6 文芸部期待の新人
九月も半ばが過ぎた日の昼休み、私は図書室に置いてある文芸部の部誌を覗きに来ていた。それというのも、部誌の発行が毎月十五日と決まっているからである。部員それぞれが小説や読書感想文やエッセイを書いているこの部誌を、最近賑わせている一年生がいるのだ。
名前は霧山
「なぁなぁ、茅! これちょっと読んでみろよ」
初めて千里の小説を読んだ秋津は、下駄箱で顔を合わせるなりそう言って部誌を私の手に押し付けた。
「なにこれ、『雲の瓶詰』? この作品がどうかしたの?」
「いいから読んでみろって、これすげぇ短いのに面白いぞ」
そう言って、私に読め読めと何度も催促するので、私は立ち止まって道端でその千里の「雲の瓶詰」を読んだ。
内容を簡単に書くと、サラリーマンの男がある時、道端で物売りの男から「雲の瓶詰」を買い、不思議な幸運と不運とに見舞われるという話だ。自分には起こりえないと思っていた幸運に、最初は物売りから買った瓶が「幸運のお守り」だったのだと男は考える。しかし次に起きたのは、これも自分の身に起こるとは到底思えないような不運で、男は「あの瓶が不幸を呼んだのだ」と結論付け、物売りに瓶を返品させろと言いに行く。しかし物売りは、ただの瓶に適当な名前を付けて、生活の足しにしただけだった、というお話だ。
私が読んで最初に思ったのは、「これを書いた人はなんかひねくれた人だなぁ」ということだった。しかし秋津にも他の生徒にも、この話は大いにうけたらしく、それ以降は部誌の発刊数も増え、秋津は千里の書いたものを毎回私に見せるようになった。
そんなわけで、今月も見せに来るだろうと待ち受けていたのだが、秋津は一向にその話をしようとしない。こちらから聞いてみようか、とも思ったりしたけれど、とりわけ千里の書く話が好きなわけでもないので、何となく保留にしていた。
けれど、勧められなければ逆に気になってしまうものである。それでつい、職員室に用事を済ませに来たついでに、隣の図書室に立ち寄ったのだ。
今月の部誌は探すまでもなくすぐに見つかった。発行部数が増えているせいか、カウンター脇に小さな机が置かれ、そこに「文芸部部誌 九月号」と題名だけが記された冊子が八冊ほど積み上げられていた。一番上の一冊を手に取り、目次を見てみると、千里の小説は一番最初に位置している。今月も人気ということなのだろう。
タイトルは「楓囁く」というものだった。表紙を一枚めくると、楓の葉に手を伸ばす、長い爪をした手の先だけが描かれたイラストが付いていた。
どんな話だろう、と思わず興味をひかれた。千里が書く話はいつもどこか皮肉げで、後味が良くなくて、秋津に勧められなければ読まないのだが、この表紙からは恋の物語のようなにおいがしたのだ。そして、その直感は当たっていた。
「楓囁く」の内容は、鬼を退治してくれと頼まれて山に入った巫女と、その巫女の気配を察して更に山深くへと隠れる鬼の話だった。最後には巫女に追いつかれ、鬼は退治されてしまうのだが、巫女は鬼の持ち物に楓を一枚入れた小さな布袋を見つける。その布袋は彼女がかつて、山で迷い困っていた時に、見知らぬ少年に助けられ、礼として渡した団子の袋だった。
かつて自分を助けてくれた恩人を手にかけてしまった、と気づいた巫女はそのまま身を投げ、鬼と運命を共にしてしまう。
読んでいる途中から、この鬼は秋津なんだと気が付いた。鬼の見た目の描写が、あまりにも秋津そっくりなのだ。そしてこれを書いたのは、秋津を好いているらしい千里である。おそらく巫女になぞらえたのは、千里自身だ。
これを秋津は読んだのだろうか。読んだとしたら、私に勧めなかったのは、物語に込められた千里のメッセージを受け取ったからなんだろうか。一体そのメッセージを、秋津はどんな風に受け取ったんだろうか。
秋津がモテるようになってからずっと。胸の内に感じていたもやもやが、その時急に形を持ったように、一気に膨らみ始めていた。
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