断片小説①

あなたちょっと旅でもいきなさいと、

先日占い師に言われた。

だからと言うことではないが、私は今秘境にいる。

山間にあるとある駅。駅前だというのに売店のひとつすらない。あるとしてもシャッターを閉めている。

私はどういうわけだかこんな場所にいる。

私は小説を書いている。

昔から物書きという職業に憧れを抱いていたのだが、それは至って上辺だけの話で、自分の連ねた言葉でお金を稼ぎたい、そういった理由である。

まだ大した作品を書けているわけではないが、

私は自信を持って小説家だと言い張る。

とにかく私は、舗装された階段を下っていく。


まだ人っ子一人も見かけていない。

家はあるが人がいないのだ。

私はそんな場所でアイデアを探しにきたのだ。

先日占い師にも言われた「好きな人を探しなさい」

という台詞。あれは少し気になる。

今まで色恋沙汰を経験してない私からすると期待するような出来事が近々来る。

それはもちろんこの場所ではないことは明白だ。


私は河原に降りた。

それはそれは凛とした川の流れ、せせらぎ。

都会の疲れを癒すにはやはりこうしたものでないと。

私は必死にアイデアを探した。が、

30分経っても一つとしてアイデアが出てこない。

私は嘆いた。頭を抱えた。

人がいないことにまた気づき、再び頭を抱えた。

いや、どうしようと。私はこんなところまで来て何もしていない。何もアイデアを出せずにこんな場所に来てしまうとは。しかもアイデアを出す前にあの占いのことが浮かび上がってしまうとは。

私は分かりやすくその場をあたふたした。

側から見れば変質者だ。

河岸の向こうのほうからおーいおーいと声がした。

私は見られた!と思いそちらに目を向けると

そちらも見られた!と顔を驚かす白装束の男性がいた。


私は幽霊だと思い、その場から立ち去ろうとした。

男性は手招きをする。頭にも何かつけている。

私は大の怖がりである。あんなにリアルなものを見てしまうとは。それは本当に人のようで。

「まだそっちには行けません、小説を書きたいです」

と私は最大限の声を振り絞って言った。

男性は「そっちもなにも同じ河岸から招かないでしょ、幽霊だとしたら反対側だよ」と言った。

私は何故だかまだ信じられず、

目を2、3回瞑ったりした。

やはりまだいる。見てしまった見てしまった。

わ!と男性は私を驚かせた。

私は死に物狂いで驚いた。男性は笑っていた。

やはり見てしまった。幽霊だ幽霊だ。

「人間です」

「幽霊」

「人間です」

そんな会話を繰り返していると、私は何も考えず、

「じ、じゃあ人間である証拠、見せてくださいよ!」

それこそおぼつかない言葉で。

男性は、少し悩み

「じゃあいきますよ」

と私は彼を怯えながら見ていた。

彼はそのまま水面に入ったのだ。

私はなんとか信じ、話を聞くことにした。


「今日、この地区でおどかしまつりがあるんですよ」

おどかしまつり?と私は考える。

「そう、おどかしまつり、ここの地区伝統で。あ、ナマハゲみたいなもんです。ただ家に入ったりとかはしないんで地味ですけど。なんか適当にうらめしや、とかあーーとか言ってればいいんで」

私の頭はぽかんとしていた。だがなんとも言えぬ高揚感で彼が言い終わった直後「出ます!」と大きな声で言った。

「よかった、若い人探してたんですよ、こんな田舎若い人自分くらいしかいないんで」


私は彼にこっちだと案内され、後ろをついていく。

そんな時に思い出したのだ。占い師に言われた一言。

"あなたはおばけになるのよ"


♦︎


私は言われるがままに彼を追いかける。

彼はそっと後ろを向く、

「ほんと急でごめんなさいね。急遽急遽。

みんな乗り気じゃないんですよ、やっぱりこう、なんというか、伝統ってのは守っていかないとじゃないですか」

私はすぐに聞いた。「去年はどうだったんですか」

「去年は、やってない」

伝統という言葉を調べようと思った。

彼はテヘという顔をしている。

「それこそ?人がいなくて?それこそ?水の泡?」

「それって、伝統?なんですか」

と私は聞いた。

「ちょっと前まではね、やってたんですよ。それがまあ子供は町を出るわ、そんな祭りやりたかねえだわ。そんなもんなんですよ」

私はへえと言った。

「今年はね、テレビ局も来るんですよ!」

そんな祭り、誰が見るんだ?と思ってしまった。

とにかく彼はやる気に満ちていた。


「ここが、町の会館です。ここから脅かしがスタートします。お、じゃあ紹介しますね」と彼は誰かを呼び止めた。その姿はさながら霊媒師のような格好をしている。

「自分の父です」

「その方は」と彼の父が言った。

「旅人さんです」と私を旅人だと紹介してくれた。

「今日の祭りを手伝いに?」

と私が言う前に白装束の彼がはいと返事をした。

私はどうも頭でこう考えてしまう。

おそらくこの霊媒師のような男性もおどかし役として参加するであろう。

私は祓う方だろと頭の中で考えてしまった。

頭の中で。

「どうぞ、よろしくお願いします」

と律儀に礼をもらったので私も頭を下げた。

「そしたら、ね、白装束に着替えましょうか」

危うく忘れていた。

そう、私は今夜おばけになるのだ。


メンバーは四人いた。

私と同じ白装束の彼、30代くらいの魔女?さん。

50代のタンクトップを着用し鎌を持った男性。

私は目を疑った。ジャンルを混ぜすぎだと。

せめて統一してほしいと。

しかも鎌だ。本物の鎌だ。タンクトップだ、

と私の頭の中はもうごっちゃごちゃである。


気づけば辺りは暗くなり始めている。

白装束の彼は白装束の彼の弟であることが判明した。

紛らわしいので

最初の白装束はAとし、弟はBとする。

白装束Aが私たち4人を指導するようだ。

「それじゃあいきますよ」

と彼は扇子のようなものを振り上げ、

うらめしやー!と言った。

私は3人と遅れてうらめしやと言った。

私はなにをしているんだろうか。

ふと我に帰る。私はなんのために

この場所へ来たのか。何をするべきなのだろうか。

次に彼はおばけだぞー!と言った。

我々もおばけだぞーと言った。

よし、と白装束Aが言う。次はちょっと長いですよ、と彼が喉を鳴らし、いちまーいと言った。

私たちも続いていちまーいと言う。よく考えてみると面白い絵面だ。

魔女が、鎌がいちまーいと皿を数えているのだ!

私は再びこんなことを思い出してしまった。

"鎌をかけられる"と。あの占い師が言っていたのだ!


♦︎


撮影が開始されるようで、

テレビ局の取材陣が3人ほど見えた。

私たちはまだこんなことをしている。

途中余程何もなかったのか、

「え、ええおばけなんてないさー」

なんて言っていたりもした。

私はまあ普段味わえないようなことを味わえているななんて思ったりもした。

白装束Aは皆に向かってこう言う。

「それではみなさん、トリックオアトリート」と。

私は今気がついたのだ。

今日は10月31日、ハロウィンだと!

どうりで魔女がいるわけだと気がついた反面、何故白装束が3人もいるのかなんて思った。

そろりそろりと私たちは町へ向けて歩き出す。

私は白装束Aの彼が何故、

伝統だなんて言っていたのか少し気になった。

まず、最初の住宅街へと足を踏み入れた。

白装束Aの彼はまず、がおーと言ったのだ。

正気か?と思ったがあの理屈では

がおーと言わなければならない。

結果私以外の3人ががおーと言った。

子供はこちらを見て笑っている。

そりゃそうだ。こうなることは目に見えてる。

いつの間にか鎌のおじさんは鎌を置いていた。

弟の彼、白装束Bに私は問いかけた。

「ハロウィンなのに、お菓子もらい、行かないのね」と。彼は少し笑いながら、

「そうなんですよ、ここの地域、高齢の方ばっかなんで一昨年は致死量の麩菓子を貰ったんですよ。それこそ町中の麩菓子が一気に集まりましたからね」

なるほどと私は考えた。致死量である。

麩菓子と死という言葉は関連することもなく、

結びつくこともない。

私は疑問に思ったことを聞いた。

「お兄さん、どうしてこんなにハロウィンを大事にしてるんですか?」と。彼は縮こまった声で、

「兄貴、去年のハロウィンに婚約相手を亡くしちゃって。まあそれも事故で亡くしちゃったんですよ。

それで毎年のようにハロウィンイベントやってたんですけどやっぱり去年だけ部屋に篭ってて、ある日突然。今年はその婚約相手を喜んで迎えようとしているんです」

彼もそれなりの理由があったとは。

白装束Aはおばけだぞー!と言う。

続けて我々も言う。

町々の人々が一斉に外へ出始めた。

なんだと思っていると、向こう側で撮影が始まっている。女性アナウンサーが何かを話している。

おや、どうやら見覚えがある。あのアナウンサー。

私はまたあの占い師を浮かべる。

そういえば言っていた。

"久しぶりの再会がある"と!!

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