19 再び文芸部へ

 秋津は翌日も熱が高いらしく、学校を休んでいた。昨日一昨日と無理を重ねたのが祟ったのだろう。それでも私が登校する前には「行き帰りに気をつけろよ」とメッセージをよこしたので、私は「ゆっくり休んで風邪治してね」と返事をしておいた。

 その日の夕方、私はもう一度文芸部に向かった。十月に開かれる学園祭まで、あとちょうど半月というところだ。印刷所に頼むのか、今まで通りコピー本を作るのかは分からないけれど、どちらにせよあまり遅くまで待たせるわけにはいかない。


「すみません、またお邪魔します」

 入り口で声を掛けると、今日は部員全員が教卓の方を向いて座っていた。今日は集会の日ではなく、書く日らしい。

「来てくれたんだね。今日は書き上がってる原稿もあるから読んでいく?」

 と声を掛けてくれたのは千里だった。私は頷いて、一番後ろの席に座らせてもらった。するとすぐに、学祭用の原稿を終わらせている人たちが、紙の束を持って集まって来た。

「読んで読んで。できたら感想もちょうだい」

「えっ、感想ですか? でも私、本は読み慣れてなくて」

「大丈夫、むしろ普段読まない人でも読めるように、って書いてるから。読みにくいとことかあったら教えてほしいな」

「僕のも、できるだけ分かりやすく書いてるつもりだから、分からないとこあったらきいて」

「わ、分かりました。とりあえず読むんで待っててください」

 渡された原稿は全部で七つ、そのうち四つは物語で、一つは平安時代が舞台のものだった。残りのうち一つは地震の歴史、もう一つが「時事」と書かれた新聞のコラムを扱ったもので、最後の一つが小さい頃に読んだ絵本を読み返すという感想文だった。


 読んでみると確かに読みやすいものばかりで、専門用語の解説が少なかったり、古語の意味が分からないものはあったものの、内容は一通り理解できた。

 読みながら私は、重要そうな部分をメモ帳に書き出していった。それに感想を書き添えて、書いた人に原稿ともども渡した。

「なるほど、こんな風に読めるんだ」

「よかった! こういうの通じるかどうか分からなかったんだよね」

 と、メモを見た部員たちはみんな嬉しそうに声を上げた。

「なんだか秋津くんみたいね」

 とも言われた。それを聞いた部員たちが、一斉に「うんうん」と頷きあうので、私はなんだかこそばゆいような気分になった。


「そう言えば、秋津くん大丈夫そう? あれから連絡ない?」

「あ、それなら大丈夫らしいです。熱は高いけど、インフルエンザとかじゃなかったそうで」

「そっか、ならよかった」

「でも秋津くんの原稿見れなくて残念だったね」

「そうですね、今回はなんか、読んでほしいみたいなこと言ってましたし」

 先輩たちとそんな話をしていると、不意に千里が「秋津くんの原稿なら、もう完成してるよ」と言い出した。

 えっ、と興味を惹かれた私に、しかし千里は不敵な笑みを見せた。

「でも、これは学園祭当日のお楽しみ。相澤さんには見せちゃダメって言ってたしね」

「えっ、どうして?」

「それも内緒。読みたかったら、無事に表紙を仕上げて部誌を発行させて」

 挑戦的にそう言って、千里は真っすぐ私の目を見た。先輩たちは「そんな意地悪しなくてもいいのに」と口々に言ったけれど、私はその目を真っすぐ見返した。彼女は、私にはまだ見せるなという秋津との約束を守っているだけだ。意地悪ではなく、それは大事な約束なのだろう。

「……分かった。やれるだけやってみる」

 大きくうなずいて、私は再びメモ帳に視線を戻した。


 渡された原稿全部を読み終えたところで、私は一つの案を思いついていた。

 読んだ原稿の中に、一つだけ共通点があったのだ。幼い頃に読んだ絵本の話、昔の恋を再燃させる話、今という時代の問題を扱う話、そして歴史。どれも「時間」や「時間による変化」がどこかに置かれている話なのだ。

 私はさっそくメモ帳にアイデアスケッチを始めた。コンセプトは「時の移ろい」だ。

 書き始めるとすぐに夢中になって、周囲の声は聞こえなくなっていた。


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