用人としてお傍に居たいと思います」

「それは……俺としては全然助かるというか」

「その言葉、是非忘れないでいただけると嬉しいです♪」


 天音さんは離れ、瞳もいつの間にか元に戻っていた。


(いやいや、普通の人間なんだから瞳が戻るって何やねん)


 コホンと咳払いをした後、俺はこう言った。


「天音さんも聞いてるだろ? 俺は正直――」

「十六夜の名が重いという話ですか?」

「あぁ……だからもしも俺がそうなったら」

「でしたら」

「?」

「私も一緒に付いて行きます。それで良いではありませんか」


 覚悟を決めたような表情に、それ以上は何も言えなかった。

 どうしてそこまで言ってくれるのかと気になったが、俺はそこまで察しが悪いとは思っていない……おそらく弟さんのことだったりを気にかけた影響で、こんな風に天音さんは言ってくれてるんだろう。


「それでは、朝食になさいますか?」

「あぁ」


 その後、朝食を済ませてのんびりとした時間を過ごす。

 有栖が来るまで暇を持て余していると、傍に居た天音さんが沢山の話題を提供してくれ、その中には当然俺の知らないこの世界の情報がいくつもあり、整理すると同時に色々と知れていく感覚が楽しかった。


「どうやら有栖様がお越しになられたようです」

「分かった」


 既に桜木さんが有栖を出迎え、そのまま彼女はここに向かっているとのことだ。

 しばらく待っていると扉がノックされ、有栖が入ってきた。


「こんにちは、彰人さん」

「こんにちは、よく来たな有栖」


 有栖と入れ替わるように天音さんは出て行き、また二人っきりだ。

 特に何をして過ごすとも決めていないのに、最近はただただこうして有栖と一緒に過ごしているわけだが、何だかんだヤンデレの有栖が怖いとはいえ……美少女と同じ空気を吸えるというのは最高だし、やっぱり有栖って美人だし可愛いしな。


「最近、兄と姉がやけに色々と聞いてくるわ。今までそんなにここに来ることはしなかったのに、どうしてなのかって」

「そりゃそうだろ。だって本当にいきなりじゃないか」

「それは自覚しているわ。けれどあなたは私の婚約者だし、今のあなたと仲良くしたいって思うから私はこうしてここに来ているの」


 有栖はすぐ傍に近付き、当たり前のように隣に座った。

 向かい合うようにソファが置かれているのに、わざわざ隣に座る必要は無いのでは……なんて聞くたびに有栖は意味深に笑うので、もう聞くこともしなくなった。


(……こんな風に親し気にしてくれるのって、やっぱ今の有栖って俺に悪くない感情を抱いてるよな? ただ有栖のことを知っているだけに、俺が態度を変えただけでこうなるとも思えないんだよな)


 それを言ってしまうと天音さんや湊もだけど……。


「……あ、そうだったわ」

「??」


 一旦考えを置き、有栖のために買ったプレゼントを渡そう。


「これ、プレゼントだ」

「プレゼント……? あなたが……?」

「……ま、婚約者として一度も渡してないってのはな」


 目を丸くする有栖は、そっと紙袋を受け取った。


「開けていいの?」

「おう」


 ゆっくりと袋を開け、中に手を入れてそれを取り出す。

 手に掴んだ瞬間に気付いた様子だったが、改めてそのぬいぐるみを目にした瞬間に、有栖は思わずと言った具合に呟く。


「……可愛い」

「気に入ったようで良かった」

「どうして……? 私、あなたにこういうのが好きって伝えたことがあったかしら?」

「いや? 聞いてないけど……てかそうだったのか?」


 本来なら知り得ないことなので誤魔化そう。

 正直これに関しては誰も知っていない秘密をどうして知っているのかって、気味悪がられるのが関の山だろうしな。


「そうね……私、実はこういった可愛い物が好きなのよ。あなたが知っているはずはないのだけど……ふふっ、これも運命なのかしら」

「偶然だろ偶然」

「そうね、偶然ということにしておきましょう――彰人さん、素敵なプレゼントをありがとう」


 ギュッとぬいぐるみを胸に抱き、有栖は微笑んだ。

 万人を魅了するような笑顔にドキッとしつつ、そこでちょうど以前のように茶菓子を持って天音さんが入室した。


「失礼いたします」


 テキパキとテーブルに飲み物と菓子を並べる天音さんに、有栖がそっと問いかけた。


「ねえ天音さん?」

「はい?」

「彰人さんから素敵なプレゼントをいただいて……この場合は、どんなお返しが良いかしら」

「……そうですね」


 有栖の問いかけに、天音さんは手を止めてう~んと考える仕草をする。


「今すぐにお返しをしたくて、それでも手元にないなら何が良いかしら」

「……更に難しくなりましたね」

「有栖、別にお返しなんて要らないぞ。それはただの気持ちなんだ」


 お返しなんて別に求めちゃいない……そう思ったんだが、有栖は何かを閃いたようにポンと手を叩いた。


「閃いたわ」

「え??」


 有栖はそのまま俺に近付き、その美しい顔を近付けてくる……え?


「っ!?」

「あ……」


 驚く俺、唖然とする天音さん。


「……うふふっ♪」


 有栖が何をしたのか……それは俺の頬へのキスだった。

 しっかりと触れた感触が残る頬、それを意識した瞬間にドッと押し寄せる熱。


「どうだった?」

「あ、いや……え?」

「……………」


 心底楽しそうな有栖の様子に、すぐ揶揄われたのだと気付く。

 あたふたする俺と能面のような顔になった天音さん……本当にもうカオス以外に表現する言葉は見つからなかった。

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