彰人の無意識
とある日の昼休み、予想外のことが起きた。
「……おっと」
「っ……」
廊下を歩いていた時、突き当りで誰かとぶつかってしまった。
すまないと口にしようとして言葉を呑み込んだのは、その相手が藤堂だったからだ。
本来であれば彰人が居なくなることで有栖を狙い始めるわけだが、俺が傍に居ることで最初のちょっかいを除けばそれっきりだった。
「……すまない」
ある意味因縁のある相手とはいえ、やはり謝罪は大事だろう。
特に目を合わせることなく、そう一言伝えて去ろうかと思ったのだがガシッと肩を掴まれた。
「なんだ?」
「ちょっと来いよ」
「……………」
そんなヤンキーみたいな誘い方……まあでも付いていくとするか。
流石に体育館裏だとか、屋上とかそういう人目が付きずらい場所ではなく、普通に近くの空き教室へと招かれた。
「空き教室に男子が二人……何もないわけがなく……」
「……何言ってんだお前」
「すまねえ」
ごめん、本当にごめんと謝っておく。
身の危険を感じたように尻を抑える藤堂……ってお前、何気にノリが良い奴じゃないか見直したぞ。
……なんて戯言を言える空気ではないのは確かで、藤堂はジッと俺を睨み付けた。
「お前は自分が場違いだってことに気付いてないのかよ」
「いきなり御挨拶だな? 場違いって何がだよ」
「なんでお前みたいな奴が西条様の婚約者を続けられるのかってことを俺は言ってんだ!」
唾を飛ばす勢いで怒鳴る藤堂に、俺は小さくため息を吐く。
(めんどくせぇ……)
つうかこのやり取りに見覚えがあると思ったら、有栖に気に入られたら主人公に藤堂が似たようなことを言っていた。
『なんでお前みたいな奴が西条様に気に入られてんだって俺は言ってるんだよ!』
こいつは、とにかく有栖のことを気にしていた。
有栖は藤堂のことなんて一切興味はなかったし、そもそも自分が気に入っている相手を貶めようとされて、果たして有栖がどんな気持ちになるか考えられないのだろうか。
「一つ、聞きたいんだが」
「あぁ?」
「なんでそんなに気になるんだ?」
ふと、素直な疑問が口を突いて出た。
藤堂は一瞬ポカンとしながらも、顔を赤くして睨んでくる……もちろんそれは照れというものではなく、怒りによるものだ。
「俺と有栖が婚約者であることは、家同士が納得している。身も蓋もないと更に燃料を投下するかもしれんが、部外者にどうこう言われる筋合いはないんだがな?」
「っ……お前は分かっていない。あの方が……西条様がどれだけ尊い方なのか……お前の家のように、大して力もない家が西条様に近付くなど本来あってはならないんだぞ!?」
「……知らねえよ」
西条家に十六夜家が釣り合っていないというのは分かるが、やはり他所の家にそこまで言われるような筋合いはない。
ただこうして実際に口にしたこいつが珍しいわけではなく、この学園の生徒の大半はそう思っていることだろう……否、そんな気持ちを強くさせたのは間違いなく、真理愛とのやらかしが発端だ。
「確かに家の格を考えれば、そう言う意見も分かる……ただ、今の俺はそれに対して頷くわけにはいかねえんだよ」
「どういうことだ……?」
「今の俺は、少しだけ家のことを考えられるようになったからだ」
藤堂に言葉を挟む隙を与えないように、俺は言葉を続けた。
「そうせざるを得なかったというか、それじゃあって感じで逃げられる立場じゃないって気付いたのもあるけどな」
「何を言ってるんだよ……」
「俺はさぁ……色んな人に支えられて、恵まれてんだよ。だからお前の言葉に素直に頷くのが嫌だったのは、そんな人たちが居るのに俺がそれを認めたくないからなんだわ」
でも正直、まだ完全に吹っ切れたわけじゃない。
俺の心はいまだ一般ピーポーなわけで、腹黒い読み合いが横行している金持ちの世界なんて怖くて仕方ない……けど、支えてくれる人が多いからこそ、俺の立場だからこそ守れる存在があると思えば、今を受け止めて頑張ろうかなって思えるんだ。
「ただまあ、確かに俺は有栖って婚約者が居るのに馬鹿をやった。それこそ有栖が見放しても仕方ないし、十六夜家をダメにしてしまう可能性すらあった……でも、有栖たちは俺を許してくれただけでなく、変わらない関係を続けてくれている。なら俺は、周りになんと言われようとそれに応えるだけだ」
「……………」
「都合が良いと言われるかもしれんが、ちょい前の俺のことは知らん全部忘れた。今の俺は今しか見てないし、今の俺にやれることをやるだけだ」
むしろ、それしかないので頑張るしかないと言った方が正しい。
結局、この世界は俺が元々居た世界じゃない……長い物には巻かれろって言葉があるけど、支えてくれる人が居なければ俺はたぶん……俺はどうしようもないだろうからな。
まだ何か言いたげな藤堂だが、俺は更に続けた。
「だからお前に……周りになんと言われようと何も変わらねえよ。支えてくれるって言った有栖を裏切りたくないし、女の子との約束すら守れない情けない男にはなりたくねえからな」
そこまで言い切り、何を熱くなってるんだと苦笑した。
「……なんだそれは……そんなの、ただの言葉でしかない。身の程知らずの子供が口にするような言葉だろうが」
「何言ってんだ。俺もお前もまだガキだろうに」
このまま何を喋ったとしても平行線だ。
これ以上言葉を尽くしても藤堂には届かなそうなので、さっさと教室に戻ろう。
あまり遅くしていると有栖が心配して探しに来そうだ。
「おい、まだ話は終わって――」
「っとそうだった。大事なことを言い忘れてた」
「?」
「俺は別に、有栖に支えてもらうばかりじゃねえ。俺にちょっかいを出すのも勘弁してもらいたいんだが、有栖を困らせたりするなよ? その時は許さねえからな」
……ま、支えられてばかりで助けてあげたことはまだないけどさ。
ただやっぱりこうしてガツンと言ってしまった方が良い……その証拠に藤堂はこれ以上何も言うつもりは無さそうというか、その意思を失ったようにも見える。
(あぁそうか……たぶんここまでハッキリ言う奴と藤堂は会ったことがないのかもしれないな)
それだけ藤堂の家より下の家が多いのもあるかもしれない。
そう考えるとあんなに生意気な口を利いてどうなるか不安だが、その時は有栖に助けてもらおう……!
「……まあなんだ」
教室を出る際、もう一度立ち止まって口を開いた。
「結局、俺は有栖を大切に思ってる。だからこんな風にお前に対して色々言ったんだよ。俺にとって有栖は尊いだけの存在じゃない……ああ見えて色んな可愛い表情があるんだ――まだ道が定まってない俺でも、そんな有栖を守ることは出来る……婚約者としても、一人の人間としても」
ふぅ、言いたいことは全部言い切った!
これ以上突っかかってくるようならもっと言い返してやるし、全く手を引くつもりがなさそうなら一夏さんに相談……は流石にかわいそうなので止めておくか。
「って、そういや今日……一夏さんに誘われてるんだった」
別に色っぽい何かではなく俺と有栖、一夏さんの三人でのお茶会だ。
「……ふぃ」
「遅かったわね?」
「あぁ」
「何かあったのかしら?」
「特に何も」
教室に戻り、席に着いてすぐ有栖が聞いてきた。
君のことを話していたんだよ、そう言っても良かったが別にわざわざ告げ口をすることでもない。
「……?」
「……………」
次の授業の準備をする有栖だが、耳元が赤くなっていることに気付く。
「有栖?」
「な、なに……?」
明らかに動揺した様子の有栖ではあるものの、こういう時は特に何も聞かないが良いんだと俺は学習している。
何でもないと言えば、有栖はホッとしたように息を吐く。
いや……やっぱり気になってきたな。
(なんつうか、最近の有栖は表情に良く出るようになってきたか?)
(……ダメだわ……今はいつも以上に彰人さんの顔が見れない……っ)
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