今日もお泊まり有栖
「ははっ、天音さんがこのようなことを言うとは」
「だって寂しいじゃないですか……自分のご主人様が居ないのって」
彰人と有栖がローラン家でのお茶会を終え、帰路に就いてしばらくした頃の話だ。
十六夜家の屋敷では使用人間の交流ということで、桜木と天音と紅茶を飲みながら向かい合って会話をしている。
内容はもっぱら、天音が愛して止まない彰人に関することだ。
「しかし……少し前の坊ちゃんからは考えられませんね」
「それは……そうですね」
何か知っていそうな様子の天音だが、桜木は微笑むだけだ。
天音の元父親を追い払った時の様子が想像出来ないほどに、穏やかな笑みを浮かべる桜木は、十六夜家の抱える古株の使用人である。
彰人や湊はもちろん、彼らの両親を始め全ての使用人たちから全幅の信頼を受けている彼は、かつてどこぞの軍隊に所属し大佐にまでなっていたなんて過去もあるらしい。
「本当に……何が起こるか分かりませんな」
桜木は、少し前の彰人を思い返す。
『お前ら使用人は俺の手足みたいなものだ。言うことに背けば罰を与えるから覚悟しておけ』
『はぁ? 俺はこの家を継ぐ未来の主人だぞ? そんな俺に対してどの口を利いているんだ?』
『何度も言わせるな――俺に逆らうな。俺がやることは絶対だ』
口を開けば、そのようなことばかりを彰人は口にしていた。
元々酷かったが、このように増長したのは高校生に上がる少し前……これに関しては、たとえ使用人だとしても怒ることをしなかった桜木自身も問題はあると思っている。
『彰人様……流石にどうなの?』
『あれでご両親の前では良い顔してるんでしょ……?』
『あんなのが当主になったら終わりじゃない?』
『ねえ、あたし今日も声かけられて……ちょっと怖いよ』
使用人たちの不満も大きく溜まっていた。
これはいずれ爆発し、取り返しの付かないことになる……とは不思議と思えなかったのがおかしな話だが、それは良い意味で桜木たち使用人を驚かせた。
『おはようみんな』
『なんか疲れてないか? 休むのも仕事だぞ?』
『今日も綺麗だ……やっぱり家はこうでないとな!』
彰人は、ある日を境に変わった。
まるで中身そのものが入れ替わったのではないか、或いは精神だけ異世界に召喚されてしまい、こちらにやってきたのは異世界で悪事を働くまくっていたクズなんじゃないか……等々、そんなアホな囁きがされるくらいには彰人の変化は大きかった。
言葉は優しくなり、雰囲気も柔らかくなり、使用人一人一人を気にかけてくれるだけでなく名前まで覚えてくれて……それだけの劇的な変化だったからこそ、今までの彰人は過去の物として些細な異物と成り果てた。
「私、今の彰人様が大好きなんです。愛していると言っても過言ではありません」
「おや、有栖様という婚約者が居るのにそこまで言うので?」
「好意を抱くのは悪いと思っていません。それに、私は彰人様の恋人になるだなんて望みはありませんよ。私はただ彰人様の使用人としてずっと傍に居られればそれで」
「なるほど……固い覚悟のようですね?」
「はい。むしろ彰人様や有栖様にもこの話はしましたから……ふふっ」
「……………」
考えの相違があるのでは……と桜木は言わなかった。
(坊ちゃま……これは大変ですぞ? 何度も言っておりますが)
とはいえ、変化の方向性は別に悪くはない。
今の十六夜家を包むのは明るい話題ばかりであり、それは彰人によって齎されている。
目の前の天音然り、弟ではなく妹の湊然り……彰人が齎した変化は、確実に十六夜家を良い方向へと導く物と確信している。
「おや、帰ってきましたな」
「あ、出迎えに行ってきますね!」
どうやら彰人が帰ってきたようだと、二人は立ち上がった。
桜木ももう歳であるため、いつまで十六夜家の使用人として働けるのかは分からない……だが、今の彰人のことを考えればこの命が続くまで支えたいとも思っている。
「おかえりなさいませ彰人様!」
「おかえりなさいませ坊ちゃま」
彰人は色々と厄介事をあちこちに作ってはいるが、こういう身近な部分ではちゃんと笑顔も沢山作っているのである。
▼▽
ローラン家でのお茶会は大成功を収め、フィリアの暴走も事なきを得たわけだが……改めて、良い時間だったのは言うまでもない。
ソフィアとフィリアの二人と仲良くなったということはつまり、ローラン家との繋がりも強くなったに等しく、これから家同士の交流はもっと増えてくるだろう。
「……でだ」
「どうしたの?」
こうして大成功を振り返っていたわけだが、家に着いた俺の隣には変わらず有栖が居た。
「聞いてないんだが?」
「言ってないもの」
「……ま、良いけどさ」
ローラン家からの帰りは西条家の車だった。
送り迎えは西条家がしてくれる約束だったので何も思わなかったが、何故か有栖も俺と一緒に十六夜家で降りたので、まさかとは思ったが今日彼女は泊まるらしい。
「行動力の塊ですね有栖様は」
「ふふっ、婚約者と一緒に居たいのは当然よ」
天音の言葉に、有栖は胸を張ってそう言った。
ぷるんと揺れた巨乳をマジマジと見てしまい、それとなく視線を逸らすと天音とガッチリ視線が絡み合った。
天音も有栖の真似をするように胸を揺らす……有栖の巨乳がぷるんと揺れるのならば、天音の爆乳はたぷんって感じか……? って俺は一体何を考えてんだよ。
「それで、有栖はまたここで寝るのか?」
「そのつもりよ。とはいえ二択考えてたのよね」
「二択?」
「彰人さんと一緒に寝るか、天音さんと一緒に寝るか……実は天音さんとも改めて沢山お話したかったし」
「へぇ」
「あ、私は全然大歓迎ですが……」
「ありがとう天音さん」
まあ、そこは夜になったら有栖に任せるとしよう。
てか有栖と一緒に寝るかそうでないかで、既にこの段階だと照れることさえなくなったなぁ……逆に言うと、有栖と一緒に寝たいって少しは考えてしまうくらいだもんな。
「……ごめんなさい天音さん。今日は彰人さんと一緒に寝るわ」
「ふふっ、畏まりました」
「え?」
「だって、そんな顔をされては離れられないわ」
「……えっと、そんなに分かりやすかったか?」
「とってもね。ねえ天音さん?」
「そうですね。分かりやすかったですよ?」
そう言われ、試しに鏡に映る自分を見たが相変わらずのイケメン面だ。
自分の顔だから気付かないと言われたらそれまでだが……まあ良いか分からねえや。
「……あ、でもそうね」
「今度はなんだ?」
「私と彰人さんと一緒に、天音さんも一緒に寝ましょう」
「……え?」
「……へっ?」
有栖の発言に、俺と天音は揃って唖然とした声を上げた。
何でも有栖は俺とも一緒に寝たいし天音とも話をしたいとかで、そんな我儘にしては可愛い言い分を口にした。
有栖はともかく天音とも一緒に……この爆乳エロメイドも!?
体の色々な所が熱くなりそうな想像をしてしまうが、不安そうな天音に見つめられ……俺は分かったと頷いた。
「……じゃあ、天音さんも一緒に寝る?」
「あ、はい! 是非そうさせてください!」
ということで、まさかの有栖と天音の三人で寝ることになった。
別に何も起きないことは分かっているのだが、初めて美女二人に囲まれて寝るかもしれないこのビッグイベントに内心興奮していたのは、男として仕方のないことなんだ。
そうして夜のことが一つ決まり、疲れた体を癒すために早めの風呂を俺はいただいた。
有栖は天音と一緒に入るとのことで、流石に俺の方へ突撃してくるようなことはなく、平和な時間……とはならなかった。
「気持ち良いね♪」
「……そうだな」
何故か一緒に湯船に浸かっている湊がそこには居た。
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