コペルニクス的展開
すべての光に影があり、
すべての影にその翌朝があります。
〜ニコラウス・コペルニクス〜
新宿は賑わっていた。夜の歓楽街は
とても特徴的な匂いがする。
腐ったような匂いが漂う街で財布を無くした。その忸怩たる感情は
どこからともなくやってきた。
金がなければこのバックパックも
意味を持たない。
私は深くため息をつき、
鴉が塵を突くのを見ていた。
その場にしゃがみ込んで再びため息をつく。
どのようにして帰ろう。
歩いて帰るにも距離がある。
犠牲にしたものは大きい、
免許証だってまた発行しなければいけない。
私は立ち上がり、その場を徘徊した。
ラジカセのような大きさの鼠が
店の間から出てくるのを見た。
東京は食べるものが多いのであろう。
鱈腹食べて育つがいい。
なんてことを思いながら四方八方を見渡す。
この辺りに住む友人もいない。
携帯の充電すらもさせやしない。
充電器を忘れてきてしまった。
何度ため息をついただろうか。
いくら見渡したって助けなんて
こないのに私は色んな景色を見る。
騒いで転げ回るサラリーマン、
電柱にもたれ掛かり嘔吐する若者、
自らを金にして佇む若い女、
それきちょっかいをかける赤い面の男性。
こんな街は私には似合わない。
またその場に座り込んでしまおうか。
そう悩んでいたって人の目が刺さる。
ただでさえ気が動転しているのだ。
頼れる人も物もありはしない。
金で全てが解決するそれが全てだ。
「金がないのか」と私は声をかけられた。
厳密には声をかけられた気がして
後ろをふと振り返る。
浮浪者のような男性だ、白髪姿が目立ち、
仙人のような格好をしている。
「あんたに言われたくないよ」
と私は愚痴をこぼした。
「そのままだとあんたに朝は来ないよ」
何を言ってやがる、そう唇を噛むと、
「金品でも奪って金にするんだな」
やはりこいつは怪しいやつだ。
犯罪に手を染めるなんて考えは。
「おい、まさか、
あんたが俺の財布を持っているのか」
「いや、まさか、ならとっくに返してるよ」
「どうして俺に構う」
「そんなの決まってるさ、
あんたしかないんだよ」
再び、何を言ってやがると彼を睨んだ。
「俺の話を呑めなけりゃ、
そこら辺の若造にでも
頼み込んで電車賃貰うんだな」
そんな考えは到底なかった。
「さっきから何を言ってるんだ爺さん」
彼は無言のあとこんなことを言った。
「俺はコペルニクスだ」
こんな奴に構っている暇はない。
さっさとこの場を切り上げて、
歩いてでも帰る。
「悪かったな爺さん、
あんたに構ってる暇はないよ」
「太陽の近くが宇宙の中心だ」
「変な、宗教じみたことは
自分の頭の中でやってくれ」
「私は他人の意見を気にしない。
自分の考えを他人が
どう思うかなんて気にしない」
「もうほっといてくれ、爺さん、
なあ、あんたに構いたくない」
彼は冴えた目で、
「あんたはどう思う?」と言った。
「地球は丸い、当たり前だろ。
それにあんたみたいな浮浪者が
地動説唱えてどうする」
彼はゆっくりと口を開いた。
「あんたにも朝は来るんだよ」
突如肩を2回叩かれた。
3人組の女性グループだ。
そのうちの一人の女性が私の財布を差し出す。
「喫茶店で、落としてましたよ」
私は神々しい風景を見ているようだった。
晴々としたその感情は
まさに圧巻の景色だった。
ありがとうございます、
と縋るように彼女らに言う。
「私たち、そこでアルバイトをしていて、
たまたま帰りだったんですよ」
助かった、帰れると笑みを溢し、
再び感謝を告げた。
「さっき誰かと話してませんでした?」
急に言われたものであ、いや、と言う。
「コペルニクスさん」
そのうちの一人が言う。
私は驚きの声を上げる。
「困った時に新宿で現れるって
話題なんですよ」
いいな、と彼女のうち1人が言う。
「良かったですね、見つかって」
もう1人が、
「いつも通ってもらって
ありがとうございます」
と言った。
私は不意に後ろを振り返るが
コペルニクスはいなくなっていた。
帰りの電車でふと考えた。
先程の喫茶店を浮かべて。
私自身が地球であり、
巡り合う人々が星々であるならば、
それが繰り返し、山手線を寝過ごした。
そしてまた朝が来た。
最後に私達は太陽自身を
宇宙の中心に置くでしょう。
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