二人とデート?

 デートとは、基本的に二人でやるものだろう。

 しかし、本日のデートは少しばかり違うというか……有栖も公認という形になり、天音も一緒に出かけることになったのである。


「……いや、これはデートじゃなくてお出かけか」

「どうしたの?」

「何でもない」


 隣に立つ有栖に首を振り、手に持っていたジュースを飲む。

 オレンジの味が口の中に広がり、喉を刺激する冷たさも相まって最高の感覚だ。


「病院……自分の用事でないからこそ、ここに居るのが不思議な気分ね」

「だなぁ」


 先ほど三人で出かけていると言ったがそれは間違いではない。

 ただちょうど天音が病院に向かう日と被ったのもあって、こうして有栖と一緒に天音の用である病院へと付いてきた。

 既に俺たちは弟君との面談を終えたが、以前よりも元気になっていた。


「弟さん、元気そうで何よりだわ」

「気にかけた甲斐があるってもんだな……ま、あれで足りなかったらもっと力にはなったつもりだけど」

「優しいのね」

「いいや違うな。天音さんだから……かな」


 俺は別に、全ての人を助けたいと思うような聖人ではない。

 天音のこともそうだがローラン家に関しても、助けたという点ではあのイジメられていた男子もか……助けられる状況に居たからなのと、少なからず俺の手が届く範囲だったからに過ぎない。

 天音とローラン家に関しては、単純に原作を知っているからこその興味があったおかげでもあるかな。


「それが優しいと言っているのだけどね。あなたが動いたことで、間違いなく天音さんの笑顔は増えたでしょう。というより、今の天音さんのあなたに対する態度が全てじゃない?」

「そうだな……?」

「……何よ」


 ふと、有栖のとある部分を見て俺は動きを止めた。

 そんな俺に有栖が不思議そうに首を傾げるが、俺は段々と頬に熱が溜まっていく感覚があった。


(キスが忘れられねえ……っ)


 そう、有栖とのキスが忘れられない。

 寝起きにした有栖とのキスは、本当に甘酸っぱかったというか……意識しないようにしても意識せざるを得ない。

 彰人のポーカーフェイスが崩れてしまうくらいには、あのキスを思いっきり意識している。


「……彰人さん?」

「なんだ?」

「顔を赤くしてるし……その、キスのことを思い出しているの?」

「っ……」

「やっぱりね……でも気持ちは分かるわ。私だって全然頭から離れなくて困ってるんだから」


 どうやら考えていることは同じだったらしい。

 しかしと、有栖は続けた。


「困ってる……えぇ困ってるわ。でも嫌ではなくて嬉しいのよ……こうして脳裏にこびり付く記憶があなたとのキスともなれば、私はそれだけで幸せだもの」

「っ……そうか」

「そして何より、あなたに好きと言われたこともよ。彰人さん好き……愛しているわ」


 有栖はそっと顔を近付け、頬へとキスをしてきた。

 流石に唇でないのは場所が場所だからだろうけれど、それにしたって流石にいきなりすぎではないだろうか。


「……んあ?」

「どうし……たの」


 有栖にキスをされてボーッとしていたのもあったが、ちょうどそのシーンを一人の小さな女の子が目撃していた。

 その子はお母さんとも思われる女性に手を引かれている。

 手を引く女性は見ていないが、女の子はずっと俺たちから視線を逸らさず見つめており……あ、こっちに走ってきたぞ。


「なあ有栖」

「な、なに」

「キスは嬉しいが場所は考えようぜ」

「……ごめんなさい」


 別に謝る必要は無いが……とはいえ、女の子の用はなんだろう。


「こらっ! 一体どうしたの!?」

「……………」


 女性の制止を振り切り、女の子は目の前で止まった。

 女の子は次第に目をキラキラと輝かせるように笑みを浮かべ、胸の前でグッと両手で握り拳を作り口を開いた。


「王子様とお姫様みたい……!」

「お、王子様……?」

「お姫様って……私たちのこと?」

「うん!」


 なるほど……どうやらこの子は、さっきのキスをそんな風に見てくれたようだ。

 背後に立つ女性が申し訳なさそうな顔をしているが、俺は気にしないでほしいと伝えるように目配せした。


「ねえねえお姉さん」

「私? 何かしら?」

みおも……病気を乗り越えたら王子様に会えるかな?」


 澪ちゃん……って言うのかこの子は。

 それに病気を乗り越えたらか……突然の出会いは、少しばかり重たい事実を俺たちに突き付けた。

 さっき軽く走っていたのを見るに重たい病気ではなさそうだが……。

 有栖はクスッと微笑み、澪ちゃんに視線を合わせるようにして頷く。


「そうね、きっと素敵な出会いがあるはずよ。こんな私でさえ、彼のような素敵な王子様に出会えたのだから」

「えへへっ! じゃあ澪も頑張れる! 将来の玉の輿を目指すの!!」

「そ、そう……」

「……ぷふっ!」


 なんだなんだ、お転婆というか将来大物になりそうな子だ。

 ちなみにそう豪語した女の子の後ろで女性は恥ずかしそうに顔を覆っており、こういうことを言うのは初めてではないようだ。

 女の子はそれからすぐ手を引かれて連れて行かれたが、ずっと笑顔で手を振っていたので有栖と共に振り返して見送った。


「やれやれ、王子様って響きが安っぽくないか?」

「あらそう? あなたが王子様というのは間違ってないわ」

「いや俺は……」

「女の子にとってね? 大好きな相手は王子様なのよ」

「……そうかよ」

「そうよ」


 つまり有栖にとって俺は王子様か……ま、それで考えると俺にとって有栖がお姫様ってわけだ。


「……しっかし、神様なんてものが居るんだとしたら見る目がないよな」

「どういうこと?」

「病気なんて誰もなりたいもんじゃない。でもあんなに幼い子や、天音さんの弟さんだってそうだ……試練を与えるにしても、もう少し優しいものにしてやれよって」

「……そうね。もし神様がそういう存在だとするなら、あなたの言う通り全く見る目がないわね」


 仮に神様が居たとしても、こんな俺たちの言葉でさえ涼し気に聞き流して終わらせそうだが……はぁ、どうでも良いことか。

 その後、面会を終えて天音が戻ってきた。

 一緒に病院に来たことに改めて頭を下げられたが、天音のためにしたかったのもあると伝えたら嬉しそうにしてくれた。


「さてと、それじゃあ適当に買い物でも行くか」

「そうね」

「畏まりました!」


 しかしながらまだこの世界に街に関して知識がないため、基本的には有栖と天音に付いていくことになりそうだ。

 ただこのお出かけに関しても西条家の影がやはり護衛をしているとのことで、それとなく眺めてみると所々に黒服でサングラスをかけた人たちを見かける。


「当てがないと言えばその通りですが、こうして彰人様や有栖様と一緒に歩いていると凄く楽しいですね」


 有栖もそうだったが、天音もご機嫌な様子で俺も嬉しい限りだ。

 ただこうして天音と一緒に歩いていたからなのか、まるで以前の再現のように見覚えのある集団が目の前に現れた。


「あれは……」

「どうしたの?」


 それは以前、天音を無理やり遊びに誘おうとしていた連中だった。

 女性陣からは謝られたものの、男たちからはあれからも何度かしつこく誘われたりしているらしく、あの時ほどではないが定期的に困らされているらしい。


「あ……天音」

「天音さん!?」


 これだけ近付けばあちらが気付くのも当然だ。

 しかし天音だけに視線が向くかと思えば、以前に彼女を庇ったからか俺にも視線が向けられ……そして有栖にも向いた視線の中には、分かりやすく有栖に見惚れている視線もあった。

 天音は軽く彼らに手を上げて反応したがそれだけらしい。

 それならばとすぐこの場を離れようとしたが、男の一人が強く天音の名前を呼んだ。


「天音さん! もし良かったらこれから――」


 傍に俺と有栖が居るのを見えていないのか?

 そう思ったが見ないフリをしているのもあるかもしれない。

 昨日からのやり取りをしたせいか天音に対しても少しばかり特別な感情があるのも確かなのと、何より天音自身があちらに応える気は一切ないらしいので、俺は天音の手を握りしめた。


「悪いが、彼女の時間は俺の物なんだ」

「あ……彰人様……♡」


 手を握った瞬間、分かりやすい反応を天音は示した。

 俺たちの様子を見たその男はキッと睨み付けてきたものの、空いた手ではなく腕を抱くように有栖が身を寄せた。


「そして、そんな彼の時間は私と天音さんの物なの。だからどうか、私たちのデートを邪魔しないでもらえるかしら」


 ニコッと微笑んではいるが、明らかな圧を有栖は放っている。

 それから特に何もなく彼らとは離れたが、成り行きか二人の美女に引っ付かれている俺がその日、注目を浴び続けたのは言うまでもなかった。






「彼ら、どんな風に見えたのかしらね」

「私が彰人様しか見えていないと思われたなら幸いです。身も心も全部お捧げしていますので♪」

「……ま、もし何かあったら教えてくれ」

「はい♪」

「ふふっ」

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