霊障に佇む角部屋
霊現象に悩んでいる、という便りが来たのは
およそ2日前のことだった。
彼女は三好豊子という齢にして
62歳の女性だった。
何よりも彼女はこの部屋に住んでいるのではなく、
管理人としてこの部屋を管理しているようだ。
失礼ながら聞いたところ、
彼女はこの家には住んでいないそうだ。
だとしたら何故、霊現象に悩まされているのか
その真相を確かめに私ははるばるここへ来た。
何も曰くが無さそうな普通アパートであった。
車通りも多くなく、
これといって異変はなさそうだ。
しばらくして三好がその場に現れた。
彼女は目立った服を着て、
少し濃い化粧が目立つ
とはいえ歳を感じさせない容姿をしている。
目元が酷く青ざめて見えるのは
恐らく化粧のせいだろうか。
私は要件を伝え、部屋の鍵を開けてもらった。
やはり誰も住んでない部屋だ。
隙間風の音がやけに目立つ。
それほど中身のない部屋だ。
至って普通の角部屋である。
築は38年、そこそこである。
床の木目が西日に照らされ目立つ。
私は彼女の様子を窺いながら
あることを聞いた。
心理的歌詞などないか、
過去に自殺を図った人間が住んでいないかと。
いない。
それとは無縁である。
全くない、と彼女は言い切った。
あの目に嘘はないと、私は勝手に思った。
近くに霊園があったり、
過去に何か悪いことが
あった場所があるかと
事前に調べたところ、それもなかった。
危ない地名というもの、
例えば水、部首である"さんずい"がついてる
地名は過去に水害があったなど
そういったこともない。では何故。
風水で見ると凶方位なのか、
そうでもないらしい。
私は部屋を所々見回す。
これといってはないのだ。
私は三好に本題を
聞き忘れていたことを思い出した。
「一体、どんな霊障があるのか」と。
彼女は一変、恐ろしい顔をした。
初めから活気のない顔をしていたが、
それこそ
真顔のような、
鬼の形相のような恐ろしい表情だ。
言葉で考えようにも出てこない。
私は目を泳がせながら
尻餅をつきそうになった。
あまりにも突然で、それは恐ろしかった。
よくある意味のわからない単語を投げるとか、
ではなく真顔でただ私を
見開いた目で追い、黙っている。
私は目のやり場に困った。
これは聞いてはいけないことを
聞いてしまったと。
それでも彼女は鬼の形相で私を追いかける。
焦り出した私はその場を去るように
すいませんでした、と部屋を出ようとした。
私が靴を履こうとすると、
彼女は普通の表情に戻った。
どうかされたんですか、と。
私はその日を切り上げようとした。
何か理由をと、
次の予定が合う日にまた訪れると。
ありがとうございました、
と承諾を得て私は部屋を出た。
少し歩いたところであの部屋を確認する。
後ろをふと振り返る。
角部屋のため、細い柱が見える。
その辺りからじっと三好が見ていた。
それはそれは無感情で、真顔のまま。
私は帰りがてら遠くから
その家の様子を見ようとした。
恐らくこちらを曲がれば見えるだろうと。
歩いて、歩いた。
あのアパートが見える。
少し見ている電気がついた。
三好がつけたのか、と私は考えたが、
それも違ったようだ。
先程の三好の表情をした男性、
7歳くらいの男の子がこちらをじっと見ている。
何ともいえない表情で、目が合っている。
私は見て見ぬ振りをしてその場を去った。
ものの1分ほどだ。
態々普通の人間が現れるわけがない。
次に訪れた時だ、その正体を突き止める。
♦︎
私はそれから約1週間後、
再びあの部屋に訪れた。
相も変わらず三好豊子は変わらず
容姿と表情で。
しばらく部屋の中に居させてくれと
私は懇願した。
潔く彼女はそれを承諾した。
何よりもその正体を知るのが、
ここに来た成果である。
何も得られずに去るわけにはいかない。
そうして再び、この部屋へと足を運んだ。
私がゆっくりと部屋の奥へ入っていくと、
引っ張られるかのように彼女も足を進める。
私はなるべく、以前のことは考えずに来た。
無造作な咳払いを放ち、
私はそこで正座を始めた。
何が起きるのか、起こるのか。
果たして何も起こらずに私は家に帰るのか。
しばらくすると三好豊子が目の前に現れた。
距離にしては2メートルほど離れた場所で、
何も言わずにこちらを見ている。
どうかされたんですか、と私は尋ねる。
それでも彼女はじっとこちらを見ている。
じっと、じっと目を見開くように。
だんっ、と大きい者が落ちた音がした。
左奥の押入れか?怪しい。
しかしながら私は
どうすることもできずに座ったまま。
助けてくれ、誰か誰か。と声を漏らす。
かたかたかた、と引き戸がゆっくりと開く。
私は金縛りにでもあっているのだろうか、
ゆっくりと引き戸が開いていく。
その暗闇がだんだんと姿を表す。
私は空いた口が塞がらなかった。
白目を剥いた血だらけの女性が
四つん這いになって姿を現した。
口元は真っ赤に染まり、
片方の腕は反対向きになっている。
声もなくただただ一歩ずつこちらに来ている。
それはそれはおぼつかない足取りで、
まるでブリキの人形のような、
時々ふらついてまたふらついて。
なんにせよ私はとても危険な場所にいる。
一歩間違えたら、
いや一歩間違えなくても危険な状態だ。
徐々に一歩、一歩と。
私の近くへと、動けぬまま。
その奇怪な女の右手は私の左肩に触れた。
私はうわあと大きな声を出した。
震えるその冷たい手は妙で恐ろしかった。
目の前にいる三好も妙だ。
表情どころか自身の口から大量の
長い髪の毛を吐いている。
それはそれは長く流れるように。
先ほどの奇怪な手のおかげで私は自由に動くことができたのか、
自然に身体が後ろへ倒れ込んでいた。
頭を抱えながらその場を立ち去ろうとする。
私は立ち上がり、玄関に向かった。
それでも止まらない長い髪の毛、長く長く、
ずっと止まることなく吐き出される。
音が止んだのか、三好は吐き終えたようだ。
苦しかったのかとても咳き込んでいる。
気がついたことが一つ、あの女がいない。
やっと正気に戻ったのか三好はこちらを見る。
今までに見せたことのない表情だった。
やっとの思いで打ち明けるのか、
三好は安堵の表情を見せた。
これが、呪いですと。
本人は白状した。
管理人であるにも関わらずその昔、三好は一人息子と夫とこの部屋に住んでいたらしい。
そこで事件が起きる。夫が浮気をして、
豊子がいない時間にこの部屋で
行為をしたりしていた。
逆鱗に触れた豊子はその場で
二人を包丁で惨殺した。
そこで帰ってきた一人息子も、
目撃者だと思い不慮の事故で刺してしまった。
豊子は懺悔だと勝手に思い、死んだ女の長い髪の毛をハサミ等で切ってそれを思い切り口に入れた。食べたと言ったほうがいいのだろうか。
ただひたすら次は次へと。
息子と夫は出てすぐの庭に埋め、相手の女はそのまま今日に至るまで押し入れに放置をしていた。
大量の防腐剤と消臭剤が
押し入れの中にあった。
その自白をしたかったという。
それから事件は大々的になり、
沢山のマスコミが騒ぎ立てた。
私はこのことを記事に書いて
良かったのかと悩む瞬間がある。
奇妙なこともまだある。
あとは、そう、
あの部屋の隅にあった両目を
くり抜かれた日本人形とか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます