不陀羅狗山荘

こんなにも山間を歩いてきたものの、

まだ辿り着くことができない。

雑誌の取材で私達は

この不陀羅狗山荘へ向かう。

どういう名前の由来なのかはわからないが、

少し不気味である。

茂っている草や枯れた紅葉を踏み締めながら

重たいリュックを背負っている。

井山はこちらに向かって不服そうにいう。

「そろそろタバコ吸いません?」

私は前を向いたまま、

「もうすぐだ、これも仕事だろ」と言った。

この山荘には新興宗教が深く

関わっていると聞いた。噂の圏内だが。

どういったわけだか、

宿泊した者が帰ってこないのだという。

神隠しにしてはやりすぎだ。

長い者で二十数年帰ってきていない。

こんな山奥の山荘で何が起きているのか、

それを取材して得るのが私たちの使命だ。

しっかりとそれなりの対策はしてきた。

「ここですか?」と井山が言う。

ここではない。しかし、この並びの赤い家だ。

私は彼を呼びかけ、その家に指差す。

五つほど、コテージが並んでいるのだ。

近くに大きな湖もある。

「如何にも、っすね」と彼は言う。

さあ、カメラを回してこの山荘の謎に迫る。


♦︎


井山がカメラを持って、私が先陣をきる。

ドアを2回ほどノックして呼びかけるのだ。

すいません、もう一度、すいません。

私は恐る恐るドアノブに手をかける。

軽く軋んだ音でドアノブが回された。

鍵などかかっていない。そのまま、

扉は開いてしまった。

こそこそと、行くぞと声を放ち、

足を踏み締める。

井山も片足ずつこの山荘に入った。

部屋を見渡すと、洒落た白い塗装が目立つ、

風情のある建物だった。

天井は高い上、古臭い感じもしない。

私は一歩ずつ前へいく。

続けて彼も踏み締める。

「別に変でもないですよね」

井山が確認をとる。

私もああと反応した。特に異変はない。

私は横目に赤く印のついたレバーを見た。

その突如、床が抜けたような、

落下したような感覚に陥る。

白い風景から闇深い黒へと変貌した。

随分深くまで落ちたのか、その下は水である。

深い水ではなく、銭湯のお風呂程の深さだ。

井山も私も叫び声を上げる。

床がフェイクであり、

私達は落とし穴のように嵌められたのだ。

私は掻き乱すように慌てる。

その直後、むっとした声を出す。

人の目がこちらを襲うのだ、その数。数十人。

井山もそれに気づいた。

その直後に彼はカメラが壊れたと言う。

新人さんだ、と

どこかかしこから聞こえてくる。

何者だ、彼らは何者なんだ。目を凝らすと、

よく人の顔が見える。私は気づいたのだ。

今に至るまでこの場所で

行方不明になった者だと。

「長老」と一人が大きな声を出した。

その漆黒の闇から一人の男が出てきた。

白い髭が目立つ、ハイキング姿の男性。

「許可を出す」彼が言う。

どういうことだ?とひたすらに考える。

この場所にいるうちに気づいてくるのだ。

この場所に少しでも逆らうことをすると、

人に食われると。それは、中学生くらいの子が、人の身体を弄り

喰うところを見てしまったからだ。

明らかに危険な場所である。

どうにかして逃げなければ。

そうして四方八方を見渡すが、

しまいには屈強な男に声をかけられる。

「あんたら逃げられないよ」

どうにかしてここから出たい。

それだけが頭を駆け巡るのだ。

どうする。どうするべきだ。

「ちょっといいですか」井山が聞く。

「この一帯、というか、この壁の向こうって

湖なの知ってました?

そこが不思議だったんですよ」

彼は意気揚々とこう言う。

「それがどうかしたのか?」

「この空間を切り出せるのは、

水しかないみたいです」

と彼は淡々と話す。何を言っているんだ?

「簡単ですよ、この空間のための

水道管があるはずです。それを壊せばなんか、

通路が開くとか、ないですかね?」

私は何が何かもわからないまま、

彼の言う通りに水道管を探した。

大体学校の体育館ほどの大きさだ。

高さは程ないが、かなり大きい。

彼はどうやら見つけたようだ、水道管を。

彼は近くにたまたまあった鉄の棒を振り翳し、壊すことを試みる。血が少し付着している。

「反逆者だ」と声が聞こえる。

それも多く聞こえてきた。

彼はその場で取り押さえられ、

私はどうにもならなくなった。

しかしながら私には策がある。

おそらくあの赤い印の

ついたレバーを動かしてはならない。

なら動かそう。

私は駆け出した。方向がわからず、辺りを見る。

あれだ。あのレバーを引き上げれば。

その瞬間、あたりが轟音に包まれた。

「誰もやらなかったことを、、」

近くにいた男性に言われた。

徐々に吹雪のような水が空間を占める。

もう膝丈の高さまできた。

悲鳴と叫び声が漂う。

何のために作られた山荘なのか、何故

落とし穴になっているのか、それは知らない。

何故レバーがあったのか、何故湖の中に

そんな空間があったのかは分かりかねない。

もう腰上まで水が来た。

地面という地面が液状化し、

滑り落ちるように木々が倒れた。

流れていくように地面が隆起し、

それを覆うように水が地面を沈めていく。

ドミノ倒しのようにそれらの家が沈んでいく。



「昔、ありましたわ、

ここら辺に五つの山荘が。

でもな、そこの山荘からは、というか

この湖からは200人もの遺体が

浮かび上がったらしい。

怖いわな。ほぼほぼ全員が

同じ空間にいたんだってよ」

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