有栖が優しすぎる
「……はぁ!」
何とか……何とか切り抜けたなとホッと息を吐く。
とは言ってもまだ午前が終わっただけで午後があるのだが、それでも半日乗り切ったのは確かである。
(……って、昼食ってどうするんだ?)
弁当を持たされてないってことは学食になるんだろうけど、学食ってどこにあるんだっけ……。
「彰人さん」
「っ……おう」
どうしようか悩んでいると、有栖が声をかけてきた。
(……あれ、そういや名前……?)
思えば、初めて彼女に名前を呼ばれた気がする。
あまり意識することもなかったが、俺は既に前世でどんな名前だったかを忘れているようなので、彰人というのがこれからずっと付き合っていく名前になる……だからなのか、こうして有栖に名前を呼ばれるのは凄く良い気分だ。
「なんだ?」
「学食に行きましょう」
「……え?」
「別々ではあったけれど、私たちは今まで学食で済ましていたわ。もしも希望ならあなたにお弁当を作ってあげてもいいけれど?」
「いや……えっと」
「……ふふっ、とにかく行きましょうか」
椅子から立ち上がり、有栖に並んで廊下を歩く。
(……………)
歩く最中、有栖のことをチラチラ見るのを止められない。
その理由というのは単純なもので、明らかに俺に対する態度の変化というか……どことなく主人公に対してしていたような面倒見の良さ……あぁいや、それ以上の優しさを有栖から感じたせいだ。
「なあ有栖」
「何かしら?」
「何かあった?」
「いいえ?」
それとなく訊いても有栖は表情を変えず、そう否定するだけだ。
俺たちと同じように学食に移動する生徒であったり、廊下で屯する生徒の視線が俺たちに集中するが、それももう慣れた。
流石に有栖が傍に居るということで分かりやすいヒソヒソ話はないみたいだが……ってそう考えると、俺には聞こえても良いからってこと?
「あそこまでが私たち一年生の教室になるわ」
「あぁ」
「あの奥の教室は使われてないの。鍵がかかってて基本入れないわ」
「へぇ」
てか……隣を歩く有栖がまるでチュートリアルお姉さんみたいだ。
朝から今にかけて彼女が俺を気にかけてくれるのはもちろんだが、こんな風に何も分からない俺に対して沢山のことを教えてくれる。
「さあ、着いたわよ」
程なくして学食に着いた。
中には既に多くの生徒たちがテーブルに座っており、仲良さげに談笑をして過ごしている。
ただ、学食に足を踏み入れると彼らの視線がこちらに集まった。
「まるで客寄せパンダだな……」
「しばらくは我慢の必要がありそうね」
「……やれやれだ」
つうかこの学食……学食ってよりはレストランじゃねえかよ。
高校の学食にしてはあまりにも豪華絢爛なシャンデリアだったり、テーブルや椅子もこだわりがありそうな造りに見える。
(おぉ……全部バイキングじゃん)
学食というのは食券を買って注文というのが普通な気もするけど、そういえばここの学食は全てバイキング形式だった。
気を抜けば涎が垂れそうなほどに美味そうな料理が並んでおり、どれに手を付けようか迷ってしまう。
「彰人さん、私の後に続くようにして」
「分かった」
有栖の後ろに続く形で、まずは食器を手に取った。
「好きなように料理をお皿に盛って大丈夫よ」
「……おう」
それならばと、肉や野菜をバランスよく盛りつつも好きな物中心だ。
お洒落で綺麗な盛り方の有栖とは違い、汚いとは言わずとも優雅な盛り方ではない俺……テーブルに着いた時に二つの皿を見比べると、あまりにも違い過ぎて恥ずかしくなる。
「それじゃあいただきましょう」
「おう。いただきますっと」
相変わらず集まり続ける視線を無視するように、俺は食事に集中した。
有栖の家で食った料理や実家の料理もそうだったけど、やはり腕の良いコックが作る料理というのは本当に美味しい。
これだけのクオリティの料理に高校生の段階で慣れるともしもの時が大変そうだ。
「あむ……」
「……………」
正面に座る有栖は、食事の仕方も優雅だ。
ただこれに関しては有栖が特別というわけではなく、それとなく辺りを見回しても基本的にみんな食事の所作は綺麗だった。
まあかといって俺が汚い食い方をしているわけではないし、むしろ普通ではあるがやはり緊張してしまう。
(ったく……変に考えるのは止めるとするか。あの騒動を乗り越えた俺がこんなことを気にしても仕方ねえだろ)
自分の中でそう開き直り、改めて食事を楽しむのだった。
「ふぅ……ご馳走様でした」
その後、食事を終えて束の間の余韻を楽しんでいると有栖が口を開く。
「今日は、今までにない不思議な気分を味わっているわ」
「不思議な気分?」
「えぇ――今まで私が見ていた人は誰なのだろうと、今気になって仕方ない人はいつからそうだったのだろうってね」
「……どういうこと?」
意味深なことを呟く彼女は、楽し気にクスクスと笑っていた。
一人の女の子がただ笑っているだけなのに、一枚の絵画のようだと思ってしまったのは相手が有栖だからだろう。
「気持ちが良いのよ。分からないことは沢山だけれど、それでも良いと思える魅力がそこにはある……まさかと思った考えが、私の言葉と行動によって徐々に答えを形成していくこの感覚がたまらないの」
「……………」
有栖の深紅の瞳がジッと向けられた。
その瞬間、何かが体に纏わりつくような錯覚があってつい体の至る部分を手で擦る。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
まあ……よく分からないしどうでも良いか。
「それより、今日はありがとな。色々と教えてくれて助かった」
「構わないわ。入学した翌日から記憶がないのでしょう? それを考えて説明をしただけだから」
「……あ」
あ……そういえばそうだった!
入学式の翌日から一昨日までの記憶がないって、そう自分で設定を作ったんじゃないかよ……すっかり忘れてたわあぶねえ!
「別に疑ってるわけじゃないのよ? それでもあなたに色々と説明をする中での反応を見て、改めて記憶がないことを確信したわ」
「ま、まあな……本当に何も分からないから助かったよ」
でもこうなるってことは嘘が良い方向に動いてくれたな。
入学式後から今までの記憶がないとするならば、それはこの学園の記憶が何一つないに等しい……だからこそとも言える有栖の気遣いだけど、ほんとに彼女が居てくれて良かったぜ。
「分からないことがあったら遠慮なく聞いてちょうだい。同じことであっても忘れたら教えてあげるから」
「あぁ、本当にありがとう有栖」
「私はあなたの味方、それは絶対だから覚えておいて」
「分かった」
有栖の優しさについ涙が零れそうになる。
それからの昼休みは、また有栖が色々と教えてくれて、学園の構造に関してはほぼほぼ頭に入った。
そして同時に、どこに行っても声をかけられる有栖を見る度に、俺が有栖の婚約者って本当に似合わないんだなと痛感したのもまた別の話だ。
「そうね、あなたが望むならなんだって教えてあげるわ。あなたは何も疑問に思わなくて良い……だってそうでしょう? 記憶を失って忘れるか、最初から何も知らないからか……そこに違いは何もないのだから」
途中、ボソッと呟いた有栖に首を傾げたが……そんな彼女との時間に水を差す声があった。
「ごきげんよう、西条様」
声をかけてきたのは憎たらしいほどのイケメンだった。
(……こいつは――)
その男がただのイケメンであるならば、何だこの野郎で終わっていた。
しかし、俺はそいつの顔を知っていたのだ――主人公が現れた物語序盤に登場する悪役であり、彰人が居なくなってからずっと有栖に言い寄っていた男だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます