地獄のワンオペ
「では870円でございます」
と私は声をかける。
勤めるアルバイト先は、
商品にも深夜料金が発生する。
午前3時半、私はワンオペ、
ワンオペレーションで作業を行う。
ようやくこの仕事にもなれてきた。
ようやくありついたアルバイトは
このアルバイトだった。
問題を起こしたりして迷惑はかけられない。
厨房に行き、料理を作って、レジに行き、
食器を片付けに行き、机を拭く。
そして食器を洗う。
たかがその繰り返しなのだが、
それが意外に大変だ。
まあでもいい。今は客が二人しかいない。
もう料理も作り終えたし、これで安心だ。
皿でも洗おう。
私は無心で蛇口を捻る。
そこそこ溜まってしまった。
スポンジに洗剤をつけ、
こびりついた汚れを落とした。
自動ドアが発する音で再びレジの方を見る。
一人のお客が食べ終えたようだ。
慌てて水を止め、ペーパーで手を拭く。
急足でレジに向かい、
お待たせいたしましたと言った。
私はお客が渡したを紙を精算機に当てる。
630円の文字。
「630円になります」
彼はそのまま支払い終え、
去り際にありがとうございましたと言う。
ふともう一方のお客を見る。
あれ、さっきまで気づかなかったな、
フードなんて被ってたっけ。
まあ、なんともない。作業に戻ろう。
そうしてまたなんの変哲もなく、
皿洗いを始めた。
そういえば、食器片付いてないや、
と私は思い出す。
まあ、いいか、と納得したところで、
音が鳴る。
店員を呼ぶベルだ。
少々お待ちくださいと声をかけ、
水を止め手を拭く。
連打。
私を急かすように彼はボタンを押し続ける。
嫌な音だ。追い込まれるようで。
すいませんお待たせしました、
と駆け寄ると、彼はフードを被ったまま、
「お金に困ってるので、お金をください」
私は頭が真っ白になる。
どう対応していいか?
新手の強盗か?
それにしても丁寧でより一層困る。
彼はまだ料理を食べ終えてない。
「料理が食べ終わるまでに
お金を用意してください」
彼はこう言った。どうするべきか、
何も言えずに、私はただ立ち尽くす。
「申し訳ありませんが」
と私は口を開こうとするも彼に遮断される。「お願いしますね」
話が通じない話が通じない。
彼は私が離れてからも食事を続けている。
警察を呼ぶべきか?それとも店長に連絡?
店長は少なからず寝ているだろう。
どうするべきだろう、どうするべきだろう。
私はただ言われただけで、
彼を犯罪者扱いしてしまうのか、
そんな心も出てきた。
それでもお金を渡すことができない。
私は閃光を浴びたように思い返す。
駅前の交番にあんな人間の顔が
貼ってあったはず。
何をしたかも不明ではあるが、
確かに見たことはある。
でもどうする、彼が本当にいかれた野郎なら
警察に電話なんてしたら殺されるに違いない。
BGMのみが空を舞うように流れている。
どうするべきか、どうするべきか。
と私は考えた結果ある手段に出る。
とりあえずお金を守るために
店から出られない。ならこうだ。
店の電話から110番をかければ
位置探知で警察も気づいてくれるだろう。
彼はまだ夢中にご飯を食べている。
その隙を狙って私は電話の方向へ
ゆっくりと向かう。
受話器を取ろうとした瞬間、着信が来た。
私はびくりと反応したのち、
とりあえず電話に出た。
『注文よろしいですか』
焦りと不安が入り混じり、
そのまま勢いよく受話器を置いた。
そうだ、そのあとに受話器を上げ110番すれば。
瞬時に受話器をあげ、1 1 0 とボタンを押した。
よし行けたと、そのまま私は電話に出ずに
受話器を机に置いたまま、
別の場所へ移動する。
一応と、こちらも刃物を
持っていたほうがいいのか?
そう思いながらゆっくりと刃物置きへ向かう。
念には念をだ。とりあえずは様子を伺う。
その中でも一番短いナイフを
エプロンの右ポケットに入れた。
とりあえずは大丈夫だろう、とりあえずは。
この期に及んでお客が誰かしら入ってきたら、それは場を切り返すようになる。
もちろんリスクが危ぶまれるが、
私一人ではない。
あと1時間弱で朝のバイトと入れ替わる。
それからは人数がいるのに。
ピンポンと再び音が鳴る。
彼がまたボタンを押したのだろう。
恐る恐るそちらへ近づく。
彼の後頭部が見えてきた。
それに気づいたのか彼は声をかける。
「じゃあこうしよう。
君がお金を払えないと言うのなら、
私は今からそこの防犯カメラと
そこの防犯カメラの死角へ行って、
私は私を刺す。君は多分疑われるだろうね」
私は言い返すように距離を取りながら、
「お前のことなんか誰が信じるか」
彼はゆっくりとこちらを見て、
「犯罪者も人間だ。どうする」
彼は私に時間と選択を委ねる。
「あと言い忘れた。誰がいつ
何時犯罪者になるなんてわからない」
「お前は何が言いたい」
「金をよこせ、必要だ」
「お金は渡せない、さっさと店から出てくれ」
その途端、彼はゆっくりと
こちらへ向かってくる。
人1人分だけ隙間の空いた
キッチンの入り口へと向かってくる。
「やめろ、来るな」
「ここが死角なのはわかるだろ」
私は二つの防犯カメラを確認する。
定かではないが、もしそうだとしたら。
彼は徐々に動きに力を入れる。
覆い被せるように手を前にしてやってくる。
殺される。
私はポケットからナイフを取り出そうとした。
一瞬の出来事だが、彼は自分の持つ
ナイフを自らの鳩尾に刺した。
赤くじんわりと広がる赤の円は
吐き気を催すほど気色が悪かった。
彼はナイフを抜こうとしたのか、
それを引き抜く。
何を思ったのか何度も何度もそれを突き刺す。
散らばった赤い血は床にも付着する。
「何してるんだ、何してるんだ」
「これでお前が犯人にもなる」
彼は口からも血を流しながら笑みを浮かべる。
そのまま彼は膝をついて倒れる。
致死量の血が溢れ出る。
誰かが入店した音が鳴る。客人だ。
それと目が合った。
「な、何やってんだ」作業着を着た
男性が驚いた形相でこちらへ言う。
「違います違います」
客人は慌てて店の外に出る。
誤解を晴らそうと私は彼を追う。
違う違う。頭を抱える。
一台のパトカーがパトランプを
点けながら店の前に止まる。
2人の警官がほぼ同時に外へ出てきた。
「お前か」
違います、違います、違います
何をやっているんだか、私はその場を
切り抜けるようにエプロンを着用したまま
その場から逃走してしまった。
後ろ振り返るが、1人の警察官が追ってくる。
そのまま、そのまま逃げる。
実を言うと、
警察にバレてはいけないことをしている。
固く言えば実行役、海外のある人物から
その仕事をさせるように
一般人にバイトと称し、
汚れ仕事をさせている。
ここで捕まってはいけない。
後ろを振り返る。
「え、まじ怖いよね、俺その日の朝
勤務だったんだよ、
殺されかけてたかもしれないよな、
ポケットにナイフ忍ばせてたとか、
俺もいつやられてもおかしくなかったんだな」
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