2 紳士オーク

 選択科目の授業になると、秋津とは教室が分かれる。秋津の選択科目は書道、私は美術だ。

 今日はその選択の授業がある日だったので、私は美術室に移動した後、友人の由香里に声を掛けてみた。彼女は姓が浅見なので、座席が名前順になっている関係上、いつも私の後ろにいる。それで自然と話をするようになった、私の数少ない友人だ。

「由香里はさ、秋津がモテる理由って知ってる?」

「え、知らないの? 仲いいから知ってると思ってたけど」

「ううん、あいつ中学まではむしろ女子から逃げられてたし」

「あー、知らない上級生とかにはびっくりされてるよね」

 うんうん、と頷いた由香里は、机の上にぐっと身を乗り出すと、とっておきの秘密を教えるように声を潜めた。

「あのね、秋津君はみんなに『紳士オーク』って呼ばれてるんだよ」

「なにそれ? 紳士?」

「そう。秋津くんって見た目怖いけど、実際話してみたら優しいじゃない?重いものとか運んでると、手伝ってくれたりするしさ」

「……えっと、それだけ?」

「それだけじゃ足りない?」

 足りないというか何というのか。そのくらいの優しさなら大抵の男子は持っているだろうし、秋津は子供の頃から優しかった。中学生まではそれでも避けられていたのに、今になってそこがピックアップされる理由が分からない。


 秋津は外見こそお父さんに似て厳ついオークの姿だが、当のお父さんは「こいつは母親に似たんだ」と言うくらい、昔から穏やかであまり目立とうとしない性格だった。秋津のお母さんは仕事でいつも遅い人なので、数えるほどしか会ったことはないが、ふんわりした雰囲気で「秋津と仲良くしてくれてありがとう」と微笑みながら言う姿が、子供心に可愛らしく見える人だった。

 そんなお母さん似の秋津は、小学生の頃にあるきっかけがあって、私を家に招いてくれた。どちらも両親共働きで、家に帰っても一人だった私たちは、それ以来一緒に学校から帰り、私の母が迎えに来るまで一緒に過ごしていた。だからと言って二人で何かするということもなく、秋津は好きな本を読んでばかりいたけれど、家に一人でいないですんだので、私は寂しいと思わずに過ごすことができた。


 そんな秋津の優しさに、今更になって気づく人たちが増えたということなのか。

 それ自体は全然悪いことじゃない、と思う。だけどモテている理由の一つが「見た目は怖いのに」というのがどうにもモヤッとして仕方ない。

「ねぇ、その『紳士オーク』って呼ばれてること、秋津は知ってるの?」

「どうかなぁ、男子の前でそんな話しないから、直接言う子がいなきゃ知らないと思う」

「そうなんだ……。できれば誰も言ってないことを祈るわ」

「なに? 言わない方がいいことなの?」

「なにって、そんなこと言われたら普通傷つくじゃない。『あなた顔怖いけど優しいのね』って、見た目で差別してますって言われてるようなもんじゃん」

「あー……そっかぁ。そんな風には考えたことなかったかも」


 由香里のそんな反応を見ていると、私は不安になった。

 今日のように秋津が女子たちに囲まれていることは、最近では頻繁に見かける光景だ。もしその中に秋津の気持ちを考えずに「紳士オーク」と言う人がいたら。いや、少なくとも由香里はそれがどんな意味になるのか気づいていなかった。となると、周りも似たようなものだという気がする。

 だからと言って、私が秋津にそれを確かめるわけにもいかない。もし秋津が知らなかった場合、わざわざ私の口から「紳士オーク」なんて言葉を伝えることになってしまう。

「あー、なんかますますもやもやしてきた!」

 このところモテる秋津に感じていたもやもやの正体はこれなのか、と言われたら、たぶん微妙に違う気がする。けれどこれも確実に、わたしのもやもやの一つに仲間入りしてしまった。

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