生徒会に興味はあるかないか

 俺が通っている学園は身分というか、上流階級の子息や息女が名を連ねているわけで、彼らに施された教育は確かなものだ。

 しかし以前の彰人のような者だったり、そんな彰人の傍に居た取り巻きであったり、真理愛のように極端な者は居ないが、俺を嵌めようとサロンに近付けた連中みたいなのは少なからず居る。

 まあ逆にそれもあって然るべきなのかもしれない。

 ある意味でこの世界は力が物を言う世界でもあるのだから。


「……………」


 改めて有栖が傍に居なくても歩くことに慣れた学園内部。

 昼休みになって昼食を済ませた後、童心気分を振り返りながら探検をしていた時だった。


「おら!」

「ぐっ!」


 それは喧嘩……というには一方的なイジメだった。

 眼鏡をかけた男子が三人の男子に囲まれ、ドンと強く肩を押されて壁に背中を打ち付けた。

 眼鏡の男子は目に見えて怯えており、俺の角度から詰め寄る三人の顔は見えないが、きっと嫌な顔をしているに違いない。


「僕、何もしてないじゃないか!」

「口答えすんじゃねえよ」

「ちょいイラッとしてたからなぁ」

「だよな? 気分の発散に付き合ってもらっただけだっての」

「どうして僕なんだよ!?」

「お前がちょうど近くに居たからだけど?」

「つうか口答えすんなって言っただろ? 逆らったら家族に迷惑がかかるかもしれねえぞ?」

「っ……」

「ははっ、露骨に怯えてやがんの」


 なるほど……分かっていたことだがあの眼鏡君は悪くない。

 あの三人の憂さ晴らしにただ付き合わされただけ……しかもかなり理不尽な理由でだ。


「確かこういうのもあったか」


 実際にこの光景は漫画でも見たことがあった。

 ただそう思った時には既に足は動き出しており、先頭に立つ男子が手を上げたところに声をかける。


「おい、そこまでにしとけ」

「っ!?」


 誰か来るとは思っていなかったのか、四人ともビクッと肩を震わせた。

 当然ながら彼らの名前は誰一人として知らないので、どう呼ぼうか迷うが取り敢えず間に割って入ろう。


「三人で一人をイジメるとか汚いことするんだな?」

「……ちっ」

「西条様の腰巾着かよ」

「行こうぜ」


 腰巾着って……間違ってないかもしれんけどさ。

 先頭の男子が舌打ちをしたのを合図に、三人はすぐに背を向けて居なくなった。

 殴り合いの喧嘩になったらどうしようかと不安だったが、そんな未来は回避出来たらしい。


「大丈夫か?」


 振り返り声をかけた。

 こうして近付いたことで分かったのだが、どうも先ほど肩を押されるよりも前に軽く頬を叩かれた形跡がある。

 口の中を切るほどではないみたいだが、それでも痛みはあるはずだ。


「っ……!」


 俺は眼鏡の彼に手を出すこともないし、暴言を口にする気もない。

 そもそも俺は彼を助けたくてこの場に来たから……でも、そんな俺に対して彼はキッと強く睨み付けてきた。

 予想だにしなかった反応に思わず目を丸くしてしまったが、どうして俺を睨むんだ?


「ふざけんなよ……」

「え?」

「なんで君は僕のようにならないんだよ! 家の格は君も僕もそう変わらないのに……君は西条様に守られてるから平気なんだろ!!」

「お、おい……」

「君に手を出せば西条様の怒りを買う! だから十六夜家の君には絶対に手を出さない! そんなの……そんなの卑怯じゃないか! 本来だったら君も僕みたいになるはずだろう!? それなのに……そんなの不公平にも程があるじゃないか!」

「……………」


 一気に言い切ったせいか、肩で息をしている。

 しばらくして息を整えた彼は、また最後に俺を睨み付けて足早に走り去って行くのだった。


「……はっ、なんだよ」


 ほんとに何だよって文句を言いたかった。

 あのまま俺が間に入らなかったらあれ以上に何かをされていた可能性があるのに、助けたことの礼は何一つなく逆に妬みばかり……はぁ。


「有栖に守られているから……か」


 そのことに対して何も思わないわけじゃない。

 彼が言ったことは至極当然なのと、有栖を含めて西条家というビッグネームに俺が守られているというのも正しい。

 自分の家を卑下するつもりはないが、何回か言っているがこの学園において十六夜家は下の方……だから有栖との婚約について文句や不満は口にされるし、釣り合わないだの有栖は正気じゃないだの陰口も言われる。


「……知らねえよばぁか」


 でも、思うことはあってもその程度だ。

 最近の色々な出来事のおかげで、自分の立場と恵まれた縁に重さを感じることも軽減されてきた。

 そうだよなぁ……俺って有栖と釣り合わないよなぁ……なんて思う段階はもう克服したようなものだ。

 まあそれでも、有栖のような素敵な子が傍に変わらず居ること……それが奇跡に近いことだよなとは常に思ってはいる。


「教室に戻るか――」

「ご苦労だったな、十六夜君」

「あっちょんぶりけっと!?」

「ははっ、良いリアクションじゃないか!」


 突然の声に、思わず口から心臓が出そうになるほど驚いた。

 まるでムーンウォークでもするかのように姿を見せたのは、つい先日顔を合わせた宮崎生徒会長だ。


「か、会長!?」

「あぁ! 俺も偶然彼らを見つけて止めようと思ったのだが、それよりも君が先に入ったのでな。少しだけ見守らせてもらったよ」

「……なるほど」

「ふむぅ」


 喋りながら近付いた会長は、顎に手を当てて俺を見つめた。


「色々と言われていたみたいだが、心に傷を負ったというわけではないらしいな?」

「まあ……特に何かをされたわけじゃないですし。それにここひと月でメンタルは大分強くなってますよ俺」


 強くならざるを得なかったからなぁ……。

 そう言うと会長は肩を揺らすようにして笑い、そうかそうかと笑顔で頷いた。

 そして会長は、さっきの彼が去った方へに目を向けた。


「生徒会長として悔しい部分ではあるが、ああいうのを全て完全に無くすというのは中々に難しくてな。もちろん人を傷付けることなどあってはならない……だが、一部の生徒の蛮行は行われている」

「……どこも一緒ですか」

「あぁ……やはりこういう世界に居ると、金や権力で全てを掌握し思い通りにしようとする過激な大人を目にするが、それを間近で見ている子供もまたそれを実行してしまう。俺としては反面教師にして育ってもらいたいのだが、甘やかされたのも大きいのだろう」


 あの~……それたぶん、かつての彰人にぶっ刺さりでは?

 彰人は自分の家というよりは、西条家と繋がりがあるからこそみんなが文句を言わない……だから彰人もあんなに付け上がったのではないかと、今なら思えるな。


「金と力でどうにか出来るからこそ、それに押し潰される怖さも本能で理解している。だから彼らは君に明確に敵対せず、あのようにしてすぐに去ったというわけだ」

「そうだろうとは俺も思ってます」

「あのパーティ後の君ならともかく、今の君は西条さんと仲睦まじく過ごしているじゃないか。だから最近はもう、以前のようにちょっかいなどは少なくなったのではないか?」

「そうですね……以前に比べれば確かに」


 結局は、堂々と開き直るのが良いんだろう。

 クヨクヨすることは悪いことじゃない……でも、有栖があんなに傍に居てくれてずっとナヨナヨしているのは許されないだろ。


「まあ、それは置いておくとして……だ。時に十六夜君」

「はい?」

「君は生徒会に興味はないか?」

「生徒会ですか?」

「来年のことだがな。さっき、君は迷わず助けるために動いた。その時の君の目を見た時、来年の生徒会に欲しいと思ったんだ」


 大袈裟に腕を広げ、劇をするかのように会長は言葉を続けた。


「来年にはもう俺は居ないが、それでも君のような熱い心を持った者こそ生徒会に相応しい! 既に決定事項に近しいが、永椿が来年は俺の後釜になる……そんな彼女を支える一役員としても、君が欲しいんだ」

「……なるほど」

「それに……くくっ」

「?」

「君が頷けばもしかしたら西条さんも付いてくるのではと思ってな。この学院において家の格というのは中々に尾を引くものだが、その視点にメスを入れられる君と西条さんが生徒会に加わる……それは新たな時代の幕開けになるだろう!」

「いや大袈裟すぎますって!」


 この人、どこかでカメラでも回してるんじゃないか!?

 結局、その後すぐに時間が来てしまったので話はそれまでだったが、考えておいてほしいと強く言われるのだった。



 ▼▽



『あなたが興味あるなら、私も一緒で良いわよ?』


 ……軽すぎんだろ。

 放課後、家に帰ってきた俺は有栖の言葉を思い返す。

 会長との話を伝えての言葉だったが、俺がやる気なら有栖も一緒にやっても良いとのこと……いや、どうしようねこれ。


「生徒会か……湊に少し聞いてみるか」


 前世でも生徒会なんてものには無縁だった。

 学校での活動なんて部活で野球をやってたくらいだもんな……ま、やるやらないはともかく現生徒会長の湊に意見を聞こうじゃないか!


「湊~」


 一応、もう湊が帰っていることは知っている。

 しかし部屋の外から声をかけても湊の返事はない……もしかして部屋には居ないのか?

 そう思って扉を開けると……素直に開いた。


「お、なんだ居るじゃん」


 居るには居たが、どうやらソファに背中を預けて寝ているらしい。


「……仕方ないか」


 夜にも話は出来るなと思うも、寝顔を見てやろうと悪戯心が働いた。

 しめしめと言った具合に忍び足で近付き、湊の顔を覗き込んだところで俺は目を丸くした。


「……え?」


 気になったのは湊の顔ではなく……湊の胸元だった。

 まだ着替えてなくて制服姿だが、上着のボタンを外し……その下の白いシャツのボタンも少し外れているが、胸元を押し上げる大きな膨らみが呼吸に合わせて上下している。


「……え?」


 思わず目元をゴシゴシと擦る。

 有栖と同等クラスの大きな膨らみ……でも湊は男なので、本来それは存在しないはずのものだ。

 テーブルの上に置かれているのはいつぞや見た包帯のような物で……なるほど、俺は疲れているんだ。


「ふぅ……」


 何事も無かったかのように部屋を出た後、試しに頬を抓った。


「痛い……っ!?」


 ……………。

 ……………。

 ……………。

 !?!?!?!?!?!?!?

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