嘘を貫け、ハッタリを押し通せ
(行ける……行けるぞ俺!)
今、このパーティ会場を包み込んでいるのは困惑だ。
その様子をステージから眺めている俺としては、確かな手応えを感じている……というよりも、あの有栖が目を丸くしている時点で俺は賭けに勝ったも同然なのだから。
「彰人様? 一体何を仰ってるのですか……? 入学式から既に半年も経っていますよ?」
「……何だと?」
あくまで驚愕を前面に押し出すように、俺は驚いてみせた。
ただ流石はイケメンの彰人ということで、この驚きを露にした表情も様になっている気がする。
「彰人様! 一体何を仰ってるのですか!? 私たちがここに来たのは、そのような意味の分からないことを言うためではないはずです!」
「……いや、俺は極めて真面目なんだが」
そう、俺は極めて真面目に現状打破を頑張っているぞ。
目の前に立つ女――俺と同じざまあされる役目を背負った彼女は、一歩前に出て有栖に指を向けた。
「私は今日、告発するためにこの場に立っているのです! 私は入学してからずっと、あの方に嫌がらせを受けておりました!」
ででんと、確か漫画とアニメでは効果音付きだったか?
女……
(こいつ……あぁいや、こいつらほんとに馬鹿だ)
ただ……俺としては改めて真理愛たちの馬鹿さ加減にため息が出る。
最初に言ったがそもそも証拠がないでっち上げなのと、惚れた弱みなのか真理愛の言葉に全肯定している姿は本当に情けない。
更に言えば、今回のパーティを主催しているのは西城家……つまり有栖の家が執り行うこのパーティを滅茶苦茶にしようとしているのだから。
「そうだ。貴様の悪事は全て真理愛から聞いている!」
「言い逃れは出来ませんよ?」
「全く、どこまでも冷たく汚い女だ」
「泣いても許さないからね?」
進むべき道を進むかのように、俺は置き去りにされてしまった。
彼らの背中しか俺には見えないが、有栖に対してこれ以上ないほどのドヤ顔を決めているのが手に取るように伝わってくる。
(……って何をボーッとしてんだよ。このままじゃ何も変わらねえ!)
このままじゃ何も変えられずに海の藻屑だ……それは嫌だ!
俺もまた一歩足を動かした時、有栖の視線が俺を捉えた……というよりも、さっきからずっと彼女はチラチラと俺を見ていた。
彼女にとって俺の評価は地の底だろうが、とにかく俺は理不尽な目に遭って消えたくはない!
「おい、お前ら――」
取り敢えず黙れ、そう言おうとしたが俺の声は遮られた。
「少し黙ってください」
そんな声が静かに響き渡った。
真理愛を始めとした彼らはその声に黙り込み、声の主を見つめる。
「兄さん、あなたに聞かねばならないことがあります」
兄さん……そう言った彼の名は十六夜
名字からも分かるように、彼は彰人の弟であり凄まじいまでのイケメンなのだが、まだ中学生というのもあって可愛らしくも見える。
彰人が馬鹿をやって居なくなった後、十六夜家の正式な跡取りになる少年で、そんな彼も彰人のことは名前すら口にしたくない汚物とさえ口にするほどだ。
「兄さん、質問を良いですか?」
「あ、あぁ……」
「兄さんにとって、今日は入学式の翌日だと本当に仰るのです?」
「そう……だな。そうだと思っていたんだが……どうも俺は何か、みんなとの記憶にズレがあるようだな」
とはいえ、こうして追及されると俺としてもスイッチが入る。
別に嘘が得意でもないしハッタリを言えるほど度胸もないが、もしかしたら彰人はそういう性格だったのかもしれない。
「わ、私たちの話を――」
「黙れと言いましたが?」
「ひっ!?」
湊の眼力に、真理愛は小さく悲鳴を上げた。
真理愛はそのまま取り巻き……友人だけど取り巻きで良いや。取り巻きの背後に隠れ、プルプルと体を震わせるが湊は鼻で笑うだけである。
「兄さん、既に入学式から半年が経過しています」
「……みたいだな」
「本当に分からないと? 入学から今日に至るまで、その女にうつつを抜かし続けたことも? 婚約者を放って十六夜家に泥を塗るようなことばかりしたことも全て?」
「……………」
捲し立てるような湊の言葉に、俺はすぐ返事が出来なかった。
嘘とハッタリを駆使して乗り切ろうとはしたものの、結局はついさっきまでただの一般人だったわけで……だからこそ、湊の眼力に俺はビビりまくっている。
(やっぱり……ダメか?)
いけると思ったけど、やっぱりここまでか……?
この場において俺の味方は馬鹿共以外に居ない……だから誰かに助けてと口にすることも出来ない。
「……何も分からない」
ぐちゃぐちゃになった頭では、そうとしか言えなかった。
だってそうだろう? 今の俺は確かに彰人ではあるが、真理愛にうつつを抜かした記憶もないし十六夜家に泥を塗った時の記憶もない……だからこんな風に言うしか俺にはない。
「嘘は……言ってないのですね」
「……え?」
「兄さんは、嘘を言っていない」
……おやおや?
さっきまで沈んでいた心に、一筋の光が差し込んだかのように顔を上げた。顎に手を当て何かを考えている様子の湊だが、これはもしかしてまだまだ俺は行けるのか……!?
再び傾いてきたチャンスに俺は希望を見た!
「湊、俺は――」
やはり物事において、嘘とハッタリは強い!
そう確信したからこそ言葉を続けようとしたが、続く言葉を俺が口にすることは出来なかった。
何故なら彼女が……有栖が目の前にやってきたから。
「……………」
「……有栖?」
ただの読者であり視聴者でしかなかった俺が、高貴な彼女の名前を呼ぶことに抵抗があった……てかマジで美人だなこの子。
(この子がいずれあんなヤンデレというか、重い女の子になるだなんてヤバイだろどうなってんだ)
ちなみに、ヤンデレにはいくつか種類があると思っている。
その中で敢えて説明するならば、有栖はとことん相手を甘やかして依存させようとするタイプであり、決して包丁なんかを持ちだしたりするような恐ろしさはない。
「……………」
「お、おい……?」
有栖は手を伸ばし、俺の左頬に当てた。
突然のことに俺が動きを止めたのはもちろんだが、真理愛だけは違ったらしい。
「ちょっと! 気安く彰人様に触らないで!」
いや、一応婚約者ではあるので気安くもないが……。
ただ真理愛の頓珍漢な発言のおかげで我に返ることが出来たので、それだけは礼を言いたい。
「……………」
有栖はチラッと真理愛に目を向けただけで何も言わず、その赤い瞳は再び俺を射抜く……一応この世界は現代の日本が舞台であり、異世界のように人間以外の種族は存在しないが……それでもこうして肉眼で見る有栖は人外染みた美しさを誇っており、頭がクラクラしてきそうなほどの色香も持ち合わせている。
「……あなた、やはり何かあったみたいね」
「……え?」
おぉ……声がめっちゃ綺麗なんだけど!?
あの担当声優さん声そのままに凄まじいまでの興奮が俺を襲う!
「あなたは、私に触れられてそんな風に顔を赤らめたことはないもの。それに、入学してから私に向けていた嫌悪の感情も見えない……そうね、断言出来るわ――あなたの身には確かに何かが起こったのだと」
その言葉は、ある意味で現状における最後の希望を手繰り寄せることが出来たのだと俺は実感した。
だがまだ気は抜けない……まだ俺の破滅の種は燻り続けているはずだ。
「……やっぱ可愛いな」
「……え?」
……はっ!?
気は抜いていないつもりだったが、つい本音というか正直な気持ちが出てしまった……でも可愛いで良かったかもしれない。
これでもしもエロいとか言っちゃったらどうなってたか……とにかく、ここから俺がやれることは何だ?
「……ってあれ?」
その時、フラッと体から力が抜けた。
立ち眩み以上の何かだと気付いた時には、そのまま俺は気を失ったのだが……最後に覚えていたのは、顔面を包み込んでくれた柔らかな感触だったのだ。
(目が覚めた時、果たして俺はどうなってるか……)
・
・
・
・
・
「……うん?」
眩しさを感じ、目を開けたら見覚えのない天井が俺を出迎えた。
「……………」
温かなベッドの上に寝かされており、冷たい床の上ではなかったことに安心したが、同時に彰人になったのは夢ではなかったことも理解した。
ざまぁ役に転生したので嘘とハッタリで乗り越え続けたら大変なことになった件 みょん @tsukasa1992
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