少し落ち着いたからこその時間
「……よしっ、やるか」
そう言って俺は、机に広げたノートにペンで文字を書き込んでいく。
「ヤンカノ……ヒロインたちっと」
今からやろうとしているのは、改めてこの世界のヒロインたちのことを目に見える形で纏めようと思ったのである。
転生系の創作物でもこの過程は切っても切り離せないモノだが、彰人になってからはとにかく慣れることに忙しかったのもあってか、こうしてようやくこういうことが出来るようになった。
つまり、落ち着いたってわけだ。
「ヤンカノのメインヒロインは全員で五人……」
・西条有栖
・ソフィア・ローラン
・フィリア・ローラン
・
・
有栖とソフィア、フィリアは既に出会っている。
改めてこの三人に関しても、軽くどんなヒロインかを書き出す。
「有栖は甘えさせて取り込む系ヒロイン、ソフィアとフィリアは二人で共有し愛し尽くす系ヒロイン」
そして、残りのヒロインに関しても書き出す。
「羅夢と澪音はまだ出会ってないけど……澪音はともかく、羅夢はその内会いそうだな」
羅夢は先輩になり、澪音は後輩だ。
物語の始まりは来年なので有栖とローラン姉妹は二年で、羅夢は三年で澪音は一年……綺麗に主人公はヒロインたちに挟まれることになる。
現在の二年に羅夢はまだ顔を合わせていないのだが、そのまま進めば羅夢は来年の生徒会長になるので、もしかしたら生徒会選挙の関係でよく目にするようになるかもしれないな。
「羅夢も甘えさせ系ではあるんだが……有栖と違って、羅夢はあまりにも母性が強すぎるというか……ママって呼びたくなる人続出だったなぁ」
日本人特有の長い黒髪であったり、お淑やかな佇まいの羅夢は古い言葉を使うなら大和撫子って感じだろうか。
喋り方はどこまでも丁寧でとにかく優しく、ヒロインたちの中でも抜きんでた抜群のスタイルに狂わされた者は数知れず……スタイルで言えば天音さんとどっこいかもしれないな。
「澪音はまあ……生意気小悪魔妹系ヤンデレだな」
後輩だからではあるが、澪音は正に小悪魔な女の子だ。
自分の興味を惹くことにしか関心を向けないタイプだが、頭はかなり良くて悪知恵も働く……ただヤンデレのレベルに関しては一番優しく、オレンジ色の髪の毛も相まってギャルっぽさも兼ね備えている。
「……ヤンデレって怖えや……怖えけど、みんな美人だし可愛いし……スタイルが良くてエッチなんだよなぁ」
漫画やアニメの公式からもそうだったけど、とにかくエッチで際どいイラストなんかは積極的に投稿されていた。
それだけの人気があったし、ヒロインそれぞれの魅力も余すことなく紹介された人気コンテンツ――それがヤンカノなのだ。
「……ほんとに、俺ってどうなるんだろうな」
俺は、出来れば今のポジションから離れたい……それは変わらない。
しかし彰人になってから有栖を含め、色んな人と知り合った……天音さんに湊、今の両親に屋敷の使用人たち。
そんな人たちに囲まれていれば、ここから逃げ出した時にきっと後悔するだなんて思わせられる……ほんとに困ったもんだぜ。
「……あああああああ!!」
広い部屋に一人なのを良いことに、伸びをして声を上げた。
ずっと同じ姿勢のせいで固まっていた体を解し、ジッとしていられなくて当てもなく部屋を出た。
そうして歩いていると湊の部屋の前を通りがかり、特に用もなかったがノックした。
「兄さん? どうしたの?」
すると、すぐに湊が顔を出した。
「よっ、特に用はないんだが……暇だったからさ」
「何それ……ま、全然良いけど。入る?」
「あぁ」
ま、兄弟としての時間を大切にしようじゃないか。
(……良い匂いがするなぁ)
湊の部屋はあまり男子っぽくないというか、とにかく綺麗だ。
俺の部屋も常に天音さんや他の使用人が掃除してくれるし、そもそも散らかしたりすることもないので元から綺麗と言われれば綺麗だが。
「こうして兄さんが部屋に来るのも本当に珍しいね。最近ずっと考えていることでもあるんだけど、兄さんの皮を被った誰かじゃないの?」
「自覚はあるが、もしそうだとしたら大した技術だ」
「兄さんが兄さんなのは分かってるけどね……でもそれだけ、今までの兄さんを見ていたら思っちゃうんだよ」
ソファに招かれて座ると、すぐ隣に湊も座った。
どうやら湊は風呂上がりらしく、良い匂いがすると気になったのはおそらくそれが理由だろう。
いつもは軽くワックスで整えている髪も、重力に引かれるようにしてサラサラと下に伸びている。
「兄さん?」
「なんだ?」
「十六夜の名前を重たいって考えてること、有栖さんの婚約者としての立場が同様に考えてるってのはもう知ってること……なんだけど、それは今も変わらないの?」
そう問いかけられ、俺は腕を組んで考え込んだ。
ついさっき考えていたことの一部でもあったので、返事はすぐに自然と言葉になって出てきた。
「それは変わらないな……正直、学園でも大変だなって思うことの方が多いから。十六夜家に居る以上は、ただの学生みたいに勉強だけして卒業して就職とかも無理だろ?」
「そうだね」
「でも……有栖を含めて家族や、天音さんを含めた使用人たちと接していると、今の立場に居心地の良さを感じているのもある……なんつうか卑怯だろ」
「卑怯?」
「この先で待ってるのが大変なことなのは分かり切ってるのに、頑張ればどうにかなるんじゃねえかとか……自分には無理だからって逃げ出した場合はこの繋がりを失うわけだろ? それを後悔するんじゃねえかって思わせられてるから」
そう思わせられてる時点で、居心地の良さを感じちまってんだ。
けど俺なんかより優秀な湊が家を継いだ方が更に発展するだろうし、それこそが元々の流れでもあるしなぁ……って止めよう。
大切なことだけど、考えすぎたら逆に疲れちまう。
「……僕も出来るだけ力になるよ。だからさ兄さん頑張りなよって言うのは弟として無責任かな?」
「無責任なもんかよ。むしろそう言ってくれる弟が居ることに兄貴としては嬉しいって思うぞ?」
湊に向かって手を伸ばし、頭を優しく撫でた。
彼の髪の毛は俺の指に一切絡むことはなく、絹糸のように滑らかで気持ちの良い感触だ。
「あはは……ボク、こういうのに憧れてたんだ。父さんや母さんとも違って、兄さんだからこそこんな風にやり取り出来るのを」
「あ~……ま、以前の俺のことは忘れるこった」
「う~ん……今となってはあの頃の兄さんも思い出の一つかな? たぶんそれだけ、今の兄さんとの時間が楽しくて……その頃の兄さんが可愛く思えるくらいに、ボクは今を楽しく思ってる証拠なんだと思うから」
どんだけ前の彰人は嫌われてんだよ……ちょっと気の毒に思える。
それからしばらく湊と時間を楽しんだが、彰人になって初めてかなり長い時間を湊と過ごした気がする。
「ほら兄さん、明日も学校だよ?」
「それはお前もだろ? まあ俺と違って、生徒会長の湊は万が一にでも遅刻とかあっちゃダメだからなぁ」
「寝不足で遅刻は怒られちゃうねぇ……まあでも、僕くらいになればある程度の融通は利くし」
「……金でも握らせてんの?」
「そんなことしないってば! 他にやってる人は居るみたいだけど」
「居んのかよ!」
けどそれが金持ちの世界……か。
中学生なのに金で大人を従わせるとは、さぞ色んな意味で将来が楽しみな奴がこの世界には居るようだ。
「じゃあそろそろ戻るわ。会話相手になってくれてサンキュー」
「ううん、楽しかったよ。またいつでも来て大丈夫だから」
「あいよ」
ソファから腰を上げた所、俺はあれっと首を傾げた。
それは湊の机に置かれていた包帯というか……布みたいなものを見つけて思わず手に取った。
「あ!」
「湊お前……どっか怪我とかしてんのか?」
「う、ううん! そういうのじゃないから大丈夫!」
「……そ、そうか」
どうやら心配する必要は無いらしい。
湊の部屋を出るとちょうど、今日もお泊まりということで屋敷を見回る天音さんと鉢合わせした。
「やあ天音さん」
「彰人様? 湊様に何か用があったのですか?」
「兄弟の時間を楽しんでた」
「ふふっ、それは良いことです。でしたら喋り疲れて喉が痛かったりしませんか? 喉に優しい飲み物をお持ちしますが」
「良いのか? だったらお願いするよ」
「畏まりました」
ちなみに、その後にすぐ睡眠に就くことはなかった。
というのも天音さんとも会話が弾んでしまい、結構遅くまで天音さんと二人で過ごしたからだ。
『彰人様との時間でしたら、私はどれだけでも大歓迎です♪』
申し訳なさを抱きつつも、そう言ってくれたことが嬉しかった。
本当に今の俺は沢山の優しい人たちに恵まれている……けど、そう思うといつだって考えてしまうのが、本当に彰人はどうしてあんな風になってしまったんだということ。
「彰人にとっては真理愛とのやり取りが楽しかったんだろうなぁ……その分周りが見えなくなって、真理愛との楽しい時間しか考えられなくなったってことか」
でも冷静に考えると、真理愛ってかなりビッチで……体の関係も彰人以外とは結んでたような……。
彰人って実は、最初から脳が破壊されてたんじゃない?
割とそう考えてしまった。
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